プールサイドの人魚姫 -71ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

大麻

大麻騒動で角界が小刻みに揺れている。

人気外国人力士「露鵬・白露山」の兄弟が、大麻(マリファナ)を吸ったことについて、白黒が着かず疑惑の尿検査もあまり当てにならないようである。

本人たちはもちろん否定している。

一番慌てているのは、おそらく親方たちだろう。

北の海理事長にしては辞任問題にまで発展しており、疑惑が事実ならば「辞任」ということになるだろう。

先日辞任した福田さんのように自ら突然辞任することはないようだ。

土俵の外で不祥事が相次ぐ相撲界だが、日本人力士の不足も背景にあり、外国人力士に頼らざるを得ない部分も大きい。

外国人力士たちは仲間意識が強いため、仮に大麻疑惑が事実だったとしても、仲間を売るような行為はしないだろう。

最悪の場合、芋づる式に次々と他の力士たちの名前が上がったとしたら、相撲界は終焉を迎える。

国技ではなく、名称を変え「国際相撲」として再出発した方がよさそうだ。

不祥事の陰に「親方の教育」がある。

人気力士を弟子に抱えた場合、力士はいわば金の成る木。

部屋が潤うために、少々のことは目をつぶる。

これが現在の相撲部屋の実態。人気と利益を優先するのは相撲界に限ったことではないが、これに共通しているのが、日本の政治だから救いようがないのである。

大麻は意外と歴史が古い。紀元前のエジプトなどでは薬として重宝していた。

大麻に対する扱いは国や宗教によって大きく変わってくる。インドやイスラム圏の国では合法であるし、煙草より害が少ないと言われているが、科学的根拠が少ないため真実は分からない。

大麻が高値で取引されている国のトップは日本である。つまり、わたしたちは表面上で取り沙汰されている部分しか見ていない。
何処の国にもある犯罪組織や闇ルート。一見穏やかに見える風景の中にも犯罪の芽は確実に伸びていることを知っておくべきだ。

しかし、太平洋戦争が終結した直後の日本では、そこら中に「ポン中」(ヒロポン中毒)の人たちで溢れていた。

つまり軍部が兵士の士気を高めるため、覚醒剤を使用していたものが、街中に出回ってしまったのだ。

それに比べれば今回の騒動はまだ救いようがあるのかも知れない。


フクダ

福田首相の退陣表明に伴い、与野党の動きが活発になって来た。

これは解散総選挙を睨み次期総裁、おそらく麻生氏に決まると思うが、麻生政権の支持率が高い内に選挙を戦いたいという自民党の思惑が伺える。

それにしても8月1日に改造内閣をスタートして僅か一ヶ月余りでの辞任。支持率アップを狙っただけの中身の伴わない内閣で、出直したつもりでいたのなら大間違い。

果的に責任を取っての退陣となった訳であるが、これは育児放棄ならぬ、職場放棄と同じである。

いかに支持率が低くとも仕事は別で、最後までやり通すのが筋。

何もかもが中途半端、解決した仕事はひとつもない。

政治家も社会人の一人であり、収入を得ているのだから、その収入に見合った仕事をして貰わなければ国民は納得しないだろう。

わが身がかわいいのは誰しも同じかも知れないが、世の政治家たちは国民のことや国のことを真剣に考えてはいない.

先ず、党を優先する。所属する政党が一番大切なのだろう。党があってこその自分だから、その頂点にいる総理の顔色が悪ければ政権の勢いは失墜し、党事態の絆にもひびが入る。

それを避けるために辞任する。これが政治家に共通する大儀なのだろう。

トップがころころと、いとも簡単に変わり過ぎるこの国に新しい未来があるのだろうか。

国を本気で憂いているのなら、真剣に国を変えたいと思うなら、政治家ではなくまずわたしたち国民ひとり一人が意識改革をしなければ、旧態依然とした現状から抜け出すことは出来ない。

政治が直接生活の中に入って来ない日本では、例えば拉致被害者のような立場に追い込まれなければ、心の叫びとして政治を変えたいと思わないのかも知れない。


楽天イーグルスの5階VIP席チケット2枚を偶然手にしたのが、7月15日のことだった。
しかし、わざわざその為に仙台まで足を運ぶほどの熱狂的な楽天イーグルス、千葉ロッテマリーンズの
ファンではなかった。
しかし、一生の内にこのようなチケットなど手に入れる機会などないだろうと思ってみると、野球ファンから見れば、喉から手が出るほど手に入れたいチケットなんだろう。
わたしたち家族がこのまま持っていても、宝の持ち腐れになってしまうような気がしていた。
しかし、わたしの周りには楽天ファンがいない。
誰かに譲るにしても心あたりがなく、迷っていた。
8月30日、時計は午前9時を少し回っていた。
東京駅での待ち合わせ場所と言えば「銀の鈴」。しかし、初めて東京駅を下りる人間にとって見れば、銀の鈴だろうと、駅の改札口だろうと関係なかったと思う。
わたしにとっては退院後、初めての長時間外出。しかも一泊二日の仙台までの小さな旅である。
しかしこの仙台行きは大きな意味を持っていた。彼にして見れば、別に仙台まで行く必要はなかった。
わたしに会えればそれでよかったのである。
彼とは・・・もうひとりのわたしの息子。
27年前、2歳をもう少しで迎える息子を残して上京した。
生きてさえいれば、いつか再び会える日がくるだろうと思いつつ、過去を振り返りながら過ごしてきた27年間。
29歳に成長した息子の顔は全く分からない。
「目印に父さんの本「天国の地図」を持って行くから」と言っていた息子。
銀の鈴は朝から大勢の人たちで溢れかえっていた。みなそれぞれ誰かと待ち合わせをしているのだろう。
人ごみをの中を凝視しながら、息子らしき人物を探して回った。
「いない・・・、まだ時間が早いから来ていないのか、それとも迷ってしまったか」と思い始めていたとき、わたしの目の前に一際輝いた青年。運命を感じた瞬間だった。
顔は分からずともそれが息子であることを確信したわたしは、彼に近づいた。
本など目に入らなかった。
「父さんですか・・・」
わたしは「うん」と頷く。
彼の目が真っ赤に染まり、涙で潤んでいた。
27年目の親子の再会。逞しく好青年に成長した息子ではあるが、わたし以上に想像を絶するような苦労を重ねてきた。
しかし、その表情は晴れやかで清清しく、わたしの方が恥ずかしくて隠れてしまいたいほどだった。
父親として何ひとつしてやれなかったし息子には謝罪するしかなかったが、心優しい大人に成長した姿を見て、そしてわたしの中に在ったひとつの気掛かりが神様からの贈り物によって、達成されたのである。
ところで楽天イーグルスVS千葉ロッテの試合は打撃戦となり、非常にゲームとしては面白い内容だった。
10回延長までもつれ込み、結果的に楽天イーグルスが8対6で逆転負けであったが、これぞプロの野球という場面を幾つも見せてくれたので、充分満足出来た。
デジカメ撮影のため、画質が悪く申し訳ないが、わたしと息子の音声も入っているので、VIP席からの野球風景を楽しんで頂ければと思います。

ギタリスト

1979年9月、駿河湾の荒波が海岸に並ぶテトラポットに泡のしぶきとなって砕け散っていた。

海辺には夏の忘れ物が砂利の中にうずくまり、来る筈もない落とし主が現れるのを待っている。

松林に囲まれた大浜公園は人影もなく、潮風に煽られ震えていた。

半年ほど前、公園の近くにアパートを借り新しい人生のスタートラインにわたしは立っていた。

未練の二文字を片手で握り潰し、過去を清算させるつもりでいたが、そう簡単にいく筈もなかった。

友人のSがバイクに乗って浜松からやって来たのは梅雨も明けた7月の下旬。

写植の教室に通う為、約一ヶ月間ほどの滞在で、一通りの知識を頭に詰め込んで8月の終わり頃に、来た時と一緒の格好でバイクに乗り浜松へ帰って行った。

友人がいなくなった部屋で付けっ放しのTVが朝から台風の行方を知らせている。海は今頃荒れているだろうと松林の騒ぐ音を聞きながら煙草に火を点けた。

冷房の無い部屋では、扇風機がカラカラと小刻みに湿気を帯びた海風を部屋中に振りまいている。

独身生活に戻ってみると、自由気ままな時間だけが空しく過ぎて行く。心はまだ一年前のある場所に残したままだった事に気付く。

情けない自分が背負った代償は心に重くのしかかり、眠れない日が続いていた。

土曜日だと言うのに何処へも出掛ける予定のない晩の事だった。

23時から始まったウィークエンダー、泉ピン子がアフロヘアーを左右に揺らしながら三文記事をしゃがれた声でまくし立てている。

電気を消し寝る体制になってベッドから14インチのTVを見つめていた。

風の音に混じって外から雨音が聞こえ出す。それと同時に玄関の扉をノックする音が聞こえて来た。

こんな時間にわたしの所にやって来る知り合いはバイクか車を持っている奴くらいの者だったので、おおよその見当は付いていたのだが…。

2階建てアパートの周りは田んぼだらけで、街灯の少ない夜は真っ暗闇になる。「ドンドン」と数回、闇と雨を砕くような音が響く。

「誰だよ、こんな時間に…」おそらくOかKのどちらかだろうと思っていた。

玄関を開けると潮の匂いが鼻をつく。

「悪いなこんな時間に…」

ぼそっと喋る声と闇の中に浮かんだ長身の男はOでもKでもなく意外な人物だった。

「あれAかよ、どうしたよ」黒いTシャツとブルージーンズ、踵の高い靴を履いたAが一際大きく潮風に揺れて見えた。

天然パーマのかかった黒髪は、手入れを殆どしていない様子で乱れている。大きな黒いギターケースを持ってやって来たA。

予想出来ない突然の訪問者で私の心は嬉しく躍った。彼を部屋に招き入れ、久しぶりの再会に言葉も弾む。

暗く沈んだ部屋に明るさが戻り、笑顔と昔話が深夜まで続いた。彼はSと同じく養護学校からの友人で付き合いも長い。

 

(続く・・・)

 

ナミダ
 

あんたの背中を

見詰めていたら

涙がながれ落ちてきた

あんたはいつも黙ったままで

明日の夢を見ているけれど

あたしに明日は見えないの

燃え尽きたあんたと

くすぶったままのあたし

傷舐め合った頃

あんたは優しく

微笑んで

あたしを迎えてくれたけど

傷だけ残して去っていく

あたしの身体は傷だらけ

せめてこの恋だけでもと

あんたの残り香恋しくて

涙で濡れたこの指で

あんたの背中に嘘をつく

傷だらけのあたしは夢の跡

恋がかってに成り上がる

 

星野 「全て俺の責任」この言葉が痛々しい。
金メダルに一番近い星野ジャパンは最強メンバー24人を揃え、北京オリンピックに望んだが、銅メダルにすら手が届かず結果は惨憺たるものだった。
試合に敗れた時、監督は必ずと言ってよいほど「自分の責任」と言い、選手をかばう。
試合に勝てば「選手のおかげ」と選手を称える。
これは子どもに対する親心のようなものではあるが、全員野球という言葉を借りれば監督も選手の一人であり、監督だけに責任を押し付けるのは酷というもの。
オリンピックの場合、日本シリーズと同じように短期決戦となる。
長いペナントレースをこなすシーズンと違い、一発勝負と言うこともあり、このような状況での監督の采配はかなりナーバスになりがちである。
もちろん監督だけではなく、個々の選手も同じだがそこは日本のプロ野球で、あらゆる場面をくぐり抜けて来た猛者たちが集まった星野ジャパン。
どんなピンチに陥ってもそこから僅かなチャンスを逃さず、粘りのある日本の野球を見せ付けて欲しかったのだが。
一つのミスが野球全体のリズムを大きく崩すことは高校野球を見ても分かるように、それは投手の心理に大きく影響する。
何でもないようなボールを落球するというアクシデントは選手の気の緩みから来ているものだろう。
自分がミスしたらそれをバッティングで帳消しにするくらいの積極性がなければ、勝利の女神を呼び戻すことは出来ないだろう。
試合の結果にファンから苦情が殺到してはいるが、試合なんてものは案外こんなものなのかも知れない。
勝つことが如何に難しいかは選手たちが一番肌で感じている筈。
とりあえず今は、お疲れさまでしたと静かに見守ってあげるべきだと思う。


フクハラアイ

卓球の日本チームは男子女子ともにメダルには届かなかったものの、かなりの善戦で観衆を楽しませてくれたように思う。
特に男子シングルスでは、水谷隼選手が大活躍を見せ「目標は金メダル」と言っている通り、序盤戦では積極的なプレーを見せ、日本のファンを湧かせてくれた。
しかし、やはり若さがプレーに出てしまい、精神面での課題が大きく残った形となり、金メダルの重さを肌で感じたのではないだろうか。
日本の卓球を背負った二人のエース、福原愛と水谷隼にファンは更に今後の二人の飛躍を望まずにいられないだろう。
一番の注目はやはり「福原愛」の試合だったが、ダブルス・シングルスともに彼女の成長振りがある程度見てとれたものの、一ファンとしては今ひとつ物足りなさを感じてしまった。
わたしも少しばかり卓球の経験があるので、つい経験者の眼で試合を見てしまう。
福原愛に足りないもの、それはもう一人のエース「平野早矢香」が持っていた。
平野の相手を気迫の視線で威圧し、サーブ前から勝負を賭け一切の妥協を許さない精神力が福原にもあれば、メダルを手中にすることも現実になるのではないだろうか。
福原愛が更に飛躍する為には、機敏な動きに更に磨きをかける為、身体のシェイプアップ、筋力トレーニングが必要に思う。
速さよりも思い球を目指す。中国にあって日本にないもの。それを作らなければ、中国や韓国の壁は超えられないだろう。
世界ランキング1位の「張怡寧」を脅かす存在になれるかどうか、それは今後の彼女次第である。

ハンマー アテネ五輪で金メダルを獲得した実力者である、日本のハンマー投げの第一人者室伏広治ではあったが、今回は惜しくもメダルに届かず、5位という成績に終わった。
過去に金メダルを取ったからと言って、次の舞台で必ずしも金メダルが取れるとは思えない。
アテネと北京の間には4年間という年月があり、その間のトレーニングや調整、そして精神的なプレッシャーなどを抱えて望まなければならず、アテネの事は過去の事と切り捨てて心気一転、初タイトルに挑戦する積りで望なければ、良い成績は残せないだろう。
ハンマー投げ、砲丸投げ、円盤投げ、槍投げなど遠くに投げる競技が日本人には余り向いていない現状で、やはりパワーを見せ付ける白人選手たちは、身長も体格も日本人より遥かに優れているように思う。
そんな中で室伏広治選手は日本人離れした体格とそして何より甘いマスクで女性ファンも多い。
日本人選手で今のところ室伏選手を越えるほどの実力を持った選手が現れない以上、室伏引退の声は何処からも聞こえては来ない。
両親から引き継がれたDNAはいまだ進化の途上にあり、幕引きはまだまだ先の話しだろう。
ハンマー投げは謂わば物理学の世界である。
投げる時の角度、スピード、両足の位置そして重心を何処に置くか。
それらを一瞬のうちに計算し最も遠くへ飛ばす方法を考え出した彼は更に飛躍を遂げ、メダルとともに私たちの前にその雄姿を見せてくれることだろう。


民族衣装 華やかな民族衣装を身に纏ったかわいい子どもたちが会場を沸かし、観衆の眼がその衣装の美しさに見とれながら驚きと感動に酔いしれる。
民族衣装にはその地方の歴史が深く刻み込まれ、各地で暮らす人々の伝統や特色が文化という形のひとつとして残り、現在の服装の原点であると言っても過言ではない。
独自の色彩・デザインは流行の先端を行く現代のファッションデザイナーにとっても、大いに参考になる筈だ。
多民族で構成されている中国がチベット問題などを抱える中で、よく個々まで全ての民族の子どもを集めたものだと感心し、かなり苦労しただろうと思っていたのだが…。
子どもたちの大半が「漢民族」だったとは黙っていれば誰も気付かなかった。
これが単なる「ファッションショー」で、民族衣装の祭典ならばそれほど問題にもならず、誰が着ようと自由だが、世界の代表が集まるオリンピックの式典に「嘘」が紛れ込んでいたのでは偽装と批判を浴びても仕方がない。
おそらく子どもらは、他の民族の正装とも呼べる民族衣装を着ることにそれほど抵抗は無かったと思われるが、民族意識の強い大人だったら、果たして抵抗なく着ることが出来ただろうか。
口パク少女同様、またしても子どもを利用した過剰な演出に愕然とさせられてしまった訳である。
政治色に染まった民族衣装を見てももう誰も心を動かさないだろう。
子どもたちの罪なきかわいさが、これ以上大人の歪曲した欲に利用されるのはもう御免である。


足跡 連日、メダルラッシュに沸く北京オリンピックを観戦し、お盆休みを満喫している方も多いだろう。
派手な開会式で、中国に対するイメージを皆さん方がどう受け止めたかはそれぞれであろうが、これだけは許せない事実が発覚してしまった。
もうご存知のことと思われるが、天使の美声を聴かせ世界を感動させたあの少女、「Lin Miaoke」ちゃんであるが、実は吹き替えだったことが判明した。
実際の歌手は「Yang Peiyi」ちゃん。
わたしも実は、美しくそして天使のようにかわいい9歳の少女に見とれてはいたものの、本当に声を出して歌っているのだろうか?と少し疑念を抱いていた。
人が声を発する時、それも歌の場合実際に発声している時とそうでない時「口パク」では、身体にある程度変化が見られるものである。
Lin Miaokeちゃんの笑顔とそしてその美声が、あの時調和していただろうか。
口パクだったと言うことを知った時、やはり…と思ったが、幼い子どもたちには何の罪もなく、それを利用した大人たちの卑劣な、そしてモラルを欠いた措置に怒り心頭である。
中国は子どもまでをも利用して国益を追求するのだろうか。
国としてのプライドは持っていないのかだろうか。そんな国でのオリンピックがつい馬鹿らしく見えてきてしまい、正直言って実に残念でならない。
歌い手のYang Peiyiちゃんをそのまま起用しなかったのは、外見を気にした担当者の判断だったそうだが、これは子どもへの差別ではないか。
オリンピックという大舞台に大人のエゴを持ち込むなどとは最低な人間のやることである。
足跡の花火がCGだったことも合わせて考えてみると、偽装大国「中国」の実態が、世界の祭典であるオリンピックにまで影響を及ぼしていることが鮮明に浮かび上がった訳である。
このまま行くと、閉会式がどうなるのか心配であるがこの際、中国の恥晒しをしっかりと見届けてやりたいと思ってしまった。