社会保険庁の入力ミス、記載漏れが招いた年金問題。安部総理の謝罪は焼け石に水。国民の怒り不安は治まらないし、5000万件以上に上ると思われる年金が行方不明だ。サラリーマンは給料から否応なしに天引きされるので安心かと思えばそうでもない。
わたしは昭和47年9月(確か)16歳で就職したので、その時から払い続けて来た。勤務先が変わり、厚生年金に加入していない会社などに入った時は、必ず国民年金に加入した。わたしの中で年金は税金と同じ様に払うのが義務だと思っていた。
その昔、電卓やパソコンなどなかった時代はそろばんが必須であった。そろばんの駒に汗が染みる、弾く音が事務所内に響く。一件ずつ目視し数字がきっちり合っているか、確認する作業に社会保険庁の担当者は必死だった。
年金はいわば国民から預かった現金だ。それを数字の上とはいえ、一つ足りともおろそかには出来ない。計算が合わなければ仕事は深夜まで続く。時代は流れ大きな転換期が訪れる。そろばんに変わり、電卓が登場。しかし、そろばんの正確さにはかなわなかった。計算ミスが山ほど出る。
徹夜作業で帳尻合わせが続いたかどうかは知らない。
現代の主流はパソコンによる入力で、手間も随分省かれて来た。機械に頼った故の気の緩みかどうかは分からないにしても、これは到底許せる範囲ではない。机上の計算だけで、銀行のように実際に現金に触れない彼らは、国民の金銭を扱っているという責任感が全く欠け落ちている。
老後は年金でのんびり暮らせると思っていられたのは遙か昔のこと。
少子高齢化による人口の激減がもたらす将来に、明るく美しい未来などは影も形もない。年金すら受け取れるか不透明である。年金は自分の為ではなく、過去を支えてくれた先輩たちの老後が安定した暮らしを維持出来るよう、助け合いの精神を基として築かれた仕組みである。ただし、その大事な年金が本来の機能を果たしているかそれは大いに疑問が残る。
年金の一部が政治家や役人の懐に流れているとしたら、貴方はそれでも年金を払うだろうか?安倍政権の支持率が下落の一途を辿っている。野党にとっては大きなチャンスであるが、これを活かしきれる政治家、政権は今のところ見当たらない。
