軍艦香椎が護衛した輸送船団
天皇陛下は平成27年12月23日の「誕生日のお言葉」の中で、先の戦争について以下のように述べられた。
「今年は自然災害など、痛ましい出来事があった一方、日本人２人がノーベル賞を受賞するなど、明るい話題もありました。（中略）今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては、軍人以外の人々も含め、誠に多くの人命が失われました。（中略）軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。（中略）軍人や軍用物資などを乗せる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました。（中略）制空権がなく、輸送船を守るべき戦艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。（中略）先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが極めて大切なことと思います。」
香椎宮境内に建立された「軍艦香椎顕彰碑」に刻まれた碑文を読むと、軍艦香椎は輸送船団10隻を護衛中に、敵の攻撃を受け沈没したことが分かる。
●軍艦香椎慰霊祭
昭和20年（1945年）1月12日、仏印（ベトナム）キノン湾沖で「香椎」はどのような状況下で輸送船団を護っていたのか・・・。
●軍艦香椎
シンガポールを拠点に山下将軍のマレー上陸作戦に活躍した「香椎」は、昭和19年（1944年）5月3日、海上護衛隊に編入され、船団護衛及び対潜水艦掃討任務に就いた。
そして11月15日、「香椎」は他の海防艦（対馬・大東・鵜来・23号・27号・51号）と共に第101戦隊の編成に加わり、その旗艦となる。
第101戦隊の司令官は渋谷少将で旗艦「香椎」に乗り込む。「香椎」の艦長は5代目・高知県出身の松村大佐。
●東南アジア図
11月17日、第101戦隊はシンガポール●を出発し、「ヒ80船団」を護衛して長崎に帰国。
輸送船団は記号で呼ばれていた。「ヒ」は日本とシンガポールを結ぶ一番重要な輸送航路で「ひのまる」の「ヒ」。 数字は日本からの往路が奇数、復路を偶数で表す。「ヒ80船団」と言うのは復路40番目のシンガポール発輸送船団を言う。
重要な輸送船はタンカーとなる。インドネシア各地で産出した石油を日本本土へ届けなければ戦争を続けることが出来ないからだ。
12月19日、第101戦隊は「ヒ85船団」と「モタ37船団」を護衛して門司港を出発。
「モタ」の「モ」は門司、「タ」は台湾の高雄●です。「モタ」は門司と高雄を往復する輸送船団。 高雄●で「モタ37船団」と分かれ、12月27日出航。
途中、海防艦の「対馬」が船体損傷のため、離隊。第101戦隊は6隻の編隊となる。
「ヒ85船団」を護衛し、年が明けた昭和20年1月4日、仏印（ベトナム）のサンジャック港●に到着。
ここで第101戦隊の渋谷司令官は新たな命令を受けた。
シンガポール●を出発した「ヒ86船団」をサンジャック●で待ち受け、そこから日本まで護衛する任務だった。
渋谷司令官は「香椎」の松村艦長ほか海防艦の各艦長に任務の重要性を説明した。
「ヒ86船団はタンカー4隻と貨物船6隻の大型船団であり、石油の他、ボーキサイト、生ゴムなど極めて重要な天然資源を満載しておる。承知の通り、米機動部隊が南シナ海まで展開を始めた。我々の任務は、この船団を無傷で本国まで護送することである」。
「ヒ86船団」10隻と「第101戦隊」6隻の計16隻は1月9日、サンジャック●を出航。
●仏印（ベトナム）沖の図
日本軍は米軍よりレーダー機能が劣るので、夜間の航海は避けて沿岸に停泊する。
「ヒ86船団」10隻は以下の民間輸送船で編成されていた。
１、タンカー 極運丸 （極洋捕鯨 10,045ｔ）
２、タンカー さんるいす丸 （三菱汽船 7,268ｔ）
３、タンカー 大津山丸 （三井商船 6,859ｔ）
４、タンカー 昭永丸 （大阪商船 2,764ｔ）
５、貨物船 永萬丸 （日本郵船 6,968ｔ）
６、貨物船 予州丸 （宇和島運輸 5,711ｔ）
７、貨物船 辰鳩丸 （辰馬汽船 5,396ｔ）
８、貨物船 健部丸 （大阪商船 4,519ｔ）
９、貨物船 第63播州丸 （西大洋漁業 533ｔ）
10、貨物船 優清丸 （東京都 600ｔ）
「第101戦隊」6隻の編成は
１、巡洋艦 香椎 旗艦
２、海防艦 大東（だいとう）
３、海防艦 鵜来（うくる）
４、海防艦 23号
５、海防艦 27号
６、海防艦 51号
1月11日夜はキノン湾●に停泊。
船団の船員も戦隊の兵士も、誰もが明日の運命を知らない。
12日朝、キノン湾を北上して間もない午前10時、敵空母を発艦した偵察機に発見された。
渋谷司令官は覚悟を決めて「ウムッ」と呟いた。
「敵機動部隊がこんなに近くまで来ているとは・・・」
今までは、制空圏は確保されていた。敵空母発艦の爆撃機による攻撃を防ぐ武装が弱いことを渋谷司令官は危惧していたのだった。
敵機来襲まで1時間とみた渋谷司令官は、横にいた松村艦長と士官に戦闘隊形を整えるよう指示を出した。
接岸航行とし、内側に輸送船団、外側に101戦隊の2列縦隊とする。
●キノン湾沖の戦闘隊形
沖の敵潜水艦から魚雷攻撃を受けた場合、第101戦隊の艦隊が盾になって内側の輸送船を守る。 また、輸送船が沈没から積み荷を守るために意図的に座礁させやすくする。
101戦隊の先頭は「香椎」、最後尾は海防艦51号だと確認できたが、他の艦は輸送船も含め航行の順番はわからない。 但し、一番多くの石油を積み込んだ最大級のタンカー極運丸は、「香椎」がその横で護衛、そして海防艦「鵜来」は「香椎」の後ろを航行していたのではないかと想像している。
「軍艦香椎」はじめ各海防艦も兵士の戦闘体型が整った。
午前11時6分、敵爆撃機の第1波16機による空襲が始まる。 第101戦隊も反撃に出た。香椎や海防艦は12cm高角砲による対空砲火で応戦。海防艦や輸送船に装備された25mm機銃も敵爆撃機に向けて火を噴いた。
敵爆撃機は第101戦隊の反撃をかわしながら、輸送船団に目標を定め攻撃を仕掛けている。 攻撃開始から20分後、宇和島運輸の予州丸が爆弾を受け炎上沈没。
12時より少し前に、第2波数十機の敵機が現れると、渋谷司令官は各艦に暗号表などの機密文書を処分する準備を命じた。
12時20分、日本郵船の永萬丸が3発の爆弾を受け轟沈。三井商船のタンカー 大津山丸は中破炎上し舵が不能に。
その後も、第3波、第4波と敵機の波状攻撃が続いたが、第101戦隊は必死に船団を守っていた。 しかし、途切れることのない敵機の攻撃に味方の被害も大きくなっていった。
午後1時45分、香椎は5発の爆弾を受け、続けて2発の魚雷が艦後尾に命中。
渋谷司令官はそれでも各艦に指示を出し続け、松村艦長は部下を励ましている。
艦後部の弾薬庫が爆発し、海水が入り艦首を上に棒立ちとなりながら沈み始めた。
機銃席の若き兵士は波の間に沈んで見えなくなる瞬間まで敵機を撃ち続けていた。
軍艦香椎、2時8分轟沈。 嗚呼壮烈軍艦香椎！
渋谷司令官、松村艦長はじめ621名が艦と運命を共にした。 香椎の生存者7名は後ろを航行していた海防艦・鵜来に救助された。
この後、2時16分に最後尾の51号が爆弾を受け沈没。 2時30分、タンカーの大津山丸は操舵不能のまま座礁。
香椎の護衛が無くなった最大級のタンカー極運丸は敵機の的となり、集中攻撃を受けた。
敵機が撮った極運丸の写真が残っている。
●炎上する極運丸
沿岸部に斜めになって座礁し炎上している。 写っている敵機はSB2C（急降下爆撃機・ヘルダイバー）。
三菱汽船のタンカーさんるいす丸が最後まで残っていたが、沈没を免れるため午後4時、故意に座礁させた。
しかし、午後6時までの延べ300機を超える波状攻撃により、座礁した輸送船にも徹底的な追撃が加えられ「ヒ86船団」10隻は積荷も含め全滅。
16隻のうち、海防艦の鵜来、大東、第27の3隻が損傷しながらも生存者を救助し、夕刻のスコールに隠れて、その場から退避できた。3隻は幸運にもその後の敵攻撃を受けること無く、自力で日本海軍の海南島基地●へ辿り着いた。
この日の「ヒ86船団」の全滅は日本の戦争継続能力に大きな打撃となった。
当時、昭和天皇の側近であった木戸幸一氏の記録（日記）が残っている。
それには“昭和天皇はこの1月12日の「ヒ86船団」と「第101戦隊」の悲報を聞いて、終戦の意志を口にした”と書かれていた。
●軍艦香椎 戦没者名碑
戦没者氏名が刻まれた碑の最初に渋谷司令官と松村艦長の名が見える。
「ヒ86船団」と「第101戦隊」の亡くなられた英霊に合掌。
＊参考資料：香椎宮軍艦香椎顕彰碑文、ヒ船団（ウィキペディア）
＊軍艦香椎沈没場面の画像は、H/P「大日本帝国軍 主要兵器」よりお借りしました。
＊炎上する極運丸写真 他（パブリックドメイン確認済）
＊2015年ホームページ発表分に加筆、再編集してAmebaに投稿。
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