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世界の映画祭へ挑戦 世界中で劇場公開を目指して

(・ω・)ノこのブログはカメラ片手にバックパックを背負い世界4カ国へ渡航し完成させた長編映画とそれにまつわる日々を綴っています。世界中のあらゆる国際映画祭に参加し劇場公開を目指す、勝つか負けるか?生きるか死ぬか?崖っぷち日記です。

ロケスカとミーディング

ルシアルイスビアデアマル ロケスカとミーティングを行う。朝9時、今回ロケーションとして使う家を再度見に行く。ビア、マル、デアがいっしょに参加、というより僕が連れて行ってもらってるだけ。とにかくあっちこっち連れて行ってもらっているけど、現在位置は常に分からない。

やっぱり昼間来ても素敵なロケーションなんだけど...部屋がね小さいんだな...どれも。ちょっと撮影が心配になる。うーん。その家の近所もロケに使う のだが、文句無し。さて、どうしようかな。その家のご主人、ルイスがカエピリーニャを作ってくれる。えっと、ブラジルのお酒とライムと氷と砂糖が入ってい るおいしいお酒...なんだかサンパウロに来てから飲みっぱなし...なんだか知らないけど、偉く盛り上がる。

ホテルのロケーションをセントロに見に行く。今回の映画にはホテルでの撮影があるので。車で移動途中、僕が窓を全開にしていると「あ!窓閉めて」とビアに 言われる。昼間でも信号などで車がちょっと止まった時は、危険なのだ・・・向うホテル群はSPに来たての頃、剛君に色々案内して頂いた時に見つけた場所 だ。レトロでとても良い感じだったのを覚えている。しかし...これが中々見つからない。急いで剛君に電話。剛君が地図を見ながら通りの名前を行ってくれ るが、僕の脳みそは長いポルトガル語を記憶出来ない。聞いてもすぐ忘れる。2、3歩歩いた鶏のように。剛君にビアとしゃべってもらう。すぐ解決。ホテル街 につく。

7件のホテルの室内を見る。どれも小さい。良い感じのレトロちっくなところは沢山あったのだが...うーん。おいらが無神経に鞄からデジカメを取り出し、 パシャパシャと写真を取っていると「強盗に気をつけないとだめ」と何度も何度も注意される。昨日も頻繁に言われていた。昼間だし、問題なさそうなんだけど な...この地域は沢山売春婦がいる地域らしく、治安も最悪みたい...サンパウロは古い建物がものすごく沢山あるので、映画の撮影地としては申し分内 街。とりあえず、撮影はこの地域で、とだけ決まってご飯を食べに行く事になる。

デアビアマルアラブ料理 アラブ料理

アラブ料理を食べに行く。これがまた旨い。皆、ノンストップでパクパク食べる。お腹一杯。なぜか日本語とポ語の話で、非常に盛り上がる。どんな話かと言う と、デアのお母さんはおそらく日系人の友人がいるのか日本語の単語を良く知っているらしい。で、デアが「馬鹿ってどんな意味?」と聞いてくるので、「使い 方にもよるけど、ポ語のプータだよ」というと全員爆笑?ポ語でバカは鏡という意味らしい。さらにデアが「じゃあ、バカタレは?」と聞いてくるので、うちの 両親がたまに僕に言う(微妙だが)と説明すると皆爆笑?そんなたわいもない会話が楽しかったりする。

ミーティングを行うために、マルの家へと向う。途中ブロックバスターに寄る。ブラジル人クルーは僕がどんな役者を求めているのか、いまいち分からないらし い。色々DVDを見てあれこれ説明する。しかし...ブラジルは本当に難しい。ブラジルはあまりにも沢山の人種がいてあまりにも混血している。「モアレ」 「パルド」と人種が色々いる。白人だ黒人だ、と簡単には説明出来ない。今回僕は、黒か茶色の褐色系肌の役者を望んでいるんだけど、なんだか上手く伝わらな い。

マルの家に着く。ちょう南米らしい家。家族はすでに引っ越し彼だけ一人で住んでいる。ミーティング開始。5時間ぶっ通し。ブレイクダウンや様々な事を話し 合う。ブラジル人フィルムメーカーはとてもタフだ。僕はへろへろだ。慣れない海外での撮影は、余計なおもりを常に背負っている錯覚に教われる。自分の母国 語じゃない言葉をずっと使うのにも疲れる。皆僕に気を使っているのが分かる。良いクルー達と巡り会えた。デアがコーヒーや飲み物お菓子を上げ膳据え膳で気 を使って出す。なんだか日本人女性のようだ。ちなみに、南米はコーヒーに砂糖を入れる人がすごく多い。そして旨い。

一番論点になったのは役者だ。実はブラジルには、ウェブサイトや雑誌によるキャスティングのシステムが存在しない。自分達で見つけるかエージェントを使 う。しかしエージェントはお金がかかるだけで、あまり期待出来ないそうだ。だから、マルのコネクションだったり自分達で演劇科のある大学や専門学校にいっ て見つけなければいけない。一応、マルは様々なオプションを用意してくれると言ったが、結局、キャスティングと言うより、見つけた役者を使う事になりそう だ。不本意だけど、ポ語が出来ない自分は、長いものには巻かれなければならない...

そろそろミーティングを切り上げようとした時、ビア達の友人の映画監督が遊びにくる。かなり面白い人、というのは初対面で分かった。ビアがとても自慢げに 今回の自分達のプロジェクトについて彼に話している。彼もがんばって英語でしゃべりかけてくれて応援メッセージをくれる。とても良い人だ。フィルムメー カー同士なので、お互いの撮影の苦労話に言葉はいらない。ビアが「彼の撮る絵はとてもすばらしいのよ」と僕に言ってくる。「ほぉ~」と思っていると彼は、 「うん、僕の絵はすばらしいね」と自画自賛する姿に嫌みがなかった。自他共に認められている雰囲気が伝わって来た。さあ、ここから、わいわいがやがや話が 盛り上がり始める。

どこの国でも映画製作で抱える問題は同じだ。さて...普通なら日本人はここで帰る雰囲気なのだが...ブラジルでは違うらしい...草を味わい飲みたば こをプカプカ皆が吸う。話が偉く盛り上がる。盛り上がる。盛り上がる。だれか助けて...楽しい夜だった。ビアとデアが車で30分も走って家まで送ってく れる。治安の悪さから僕が家の中に入るのを確認するまで二人は出発しようとしない。結局時計を見ると帰って来たのは午前2時...ビバ!サンパウロ!
困っている俺 左 の写真はロケスカ中の思うような所が無くて困っている俺。デアが面白がって撮ったらしい。本日はクルー全員自宅で各々作業。ビア、マルが所々に電話し色々 撮影のための手配をしている。特にマルはADなので面倒臭い仕事が山積み。それも撮影まで後2週間。かぁ~、ちょっと目まいが...さすがに心配になって くる。でも心配しても仕方ないので自分の出来る事を精一杯やる。ロケーションの最終選定、脚本の変更、絵コンテの変更、アイディアの変更と...変更の 嵐。もともとあったイメージを壊して組み直す作業なのか、思うようにははかどらない。

先に書いていた絵コンテは半分が再度書き直しとなる。仕方ない。現場でどんどん絵コンテが変更されて行くのももちろん知っている。僕は撮影前に出来るだけ 絵コンテを仕上げて現場入りするタイプ。そんな労力は惜しまない。人によっては絵コンテを書くと、想像力が限定されると言うけど、先に書いた絵コンテ通り に撮って良いシーンになる事だって、全然ある。大人数で動く場合は絵コンテやフロアープランがないと、皆イメージを理解出来ない。素敵なロケーションが見 つかった以上、役者の動きやら何やら柔軟に変えて行かないと...

フィルムメーカー三ヶ条

「出来ないは言わない」「愚痴は言わない」「諦めない」

で、午前中から始めた作業が、結局夜中の12時を過ぎても終わらない...明日またがんばろう。

何が何でもSPロケを完結させ日本に帰らねば...

現在、ブラジル国内ではリーグ戦真っ最中。サッカー熱で街中大騒ぎ。スタジアムはものすごい数の警察官が警備にあたっている。というのも・・・晩ご飯を食 べながらテレビを見ていたら、どこかとどこかのチームの試合後?負けた腹いせか審判への抗議か、フーリガン同士一般観客も混じって大乱闘。乱闘の結果、頭 を棒のようなもので殴れ死者が一人出てしまう。「ええええええええええ!?あいえない!!」と叫んでしまった。南米のサッカー熱はもはやスポーツでない。 異常だ。

ロケハン

マウロが車を爆走させるので怖かった・・・

ロケーションスカウティングに行って来た。朝8時にマルとデアが車で迎えに来てくれる。三人でワイワイロケ場所を探して見て回る。僕だけテンションが低いと自覚はあった、今日をどのように終えるかも知らずに。少々小降りの雨だったが空は晴れて来た。なぜか今日は寒い。

SPのロケハンはかなりしんどい。とにかく道が一方通行。SPに慣れているマルでさえ、迷いまくる。デアもマルに地図を見ながら向う方向を指示するが、一度道を誤ると泥沼にはまったように元に戻るのが大変となる。人生っぽい。更に助手席で僕は気に入った風景があったら、FX1で撮影していた。


しかしある地域に入ると、マルとデアが「車が止まったらカメラすぐ隠してね、危ないから」と言い出す...強盗かと思った僕が「え...今昼間でしょ?」というと「昼も夜も関係ない」と言われる...それも車が止まったってちょっとした渋滞でなのに...要するにそういう状況のが強盗に襲われるらしい...車動けないから。あげくのはてに、もっと危ない地域をロケスカしている時は、マルは周囲に気を配り過ぎ、窓まで閉めて赤信号でも車を止めない...子供がナイフで襲ってくるからだそうだ...それもそこは滞在先の近所...どうやってこの街で撮影できんだ!と心の中で叫んだ。


ロケハン33 2

ロケスカは午前中尋常じゃない程かなり!沢山んの場所を案内してもらったけど、しっくり行くところがイマイチなかった。「どう?気に入ったとこあった?」と聞かれて困る。こういう時は素直に「いや、全くない」とは言いにくい。僕は車に乗せてもらってる立場なので、相手の気を悪くしないような言い方しか出来ない。「うーん、沢山観すぎて困っちゃうね」なんて言って笑いながらはぐらかした。でも、なんだかマルとデアの方が前向きで僕より張り切っていた。僕は体力の無さを嘆いていた。ある鉄道の線路付近のロケーションを歩いていた時、不思議な土器の破片といっしょに変な物を燃やした物が数々落ちているのに気がつく。マルが言うにはブラックマジックのおまじないらしい。こ、怖い...


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ちょっとバールでお茶して休憩する。ブラジルの酒を片っ端からバールのおっちゃんまで参加して色々説明してもらう。僕がピンガ大好きというと、なぜか皆大爆笑。なんでそんなに盛り上がる???

午後は「風景」と「地下鉄」のロケスカ。途中、デアの実家に寄る。いや、これが非常に独特な面白い作りの家。ラテンぽい。デアのお母さんがいらっしゃり、僕はなんとなくスペイン語と覚えたてのポ語で挨拶し世間話などする。なんだかその場が偉く盛り上がる。とての良いお母さんだった。日を追う毎に日本人との付き合いが減り、なんだか完全にブラジル社会に身を置いている自分に気がつく。

その後、車を置いて地下鉄に乗り。ロケスカ地下鉄を乗りまくり、窓から風景が見える駅と駅の間を何回か往復した。そして地上に出て「ルーズ」という駅だったかな?の周囲をロケスカ。ホテルなどが見つかったらとにかく片っ端から入り部屋を見せてもらう。ポ語が出来ないので、マルとデアが手動で動く。なんとなく頼りない自分。彼らのが積極的に動いているように見える。確実に。


マルはひたすら良いロケーションを見つける事に必死。デアはどこかよさそうな所を見つけると、実にマメにメモとデジカメで写真を取って行く。僕はただ一緒に歩く...デアは度々周囲を気にしながらデジカメをさっと鞄から取り出し、さっと撮影して、さっと鞄にしまう。昼間で人通りはあるロケーションばかりだったので、「なんで?」と聞くと、「強盗にやられるじゃない」と真顔で言われる...いやだって、こんなに周りに人がいて往来激しいのにな...

などと思いながらも三人でガシガシ歩いていると、途中、屋台で焼き鳥やら牛肉のクシ刺しなど焼いているのを発見。日本の焼き鳥をやや大きめにした感じ。炭火(ガスより安いかららしい)でにおいがたまらない僕は思わず買おうとする。マルとデアが焼き鳥を見て「それ猫の肉だよ」と冗談を言う。僕は真に受ける。詳しく聞いてみると、要するに屋台で売られている食べ物全般、どこでいつ買ったか分からない。


どんな素材でどんな衛生状態でどんな水を使ってどんな所で作られたものか分からないそうだ。所謂、危ないらしい。ブラジルでの基本。確かに路上で屋台をやっている人達は明らかに裕福で無い人達なので...でもこれは偏見でなく事実です...

なぜかマルもデアも嫌な顔せず黙々とロケスカを続ける。歩く歩く歩く。午後4時になった。「もうそろそろ良いんじゃない?...」と音を上げた日本人の自分。当然言い出せる雰囲気ではなかった。僕は、やはり声を大にして言いたい。ブラジル人フィルムメーカーは動きが俊敏でタフで根気強く働く。おもいっきり差別するとすれば、中流階級以上のブラジル人に限り、そんな印象を受ける。もうクタクタ。


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さすがにお昼ご飯を食べてなかったし今日は土曜日なのでフェジョアーダの日。フェジョアーダは大好物なので、休憩も兼ねて三人で食べに行く事になる。って、二人は夜もロケスカするつもり?デアの家の近所にフェジョアーダが上手いレストランがあるとの事。再度、デアの家に行く。彼女のおばさんとお父さんが帰って来てた。皆、僕がポルトガル語を話せないと言っているのにがんがんポ語で話してくる。偉く盛り上がる。デアのお母さんのブラジル式?手作りチェリーパイを摘ませてもらう...旨かった!!


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デアの家族とかなり大袈裟にお別れした後レストランにつく。まるで食前酒のように、フェジョン(あずき煮)が塩味あずきジュースになったようなものが、揚げたみじん切りのニンニクと刻みネギが出てくる。彼らの真似してそれらを入れて飲んでみる。はい、来ました。これ旨い!これは日本に帰っても是非作ろうと思ってしまう程のおいしさ。飲み物も発注。勧められるままに「カジュー」という果物ジュースを飲んでみる。これが旨い...日本語の「果汁(カジュー)」と同じ響きなので、すぐ覚えた。


興味が沸きカジューの実を見せてもらう。へんちくりん。ちなみに、カジューナッツがあるけど、まさに、それはカジューの実の茎?の部分を揚げたものだったと知った。勉強になる。そしてフェジョアーダを食べる。なんだか知らないが色々な種類のフェジョアーダを食べる。さすがにデアが良く行く店...ブラジル人の地元客が行く店...旨くないはずがない。しっかりがっつり食べる。なぜかたわいもない話で盛り上がる。

再びマルの車に乗ってロケスカに出かける。辺はすっかり暗かった。車の中で「今からメインのロケーションになる主人公達が住む家に行くよ」といきなり目的地を告げられる。聞いてないぞ、言えない身分ではないながらもあまり気乗りもしてなかった。なぜか車の中でもたわいもない事で話が盛り上がる。笑いが異常な程絶えないブラジル人は非常に明るい。

ある一軒家に付く。どうやらここがそのロケーションか...と思って失礼だが期待せず表玄関から中へ入る。実は、ここで今日のロケスカの疲労が全部吹っ飛んだ...


--------------------キタ (゚∀゚) ---------------------ッ!!

とはこの事だ。期待や予想を遥かに超えるその家はありえないロケ場だった。まさしくサンパウロに大金(個人レベル)叩いて映画をわざわざ撮りに来た意味があった!!と思わせてくれるくらい映画の撮影にベストな家だった。作りは限りなくユニークで古さも汚れ方も申し分ない。


崖?に無理矢理建てているので、丘の上からだと2階建ての家が、丘の下から見ると4階建てになっている。それととにかく家からの風景がすごい。サンパウロの中心にあるので風景がすご過ぎる...「それこそ南米だ!」と自信を持って言える風景。ありえない。こんなロケーションは、間違いなく地元の人間にしか探せない、と興奮し感謝した。

とにかく全ての部屋を案内してもらった。デアが「この家、アリの巣みたいでしょ?」と微笑んで言った。全く正しい比喩だ。映画が出来上がったら、このロケーションだけ見ても価値が出てしまう、そんなロケーション。やった...

そして、その家に住むご夫婦、ご主人と奥さんのルシアになんだか偉く気に入られる。ご主人がちょうどブラジル料理を作っていて、えっと、なんかえびとクラムと何かをごちゃ混ぜにしてハマグリくらいの貝に入れて焼いたものを勧められ食べてみる。いや、これがまたビールと良く合い美味でした。ブラジル料理、まだはずれなし。

僕も予想を遥かに超えるロケーションが見つかった喜びと不安からの解放でかなり有頂天になっていた。なんだかがんがんビールを出され、拒まずガンガン飲んだ。それは日本の酒場の酒の勧められ方に似ていた。サンバの音楽がかかり、とにかく僕がなんかポ語で言えば大爆笑になる。皆気持ち良く酔っぱらっていた。こういう酔い方が一番良い。とにかく日本では考えられない程話が盛り上がる。


そして、人生でもう二度とないだろうと思える程、主役的な立場になる。マルとデアに英語に訳してもらえるので、なんとなくコミニケーションがとれているだけなんだけど...それにしても盛り上がる。盛り上がる。盛り上がる。草も偉く良いものをガンガン皆で味わい喉が痛くならないし味が異常に良かった。いや、本当に楽しい夜だった。うん、楽しい夜だった。2回言う程。爆笑が4、5時間続くなんてありえない...

気がつくと夜の11時。さすがに朝8時からロケスカしてたからクタクタに...ご主人とルシアとがっしり抱き合い、マルとデアに車で茨城県人会まで送ってもらう。車から降り、二人に手を振ると「ちゃんと敷地内に入るのを見届けるから」と真顔で言われる。車から降り、表玄関の鍵をあけているときに、狙われるらしいからだそうだ...こわいな...

自分の部屋につくと、ワタルさんと廊下でばったり。前々から見たかったコロンビアの映画をわざわざDVDに焼いてくれて手渡してくれた。こういうのは日本で見たくても見れない映画。

ワタルさんに「あ、今日からサマータイムだから1時間時計を早めてね」と言われる。

時計を見ると午前12時。時計の針を一時間進めた。いつもなら、サマータイムは時間を損した気になるのだけど、今日は、得した気分しかしなかった。最高の一日でした。しかし、なんて濃い長い一日だったんだろう...


セントロ55

暑い...つい先日までの寒さは一体どこへ...道を真っ裸で歩いている人を良く見かける。

今日は台風の目。嵐のように忙しかったプロダクションが急に静かになる。マウロとビアは今日も撮影準備のためにあっちこっちどびまわり作業しているので、おいらだけ台風の目の中にいる。この突然訪れる「静寂」な時間が、妙に自分を不安にする。しかし暑い...


セントロ1


第二回クルーミーティングを行う。ビアの友人で、マウロがAD、アンドレアがPAとして参加してくれる事になる。午後3時まで脚本を4人分プリントアウトする。すでに手持ちの現金は制作費を残すのみとなり生活費が1レアルしかないので、しかたなく近所の銀行へ現金をおろしに行く。ところがどっこい、ATMの画面がポルトガル語のみ英語無し!ATMの前で固まった10秒くらい。全く予想すら出来ない。仕方なく、剛くんに電話。出ない...うーん困ったと思いながら仕方なくリベルダーヂへ歩いて20分。気温30度。坂道多すぎ。息があがる。ゼエゼエ...

ニッケイ新聞社に着いて小林さんがいたので、英語ATMがある銀行の行き方を教えてもらう。笑顔で書いて頂いた地図はなぜか遠回り。小林さんなんで?(笑)突然、剛君から電話。僕が「調子はどうですか?」と聞くと彼は爽やかに「じゃあまた」と言って電話を切ってしまう(笑)なんで?

小林さんに教わった銀行に行き現金をおろす。「為替がな...」とイレトの低さにしょんぼりしていると、ビアから携帯に入電。ビアに「茨城県人会の前に着いたわ、今どこ?」と言われ一瞬固まる。「え!?」と焦る僕。どうやら行き違いで会う時間を僕が?間違えたらしい。ミーティングの時間が夜8時と思っていた。

昨日のサントスの件もあり、気温30度の中、焦る。歩いて帰れば20分。走って帰ったら死ぬと思って急いでバス停に走る。折角走ったけど待てどもバスが来ない。仕方なくタクシーを使う。しかし、未だに自分の家の住所を覚えていない(ありえない)ので、ビアにまた電話「僕の家の住所教えて」ビア電話の先で爆笑している。ポルトガル語が分からないので、タクシーのおっちゃんに無理矢理携帯を押しつけビアとしゃべってもらう。なぜか道を説明するだけなのに3分くらいそのおっちゃんとビアはしゃべっていた。

タクシーで一路茨城県人会へ。タクシーの暇そうだったおっちゃんと「いや、今日は暑いね~どう?仕事忙しい?」などとスペイン語で世間話をする。県人会まで6レアル(=250円)

どたばたしたけど、ビアといっしょにマウロとアンドレアが表玄関で待っていてくれた。ビアとアンドレアは女性なので?フランスで言うビズ?で挨拶する。抱き合ってほっぺにキスし合う挨拶なのだが、おいらはこれが何年経っても慣れず上手くない。今まで何人の女性を抱いたか覚えていないくらい抱いたが、いつでも小っ恥ずかしい。

おいらの仕事場と化している会議室でミーティングを始める。絵コンテを見ながら打ち合わせ。広いスペースがありがたい。マウロもアンドレアもこれから映画業界で働くため、ベアトリスの元で修行中?みたいな感じ。でも二人ともテキパキ動くブラジル人。結局ブラジルの製作システムもアメリカと同じなんだな、と思う。

マウロからがんがん脚本についてダウトな部分の質問を浴びせられる。監督である自分よりも熱心である。これまたピンポイントで返答に困る困る。日本語なら笑ってごまかすので、英語でも笑ってごまかす。僕自身も良く分からないままやっているところがあるので、七転八倒しながらもなんとか答えて行くが、明らかにその場のお茶を濁す。後は、明日、ビアとマウロがなぜか?おいら抜きでブレイクダウンシートを作るらしい。土曜日にロケスカをマウロとアンドレアとする事になる。マウロが「ロケスカ何時からにしようか!?よし、朝8時に集合だ!」と監督である自分よりやる気満々。「え?そんなに早くなくても・・・」と僕は思ったりした。不届きである。ま、などと話し合いミーティングは終わる。僕がスケジュールに関してもの申すと、ビアが「だれがプロデューサーだと思ってるの!?私よ!」と非常にたくましい発言。確かに、ものすごく準備は順調。非常に頼もしい。僕にとってありがたいのは、全員タバコを吸っているので全然気兼ねしなくて良い事だ。僕がタバコを吸うタイミングでなぜか皆タバコを吸う。モクモク。愛煙家最後の地ブラジル。

その後、皆でビアの車に乗りサンパウロはセントロ見物に行く。ビアが気を使ってくれているのが分かった。夜7時。ライトアップされた?セントロは奇麗?だった。マウロとアンドレアが代わる代わる観光名所を説明してくれる。途中、アサイ?というフルーツジュースを皆で飲む。フェジョンを薄めて甘くした感じ?4人でワイワイ話しをしながらたぶん一時間くらいぷらぷらする。

その後、ビアが家族と良く行くイタリア人街にあるイタリアンレストランでたらふくピザを食べる。これがまたしょっぱいんだけど、昼間汗をかきまくったし、夜になっても気温が29度あり汗をかきっぱなしだった事もありおいしく感じる。スペイン並びにブラジルも飯が塩っ辛いのは、こういう訳なんだ、と一人納得していたが、マウロがさらにピザに塩をかけて食っているを見て眼がまん丸くなる。ありえない。

今までの僕の人生について?やお互いの近況などワイワイ話をする。土曜日はフェジョナーダの日だから一緒に食べに行こうなどと約束する。フェジョナーダは、もともとアフリカから連れて来られた奴隷達の食べ物で、豚肉と豆を一緒に似たものと教えられて「長崎のちゃんぽん」を思い出す。フェジョナーダ。日本に帰っても作って食べよう大好物。昔の奴隷はおいしいものを食べていたのだ。干し肉を入れないとあの味が出ないと剛くんが言っていた。

イタリアンレストランから帰りの車の中も楽しかった。僕以外、全員ブラジル人なのでポルトガル語が頻繁に飛び交う。焼けに語尾に「ネ」を付けるのが気になり、「なんで?」と聞くと英語のisn't it?と同じ意味らしい。僕が「日本人も語尾に「ネ」を結構付けるよ」と言うと、一斉に一々「ネ」を付けて皆話しだす(笑)すると、いや本当にそれが異常に良く分からないポルトガル語を偉く親近感が沸くものに変えた。「オブリガードね」「アキ・クイダードね」「ラドロンね」「あ~、ベアトリスね」うん、かなり日本語と使い方が似ている。後、こっちで英語の「Hi」のような意味で「Oi・オイ」という。でも日本語の使い方でも全然間違いではないらしい。ウェイターを呼ぶ時にも「Oi」などと言う。あと若干使い方が違うが「イ~ッス」は「その通り」などの意味で使うらしい。それもまた日本語の「イイッス!」の使い方でも間違いにはならない。そんな話をしていたらいつの間にか仲間意識がより強くなっていた。

さあ車中で音楽をかけ始めると皆ブラジル人。ワイワイ車の中で踊りだす。僕だけのり遅れる。ビアの隣でマウロがビアをちゃかす。ビアがよそ見運転して前の車にぶつかりかけ事故りかける。隣のマウロがビアをちゃかす。次の赤信号でビアがにやっと笑い、わざと急ブレーキを踏みマウロにやり返す。車中、子供のような騒ぎとなる。日本人との付き合いも大好きだが、こうして外国人達と騒ぐのも楽しい。気がついたら茨城県人会の前についていた。いや、ブラジル人は本当に陽気な人達である。

ケチャップ 世界三大ソースの一つ「ケチャップ」はすばらしい。しょっぱい物にケチャップをかけ食べるとしょっぱくなくなる。故にブラジルではケチャップがかなりの頻度で使われる。スペイン、ポルトガルも同様だろう。

ふと、ケッチャップの歴史が気になり調べてみる。

「語源由来辞典」
http://gogen-allguide.com/ke/ketchup.html

どうやら、ケチャップという言葉は中国語が源らしい???なんでか分からない。中国の塩漬けにした魚の汁「コエチアプ」がマレーに伝わり、イギリスに伝わり、ケチャップになったらしい。
イギリスでは「マッシュルーム・ケチャップ」が作られアメリカに渡って「トマト・ケチャップ」が生まれたそうな。ふーん。

ケチャップはパリでは結構卑下される。昔パリにいた時、フランスの食べ物にキッシュというのがあるが、それにケチャップをかけて食べていたら、フランス人の女の子が「ちょっと!あんたアメリカ人!?」と冗談まじりの剣幕で怒っていた。海外旅行では土地の物を食べよう。


絵コンテ2

朝11時起床。絵コンテを見直しながら、書いては消し書いては消す。切って貼って移動して。「あ、このシーンのこのカットは、こっちのシーンに流用出来るから...これはこうした方が要領良く撮影出来るから...ブツブツブツ...」と細々変更して結局パズルでも解いている気分になる。考えると、アニメーターは大変だ。実写はコンテまでで済むけど、アニメはここから原画、動画、セル、塗り...と続く。もしこの世に締め切りというものが存在しなければ、僕は死ぬまで絵コンテをいじっているのだろうか?


おかし

脚本はすでにロック!し修正はきかない。脚本を修正しなくても問題ないアイディアが出れば盛り込んで行く。当然でちゃうのでコンテにメモっておく。外国語の脚本の辛いところは何かアイディアが出たり「あ!しまった!」と弱点に気がついてもすぐには変更が出来ない。うーん。

ガシガシ絵コンテを書いていると、「一服入れな」と言わんばかりにマサオが差し入れを持って来てくれた。今日は仕事が休みな彼は家にいる。はあ、早く撮影始まらないかな...天気良いのに...外に出たい。

そんで差し入れてもらったお菓子がこれ。バナナと砂糖で作ってあるらしい。味は...日本にも良くあるグミっぽい黒砂糖まぶした...みたいな感じかな...なんだか河原の石ころみたいだ(笑)


田舎


隣の部屋に住むマサオから「実家に行くからいっしょに来ない!?」と誘われ、撮影の準備もすこぶる上手く行っているので、本日休日、向うブラジルの田舎町の名前はジャッカレー?ワニが沢山いたからそう名付けられたらしい。

朝8時、マサオと共に茨城県人会宿を出発。私営バスと地下鉄を乗り継ぎ、各田舎町へと発着するバスターミナルへ。ポルトガル語が出来ない自分はマサオに切符を買ってもらう。13レアル。マサオ売店でなぜかボールペン(0.80レアル)を買っていた。ジャッカレー行きのバス乗り場に付くと、僕が朝ご飯にパイ生地パンとガラナを買っている間、マサオが彼と僕のバスの切符に名前と住所らしきものを先ほど買ったペンで書いている...


書き込み


「ポ、ポルケ?」と彼に聞くと、マサオ「名前カイトカナいとダメナんだ。バスが事故したらあ~ぶない!」僕は良く意味が分からない顔をしていたのだろう、彼は更に口を開き、マサオ「田舎の道トカバス走っテルと、ガケから落っこちたりするべ?」僕「え?そうなの...」マサオ「だからその時のために、名前カイテおかないとダレがバスに乗ってたか分かンナクナッチまうんだ」

彼が言いたい事は分かったが、意味が分からない。崖から落ちるから名前を書く...たぶん、バスが事故にあった時の死亡名簿作成とか賠償金とかのためなのだろう。ありえない。

バスは、廃墟建物群の街サンパウロ市内からどんどんと郊外へと進み田舎街をひた走った。サンパウロの街をバス窓から見ていると、本当にサンパウロというのはあまりにも古すぎる汚い建物がほとんどだ。マサオ曰く2015年にブラジルはお金持ちになるらしい。良くわからない。

1時間15分で到着。想像していたより街は...良い感じの田舎!バスを降りると空気の奇麗さに気がつく。空気が旨い!サンパウロの空気が汚い分だけより感じるのだろ。テクテク歩いてマサオの実家に着く。彼のお父さんお母さんがもてなしてくれた。うれしかった。マサオのお兄ちゃんのトクイチさん、お姉さんのハルミさんと旦那さんのマルコスさんなどと会う。

彼らと一緒にお母さんの自家製?カレーをごちそうになる。旨かった。久しぶりに僕の大好きなベターフも食べさせてもらった。ベターフはまるで合成着色料を使った祭のテキ屋が売るリンゴアメくらいどくどくしい色をしているので敬遠する人もいるが、とても栄養があり体に良いと、野菜を作っているお父さんお母さんが教えてくれた。

食後はマサオが車で田舎町を案内してくれた(非常に運転が荒い)田舎道をひた走る、ひた走る。もうこの風景は二度と見れないかも...と人だけでない、風景にも一期一会があると勝手に納得しながら、放牧している牛に見入っていた。家に帰ると彼の兄弟達に誘われ、手作りバザー市?なるものに一緒に行く。まだココナッツの水?所謂果汁だが飲んだ事がなかったので飲んでみる。薄味のメロン水みたいな感じ。しかし、本当に落ち着く時間を過ごせた。

帰りは、マサオのお姉さん夫婦が車(なんとオートマ三菱車)で送ってくれたのだけど...運転がすごい...我々の前を走るバイクや車を「事故るって!」と内心ひやひやさせられる程あおりまくり道を譲らせる様は豪快(笑)...僕がパリに行く時、スペイン人の友人が「欧州は米国より運転がアグレッシブよ!気をつけて!」と忠告され、実際パリで車を運転していた時そのアグレッシブさに驚いたけど、今回はもっと度肝を抜かれた。現時点で自分の知る世界で最も車の運転が攻撃的街は、ブラジルはサンパウロです。ありえない...

本当に良い休日だった。リフレッシュ。また、明日から火中の映画製作に戻ります。

撮影チームがどんどん編成され、ロケーションスカウティングも始まり、プリプロダクションは順調なのに、今度は為替、いわば制作資金の問題が出て来た。今作っている長編映画は、基本資本をアメリカドルで製作している。現在$1=114円で円安ドル高...ドルを円に変えるなら良い時期なのに、これがドルをレアルに変えると、$1=2.25レアル、すなわち2倍にしかならず非常によろしくない。

一ヶ月半前は、$1=2.50レアルだったのに、このまま為替が変動し続けると目論んでいた制作資金が足らなくなる恐れがある。レイトが下がっているのだ。2、3年前なら$1=3レアル、3倍だったのに...うーん、胃が痛い。

今日、いよいよSPロケの要となるプロデュサーと会う。彼女の名前はベアトリス。撮影に関して初打ち合わせを行う。ここまでの道のりが...長かった。一時はどうなる事かと思ったけど、そんな一時はいくらあっても慣れるという事は決して無くて、やはりいつも冷や汗をかいてしまう。ここまでがまず長かった...

夜8時、ベアトリスは、忙しいスケジュールと渋滞をくぐり抜け、茨城県人会まで来てくれた。絵コンテなどの資料を見ながら打ち合わせしたかったので広い場所が必要だったのと、自分が待ち合わせ場所を指定されても辿り着ける自信が無かったためでした。

車でやって来たベアトリスは、茨城県人会施設の真ん前に路駐していた。路駐がものすごく不安らしく、隣の私営駐車場にわざわざ車を停め直した。夜8時以降でも強盗がかっぽするサンパウロ...そしてそんな地域に住む自分...ありえない。

実は、今日までベアトリスと会った事はなかった。一年前から彼女とe-mailで連絡を取り、大まかな話は済ませて来た。ベアトリスはいつも大変お世話になっている友人から紹介してもらった方で、ブラジル映画業界で、すてにプロのプロデュサーとして仕事をしている人だ。実際、彼女のような人が自分の自主制作映画を本気でプロデュースしてくれるか、自分の側にのみ不安な要素もあった。でもそんな不安要素は彼女に会ってすぐ吹っ飛んだ。

彼女は「はじめまして」と挨拶し彼女は社交辞令の世間話といった前置きは一切せず、バックからメモ帳を取り出し、流暢な英語で、どのようにプロデュースしていくか?撮影スケジュールは?クルーは?機材は?ショットリストは?とガシガシ僕の話を聞きながらメモを取って、ドンドン予定を決めて行く。彼女の姿は圧巻だった。プロの物腰だった。一番嬉しかったのは、自分の映画を自主製作として扱うというよりも一つの作品として愛情を注ごうとする彼女の姿勢だった。「良い美術監督がいるから紹介するわ」「セカンドカメラが欲しいの?じゃあ、私のPD150使って。予算軽減出来るでしょ?」「良いロケーションがあるの。来週連絡するから見に行きましょう」「予算は極力無駄のないようにゼロで済むものは済ませましょう。」テキパキ、テキパキ話を転がして行く彼女は、小さな巨人だった。

彼女との初ミーティングは3時間で終了し、そのたった3時間でSPロケのゴールまで見えてしまった。すなわち、彼女が全てを引き受けてくれたのだ。何よりも嬉しいのは、そのプロデュース力と早さだ。僕のしっちゃかめっちゃかな要求に嫌な顔せずすべて豊かに消化する彼女の経験にはありがたい・・・日常で英語が全く通じないこの地で、彼女のような存在は何者にも代え難かった。彼女さえいれば、SPロケは成功すると、そう確信した。

Film makerに人種や国籍は関係ない。どんなにルーズな国民性を持つ国であっても、Film makerはタフで責任感がある人種なのだ。最終撮影地、サンパウロ。この地での撮影成功の可能性大きく飛躍した。ガシガシ行きます。


ただ、一つ肝を冷やした彼女からの言葉


「もし脚本を読んでつまらなかったらプロデュースする気は無かった」


ちなみに、彼女に脚本を送ったのはブラジルに来てから。


もし彼女が脚本をつまらないと判断していたら、・・・