プールサイドの人魚姫 -110ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

ipod音楽を外へ持ち出し、歩きながら楽しめるようになってから27年の月日が経った。その第1号が発売されたのが1979年7月。当時流行っていた曲はチャンピオン(アリス)、モンキーマジック/ガンダーラ(ゴダイゴ)、夢想花(円広志)、YOUNGMAN(西条秀樹)、美・サイレント/しなやかに歌って(山口百恵)、ファイアー(ポインターシスターズ)、Y.M.C.A(ヴィレッジ・ピープル)、リング・マイ・ベル(アニタ・ワード)等である。SONYの画期的大ヒットとなったウォークマンを腰にぶら下げ、小さなヘッドフォンを頭につけた若者が街のいたるところで見かける様になった。そして現代はデジタルの時代へと移り変わり、身に着けて歩く音楽も様変わりした。最も人気な商品と言えばiPod、その洗練されたデザイン、操作性の良さ。流石アップル、iMacと連動させるセンスの良さは他に類を見ない。私は10代の頃からオーディオマニアでステレオはコンポーネントして自分が納得のいく音を追求してきた。スピーカーは出来るだけ大きく重いほど音が良い。音質が安定しボリュームを絞ってもしっかりベースからハイファットの細かい音まで再現出来る。元々アナログ的人間なので今流行のデジタル音源を余り好まず、レンタルCDをそのままコピーせず自分好みの音に作り変えてしまう。音質が劣化しないのはデジタルならではの良さなのであるが、音質が刺激的過ぎて長時間聴いていると疲れてしまうのである。業務用のCDレコーダーがあるので世界で一枚のCDを作る事が出来る。デジタル音源を一旦アナログに変換して秘密兵器と言えるアメリカ製の24bit Dual Channel Processorの登場となる。これは200種類を超える音場を簡単に作ることが出来る優れ物。PCなどにも似たような製品があるが、こちらはさすがアメリカ製で音が抜群に良い。カラッとした突き抜けるような音が生まれる。どんな古い曲でもまるで新しくレコーディングしたかのように生まれ変わるのである。グラフィックイコライザーもあるので、ヴォーカル主体の曲にしたければ1~2kHz辺りを少し持ち上げてやれば声が前面に押し出される。音にこだわりを持たなければ今のデジタルでも充分であるが、やはり好きな音楽を聴くのであれば心がリラックスし、ついでにストレスも発散してくれればこれほど良いものはない。TVも数年後には完全デジタル化される。デジタルだらけの世の中で冷たい金属の感触は感じても、素肌の温もりはやはりアナログに限るだろう。元々人間はアナログなのだから、頭の中までデジタル化されないように気をつけたい。
カレーカレーライスと言えば子どもから大人まで世界中で愛されている食材メニューだと思う。同じカレーと言ってもその家庭によって作り方や材料は様々。だから同じ味のカレーは存在しない。私は10代後半の頃一ヶ月間カレーを食べ続けた事がある。他に食べる物がなかった訳ではない。注文したお店のカレーがお蕎麦屋さん風のカレー味で、これが私の口を魅了した訳である。さて、カレーの発祥地はインドであるが現在私たちが食べているカレーとは大きく異なっていた。語源はタミル語の「カリ」意味は食事、おかず。インドは18世紀にイギリスの植民地にあり、イギリス人が祖国に持ち帰り現在のカレーが出来上がった。カレー粉は香辛料を混ぜ合わせて作られた物で、元々漢方薬としてインドでは使われていた。カレーの主な成分にターメリックがある。カレーが黄色いのはこの香辛料が多く含まれているからで、カレーは生活習慣病の特効薬とも言える。インド人に癌発生率が少ないのはこのターメリックを毎日摂取しているから。肥満防止、美肌効果、体力増進、細胞の活性化、その効果を上げれば限がなく、謂わば万病に効く健康食品と言えるだろう。解毒作用も兼ね備えているカレーライス、さあ今夜のおかずはこれで決まりですね。
昨年の6月、梅雨の走りが青空を覆っていた早朝。職場復帰に向けて心のリハビリを続けていた私は、毎朝近くの公園へ散歩に出掛けていた。ブログの事など考えもしなかった頃である。濃い緑が新しい芽を吹き出し、夏の準備を始めた林の中で子猫の鳴き声が木霊していた。母親の乳房が恋しく、求める親の手元から離されてしまった一匹の寅猫を見つけ出した。怯えるように私の顔を見詰め、鳴き声は一層公園中に響いていた。私以外に人は殆どおらず、通りすがりのおばさんは林の奥深くに隠れている子猫の姿を確認出来ず「誰かが拾ってくれますように」と諦めの言葉を掛けてその場を足早に去って行った。私は子どもの頃から猫や犬が好きであったが、自分で飼った事はなかった。捨て犬を拾って帰った私に父は「元の場所に戻して来い」と飼う事を許してくれなかった。私は泣きながら夜の闇を彷徨いながら子犬を抱きしめていた。子猫を拾い上げ抱きしめる。少し震えながら足の爪が私の腕に食い込んで来る。必死に生きようとしている生後間もない命の温もりを感じながら家に帰った。我が家のアイドルとなった子猫も成長し、逞しい野生の本能を見せてくれる。息子は学校から帰るなりタラコを探して抱きしめる。娘も同様で猫との生活が我が家に新しい笑顔をもたらしてくれたのは確実であった。一番の猫好きは家内。自分の子ども同様にかわいくてしょうがない様子。一番嫌われているのは何故かこの私…。猫は女性になつく生き物だからと最近諦めているが猫の仕草にこれほど癒されるとは思ってもいなかった。
サッカー
2006年ワールドカップを手中に収めたのはイタリアだった。24年振りと言う事もあり、イタリア国民の歓喜が世界中を駆け巡っている事だろう。そんな中やはり浮上して来た選手同士のトラブル。フランス代表のジタン選手頭突き、暴言など。おそらくまだ他にも出てくる可能性はある。格闘技に近いプレーもあるからなお更の事だろう。それにしてもサッカーはヨーロッパ勢が強い。技術的な面ではそれほどどの国も劣りはしないがチャンスが巡って来た時の選手たちの動きが違う。獲物を狙う鷹のような眼光と走りの良さ。ボールを確実にゴールへと導くセンスは抜群である。日本は残念ながら初戦を逆転負けという最も屈辱的な敗戦となり、それが結果的に最後まで尾を引いてしまったと思われる。それに加えて中田英寿の引退。予想しなかった事が日本サッカー界に巻き起こった。しかしこの様なショッキングとも取れる出来事が今後の日本選手たちにとって起爆剤となれば中田選手も喜んでくれるに違いない。ジーコ氏が監督の座を降り、変わってオシム氏が日本チームの監督就任。私は疑問に思う事がある。日本を率いる監督が国内にはいないのか?日本人の監督では駄目なのか?外国人に頼り過ぎてはいないだろうか?プロ野球でもよく助っ人外人選手が登場するが、V9を達成した川上監督の巨人に外国人選手はいなかったように思う。日本のサッカーは日本人が一番理解していると思うし、日本人にしか出来ないオリジナルサッカーをやって欲しい。大和魂が篭った弾丸キックが出来る筈である。
着陸 ロシア・シベリアのイルクーツク空港で起きた旅客機事故の惨劇。120名以上の死者が出たものと思われる。航空機事故のニュースを見るたびに思い出すのは御巣鷹山の大惨事。飛行機は比較的安全な乗り物とされているが、それは安全管理を充分に施した場合である。機体はもちろんの事、操縦士の健康管理も安全を守る意味では大切な事である。大空を自由に飛び回る渡り鳥でさえ、その長旅に疲れ果て、途中で力尽き落鳥することがある。私は旅客機に一度しか乗った事がないので詳しくは分からないが、離陸と着陸の差は大きい。そして操縦士の手腕によっても大きく左右される。着陸の難しさは操縦士が一番よく知っていると思うが、乗客にとっては出発と終点であり、着陸成功と喜ぶ人はまずいない。人を乗せて移動する乗り物は数多く、鉄道、船、車と現代社会にとっては不可欠だが、それを操縦する者は人間であり、人の命を運ぶという言い換えれば最も危険な職業でもある。車による事故は絶えず起きており、都会は凶器の巣と化している。自分の健康を守れない者に人の命は守れない。古い機体は処分或いは完全リニューアルして常に安全点検を怠らない事が事故を未然に防ぐ手立てである。
画像フォルダ内の動画がアップ出来ない状態です。なんでだろー?記事がアップ出来ません、チックショー!文字のサイズ、色指定も出来ません、誰か私を助けてー(ToT)/~~~

ミサイルユーモアのセンスを持ち合わせていない北朝鮮。ミサイルの撃ち方も分かっていな頭でっかちの軍部だから発想が乏しい。ミサイルの先に花火でもくっつけてドーンと日本海の夜空を美しく染めてくれればいいものを。Well Come 北朝鮮くらいの字幕入り花火で歓迎しますと一言あれば、諸外国の対応も少しは柔軟になるのでは?朝鮮戦争が終結した訳でもなく南北はまだ戦争継続中であり、軍事力に力を注いでいるのも無理はないが韓国の後ろにはアメリカがいる訳で、朝鮮戦争事態切っ掛けを作ったのは旧ソ連と中国、そしてアメリカである。この3大国に操られ同じ民族同士が戦いを始めてしまった。全く意味の無い争いをいつまで続ける気なのか。現在の北朝鮮を作り上げてしまった責任はそれを非難し続ける諸外国にもある。北の指揮官はやくざと同じで、たちの悪いがき大将のようなもの。ミサイル問題は謂わば学級崩壊程度のレベルに思えてならない。ある日静かな放課後の教室で一人の少年がバットを持って窓ガラスを片っ端から割って行く。慌てた生徒が職員室へ先生を呼びに行き、教師数名がやって来て取り押さえなだめようとする。日本は生徒役、アメリカは校長、ロシア、中国は教師と言ったところか。北朝鮮の軍事力はたかが知れていて、日本よりも低い。ミサイルの性能は最低で、その内日本海にアメリカ艦隊がやって来て、巡航ミサイルトマホークを撃ちまくる。ピンポイントと称して軍事施設を総攻撃。第二のイラクをアメリカはてぐすね引いて待っているわけだ。民間人の多大な被害も想定内?北の崩壊はもう直ぐそこまで来ているし、その後は難民問題で日本も高みの見物と言うわけには行かなくなるだろう。

シャラポワ女子テニス界の女ランボーと異名を持つアメリ・モレスモに準決勝で敗れたテニス界の女神マリア・シャラポワであったが、やはり世界の壁は厚くファッションモデルのようにすんなりとは行かない。相手のミスに助けられ1-1としながらも結局自分のリズムを掴めずミスの連続。痛恨の敗退で2年ぶりのウィンブルドン制覇には至らなかった。苦手意識を持ってしまうとどんな人間でも思い通りのプレーは出来ないものである。誰にでも苦手なものは沢山あるし、勉強或いは人間関係であったりする。それを打破するにはスポーツの場合は練習の積み重ね。それ以外は好意を持つ事だと思う。私は昔パソコンのキーボードが苦手だった。しかし毎日のようにPCと向かいあっている内にショートカットの便利さを知り、小説の原稿やブログを書くための必須アイテムとなった。苦手な相手でもその人の良い所を発見して自分から積極的に話しかけていくと、その内打ち解けて良い友人に繋がったりするもの。ところで、私の住むマンションの近くにテニスコートが4つある。区民だけでなく都民にも自由に開放されており、土日ともなれば早朝から夜10時までテニスを楽しんだり、学校の対抗試合などで盛り上がっている。休日は大抵朝早くから試合が行われ、その声援が私の枕元にまで響きわたり、朝寝坊の邪魔をしてくれる。心臓手術の執刀医が「神戸さん、元気になればテニスも出来ますよ」と嬉しい事を言ってくれたが、それは励ます意味の言葉だった。テニスと言うハードなスポーツなど出来る訳がなく、少し走っただけでも息切れが激しく、階段もまともに登れない心臓でテニスボールを打ち返す事は出来ない。観戦してボールの行方を楽しむのが精一杯である。
ヒデ

 


あの日
君が流した涙の跡が
芝生の上で転がる
ボールに染みこんだ
分かっていたんだよね
この日が来る事を
世界の壁に凭れながら
自分の限界に挑戦したのだから
ゴール目掛けて走り続けた年月は
夕焼け空のように燃え尽きた
もう走らなくていいんだよ
僕たちの声援を身体中に背負って
止まることを許されなかったヒーローは
勝利のパスを
僕達に送ってくれたのだ
ありがとう 中田英寿
君が放った涙のキックは
新たな挑戦者が引き継いでくれるだろう

 

なんでだろーなんでだろーなんでだろー、ななな、なんでだろー。赤と青のジャージ、そしてギターかき鳴らし派手なアクション交えて一斉風靡した?お笑い界のピンクレディーことテツ&トモであるが、最近全くTVから姿を消してしまった。時々ものまね番組などでその美声を聴く事はあるが、これも消えたお笑い芸人の運命であろうか?それはさておき、世の中は疑問に満ち満ちている「なんでだろー」と首を傾げる事は毎日のようにある。しかし疑問を抱くことは必要でもある。子どもの成長は疑問が出発点。赤ちゃんが先ず最初に発見するのは大抵母親の顔。生まれたては目が見えるのでしっかり自分の母親が脳裏に刻み込まれる。育つ環境によっては私のように思い出せない場合もあるが、一度は対面しているはず。そして次に発見するのは自分の手である。頭の中は???が飛び交い手と手を確認し合う。そしてその疑問は好奇心へと発展し行動力と知識が積み重なって行く。私は10代の頃ある先輩から疑問を持てと何度も言われ続けた。鈍感な若い私にその意味の重要性がまだ理解出来ないでいたが、20歳を境にやっとその意味が理解出来たのである。疑問を持ちそれを自分なりに解決していく。それはまさしく向上心の塊でもあった。歳を積み重ねても次々と湧いてくる疑問は果てしがない。だから人間の成長は留まる事を知らないのである。人類は何の為に武器を持ち殺し合うのか大きな疑問である。