世の中には話を最後まで聞いてみれば「そりゃそうだよな」としか思えないが、
案外事前には予想がつかない、そんな話があったりする。
1931年、心理学者のウィンスロップ・ケロッグは、生後7ヶ月のチンパンジーをグアと名付け、生後10ヶ月の自分の息子ドナルドと一緒に育て始めた。
グアとドナルドはケロッグとその妻ルエラから全く同じ扱いを受けた。
同じようにあやされ、キスされ、ベビーカーで散歩に連れて行ってもらい、おまるの使い方を教えられた。
ケロッグの興味は、人として育てられたチンパンジーがどれほど人に近づくか、という事にあった。
この実験は10ヶ月後に打ち切られることになる。なぜか?
私としては意外だけど言われてみればそりゃそうか、という顛末だったのだが、他の人はどう思うのだろうとも思う。読んでくださっている貴方もちょっと考えてみていただけるだろうか。
さて、考えてみていただいている間に話は少々脱線する。
今やソニーブランドの神通力はかつてほどではないが、それでもあのロゴは世界中でよく知られている。
貴方も容易に思い浮かべることができるだろう。
ところであのSONYの4文字、「NY」が「SO」より少し小さいのをご存知だろうか。
普通に見ると、4文字の大きさはおなじに見えると思うが、
補助線を引くとご覧のとおり、NYはSOより少し高さが低い。
「O」のように丸まっている文字は角張っている文字よりも小さく見えてしまう。
だから意図的に少し大きくすることで、同じ大きさに見えるようにしているのだ。
私がその話を知ったのは随分前、ウォークマンの立役者黒木靖夫の本でなのだが、デザインというものの奥深さをうかがい知ることができる話として印象に残っている。
閑話休題。人として育てられたサルのグアの顛末について。
グアは順調に「人間」として育ち、「両親」のいうことを聞き、おまるの使い方を覚え、叱られるとハグをして許しを請うた。
グアは様々な面でドナルドよりも先を行っていた。
知能を試す課題(取りにくいところにあるクッキーを道具を使って取るなど)をドナルドよりも早くクリアし、2人で遊ぶ時もリーダーはグアだった。
(チンパンジーのほうが人間より早く成長することを考えると、グアのほうが事実上年長であったと考えられるので、これはありえる結果といえる)
ただし、やはり人間の言語を身につけるということはなかった。
食べ物が欲しい時は鳴き声を上げ、特にオレンジをねだるときはハアハアと独特の息遣いをした。
行動面では人間らしさを幾ばくかは獲得したものの、発声や言語というところではサルはサルだったわけだ。
(サルに言語を教えられるかどうかは、手話や記号など別の手段がのちに試みられてゆく)
さて、既述の通りケロッグ博士は10ヶ月後に実験を突如中断する。それは彼の息子ドナルドに起きた問題のためだった。
ドナルドはその年の子供の平均的な語彙数よりはるかに少ない言葉しか覚えなかった。
その代わり、空腹になるとグアそっくりの声で鳴き、オレンジを欲しがる息遣いも完璧に真似をした。
この実験は結局、
「人間に育てられたサルが人間に近づくかどうか」
を調べるはずが、
「サルと一緒に育った人間はサルそっくりに振る舞い出す」
ということを見つけてしまったわけだ。
どうだろう。この結果、貴方は予想できたろうか。
学ぶ=真似ぶ、は人間が本質的にやることで、
きっとそれこそが人間が文明を発達させた大きな要因なのだろう。
真似て学ぶことは決して悪いことではなく、むしろ望ましいはずなのだが、成果物が自分のオリジナルだ言い張らなくてはならない場合は色々面倒だ。
というわけで企業ロゴとサル真似する人、オリンピックエンブレム騒動でふと思い出した話2題、でした。
サルの実験の話の元ネタはこの本。生物学、心理学寄りの実験の紹介が多く、物理系はあまり扱われていない。ロスアラモスの臨界事故など、結構探せばあるはずなのだが…。
狂気の科学―真面目な科学者たちの奇態な実験/東京化学同人

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タイトルは過激だが実際にはそれほど狂った実験はない。ミルグラムの電気ショックやジンバルドーの囚人実験など有名どころも多く紹介されていて、それらが全体の中でも比較的過激な方なくらい。