映画探偵室 -2008ページ目

実際に見た風景

はるか昔ヨーロッパの各地を放浪して歩いたことがありました。その時いつも頭にあったのは映画で観た場所,風景でした。

その一つに「禁じられた遊び」の中に出てくる農家があります。ヒッチハイクの途中,あの映画と同じような造りの農家の納屋にその夜の宿を借りたのです。最初はぶっきらぼうで粗野な印象を受けたのですが,異国の見知らぬ青年にそのような機会を与えてくれたことは,実は気持ちの暖かさなのだと,あとでしみじみと思いました。「禁じられた遊びで」は二人の子供が十字架ごっこをしている後ろで若者が藁にまみれてイチャついていますが,僕はその納屋で暖を取ろうとして藁に火をつけ,農家の主人にひどく説教されたのでした。

僕は,「ヘッドライト」でフランソワーズ・アルヌールが死んでしまったのはこの辺り(中部から南部)の農家ではないかと想像しています。「ヘッドライト」の長距離トラックのルートは僕がヒッチハイクをしたルートそのものでした。今も映画をみるたび,闇に浮かんでは消える道路標識をなつかしく思い出しています。

「千の風」つながり

決してケチをつけるためではなく,映画好き,音楽好きの自分が日ごろ抱いている感想を書いて見たいと思います。

前にもコメントにちょっと書いた「ライク・ア・ローリングストーン」には原曲・原詩があり,ディランはその黒人霊歌に深く打たれて

それをエレキギターに載せて歌ったわけです。この原曲は(中学時代に音楽の先生から教わったのですが)アメリカに渡ってきた英国の船乗りたちの歌「俺をさびしい海に葬らないでくれ」から来ているそうです。そしてこの歌が映画「駅馬車」のテーマ曲になった(短調が長調に変わった)わけです。アメリカにはこのような歌の水脈があるのです。アメリカ庶民の民主主義への強い思いにいつも敬意を抱くと共に,その「アメリカという国家」が常に市民の敵であり続けるという皮肉。

 私がもう一つ永遠の反戦歌と思っている歌に,やはりこのような経過をたどっている「ダニー・ボーイ」があり,これも中学時代に深く感動した(英語の歌詞がよく分からなかったくせに)覚えがあります。ダニー坊や,お国のためになど死ぬんじゃない,パパの所へ必ず帰っておいで...

このテーマを扱った映画で久しく一般公開されなかった(アメリカは何度も上映禁止にした)ものにダルトン・トランボの「ジョニーは戦場に行った」があります。このジョニーは「騎兵隊」に出てきます。その少年をジョンウェインはどう扱ったか?答えを書くと泣きそうなので勘弁してください。

映画内映画(3)

こうなるともう病気です。

ロッセリーニの「自転車泥棒」にも考えようによっては「映画内映画」があります。

つまり,主人公が自転車を使ってやる仕事としてようやくありつけた「ポスター貼り」の

ポスターはリタヘイワースの「???」でした。

ロッセリーニの(ネオレアリスモの)社会性に惹かれたイングリッドバーグマンがアメリカを捨てて

彼のもとに走り,以後自分に似合わない環境に苦しみ,それを最後に救ったのが同国人のイングマールベルイマン

(二人の名前をスウェーデン語で発音すると殆ど同じ)であり,初の主演映画となったのは「秋のソナタ」でした。

この撮影時に「自分が幸せなら子供なんてどうでも構わない」という台詞をバーグマンがどうしても言えないと泣いた時,ベルイマンは「できるはずだ」と言って譲らなかったそうです。自立しようとする女性の孤独...

 ここでこのベルイマンの「沈黙」に出てくる「映画内映画」の答えを書きましょう。

それは,「分からない」です。地図に載っていない,言葉もまったく分からない国で観た映画です。

唯一つ彼女に伝わったのがベルイマンの符丁とも言うべき「マグロブ」という言葉でした。

「沈黙」におけるカットシーンの大部分はこの後にやってきます。