プールサイドの人魚姫 -100ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


大掃除 今年も残すところ僅か数時間と迫った。年賀状の作成に時間が係り、大掃除は結局大晦日になってしまったが、漸くその掃除も終わった。約6畳程度の自分専用の部屋だからそれ程時間はかからない。溜まったゴミを整理していると一番目立ったのが各社の不採用通知。いつまたお世話になるかも知れないので、思い出として捨てずに残しておいた。ブログを始めて約一年と半年が過ぎ、それまでに多くのブロガーの皆さんと交流を持てるようになり、このブログがここまで成長して来たのは自分の力だけでなく、それを支えてくれる皆さんがいたからだと思う。今年一年を振り返って見ると、それなりに嬉しい事や悔しい事など色々あったが、社会復帰が果せず5月に退職という厳しい選択があったり、11月の面接では惨敗をきし現実の厳しさを味わう羽目になったりもした。8月から9月、11月は体調を崩し、ブログの更新は指で数える程だった。もうブログを止めようと思った事が何度かあり、落ち込んでいた自分に励ましのコメントが沢山届き、嬉しくもありそれが多少プレッシャーになったりもしたが、ブログプールサイドの人魚姫は最早私だけのブログではなく、皆さんと一緒に作り育てていくものである事に気付いた時、命ある限り続けて行こう、もし私が死んだら誰かに後を引きついで貰おうかと思っている。今年果たせなかった目標は心新たにして来年に持ち越してしまうが、来年こそ社会復帰を果し、そして詩集や小説の出版に向けて準備を進めて行きたいと思っている。皆さん、来年の抱負はもう決まりましたか。いのししの年でもあり、家の息子は年男。がむしゃらに突き進んで見るのも良いかも知れません。皆さんに感謝すると共に今年以上に皆さんにとって良い年になるよう心からお祈り致します。今年は本当にありがとうございました。

スケート トリノオリンピックから早10ヶ月が過ぎた。荒川静香がもたらした最高のプレゼント「金メダル」に国民が熱狂したのもまだ記憶に新しい。イナバウアーは今年の流行語大賞にノミネートされ、日本フィギュアスケート界が世界の頂点に立った時の感動は今も忘れない。スケート連盟の不祥事が選手たちの足を引っ張るかと思われたが、そんな醜い大人たちに動じる事もなく選手個人個人はトリノの教訓を活かし大きく成長していた。荒川静香はプロへそして活躍の舞台はスケート以外でも発揮されている。翼を大きく広げた白鳥は未知の世界にも挑戦し続けているのだ。そして先日行われたフィギュア全日本選手権では、見事に優勝を果した浅田真央の姿があった。これまでの道のりは平坦ではなく、ひしめき合うライバルたちの存在。スケートリンクが恋人と言う安藤美姫、優勝候補の筆頭を飾る村主章枝など。全ての選手が荒川を追い越せとリンクの上で熱い火花を散らし氷も溶けるほどだった。日本フィギュアスケート界の未来は明るく輝いているだろうし、次々と誕生する銀盤の妖精たちに惜しみない拍手と声援は途切れる事はないだろう。笑顔の素敵な真央選手の瞳に光る涙は、力を出し切った自分へのエールだったかも知れない。

れれれ 皆さん、大掃除はもう終わりましたか?我が家はわたしの部屋だけが手付かずのまま乱れきっております。年賀状やらブログの更新に忙しいなんて口実は通用しませんね。掃除をして部屋が綺麗に整頓されると自分の気持ちもすっきりするものです。ですが、掃除がとても苦手です。父は非常に綺麗好きで、30畳もあろうかと思われる部屋を隅から隅までほうきと雑巾がけをやっていました。酔って暴れる父が同一人物かと疑うほどでした。わたしはその父の血を引き継いでいないようで、いつも先伸ばしです。日頃からキチンと掃除を心がけている人は年末になっても慌てて掃除機をかける事もないでしょうが、子育てや仕事を抱えた主婦にはとても時間が足りません。家族総出で大掃除なんて風景も見られますが、この大掃除ただ綺麗にするだけが目的ではありません。一年間溜まった汚れをふき取るのも大事ですが、家というのは知らない内に悪いものがとりつき溜まって行くもの。その溜まった邪気を追い出すという目的もあるわけです。新しい年を迎えるにあたり、昨年の自分を振り返り反省する。中には無用な物や時には大切にしていた懐かしい物を再発見する事もあるでしょう。忘れかけていた思い出につい掃除する手が止まったりと…。出来れば心の中も整理整頓出来るといいですね。

カツラ 昨年11月から今年前半にかけて日本列島を揺るがした耐震偽装問題。政治家も含め、この事件に関係した人物は多数に及ぶ。そして自分は正しいと言わんばかりに正当性を国会の場で訴える。罪の擦り合いは、まるで子どもの悪戯を他人のせいにする小学生レベルの質疑応答だった。さて先日のニュースで姉歯被告に懲役5年という判決が言い渡されたが、偽装については姉歯元建築士の単独犯行と結論づけられた。またもや罪を一人の者に押し付け決着を急ぐ影の取り巻き連中がこの一歩間違えれば大きな災害を招き、国民の信頼を裏切った責任者の追及もなされず、闇に葬ろうとしている構図が浮かび上がった。この判決で直接被害を受けた人たちが果たして納得するだろうか?信頼回復は何処へ行ってしまったのだろう。この事件さえ既に国民の頭の中から消えかかっているに違いない。直接被害に合った人はともかく、わたしたち傍観者にとっては日常的に起こっているスキャンダラスなニュースの一駒に過ぎない。事件に巻き込まれなければひとごとのように、それでも多少怒りはするものの時間の経過は残酷で、裁判の行方が新聞の片隅に載れば「ああ、そんな事もあった」と姉歯被告のかつらを思い出す程度だろう。国民の感情を知り尽くしたマスコミとそれを利用する悪の中枢にとっては幕引きのタイミングだけを計っているに違いない。

忘年会
一年で12月ほど忙しい月はないだろう。来年に向けて慌しい準備と今年一年を振り返る行事があったり、お正月を迎える為の準備に追われる。年賀状、大掃除、クリスマスなど。そしてもう一つが忘年会。今年を締めくくる為に欠かせない恒例の飲み会でもある。会社勤めしている人は社員同士で、そうでない人もお酒を飲む口実に仲のよい人たちが集まって今年を振り返る。来年の話をしても、もう鬼は笑わない。わたしは「酒」と言う言葉に敏感である。嫌いではないが、病気のため殆ど飲めないに等しい。それでも20歳の頃などは正月になれば友人宅で一升瓶の日本酒とウイスキーのボトルを二人で空にしてしまった事もある。一晩で飲む量としてはかなり多い方だと思う。次の日は朝から頭がガンガンして二日酔い、一日中横になっていた。急性アルコール中毒で亡くなる人もあるし、自分の身体にあった飲み方をしないと取り返しのつかない事になる。わたしの父はアルコール依存症で酒乱だった。私の子ども時代はこの父と酒との闘いの日々と言っても過言ではない。私は一人布団に入り何時帰るか分からない父の事を気にしながら眠っていた。柱の時計は既に深夜1時を過ぎている。当然こんな時間まで起きている子どもも大人もいない。深夜の道が街灯の明かりでぼんやりと闇の中に浮かんでいる。車も人の気配もなく何処かで犬が吼えていた。小さな豆電球だけをつけたまま、薄い布団の中で明日の夢を見ている私の耳に聞こえて来たのは、無造作に玄関の扉を開ける音。静まり返った冬の夜空を裂くように響き渡った。そして不規則な足音と微かな呻き声。いつもの聞きなれた音と声ではあったが、わたしの身体は震えていた。これから起きる父とのやりとりを既に感じていたからだ。座敷に上がり襖を力いっぱい開け父は布団をめくりあげ、「とし坊」と声をかけた。その声は地響きのようにわたしの小さな身体を恐怖に揺らした。枕元に座り込み愚痴を話始める父。かなり酔っているので何を言っているのか聞き取れない。明日の学校の事など父の頭の中には何もなく、自分の目の前にいる子どもが息子である事さえ忘れて、鬼になった父は吼えそして暴力が始まるのである。わたしは広い屋敷の中を小人のように逃げ回り、裸足のまま裏口から凍てついた庭の方へ逃げ出した。光輝く月と数々の宝石が庭の隅々まで反射している。逃げ場所はいつも決まっていてそこだけが安全な場所だった。数時間寒さに耐え、そっと家に戻って見ると父はその晩飲み食いしたと思われる物を胃袋から全て吐き出していた。元々酒に弱い父だったから身体は受け付けてくれなかったのである。畳に染み込んだ嘔吐物を始末するのはわたしの役目。父の身体に布団をかけ自分も明日に備えて再び眠りに落ちた。わたしに取って酒は「きちがい水」だった。いまでは差別用語になっているので耳にする事もないが、酔っ払いの姿を見るたびに父を思い出して懐かしい時代を振り返るのである。

猫の手 皆さん、年賀状はもう書きましたか?私はまだこれからです。年賀状の習慣が定着したのは今からおよそ100年前の事。古来の日本では平安時代から明治初期まで各家を回る「年始回り」という形でした。自分の足で出向いて回るという大変な行事だった訳で、小さな村であればそれほどでもなかったのですが、村が大きくなり人口も増えて行くと、出掛ける人とそれを出迎える人にとっては、かなりの重労働になってしまった訳です。それが負担になりやがて月日と共に簡略化され現在の年賀状になりました。この時季一番使われるのはおそらくプリンターでしょう。断然人気があるのはエプソンのカラリオシリーズとキャノンのピクサス。私が使っているのはエプソンのPX-G920。キャノンとどちらにしようか迷ったのですが、写真の仕上がり具合を見てエプソンにしました。そしてもう一つはインクの種類。インクには染料系と顔料系があり、それぞれ特徴があります。キャノンは赤味が強く出ます。エプソンはどちらかと言えば地味でそれほど派手な色ではなくトーンを押さえより自然な表現に近いでしょう。それは顔料インクを使っているからです。その前はアルプスのMD5000を使っていましたが、これはインクリボンで、やはり顔料インクでした。水に濡れても全く滲まないのには驚きましたが、故障が多く音も大きくて使いづらいのが難点でした。パソコンが普及していなかった頃はもちろん手書きでしたが、世の中が便利になりパソコンや携帯電話など機械に頼ってしまい、すっかり手で字を書く機会が減ってしまいました。30枚程度であれば手書きで済ませる事も出来ますが、200枚近くになるともう手に負えずやはり機械に頼ってしまいます。手書きの温もりを少しでも残そうと一筆加えるようにしています。さて、私は東京に出て来た時25歳でした。理由があって3年ほど住所不定のままでした。東京で最初の正月を迎える時、大晦日の晩に家賃を払いに行った所、大家さんが暖かい煮物をくれたのです。品川区西大井の小さな木造アパート、隙間風が入りこみ暖をとるものは何もなく、テレビやラジオさえなかった凍えるような初めての東京で、一人正月を迎えた私にとって湯気が白く立ち上がるホクホクの煮物は荒んだ心にとても温かく染み渡りました。誰にも住所を教えていなかったので、年賀状は届くはずもなく、寂しい元旦だったのですが、その朝、新聞を取りにポストを開けた時、チラシの中に混ざって一通の葉書を発見したのです。それは紛れもなく年賀状でした。私は驚きを隠せず一体誰がと首をひねりながら差出人を見たのですが何も書いてなかったのです。葉書の裏には「明けましておめでとう」その一言だけが書かれてありました。私にはその筆跡にかすかな見覚えがあったのです。それは高い塀の向こうから送られて来た父からの葉書。その筆跡とよく似ていたのです。父は私が18の時死んでいるので、まさかと思いましたが、これはきっと亡くなった後も空の彼方から私を見守ってくれている両親からの年賀状ではないかと思いました。天国からの年賀状だったのです。

有馬記念 フランス凱旋門賞の薬物騒ぎで失格となったディープインパクト。残念ではあったが、そんな不名誉など払拭する走りを見せた有馬記念。天才馬に相応しい圧倒的な強さを見せ、注目する競馬ファンを唸らせた。引退するにはまだ早いかと思わせる美しい毛並みと、みなぎる躍動感は大地を蹴散らし疾風の如く風に乗った。過去にこれほどの名馬が存在しただろうか。私は特に競馬ファンではないが、馬は別。騎手との信頼はその純粋な瞳の中にあり、全てを騎手に投げ打って走る事の意味を身体で教えてくれた。引退後は種馬となって広い大地の下でDNAを分け与えて行き、第二第三のディープインパクトを生み出して行くことだろう。しかし彼はまだ走りたいと思っているに違いない。競馬場が彼を呼んでいる、帰って来いと呼んでいる。もう一度その鍛えられた蹄を、軽快な音を芝に残してくれと世界中の競馬場とファンたちが戻って来いと叫んでいる。聞こえるか、そのたてがみの下でお前を愛する人たちの声が。

トイレ ノロウイルスが日本列島を縦断し、各地で猛威を振るっている。患者数は過去最悪で例年の5倍以上とも。お年寄りや子どもなど特に身体が弱っている人は要注意である。私の周りではノロウイルスに感染した人は今のところいないが、これは運がよいだけかも知れない。前回の記事でも触れているが、予防は手洗いとうがい。風邪の予防とほぼ同じである。私はどうも不潔な人間らしく、外から帰って来ても手も洗わなければうがいもしない。心臓に機械弁が入っているから主治医に「風邪に気をつけて」と注意を促される。それもそのはず、人工弁は耐久性があるものの、弱点は菌である。これらウイルスなどが弁に取り付くとあっという間に壊れて即死だろう。運が良ければ徐々に壊れて行くから息のある内に弁の取替えをすれば大丈夫。そんな最も注意しなければならない私だが、全く恐れを知らないのかそれとも脳天気なのか。人には散々健康に注意するよう言葉をかけていると言うのに、自分がこれほどいい加減では自分の事ながら少し呆れている。人間は神経質になり過ぎるとかえって墓穴を掘ることがある。どんなに清潔を保っていても防げない時はあるし、神経をすり減らすと身体の免疫力は低下する。海外旅行へ行く時日本人が最も注意すべき事は飲み水である。施設の整ったレストランなどであれば良いが、それ以外で現地の水を飲んだら下痢・腹痛を起こす事が多い。日本列島は除菌スプレーで保護されており、そこから一歩外へ出ればウイルスや雑菌だらけなのである。もしこの地球に大飢饉が訪れたら、間違いなく日本人が最初に絶滅するだろう。生牡蠣が異常に安く半値以下で取引されているらしい。グルメな日本人を顕微鏡の世界から覗いたらさぞかし滑稽に見えるだろう。


猫パンチ 疑惑の判定それは亀田家、TBSにとっても悪夢の夏だっただろう。八百長めいた試合にブーイングとバッシングの嵐。亀田興毅も単なる一人のボクサーであるし、おそらく口で強がりを言っても心はぼろ雑巾のようにズタズタに引きか裂かれたと思う。4ヶ月という猶予を貰った彼はラッキーだった。前回のような力任せのボクシングは通用しない事を身体で覚え、念入りな作戦を立て出来るだけ目立たないよう練習に励んで来た。派手なパフォーマンスは影を潜め、TBSもそれに同調した形となった。ファン、或いはアンチ亀田の人たちから見れば今回の試合は物足りなさを感じたに違いない。彼自身もKO宣言はしなかったし、12ラウンドをふるに戦う作戦を立てていた。確実に勝てる為のポイント稼ぎである。亀田家のボクシングスタイルはやはりKO。誰もがそれを望んでいたが、試合内容は至って地味。リング上を軽やかに動き回り、そのフットワークにランダエタはついて行けなかった。ボクシングの基本はフットワークとジャブである。ランダエタだけが焦りを感じ自分の持ち味であるジャブがヒットしない。興毅は時計の針を見つめるほどの余裕を見せた。試合結果は明らかで3-0で田興毅が初防衛を果したが特に見所のないどちらかと言えば詰まらない内容。亀田興毅が本当に強いボクサーなのかはいまだに不明だ。前回のボクシングはTBSの仕掛けたお祭りでもあり、ボクシングを娯楽番組として視聴率アップを図ったマスコミ関係者の為の試合。リング上という手のひらで踊る操り人形を作ったTBS、そして疑惑の判定をした審判たち。その後重い十字架を背負ってしまった日本のボクシング界。今回の試合に勝利したのは紛れもない審判である。
ところでもっと驚いたのは弟大毅の試合である。ボクシング人生を既に終わっているような相手と戦い勝っても意味がない。元インドネシアミニマム級王者モハマド・サディック(33)肩書きは立派であるが、高齢でもあり表情に精気が全く見られず闘争本能は消え、張りのない身体はまるで亡霊のように見えた。リング上で歌など披露している場合ではない。



悪 百害あって一利なし、これは小泉政権時代に既に使われ郵政民営化を批判する言葉だった。しかし美しい国をスローガンに掲げた安倍政権が誕生したものの、汚れた政治家ばかりが噴出している現在においては、いまやこの言葉は政治家にぴったりである。民間企業同士の談合はそれほどニュースに取り上げられこともなく私たちの知らないところで頻繁に行われている。不正カルテル、独占禁止法違反などで時々新聞に顔を出すこともあるが、庶民は特に関心を持たないだろう。しかしながら、これが税金に関わってくると他人事ではない。今巷で問題になっている官製談合が日本列島を揺るがし政治家と民間の癒着が改めてクローズアップされてきた。談合に限らず、政界と民間の繋がりは遥か昔から続いていて時代劇の世界でも悪代官と商人との間で表現されている「越後屋、お主も悪よのう」農民から米を吸いとり、贅沢三昧の代官と商人。底辺で苦労を重ねている農民はひえや粟を食べて飢えをしのぐしかない。今も昔も変わる事のない国の醜い体質。税務署による税金の取立ては容赦なく、サラリーマンは青色申告しない限り毎月の給与から天引きされる。日本の経済を背負っているのは、労働者であり、政治家ではない。家賃の安い官舎に女性を囲っていた本間税調会長の問題には呆れて言葉さえ失った。ここまで低俗な政治家がのほほんと国民の税金で暮らしているのかと思うとはらわたが煮えくり返る思いである。辞任は当然だが、安倍総理も同罪。造反組みの復党に顔色一つ変えずあっさり受け入れる自民党の体質に最早美しい国など作れるわけがない。