motoのブログ -13ページ目

死にたいとき。

引越し予定物件の近くで一人晩御飯。

こういう日は誰も相手にしてくれない。


普段誰も相手にしてくれないけれど、

こういう日は特に寂しい。


泣いた赤鬼みたく、お茶やお菓子を用意していても、

誰も家に遊びに来てくれない。


気味悪いからだ。


赤鬼と大きく違うのは、自分のために尽くしてくれる人が

いないこと。似ているのは気味が悪いということだけ。


独り家に帰って、ぬいぐるみに声をかける。

それだけが唯一のコミュニケーションなのだ。

最近、また死にたくなってきているので、動物との

コミュニケーションだけが、生きる希望なのだ。


存在が恥ずかしい。気持ち悪い。薄気味悪い。

誰も相手にしてくれない。避けられる。

コレを読んでいる人だって、結局は肝試しのごとく、

わたしをあざ笑いながら覗いているのだろう。


死にたい、死にたい、ぬいぐるみと家族のために死ねない。


だれか、助けてくれ。




妄想か現実か。

監視されている。

会社でタバコに行くとき、お茶を汲みにいくとき、書類を取るとき。


監視されている。

ネットで何を見たか、何を書いたか、どんなメールが来ているか。


上司は揃いも揃って、わたしの周りを歩く。必ずパソコンをチェックする。

そして、わたしが歩くたびにその方向をチェックする。

何分間席を離れたか、どこにいったか、何を触ったか、

電話でどんな話をしているか・・・・・・きりがない。


視線の先にも監視の目があるので、うつむくこともできない。

手が、視線が、体が震えてくる。それも監視されているので、

隠さなければならない。


帰りの電車でだってそうだ。女子高生がわたしをにらんでいる。

不快なものを見る目でこちらをにらんでいる。わたしが何をした?


隣に座ったおっさんはわたしのメールを見ていた。引っ越すことを

知られてしまった。この先、殺されるかもしれない。


会社の上司陣はわたしをどうやって会社を辞めさせようか、

毎週会議を開いている。今日だって、役員がわたしの所属上司の

ところへきたのは、わたしの行動を監視して、報告するためだ。


ぬいぐるみを育てていかなければならないから、会社を辞めることは

できない。

しかし、会社はわたしを辞めさせようとしている。どうしたらいい??

同僚たちはわたしが苦しむのを笑ってみている。もっと苦しめと言っている。

ぬいぐるみを抱きしめて、喫煙室から飛び降りてやろうか。


喜ぶだろう。歓喜の祝いをするだろう。パーティーだってあるかもしれない。

上司陣だって、辞めさせたい人間が死ぬのだから、臨時給与を

出すかもしれない。いや、出すだろう。


ついに追い詰められてしまった。わたしを信じてくれているのは、

ぬいぐるみだけだ。

わたしをかわいそうだと思うのは、両親と兄弟だけだ。

親族を悲しませてはいけないから、勝手に死ぬことも出来ない。


出来ない、出来ない、出来ない。


出来ないことばかり。



周りと連絡を取ってはいけない。動いてはいけない。

死んではいけない。



どうしたらいいのだろう。途方に暮れる。



精神障害者手帳の善悪。

お天気の悪い本日。台風が来ているとか。

ベトナムのあたりでもくもく雲ができているとかいないとか。


天気の良かった土曜日。巷じゃ運動会日和だったらしい。

あいつの子供も運動会だったのか、今日は振り替え休日で

家族全員休みなのか、


今日はあいつが会社に来ていない。


正直寂しい。いつからこんなことをいちいち気にするようになったんだ?

弱い自分。みっともない。


会社で精神障害手帳の期限について話す。

喫煙仲間が手帳の更新を勧めた。


手帳がないとおいらの首が危ういからだって。

存在理由がなくなるからだって。


はたと思い当たるふしあり。


仕事が少ないのも、日中ネットサーフィンしていても全く怒られない

のは手帳様様だからなのだろうか。

障害者という理由で見逃してもらっているだけなのだろうか。

来年の半ばに手帳の有効期限が切れる。


そうしたら会社からお払い箱になってしまうのだろうか。

誰にも相談できない。ひー先生だってこんな悩み聞いてくれないだろう。


正直、手帳を貰って経済的には楽になった。

ただ、どうしても一般市民とは少し離れた対応をしなければならない。

引越しの下見をするとき、不動産屋と改札をともにしたとき、

意識的に交通費無料パスを隠した。契約に支障が出ると思ったから。


そんな日陰の気分にいつまでもしたくはない。

経済的に少し窮屈になろうとも、一般人の生活を手に入れるのなら、

それも仕方がないことだ。


去年、障害者手帳の申請をしたときは、経済的に楽になるからと

それだけで、役所を渡り歩いていられた。

ただ、今の気持ちとしては、もうその気力もない。

薬代も交通費もタダになるけど、その代償は大きい。


結局、病気が軽くなったとはいえ、周りから見たら、手帳を持っている限り、

良くも悪くも特別で、見下した視線でしか見てもらえない。

普通に話しているとおいらが勝手に思っていた人たちも、結局は

精神障害者という色眼鏡で面白がって話しているだけなのだろう。


得なのだか損なのだか分からなくなり、どちらかといえば損な手帳なのでは

ないだろうかと思う、本日なのであった。