昭和の思い出にタイムスリップ!

今年も「博多町家ふるさと館」では、5月13日~6月19日で「第29回  思い出図画展」が開かれた。 この3.4年は毎年「 思い出図画展」を訪ねている。 出展者の皆さんが描いた絵画に自分の思い出が重なると、その絵の前でフッと足が止まるのです。

 

今年もそんな「昭和の思い出」を探すために「ふるさと館 展示棟」の2階を訪れた。

博多町家ふるさと館

 

博多町家ふるさと館」の館長・長谷川法世さんが、毎年「思い出の図画」募集で言っている。  「むかしの暮らし、懐かしい子供の遊び、今では見られなくなった風景など、心温まる作品ば待っとります。 うまい、へたはどげんでもよかけん、みなさんの思い出ば送ってつかぁさい」と。 今年の募集テーマは「なつかしい思い出」で、図画展の趣旨そのものです。

 

先日、政府から昨年(2025年)の出生数が67万1236人との発表があった。 戦後生まれの団塊世代である僕らにとって、近年の出生数を聞くと考えさせられることが多い。 団塊世代とは昭和22年(1947年)~昭和24年(1949年)の3年間に生まれた約806万人を言う。 年代毎では昭和22年生まれが267万8792人、昭和23年生まれは268万1624人、昭和24年生まれは269万6638人である。 昨年1年間の出生数約67万人は僕らの頃と比べると約200万人も少ない。 昨年の人口の自然減少(死亡者数ー出生数)も約92万人となり、19年連続となった。 つまり、総人口(=国力)が減っている。

 

これらの数値をみていると、これからの日本の行く末を色々と考えてしまう。 孫たち世代に社会保険料等の負担が覆いかぶさるのは辛い。 昭和のなつかしい思い出に浸っている場合ではない・・・でも、僕らは戦後の貧しい生活を苦しかったと思ったことはない。 ひもじい時も我慢できた。 玩具が無くとも、そこにあるもので皆で工夫して楽しんだ。 つまり、思い出我慢。 よって、そんな思い出の図画を観ながら、現役世代の負担を少しでも軽く出来るよう、自分の老後生活でできるものは何かを考えよう・・・例えば、贅沢は我慢して健康にお金を使うことも大切なことの一つではないやろか。 みんなはどげん思う?

 

 

今年も作品の受賞にこだわらずに、僕がフッと心に感じた作品を紹介したいと思います。

 

 「御三家」  作者 : 樋口 増美 さん

 毎週(1958年~1987年)日曜日お昼に放送されていた「ロッテ歌のアルバム」の思い出のようだ。 僕が中学生の頃には、既に放送されていたので良く知っている。 司会の玉置 宏氏の顔も思い出せる。 この頃は未だ「」や「スノーマン」のようなグループアイドルはいない。 音楽の形態も演歌・歌謡曲が主流だった。 そんな中で三人の歌手(橋幸夫舟木一夫西郷輝彦)が現れた。 三人は女子中学生・女子高校生、或いは主婦たちのアイドルだった。 昨年亡くなった橋幸夫さんの「潮来笠」が懐かしい。   潮来の伊太郎 ちょっと見なれば~ 薄情そうな渡り鳥~ 

 

 

 「けんけんぱた」  作者:三嶋  倫良さん   

 作者の三嶋  倫良さんは僕と同年の団塊世代。 子供のころ、家の近くの空き地や路地では、缶蹴り・ゴム飛び・コマ回しなどで遊んでいた。 上の絵は女の子が良く遊んでいて、僕は「ケンケンパッ」と言っていたけど・・・。 地面に線や丸を描ける温若(おんにゃく)と言う石を絶えず持ち歩いていた。 家の玄関前に掛けられた黄色の箱・・・これは新聞箱、いや、当時は牛乳瓶の配達があったような気がする。 ゴミ箱もこのような木の箱だった。

 

 

 「虫とりにでかけた日 ”列車が来るよ”」   作者:石崎 研二 さん

 僕が小学校低学年まで住んでいた長浜にはこんな風景は無かったので、虫取りの思い出はほとんど無い。 ただ、当時は長浜に国鉄臨海線が敷かれていて、石炭車や貨車が家の横を通っていた。 絵のように線路に耳を当てて、列車が来ているかどうかを確認していた。 石炭車が通過した後は、山積みされた石炭が揺れで線路脇にこぼれ落ちている。 それを線路沿いに歩いて拾い集め、竹カゴに一杯になった石炭を持ち帰ると母が喜んでくれた。  今思えば、とんでもない危険な遊びをしてたもんだ。

 

 

 「祭りの日の神器のうぶ声    作者:瀧川 正章さん

 作者が近くの神社のお祭りに行った時の思い出。 全国で初めて発売になった白黒テレビが、境内でお披露目された時の思い出のようだ。 テレビが発売されたその年とは、調べてみると昭和28年(1953年)のようである。 この絵はテレビの販売促進イベントのようであるので、その年から2~3年後のことかもしれない。 僕の家にも10年後の中学生の時にテレビが届いた。 なんで、動く写真が電波で送れるんだろう、と不思議に思った。 直ぐに「月光仮面」、「ローハイド」などのテレビドラマに夢中になった。 絵の左上に小さな三輪トラックが見える。 これは当時、商店街などで活躍していたダイハツの「ミゼット」ではないだろうか? 大村 崑さんのTVコマーシャルが懐かしい。

 

 

 「ザリガニ釣り   作者:河野 純治さん

 近くの溜め池でのザリガニ釣りの思い出のようです。 僕の小学校高学年は警固小学校の校区に住んでました。 近くに溜め池は無かったけど、ザリガニ釣りの記憶はあります。 場所はと言うと、現在の「けやき通り」です。 ここはお城の南側の外堀があった場所で、道路として整地され埋められた後もお城側に沿って小さな水路が残っていました。 この水路に結構な数のザリガニが生息していて、弟と一緒にザリガニ釣りに来てました。 作者の河野さんはカエルを餌にしていたようですが、僕らはスルメを糸に巻いて投げ込んでました。 沢山獲れた時は、母に調理してもらって食べてもいましたネ。 近年はザリガニを見ることもなくなりました。

 

 

 「駅伝大会」   作者:佐藤 純之さん

 作者の佐藤さんが参加した「駅伝大会」とのことで、場所は香椎宮入口の参道とあります。 香椎宮参道で行われた「駅伝大会」とは地域の学校主催の駅伝でしょうか。 この近く一帯を走って、タスキ渡しはこの一か所だけのようです。 舗装もされてなく、車の通行もほとんどなかったと説明に書かれています。 駐車場横の社務所に向かう道の当時の様子が良く分かります。昨年9月、国道3号博多バイパスから市道香椎4800号線がこの鳥居前に開通して、現在は多くの車で賑わっている。 

 

 

思い出を辿れる間は、健康に留意して毎日を大切に過ごそう。 つまり、健康寿命を伸ばすってこと・・・これが、現役世代の社会保障負担を減らすことになるとです。

 

思い出図画展2026」は、6月19日(金)まで「博多町家ふるさと館」で開かれているヨ。

 

長谷川法世さんと  2026年3月 博多町家ふるさと館にて

 

 香椎うっちゃんのブログ  博多町家思い出図画展2023

                思い出図画展と博多レトロ博2024

                「博多町家思い出図画展2025

 

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