「源氏物語」の頃の京都で男と女

の艶噺。

祇園社の別当で、後年に祇園のお

寺・感心院の僧となった戒秀。

色気のある戒秀に参詣の女たちが

、内裏の殿上人のことは、訊き飽

きたので、何ぞ坊主の世界での艶

噺をとせがまれる。

 

寺の別当と国の守の噺

何がしの寺の別当(一寺の最上位

の僧)、これがさる受領(地方長

官)何がしの国の守(かみ)の妻

のもとへ忍んで通っていた。

国の守の妻・北の方は年若く、愛

嬌ある美人で、若いだけ無分別だ

った。

お寺での逢瀬は人目多いが、うち

の女房らは、風流気の多い、色好

みの中年の男びいきだから口裏を

合わせておくから遠慮なくという。

国の守が外へ出ると入れ替わるよ

うに入り込み、別当は夢中でささ

やき、彼女と愛し合っていた。

 

さてある日。

いつもの通りささやきあっている

とき。にわかに門の辺りが騒がし

くなり「殿の早いお帰りじゃ」と

いう声。

北の方も女房も真っ青になり、別

当殿も北の方も着物を身にまとう

のが精いっぱいだった。

唐櫃

女房ら「こ、これへ、ひとまず別

当さま、お入り下さいまし」と部

屋の隅の衣装入れ・唐櫃(からび

つ)の蓋をあけ、これ別当が入り、

唐櫃の錠をおろす。そこへ守がや

って来た。

別当は長櫃に横たわり、暗闇中で

冷や汗を流し外の声を聴く。

夫の守

「着替えをしたい」

北の方

「あ、あのう…」

夫の守

「はて。どうした、その唐櫃、いつ

もと違うて錠をさしているではない

か」

北の方

「大切なお召物でございましか

ら…」

守(大切なお召物)

守は「大切なお召物、のう。…

よしよし」と、書状をしたため

て、侍を呼び、「この唐櫃の中

なるものを、何がし寺へ寄進し

てまいれ」これが寄進の申し状

じゃ。この書付を渡して治めて

まいれ」

やがて仕丁二人、ふたりが前後

になり唐櫃を担ぎ出す。

北の方と女房はわななきふるえ

つつ、「あれ、あれ、あの唐櫃

を…」と見送る。

お寺(僧と侍)

さて、唐櫃が運ばれたのは、別

当どの自身のお寺。

僧どもが唐櫃を出迎えた。

「これはこれはご奇特なこと」と

いい、若い僧に別当を呼びにやる

がどこにもいないという。さらば

僧は「別当どのお指図なくば、勝

手に開けられませぬ」と告げると

、使いの侍は「手前も忙しい身、

ただちに邸に戻らねばなりませぬ」

といえば、僧どもたち、「我らが

勝手に寄進物を受け取ったとあら

ば寺の規則にも叛くことになりま

すし、ほかから何といわれても」

と頑固に拒む。

別当(唐櫃の内)

僧どもが、唐櫃を開けることを

拒む。そのとき、蚊の鳴くよう

ななさけない声を聴く。

「よい、よい。内から許す」

さ、びっくり仰天。こわごわ唐

櫃を開けてみれば、別当殿。

わ、これは何としたこと……

別当殿のありさまを見れば、事

情が一目瞭然。

守(かみ)

僧どもは目を見合わせ言葉なく

逃げ去り、使いの侍も呆れてそ

そく立ち去り、こそこそ逃げて

いきました。

この守は、かねて妻の行動を知

っており、別当どのを引き出し

て踏む、蹴るの騒ぎも人聞きが

悪い。恥をかかせるだけでよい、

と考えたのは年配者らしい知恵

でございますな。

世間は守のこの処置を褒めたた

えたそうな。

唐櫃の別当(お坊さん)

ところでおかしいのは世間の評

判。このことで別当どの、また、

また、人気者になってしまいま

した。「内から許す」という一

言が女人衆から気に入られて、

「やっぱり楽しいわ、あのお坊

さん」などと、いやもてて、も

てて……。

清少納言「唐櫃の僧」(戒秀)

「お兄さま」と女房たちの内の

ひとりが、笑いをこらえつつ僧

の話をさえぎった。

「いやだ、お兄さまったら。そ

の別当って、お兄さまご自身の

ことじゃないの?」。

「いや、…うむ…どっちでもい

いが、こんな話、また『枕草子

』などに書くなよ」

僧は頭を抱えて閉口する。

女は清少納言と内裏で呼ばれる

女房であり、僧はその異母兄の

祇園社の別当の戒秀(かいしゅ

う)である。

笑声のひびく軒先に、遠いうぐ

いすの声、『枕草子』に書かな

いけれど、この話、ひとびとに

広まってゆくあろうな、と清少

納言はくすくすわらいつつ考え

る。

 

『今昔物語』と『源氏物語』

「唐櫃の僧」は今昔物語巻三十一

(十)による。

『今昔物語』は12世紀頃成ったと

いわれる31巻から成る膨大な説話

集で人々に仏法を説く説話集であ

る。

『今昔物語』には善因善果、悪因

悪果の因果応報、さらには、生者

必滅を説いている。そして、その

説話が一篇の物語にすると『源氏

物語』になるようで、その物語の

底に輝くのが説話の『今昔物語』

に成る。

それにしても『今昔物語』は『源

氏物語』とは違って、あたかも貴

族と庶民、夢と現実という、いわ

ば王朝の光と影のようでもある。

 

祇園社

清少納言の異母兄戒宗は祇園社別

当であった。

この頃、神仏習合の世で、祇園社、

祇園感神院と称されていた。

ところで明治に入り、神仏分離政

策によりもともとの祇園社は八坂

神社と改称されることになる。

この神仏分離が行われたときに、

仏教の神である牛頭天王が祭神か

ら外され、神道の神であるスサノ

オが残されることになる。

「祇園」の名は地名や奉納される

祭の祇園祭という呼称で残されて

今にいたる。

 

イメージ 1

 

京都四条通りの八坂神社(旧祇園社)

 

 

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