プールサイドの人魚姫 -91ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


NOVA 駅前留学をキャッチコピーにして、英会話教室などを全国展開し、その業績を伸ばして来たNOVAが特定商法取引違反により、経済産業省から業務停止命令を受けた。コムスンは介護サービスの最大手だったが、こちらも英会話教室の最大手である。
民間企業も国の起こす不正に引けを取らないほどの悪質な行為。次々と明るみに出る企業の不正問題に国民も呆れ顔で新聞記事やニュースを見ている事だろう。コムスンについては氷山の一角であるが、NOVAもまた語学スクールを展開している業者の一部に過ぎず、最大手ゆえの運命だろう。頭を叩いておけば他も自粛するという国の考え方である。
虚偽説明や誇大広告の影で、事実とは異なる問題があり、利用者からクレームが付く。クレーム対応マニュアル内容が利用者優先ではなく、企業の責任を如何に上手く回避するか、あの手この手でお堀を埋めていく作業。利潤追求型の悪質企業に反省の色はない。
内部統制やコンプライアンスと言った言葉がこれらの企業には通用しない。利用者或いは客の声は天の声だと思って謙虚に受け止めるべきである。利用者をないがしろにする企業はいつか滅ぶ。
NOVAのCMはユーモアセンス溢れ、見る人に取ってはイメージアップの効果は絶大だったのであるが、武富士のCM同様、TVから消えてなくなるのだろう。


介護 訪問介護サービス最大手のコムスンが不正申請を起こした問題で、親会社のグッドウィル・グループトップの座に就いている折口雅博氏が記者会見で謝罪した。眼を真っ赤に腫らし、血のような涙を浮かべ深々と頭を垂れる。バブル絶頂期に急成長した同社はその勢いに便乗し、人材派遣業を中心として幾つものグループ会社を取り込んで来た。
介護保険制度が始まり、おそらく誰もがこれはビッグビジネスに繋がると連想したに違いない。時代は高齢化社会へと突き進む中で、介護サービスは注目を集めることとなる。しかし、理想と現実は経営者を落胆させていく。思うように利益が出ない、儲けの少ない商売ほど効率の悪いものはなく、利益追従の矛先が不正申請へと繋がっていったのだろう。
わたしは障害者なので、この訪問介護については非常に身近な問題だ。在り難い事に今は元気に毎日を不自由なく過ごせ、そして家族もあり余生を心配するほど切迫している訳ではないが、自分が寝たきり状態になってしまった時、家族に負担をこれ以上掛けたくないという気持ちがある。コムスンは年中無休で24時間営業。車のキーを無くした時電話一本で飛んで来てくれるJAFのように頼もしい存在である。コムスン自体も6万人を超える介護利用者を抱えているが、今回の不正問題で一番困るのは利用者だ。
介護はビジネス以前にボランティア精神がないと務まらない。そして人々が最も嫌う、気力、体力、忍耐などがなければ到底長くは続かないし、最も重労働な職業でもある。日本に介護を必要とする人間がどれほどいるか、その殆どは障害を持っている老人たちと思われる。介護を受けたくても受ける事が出来ない人も多くおり、それらを含めれば数十万人以上になるのではないだろうか。核家族化が進み、孤立する老後を送る人たちも増えている。
経済力のある人は特別養護老人ホームなどの完備の優れた施設に入所する事が出来、安心したサービスを受けられる。だが、それは一握りの人でしかない。老夫婦のどちらかが病気で倒れ、寝たきり状態になった時、連れ合いがその介護に回る。遺された人生と老体に鞭打って、辛い日々を送るのである。やがて時は巡り、いっそ殺して欲しいと頼む妻がいる。介護疲れの果ての無理心中。国は棺おけまで用意するほど面倒は見てくれない。
人はいつまでも若くないし、健康で居られる保証もない。取り残された介護を待つ人たちの叫び声が聞こえてくるようだ。そういえば安倍総理が官房長官の時代にコムスンを随分褒めちぎっていた記憶がある。介護制度の未来について安倍晋三氏は如何なる解決策を持っているのだろう。


いじめる ネット上に垂れ流しのいじめ動画が問題になっている。なるほど、携帯も使いようである。いじめの現行犯逮捕と言ったところか。それにしてもいじめをなくす運動が盛んな一方、結局いじめは無くならない。傍観者がいて、注意する教師や大人がどんなに口を酸っぱくして言っても無駄である。
いじめに合う子どもに共通しているのは「無抵抗」である。こいつなら何を言ってもやっても、やり返して来ないという安心感があるので、いじめがエスカレートして行く。いじめを遊び、或いはゲーム感覚として捉え楽しんでいるのだろう。大人の世界になるといじめは「嫌がらせ」と呼ばれるようになり、同じ地域や会社内などでもめることも多い。いじめには、ストレス発散型と、優越感に浸る陶酔型がある。
わたしのいじめ解決法は手段が暴力だったので、今の教育現場では通用しないだろう。暴力を振るった方が悪とされてしまう風潮が蔓延しているので、手を上げる事が出来ない。例えば、クラスで腕力が強ければまずいじめに合う事はない。
結論を言ってしまえば、いじめを克服、無くすのはいじめに合っている本人だけである。無抵抗を止める勇気が必要。抵抗すれば相手も怯む。いじめから脱するにはほんの少し勇気を出して、行動に移すこと。たったそれだけのことが出来ないから悩んでいるのであるが。



スパイダーマン 人気映画シリーズ、スパイダーマン3が快調に観客動員数を伸ばしている。最新CG技術を駆使して繰り広げられる映像が、スクリーンの隅々まで観る者を圧倒する。バットマンなど、人気コミックから飛び出したヒーローやヒロインは数多いが、スパイダーマンもそのひとつ。
わたしとスパイダーマンとの出会いは37年前に遡る。1970年、わたしは中学2年生、天竜養護学校にいた。少年マガジンに連載されていた人気劇画、池上遼一が描くスピード感溢れる漫画だった。当時の養護学校には、小学1年から中学3年までの子どもたち約100人以上が、親元を遠く離れ集団生活を送っていた。
人数が多ければ病気もまた様々で難病の子ども(当時の医学では名前すら不明)などもおり、バラエティは豊かであった。そんな子どもたちの楽しみと言えば、週二回のおやつと、毎週一回やって来る矢島屋書店のバイクだった。子どもたちが頼んだ漫画雑誌やレコード盤等をバイクの籠一杯に詰め込んで、優しそうなお兄さんがやって来る午後が待ち遠しい。
病棟は12、13とあり、12病棟は一般的な病気の子どもたち、13病棟は結核など伝染する病気の子どもたちがいたが、学校へ行けば同じ教室で勉強をする。菌が移るような事はなかったが、その影では病室から一歩も外へ出られない子どもたちが大勢いたのも事実である。名前や顔すら知らない仲間がいたのである。
大部屋にはベッドが8、小部屋は2。当然小部屋にいる子どもたちの方が重病である。各部屋には低学年から高学年まで幅広い年齢層で埋まっていた。男子と女子はもちろん別れている。部屋には必ずボス的存在がいた。部屋を取り仕切るのは高学年の役目でもあるからだ。統率力がないとこれだけ多くの子どもたちをまとめて行くのは難しい。
リーダーになるにはやはり条件が整っていなければならないが、一番必要な要素はみんなに慕われることである。わたしがどうだったかは、皆さんの想像に任せます。(色が白くてレコードばかり聴いている)少年だったようだ。わたしが毎月購読していた本は音楽雑誌の草分け的存在の「ミュージックライフ」星加ルミ子が編集長だった洋楽専門誌。レコードも毎月何枚も購入していて看護婦さんから買い過ぎだと注意されたことがある。
集団生活では必ず決まり事があり、現金所持は厳禁。金銭は看護婦さんたちが親から預かって管理していた。わたしは生活保護だったから金額には上限があった。実際毎月使える金額は知らなかった。漫画雑誌は基本的に読みたい者が購読するわけだが、読みたい子どもは大勢いる。そこで購入者は低学年にむりやり決まってしまい、本が届いたら最初に読むのは本人ではなくその部屋のボスとなる。後は皆で回し読み。それでも不思議な空間で文句を言う子どもは殆どいなかったように思う。そう思っているはわたしだけかも知れないが、ひとつ屋根の下で同じ釜の飯を食うと仲間意識も強く絆も深まっていったのではないかと思われる。
現在では考えも及ばない子どもたちの空間だ。此処での主人公は子どもだったのである。まさに誰もがヒーロー、ヒロインになれたのだ。病に苦しむ子どもは大人が思っているより意外と明るく元気で、そして病気と上手く会話していた。懐かしい養護学校時代がひとつの映画で蘇ったのである。


天竜





年金

社会保険庁の入力ミス、記載漏れが招いた年金問題。安部総理の謝罪は焼け石に水。国民の怒り不安は治まらないし、5000万件以上に上ると思われる年金が行方不明だ。サラリーマンは給料から否応なしに天引きされるので安心かと思えばそうでもない。
わたしは昭和47年9月(確か)16歳で就職したので、その時から払い続けて来た。勤務先が変わり、厚生年金に加入していない会社などに入った時は、必ず国民年金に加入した。わたしの中で年金は税金と同じ様に払うのが義務だと思っていた。
その昔、電卓やパソコンなどなかった時代はそろばんが必須であった。そろばんの駒に汗が染みる、弾く音が事務所内に響く。一件ずつ目視し数字がきっちり合っているか、確認する作業に社会保険庁の担当者は必死だった。
年金はいわば国民から預かった現金だ。それを数字の上とはいえ、一つ足りともおろそかには出来ない。計算が合わなければ仕事は深夜まで続く。時代は流れ大きな転換期が訪れる。そろばんに変わり、電卓が登場。しかし、そろばんの正確さにはかなわなかった。計算ミスが山ほど出る。
徹夜作業で帳尻合わせが続いたかどうかは知らない。
現代の主流はパソコンによる入力で、手間も随分省かれて来た。機械に頼った故の気の緩みかどうかは分からないにしても、これは到底許せる範囲ではない。机上の計算だけで、銀行のように実際に現金に触れない彼らは、国民の金銭を扱っているという責任感が全く欠け落ちている。
老後は年金でのんびり暮らせると思っていられたのは遙か昔のこと。
少子高齢化による人口の激減がもたらす将来に、明るく美しい未来などは影も形もない。年金すら受け取れるか不透明である。年金は自分の為ではなく、過去を支えてくれた先輩たちの老後が安定した暮らしを維持出来るよう、助け合いの精神を基として築かれた仕組みである。ただし、その大事な年金が本来の機能を果たしているかそれは大いに疑問が残る。
年金の一部が政治家や役人の懐に流れているとしたら、貴方はそれでも年金を払うだろうか?安倍政権の支持率が下落の一途を辿っている。野党にとっては大きなチャンスであるが、これを活かしきれる政治家、政権は今のところ見当たらない。


はしか 沢山の解答を皆さんから頂き、ありがとうございました。正解が多すぎて、少し簡単過ぎましたか?一つの画像でもその中には沢山のメッセージが込められていると言う事が、今回のクイズでよく判りました。捉え方は人様々ですが、世の中はそれだけ多様化していると言うことでしょうね。さて本題の「はしか」に入ります。
産まれたばかりの赤ん坊には母親の免疫がしっかりとガードしており、暫くは風邪も引く事はないだろう。自然界は眼に見えない危険な存在で溢れ返っている。そのような中で生き抜いて行くには自然を味方に着けるのが一番。ウイルスも生物だから自然の法則に沿って生きている。
子ども時代に済ませて置きたい病気の代表と言えば「はしか」「おたふく風邪」「水疱瘡」ではないだろうか。それほど医療が進んでいなかった時代でははしか等の予防注射はなかった。わたしは「おたふく風邪」「はしか」については辛かった記憶が残っている。
小2の時「おたふく風邪」に罹り、両頬が腫れてしまい口を動かす事が出来ず食事も摂れなかった。そんな状態で何を血迷ったか、わたしは学校へ行ってしまった。勉強や学校が嫌いで登校拒否児のわたしが辛い思いをしてまで何故学校へ行ったか、それは「映画」だった。社会科の時間に映画を見る事になっていたので、どうしても観たかったのである。教室に入ったわたしを先生や生徒が見詰めそれは徐々に驚きの表情に変化して行った。そして直ぐさま「神戸君、直ぐ帰りなさい」と教室を追い出された訳である。
当たり前な話ではあるが。「はしか」は小4の時。これはかなり辛かった。40度の高熱と痒みを伴う痛みのような発疹が全身に現れる。それは眼に触れない内臓にまで及ぶ。約4日間うなされ続け一週間後に漸く元気を取り戻した。病気になった時嬉しい事が二つあった。それは皆が優しい事と病気見舞いに親戚の人から、普段食べられないような果物の詰め合わせを頂くこと。当時バナナ等は高級品でとても口に入る代物ではなかった。パイナップルも同様である。
昨今「はしか」が大流行しているが、大人になってからこのような幼児期に罹っておくべき伝染病に罹患するとその症状はかなり重くなり、場合によっては死に至る事もある。出来れば入院した方が良いだろう。医療の進歩によって寿命も延び長寿大国になった日本ではあるが、除菌に追われる生活、清潔を健康と結びつけてしまい、間違った方向に進んでいる現代人は自分の持つ抵抗力、免疫力を大きく低下させてしまった。
その結果が今回の「はしか騒動」に現れている気がしてならない。近所の子どもがおたふく風邪に罹ったのを聞いて、わざわざ菌を貰いに行く。子どもは大きな菌や小さな菌と戦い、自分を強くして行く。ひ弱な大人にならない為にも菌は金を出してでも貰うべきだろう。



病気 皆さん、突然ですがここでクイズを出します。

左の動画を見てわたしは何の記事を書こうと思っているでしょうか?

当たっても何も出ませんのであしからず。

奮ってクイズに参加してみてくださいね。

あ?そうだ携帯の人は動画見られないですか?

とりあえず期限は24時間と言うことにしますね。


叫び 松岡農相と言えば「還元水」これが頭に定着していたので、まさか自殺するとは思っていなかった。死人にくちなし、亡くなってしまった人の事をとやかく言う気はないが、国民が知りたがっているのは、政界に蔓延る政治資金のからくりだろう。
遺書を8通も遺し、その一部が公表されはしたものの、そこには死にいく者の弱気な言葉と謝罪だけで埋め尽くされていたのではないだろうか。元田中外務大臣の言葉が今更ながら想い浮かんで来る。「伏魔殿」政界に住み着く卑しい者たち、金と権力そして数の世界。その中の一人が毒を飲まされたのである。
自殺するくらいなら真実を話せと人は無責任に言うだろう。もしその闇を話したものなら、政治家の生命が終わるだけでなく、身内、親戚・縁者までもがその代償を受ける結果になるだろう。本人も話したい気持ちは充分にあったものと推測出来るが、上からの大きな圧力によって、沈黙を余儀なくされたのである。自分も後悔の念に晒され、まさに生き地獄を味わっていたのかも知れない。結果的に自殺という形でしか表現出来なかった訳であるが、これによって真実は何処へ?である。いつもの政治家のパターンではあるが、自民党のリーダーである安倍晋三氏は一体何を考え日々を暮らしているのだろう。
反省もなければ謝罪もない無関心な総理なのか?安倍政権が誕生しそろそろ一年近くなるが、美しい日本など存在しない。吹き出るのは政治の膿ばかり。そんな中最も重要視されている年金時効撤廃特例法案も、いささかの審議すらせずに与党に寄る強行突破で可決されるだろう。
役に立たない与党も野党も要らない。国民の不安解消と政治不信を少しでも和らげようと小細工しつつ、裏では闇献金の実態をひたすら隠し続ける。国会議事堂に遺書は通用しないし、命が一つ真実を包み込んで消えてしまっただけである。胸を撫で下ろす政治家や役人がどれだけこの伏魔殿に潜んでいることやら。



横綱 大相撲夏場所は圧倒的な強さを見せた白鵬が全勝優勝を果し、横綱への切符を手中に収めた。白鵬の活躍が際立った中で、朝青龍の品格に欠ける態度が目立ち過ぎた。自分の思う通りに相撲が取れないのは彼に限った事ではなく、力士全員に言える事。座布団を蹴飛ばし退場する後ろ姿は余りにも横綱としての品の無さが露骨に表れてしまったと言える。
気が短いのか、素質が備わっていなかったのか疑問を抱く夏場所の朝青龍。同じモンゴルの横綱が誕生し、一人横綱を長く続けて来た朝青龍も少しは肩の荷が下りたのではないだろうか。
力が入りすぎ、動きがぎこちなくなる。土俵の外では相変わらず八百長問題がいまだ解決せず、力士たちも全力で土俵に上がる事が難しい。雑念を振り払い相撲に集中するのは並大抵の事ではないが、勝負の相手は自分自身でもあることを忘れてはいけない。
しかし日本人横綱が誕生しない事に相撲ファンも多少落胆しているのではないだろうか。初めて相撲を見る人にすれば日本人とモンゴル人の区別はつかない。出身地を読み上げる声でやっと気付くほど、そっくりである。日本人には蒙古班があるので、おそらくモンゴルの血が流れているのは日本人かも知れない。
土俵には男の神様が祭られているので女人禁制となっているが、それだけ相撲の歴史が古い訳である。土俵の中心で日本人横綱が現れない現状を嘆いているのは土俵の神自身だろう。


ミサイル実験

北朝鮮から見れば日本海は自分達の領土くらいに思っているのだろう。短距離ミサイル発射のニュースが流れ、飛びつくマスコミとそれを記事にするブロガーたち。ネタの豊富な北の国、されど餓鬼がアリランと舞い踊る。
一人の独裁者が振りかざす権力を見ぬ振りするは何処の国。言葉が駄目なら多少痛い目に合わせないとこっちを向かないだろうなあ。隣人が貴方に拳銃向けて威嚇射撃しているようなもの。いっその事こちらもミサイル撃ち込むか。
一体北の暴挙を何処まで許すのか???手を上げる者がいないから勝って気ままに好き放題。例え短距離といえどもミサイル。
佐渡ヶ島あたりに着弾しようものなら始まるか日朝戦争。危機はもう目の前に迫っているというのにアメリカ産牛肉は食べなくても朝鮮漬けなら食べられる?矛盾の限界に君は何処まで耐えられるのか。踊り狂うは金正日ただ一人。