(久美浜町「蒲井漁港」前に鎮座する福島神社)
◆ 丹後の原像【68.「丹後史料叢書」 ~「丹後舊事記」 13】
当初の予定なら雪の心配がなくなる今頃より、
そろそろ丹後へ向かわねば~!となるところ。
ところが…
年末年始の体調不良のせいで仕事を休んだ日も多く薄給となり、資金捻出は不可能。丹後へはしばらく向かえません。
年内に一度は必ず向かいたいのですが、
本当に行けるのか…。
■過去記事
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【読み下し文】
一、大矢田宿禰
人皇第十三代成務天皇の臣下 即位四年甲戊諸国に長を立て稲置を置つ 神服連の府跡 海部の矢須の里を國府とす 此の代 葛野浦日村味鎌麿を朝子長者と號くと倭國史に傳見えたり
本朝歴史傳に曰く大矢田宿禰は成務 仲哀 神功の三代に仕て神功三韓征伐の後 新羅に留まり鎮守将軍となる新羅毎年八十艘の貢を入る
【大意】
一、大矢田宿禰
第13代成務天皇即位四年、諸国に造長(=国造)を立て、稲置を置きました。神服連(海部直)の国府跡である海部の「矢須の里」を国府としました。この代に「葛野浦日村」の味鎌麿を朝日長者と名付けられています。
大矢田宿禰は成務・仲哀・神功の三代に仕えましたが、三韓征伐の後は新羅に留まり鎮守将軍となっています。毎年、ハ十艘の船を入貢しています。
【補足】
◎成務天皇は実在性の低いとされる天皇。事蹟が極端に少ないことなどがその理由。
ここでは触れずに実在したとの仮定で進めます。
◎次代の仲哀天皇を皇太子にしたことを除き、唯一の事蹟が国造と県主の設置(記では造長と稲置)。
◎「造長」と「稲置(いなき)」
紀では「造長」、記では「国造」と記され、いずれも訓みは「くにのみやつこ」。文字通りに「国の長」のこと。
紀では「稲置」、記では「県主」。国の次に大きな行政単位。
現在で言うところの「都道府県→造長・国造」「市町村→稲置・県主」。
◎「矢須の里」とあります。
その前に下の「葛野浦日村味鎌麿を朝子長者と號く」について。
「葛野浦」とは現在の「葛野浜」かと思われます。下部にGoogle Mapのスクショで示した通り、久美浜町の名勝「小天橋」が架かる白浜のこと。
「味鎌麿を朝子長者と…」とありますが、こちらは「小天橋」から西方の「蒲井漁港」のある辺り。当地では味鎌麿の朝日長者伝説が語られています。
これで場面は現在の久美浜町の沿岸部辺りのことであると推定できます。
そして「矢須の里」に戻ります。
「矢須の里」で連想されるのは久美浜町「海士(あま)」に鎮座する、式内社 矢田神社(記事未作成)の旧社地とされる「矢須田」。
この後に大矢田宿禰が登場しますので、間違いのないところでしょう。
◎「矢須の里」が国府跡であると記されています。これはこのテーマ記事の58.「丹後舊事記」 4の記事で出てきました。コピペして掲載しておきます。
━━王代任国入館跡の事
一、神服連海部直(カムハトリノムラジ アマベノアタイ)
古事記や旧事本記には、神服連海部直は皇孫(彦火明命)六世孫で、丹波国造・但馬国造の祖とあります。第7代孝霊天皇(大日本根子彦大瓊尊)の御世の時の館跡が今もなお、丹後国熊野郡「川上庄海部」の里に「殿垣六宮廻(ろくのまわり)」という田地の字があると、細川忠興の「順国志」にあります。王代が住んだ地を我が名とする例は多くあります。川上庄は丹後国の国府の始まりです━━(大意)
旧社地とされる「殿垣六宮廻」がどこであるのかは不明。他文献等を探ってみても、現社地とはそう遠くはないもよう。
◎大矢田宿禰が登場します。「新撰姓氏録」には断片的にみえます。
「右京 皇別 天足彦国押人命三世孫彦国葺之後也」とあり、補注として「男大口納命 男難波宿禰 男大矢田宿禰 氣長足姫尊[謚 神功]に従ひ新羅を征伐 凱旋の日 便(よすが)留まり鎮守将軍と爲す この時彼国王 猶榻之女を娶り二人の男生みき 二人男兄は佐久命 次は武義命 佐久命九世孫和珥部臣鳥 努大肆忍勝等 近江国志賀郡真野村に居住 庚寅年(690年)に真野臣姓を負ふ也」とあります。
「近江国志賀郡真野村」は現在の「滋賀県大津市真野」。琵琶湖の南部、「琵琶湖大橋」が架かる東岸辺り。JR小野駅は和珥氏から派生した小野氏に因むものと思われます。
大矢田宿禰は和珥氏の祖。この神が丹後国熊野郡と関わる理由は不明。
大矢田宿禰が社名以外に一向に関わらないのです。
また他に連想される矢田部氏も物部氏系。矢田部氏が奉斎したとも言われる社が丹後国には二社あります。丹波郡鎮座の式内社 矢田神社、與謝郡鎮座の矢田部神社。両社ともにご祭神は不詳で建諸隅命とする説もあります。
なぜ「丹後舊事記」に大々的に大矢田宿禰が宿禰が載せられているのか、また丹後国にどう関わっているのか、まったくもって分からず、結論を出せないままこの回を終えることになります。
しかも長くなったので一座のみ触れるだけに留めます。