🚋モハ2形109号 / EMU Moha 2 #109

 

2021年(令和3年)3月21日(日)、箱根登山鉄道の顔である1両の電車が引退しました。

昭和、平成、令和と箱根の山を駆け抜けたモハ2形109号

 

かつて何となく撮っていた記録と、

引退間近に記録した写真のまとめを兼ねて軽くご紹介していきましょう。

 

 

雨降る箱根とモハ2形109号

 

📅2018. 06

神奈川・箱根 / Hakone, Kanagawa

 

沿線に咲く紫陽花と電車を撮りたいと思い行ったこの日。

この時はまだ旧型のモハ1形やモハ2形がまだ当たり前に運用されていたため、特に注目していた訳でなく、とにかく来る登山電車を撮りまくっていました。

 

箱根登山鉄道 / Hakone Tozan Railway

1000形電車・モハ2形 / EMU 1000 & EMU Moha 2

箱根登山線 /[OH] Hakone Tozan Line

塔ノ沢駅 / Tonosawa Station (OH-52)

 

塔ノ沢駅は箱根湯本からひとつ目の駅。ホームには紫陽花が咲き誇る他、箱根湯本方面のりばには深沢弁財天があります。

雨が降る中、強羅行き1000形と箱根湯本行きモハ2形がここで交換。どちらも小田急ロマンスカー3000形(SE)を模したオレンジと銀色の塗装が特徴です。

 

モハ2形109号 / EMU Moha 2 #109 

 

特に目的ではなかったけど何となく撮っていましたが、引退になるとはあまり考えていなかったんですよね。良く撮ってたな偉いぞ私( ˘ω˘ )👈自画自賛

 

🍱はこね弁当 『名物 鳥めし』

 

ここで箱根湯本で購入した駅弁「名物 鳥めし」をお昼に頂きます。

経木の折に入った駅弁はやはり旅情を感じる物です🍱

 

モハ2形は1927年(昭和2年)に登場した木造車チキ2形(前身の小田原電気鉄道)の走行機器と、新製車体を組み合わせて製造されました。モハ2形109号としては1955年(昭和30年)ですが、チキ2形からの登場だと93年間も活躍、昭和・平成・令和を駆け抜けていきました。

 

1985年(昭和60年)にはカルダン駆動方式に改造されましたが、私この辺については全然わかってないし説明したところでなんだみたいなモノなので省略。

簡単に言えばモーターを取り換えたって説明で良いでしょうかね知らんk(以下略)

 

大平台駅 / Ohiradai Station (OH-53)

 

箱根登山鉄道は小田原~強羅を結ぶ路線ですが、途中の箱根湯本にて運行系統は分割。モハ2形率いる登山電車の車両は箱根湯本~強羅のみ運転。

登山電車区間は新幹線や京急と同じ標準軌1,435mmで、小田急の電車が運行する小田原~箱根湯本は狭軌1,067mmと線路幅が異なっています。

 

2006年までは小田原へ乗入れていましたが、箱根湯本にて運行を分割したため車庫のある入生田から小田原の間は狭軌に合わせた2線軌条化に変更し現在に至ります。

 

入生田/Iriuda(OH-50)~箱根湯本/Hakone-Yumoto(OH-52)

 

ちなみに車庫のある入生田と箱根湯本は3線軌条。幅広いのが登山電車の軌間ですとりあえず覚えておきましょう。第3軌条ではありませんアレ地下鉄とか使われる違う方式だから。

 

だいぶ逸れちゃったんで話の軌道を戻しましょう鉄道だけに。( ´∀::;.:. :::;.. .

箱根湯本から強羅までの標高差は450m。

箱根山の勾配をジグザグと上り下りするスイッチバック方式を採用しており、出山信号場、大平台駅、上大平台信号場の3か所で行われます。

 

▼箱根登山電車HPより一部引用

 

下車した大平台駅は唯一のスイッチバック駅。ホームには色とりどりの紫陽花(あじさい)が咲いており、雨の箱根登山鉄道を彩ります。

 

沿線には紫陽花がたくさん咲いているため、「あじさい電車」の愛称で親しまれています。

ちなみに紫陽花は毒性成分があるので食べないでねマジで。

 

紫陽花と電車の光景を見ると、あゝ箱根登山だなってなんか適当な感想ですね_(:3 」∠)_

当たり前に見られたこういう景色も、109号が引退した以降は見られないんだよねって…そう思うと記録するのって大事だなと感じます。

 

モハ2形109号・モハ1形104号

EMU Moha 2 #109 & EMU Moha 1 #104

 

同じ顔かつ形式が連なってるみたいな感じですが、兄弟でありながら違う形式のモハ2形とモハ1形。正直違いなんてわかんねって思ってましたが、モハ2形は両運転台の1両編成。

モハ1形は片運転台(かつては両運転台だった)の2両編成で固定されているのが特徴です。

 

この2形式は、連結して3両編成として運転する事もあるので、もしかすると同じ形式だと思う方が結構いるかもしれま…あっ、でもそこまで気にしないか。

 

引退した109号の座席はロングシートとクロスシート。

窓や座席、吊り革などの車内設備が箱根の旅情と時代を感じます。

 

モハ2形109号・モハ1形103号

EMU Moha 2 #109 & EMU Moha 1 #103

宮ノ下駅 / Miyanoshita Station (OH-54)

 

ちょっと歩けば富士屋ホテルの最寄り宮ノ下で箱根湯本行きと行き違い。大平台駅でもそうですがモハ1形や2形のような、旧型同士の行き違う光景は既に見られなくなりました。

寂しいなぁ…(´ω` )

 

モハ2形108号 / EMU Moha 2 #108

小涌谷駅 / Kowakudani Station (OH-55)

 

なんとなく降りて、結局降りただけの小涌谷駅で下車。箱根小涌園ユネッサンはここが最寄りです誰か一緒に行きまs…駅を発車する109号と併結している108号を撮影します。

小涌谷👈これの読み「こわくだに」か「こわきだに」のどっちかで未だに迷うの

 

モハ2形108号の前面の塗装は、109号などと若干異なっており、小田急ロマンスカー3000形SEに模したデザイン。2008年の創業120周年記念の一環で「金太郎塗装」として塗り替えられました。「金太郎塗装って何だべ」な感想ですが、前面のVの字のような塗装は国鉄80系をはじめ、都電6000形など戦後「金太郎塗り」として流行していたんです。

 

さてこれでオレンジの標準色であるモハ2形109号はこれが最後の記録と乗車になりました。

 

私がしばらく来ない間にも、2019年にモハ1形103号+107号は新型の3000形/3100形「アレグラ号」を置換えに伴い引退。107号は風祭駅最寄りの鈴廣かまぼこの里に併設されている『えれんなごっそ CAFE107』として、103号は日本工業大学(埼玉)にて教材として保存されています。現役で撮ったのがもうあの線路に走らないんだなぁ(´ω` )

 

緑色に復刻したモハ2形109号

 

📅2021. 03

2019年(令和元年)10月に発生した台風19号による沿線の土砂崩れや線路流出などの被害を受け、箱根登山鉄道は2020年7月まで運休。約9ヶ月ぶり無事に復旧したものの、新型コロナウイルス(COVID-19)による影響を受け更なる境地に立たされました。

 

そんな中、引退間近に迫った109号をメインに撮るべく復旧後以来の箱根登山鉄道へ―

強羅まで行くのは2年ぶりですね。

その前は185系踊り子が引退するつって注目しまくりだったなぁ( ˘ω˘ )

 

塔ノ沢駅 / Tonosawa Station (OH-52)

 

ホントだ、オレンジから緑色に塗られてる🙄

109号が塗られた緑一色の車体は箱根湯本~強羅間の開業100周年を記念して、1935年~1949年頃の塗装に塗り替えられました。

 

Twitterで「出山鉄橋と同じ塗装使ってね?」と見たんですが―

 

出山鉄橋 / Deyama Bridge

 

ホントだ同じ緑じゃん。

 

強羅駅 / Gora Station (OH-57)

 

塔ノ沢ですれ違い乗れるかと思ったものの、箱根湯本での折り返しはナシ。強羅と早雲山で軽く観光しました。

強羅駅ホームでは駅職員さん達が手掛けたパネルが設置。愛されている車両なんだなぁというのもあるけど、やはり箱根登山の顔なんだなぁと。

 

▼ついでに観光した際の記録はこちら

 

▼強羅公園や早雲山に行った記録はこちら

 

 

🍴餃子センター 『はこねぎょうざ定食』

 

沿線にある餃子センターの餃子定食美味かったよ🥟

 

箱根湯本まで向かう電車に乗車すると、小涌谷で目的のモハ2形109号と行き違い。最後のチャンスと思い入線するところと、最後の乗車を兼ねて宮ノ下で下車します。

 

宮ノ下駅 / Miyanoshita Station (OH-54)
 
80パーミル(1000分の80)の勾配を下る109号と後ろ2両はモハ1形104号と106号。水色に黄色い塗装の106号も同様、100年記念で1947年~1957年頃の塗装に塗り替えられました。
 
パーミル(‰)とは何ぞやなんですが、勾配を表しており水平1000m(1㎞)を進む間に80mの勾配を昇ります。自動車やアイベックス(ヤギ属)、ヒト属の人間などにとっては「平気だぜ」と勾配を駆け抜きますが、鉄道は勾配が苦手なため、箱根登山鉄道の場合は搭載されている散水タンクから摩耗を防ぐべく車輪とレールの間に水をまきながら走行。
 
車輪の回転を止める電気ブレーキ、空気ブレーキ、手動ブレーキ、レール圧着ブレーキによって勾配に対応します。車輪のみでは日本一の勾配を誇る箱根登山鉄道ですが、ラックレール(歯形のレール)を用いた大井川鐡道井川線(静岡県)が90‰(1000分の90)の勾配を昇ります。
さすがに90‰で車輪のみだと相当しんどいです🚂
 
駅に入線する間近の3両編成のモハ。結構お気に入りの光景です( ˘ω˘ )
 
 
色とりどりの3両編成が入線。通称『三色団子』と呼ばれてたんですって。
 
前面にはラストランと行先が書かれた方向板。
本当に最後なのだと実感させます。
 
乗車し、車内を撮影。やはり私率いる鉄道マニアが車内を撮影していました。
網棚がなんとも味があるというか、長い年月もたくさんの乗客の荷物を載せたんですねぇ―
 
中吊り広告も109号ラストランが掲げられています。
3色の並び本当にカッコいい…同じ顔ながらも塗装が違うだけで印象がだいぶ変わります。
 
乗務員室のフォント…好きだなぁ…(語彙力)
 
急勾配とともに急カーブが多くある箱根登山鉄道。
曲がるたびに前の車両が良く見えるのもこの電車の醍醐味。
 
塔ノ沢駅 / Tonosawa Station (OH‐52)
 
再び戻ってきました塔ノ沢で下車。電車はゆっくりと終点の箱根湯本へ下っていきます。
 
そうそう、今更言うのもアレですが一部の写真はトリミング加工したり角度調整などで誤魔化したりしています。この写真もホントなら気持ち左に寄ってたものの、なんかアレだったのでという事にしといてください♨
 
109号率いる3両のモハはトンネルに再び入り、ゆっくりと箱根湯本へ―
折り返し強羅行きとして運転するので、到着するまで待ちます。
 
箱根の山も暗くなりつつある時間。トンネルからは温かみのある前照灯が近づいてきました。
強羅行きのモハ2形109号とモハ1形2両は塔ノ沢のホームにゆっくりと入線。
 
 
強羅行きのラストランの方向板を掲げながら到着。
車体の全体的な雄姿を記録し、最後にこの風景を収めたいと思いホームにある深沢銭洗弁財天の境内にお邪魔します。
 
神社深沢銭洗弁財天
Fukazawa Zeniarai Benzaiten Shrine
 
狛犬も最後までの活躍を見届けるかのように佇んでいます。
 
ホームに祀られている深沢銭洗弁財天は1926年(大正15年)に創建。時は大正、塔ノ沢温泉にたびたび宿泊していた実業家の夢枕に白蛇が表れたのをきっかけに、深沢の清流が流れるこの場所で小さな石造りの杜を建てて祀られたのが始まり。
 
境内に用意されたひしゃくで弁天療水(べんてんりょうすい)をすくい、ザルに入れたお金を洗うと何倍にも増え、金運向上のご利益があると言い伝えられます。洗ったお金は使うとよりご利益に恵まれるのだとか。私もお金が大が付くほど好きなので少額ながら清めました。
 
塔ノ沢を出発するところを撮影したところで、モハ2形109号の記録はこれで最後。
仲間のモハ1形とともに、夜が近づく箱根山。引退間近であったこの日もお客を乗せて、いつもの様に強羅まで勾配を登ってゆくのでした。

 

 

そして2021年3月21日、箱根の山々がまだ若葉に彩られていない季節。

2度目の東京オリンピックを迎える事は無いままになりましたが、無事に箱根登山鉄道を引退。木造車チキ2形からの登場して93年。かつての東京地下鉄道1000形電車(銀座線)と同い年ですが、現役としてはこのモハ2形109号が長く活躍しました。

 

残るは旧型のモハ1形104号106号モハ2形108号の3両のみ。

『箱根八里』「箱根の山は 天下の剣」と歌詞にあるように東海道五十三次の難所である箱根山。小田原宿から三島宿へと八里を超える訳ではありませんが、箱根登山鉄道の顔として、観光の足として新たに登場した車両と共に険しい箱根山を駆け抜けてゆきます。