プールサイドの人魚姫 -99ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


鳥インフル 先日、宮崎県で発生した鳥インフルエンザ問題が風評によって日本各地に飛び火し、養鶏場の経営者が頭を抱えている。実際のウイルスよりも風に乗って瞬く間に拡がる噂の方が遙かに怖い。消費者は食品の事となれば真っ先に安全を確認する。不二家の件も同じであるが、口に入れる物でもあり神経質になるのも無理はないが、生まれて数ヶ月経つ赤ん坊は何でも口に持っていく。誰が教えた訳でもないのに手の届くものはまず口で確認する。これは人間が生きていく上で自然から授かった本能である。赤ん坊の口から大量に唾液が分泌し、よだれ掛けは直ぐ湿り気を帯びる。唾液の分泌量は非常に重要で、外から進入する菌を唾液に含まれる成分が身体の中に入る事を防いでいるわけだ。虫歯の少ない人は唾液の分泌量が多いはず。人間の身体と言うものは実に良く出来ていて、何処か具合が悪くなれば脳がサインを出して教えてくれる。だから痛み等は有難いものと考えた方が良い。無痛病という原因不明の病気があるが、これは実に悲惨な状況に陥る。痛みを感じないので、身体中あざだらけ、骨折しても気付かない。対処しようがない厄介な病気の一つ。鳥インフルエンザがどの様な形で発生するのか、媒介は何かいまだ特定は出来ておらず研究者の頭を悩ませているが、これはウイルスが突然変異を起こしたものと思われる。何故変異したのか?答えは環境破壊。人間が己の手で生み出した地上最強のウイルスなのである。

プリン 不二家の問題が発覚し、巷から商品が消えてから一週間も経つだろうか。しかしながらこれ等の問題は時間経過と共に新たな不正が次々と浮かび上がってくる。社長は辞任し、安全管理の徹底を促進すると言うが当然のことである。当たり前なことが出来ない人間は多いが、大企業が人に害を及ぼすような事は断じて許されるべきことではない。今後不二家がどんな道を辿るか知らないが、消費者の信頼を取り戻しブランドの再生は想像を超える厳しいものになるだろう。
日本列島には隠蔽体質が蔓延っており、今は不二家がその矢面に立ち、マスコミを初め、消費者などから厳しいブーイングが飛び交ってはいるものの、これは単なる氷山の一角でしかない。国を司る役人や政治家、教育者、警察署、公務に就いている者たちの不正、隠蔽体質には目に余るものがある。教育者にいたってはいじめを隠し、政治家どもは税金の使い道を誤魔化す。警察署は手抜き捜査、取調べ室で行われる脅迫まがいの供述書作り。人間は弱いもので、自分の足元が危うくなれば自分可愛さに嘘をついたり誤魔化したりと、実に狡猾な生き物でもある。それは後になって後悔の念に苛まされる結果にもなるが、一瞬の判断が個の生き方を左右することもある。個人の付いた嘘の延長上に今回の不二家があると言える。雪印と同じ親族で固めた経営陣、気の緩みが光り輝くブランドに針の穴を開けてしまい慌てて蓋をする行為。漏れて行ったものの重大差に気が付いた時長年培って来たブランドは僅か一日で崩れ去るのである。



地震だ!
早朝、薄っすらと東の空に日差しが見え始めていた。台所では朝食の支度に火が鍋の蓋を揺らしていた。ポストに朝刊を取りに行く者、TVのリモコンにスイッチを入れ見慣れた番組を確認する。子どもたちはまだ夢の中にいて、母親は凍てついた朝焼けを眺めながら暖を取る用意。自転車で駅に出掛ける者、街は日常の生活を始めようとしていた。それが一瞬にして悪夢と化すことなど、誰に想像出来ただろうか。1995年1月17日(火)午前5時46分52秒のことだった。地中深くから地鳴りと共に襲いかかった未曾有の大地震。神戸の街が瞬く間にまるで大巨人の手によって握り潰されるような衝撃だった。高速道路は崩れ落ち、電車のレールは飴のように曲がり、穏やかな朝の風景は地獄へと一変した。逃げ惑う人々、何が起こったのか理解不能のまま裸足で家を飛び出る人たち。悲鳴とともにサイレンの音が街中を包み込む。そして火災発生…。時間が経過する度にその被災状況が明らかになる。政府が救援対策本部を設けたのは地震発生後かなり時間が経ってからであった。当時の首相「村山」さん、政府関係者も最初は耳を疑っていた。届かない自衛隊の救援、地元の消防隊だけでは余りにもこの巨大地震の前では無力だった。この地震で6000千名以上が命を落とし、負傷者は4万人以上。家屋を失った人々は46万世帯にも及ぶ。あの阪神淡路大震災から12年が経ち、街は少しずつではあるが通常の港街神戸へと復興して来た。その影には多くの市民、ボランティア団体などの応援もあったが、惨劇を乗り越え新たな笑顔を求めて災害に負けない強い心を取り戻した人たちが大勢努力した結果ではないだろうか。しかしながら、忘れたくとも心の奥に突き刺さった地震の棘はそう簡単には抜けない。自然の猛威は容赦なく人々の幸福を打ちのめす。こんな時こそ人間の絆がいかに大切かを知ることが出来る。人が人を助け合う事の尊さを忘れないでいたいものだと思う。


デス
爆発的な大ヒットを記録したデス・ノートの勢いが止まらない。テレビアニメ版「デスノート」がいよいよ世界に向けてネット配信。配信先はとりあえず北米に限られているものの、当然ながら配信元の日本テレビは世界を視野に入れている。日本国内で充分過ぎるほどの人気を得て、子どもから大人まで幅広い層に浸透したコミック。死を自由に操るデスノートの存在は現代人の複雑な心境をドラマチックに描き、誰もが一度は手にしたいアイテムとなった。理不尽な犯罪がまかり通る現代社会の闇が作り出した傑作コミックでもある。人の死を思い通りに出来るこれぞ究極の快感であろう。だが、そのノートによって自らが地獄に落ちる事も確かであり、これは核兵器を手にしたテロリストとなんら変わらない。自分を神と勘違いしそのアイテムを使いこなせなくなった時、人は本当の死神を見てしまうのだ。哀れな人間たちよ、世界がお前の手の中に落ちる事はない。己の非力さに何れ打ちのめされ神に手を合わせすがってみても、世界はもうお前に二度と振り向く事はないだろう。

 

お蔵入り

小泉政権を丸ごと引き継いだ安倍総理が、シンプルな言葉「美しい国」をスタートさせた時点で、この国に明るい未来は無いと感じてはいたが、安倍内閣を司る大臣たちから噴出す不祥事に驚き、また呆れてしまう。彼らは政治の信念すら持っていない欲の塊でしかない。頭を下げ、首だけ変えて辞表を出す。それで責任を果した事とし問題の究明はなされない。私利私欲の為に税金をたらふく使い、国の事など真剣に考える政治家はいなくなってしまったのだろうか?三島由紀夫のように腹を切れる覚悟のある政治魂を持つ骨太の政治家は今の日本には不要なのだろう。それでも自民党に一票を入れる国民にそれ以外の選択支がないのも事実である。野党はまとまりがなく、頼りない。政治が腐れば日本列島は腐敗し、それは企業や国民に悪影響を及ぼす。まさに悪循環の真っ只中に我々は置かれている。教育が必要なのは政治家自身である。格差是正国会から漏れ聞こえる言葉は国民を窮地に追いやる法案ばかりが目立つ。「残業代ゼロ」のホワイトカラー、夕食を家族全員で迎える事の必要性を苦労知らずの坊ちゃん育ちに今更言われたくもない。サラリーマンは必死で仕事をこなしている。その影には家族の努力と理解が存在するのだ。分散化された家庭の食生活をここでとやかく言う気もないが、日本の経済を支えるため多くの国民が大事な時間を犠牲にして労働に励む。ゆとり教育は空回りして終わり、過去に戻ろうとしている。学力低下は一体誰が種をまいたと思っているのだ。人間性の失われた時代を象徴するかのように犯罪は更にエスカレートする。モラル低下は留まる事を知らず、日本列島をこのまま放置してきた大きなつけがいつか津波となって押し寄せるだろう。

 


ソフトクリーム 養護学校にいた頃、週に2回おやつの日があり自分の好きなお菓子を注文する事が出来た。私のお気に入りは「カルビーのかっぱえびせん」そして「不二家のミルキーバー」だった。ミルキーはママの味…とCMソングが流れていた。それがなんと「毒の味」になろうとは。菓子メーカーの老舗「不二家」が消費期限の切れた牛乳を使用してシュークリームを作り出荷していた問題で、消えたブランド「雪印」が有難くない思い出に溶け出して来た。さて消費期限と賞味期限この違いはなんだろう?どちらも同じ意味合いを含んでいるが、賞味期限切れだったらまだ何とか食べられる。しかし消費期限はかなり不味い。ランクから言えば消費期限の方が重大である。全ての生産者は製品の品質・安全管理を怠ってはならない。内部統制が行き渡っていない企業の不祥事は後を絶たないが、その責任は全てトップの社長に向けられる。人間は目に見える部分ばかりに気を取られ、見た目を良くしようと粉飾する。根っこが腐ればどんなに高いビルも軽い地震で崩れさる。大事な部分を人に見せない植物は偉大だ。根がしっかりしているからこそ立派な枝葉を大空高く張る事が出来る。ペコちゃんポコちゃんの泣き顔は見たくないものだ。


初仕事 悲しいお知らせの後に嬉しいお知らせ…今年のお正月は思いがけない友人の死により波乱な幕開けかと思いましたが、皆さんに約束した通り吉報をお届け出来て大変嬉しく思っております。就職が決まり、本日初出勤でした。初めての就職先であれば一日目は緊張の連続ですが、なんと私、緊張度0でした。笑顔で挨拶、笑顔で応対、そして歯切れの良い会話。どこから見てもベテラン社員のようです。確かに社会人としてみればベテランではありますが、その会社に取っては新人であり、仕事の内容も初めて接する内容。似通った部署に配置されたとしても会社のカラーは全く違う訳で、今まで培って来た仕事のノウハウを活かしつつも、でしゃばり過ぎずその会社の色に染まって行かなくてはならない訳です。自分のカラーは多少控えめにする方が複雑な人間関係は上手くいく事と思います。新卒の社員であれば上司も最初から期待を持つ事もないでしょうが、社会人経験豊富な年齢でもあり、上司や周りの社員に「こいつ大丈夫かな?」などと不安を抱かせてしまっては自分の為にもなりません。かといって大きな期待を持たせてしまうと今度は自分が辛くなってしまいますかから、微妙な温度差を保ちつつ継続出来るように心がけましょう。今回の面接結果は4勝4敗。これは出来過ぎで、4社から採用通知が届きました。前回が惨敗で終わった事が信じ難い内容。何故このような嬉しい結果になったのか、それはほんの少し話の内容を変えただけでした。恋人を口説き落とすのと同じ事、絶対自分の物にすると言う意気込みがなければ達成は難しいでしょう。4社全てに就職出来るほど自分の分身が欲しいと初めてこの時感じました。就職先を決める時の重要なポイントは交通の便、待遇などでしょう。自宅から会社まで出来るだけ近く、そして家族4人の生活を支える基盤となる給与。この全てを充たす会社を選べば良い訳ですが、それより更に重要な事はその会社でより長く勤務出来るのか、目先の事に捉われ給与だけで選択すると結果的に失敗する事があります。自分の年齢も考慮しつつ、慎重な決断を迫られる事になります。駅から徒歩2分という立地条件、そして通勤時間も電車に乗っている時間は25分以内。心臓に障害を持つ身としては通勤時間の長さも重要です。17時20分仕事終了、帰宅時間は18時10分。捨てる神あれば拾う神有り、今迄も多くの人に支えられ、生きて来た自分が今度は恩返しする番だと思って仕事に打ち込もうと思います。家族の笑顔や皆さんの応援や励ましは財産だと思っております。

養護学校時代の同級生が急死した為、ブログの更新をお休み致します。気持ちの整理がつき次第復活しますので、暫くお待ち下さい。


Uターン お正月を故郷や海外などで過ごした人たちのUターンラッシュが昨日から今日にかけてピークを迎えた。故郷で待つ両親や友人などと再会し、一年分の溜まった思い出話に笑顔が零れただろう。夏はお盆、冬は正月。この二つは普段会えない人たちが顔を合わせる絶好の機会でもある。故郷の良さは離れてみて初めて知ることもあり、やはり生まれ故郷の味は格別である。私は静岡県藤枝市が故郷であるが、東京に出てくる半年ほど前横浜に住んでいた事がる。23~24歳の時だった。久しぶりに静岡市に住んでいる叔母に電話を入れると、信じられない言葉が返って来た。「とし、藤枝の家が火事で焼けたんだよ…」「ええ?本当に、いつの事?」1980年12月の事だった。凍てついた冬の夜空を轟々と炎が舞い上がり、家や広い庭が瞬く間に焼け落ちた。実家での生活は中学1年の2学期まで過ごしただけと言う事もあり、当時はそれほど愛着を持っていなかったので衝撃はあまり受けなかった。実家には父も母も亡くなって伯父さんだけが住んでいたから、盆や正月が来ても藤枝に帰る事は一度もなかった。人に寄っては故郷が無いなどと言う人もいるが、故郷が自分の生まれた場所だとは限らない。自分にとって一番思い出深い場所。一番好きな所。それが故郷というものではないだろうか。懐かしく心にいつまでも残っている場所は誰にでもある。それこそが真の故郷なのである。

元旦 皆さん、新年明けましておめでとうございます。東京はあいにくの曇り空で午後になってから漸く薄日が指しました。初日の出を見られなかったのが少し残念に思いましたが、穏やかな元日を迎える事が出来ました。元旦と元日が混同してしまいがちですが、元日は1月1日を指し、元旦は元日の朝の事を言います。昨夜からの続きで飲んだり食べたりを繰り返し、少しお酒が残っている人もいるかも知れませんね。私は毎年の事ながら35年も付き合いのある友人が我が家に必ず訪れます。子どもたちはお年玉が貰えるのが楽しみな様子で、年末が近づくと必ず「○○おじさん来るかな?」と質問して来ます。私には30年と言う長い期間付き合いをしている友人が多くいます。家族に恵まれなかった事もあり、自分が窮地に追い込まれた時助けてくれるのは友人でした。友人たちとの絆は深く言葉を交わさなくとも目と目が合うだけで充分だったり、電話で声が聞ければ長い間会っていなくとも心は繋がっているものです。昨年は絆がクローズアップされた年でもありましたが、ポストに溢れる年賀状の数も絆を表しているものでしょう。自宅マンション前の道路は柴又街道、有名な映画「男はつらいよ」の帝釈天まで繋がっています。昨年の初詣は帝釈天、帰り道は葛飾柴又の商店街を大勢の初詣客に混じって願をかけたものでした。今年は3日に行く予定です。ブログの皆さんもどうぞ良い年になってくれる事を願っております。今年もプールサイドの人魚姫をどうぞよろしくお願いします。