【400文字作文】こんこん。

雪よ、ユキ。と女が言う。みたいだね、と
私は言った。街を白く覆う雪は珍しいけど、
いろんなものに踏まれまぶされ灰色になり、
道路脇に集められた雪は珍しくない。
積もる前で良かったな。と言いながら、私
は車を車庫に停め、ワイパーのスイッチを切
ったが、エンジンはまだ切らずにいた。一定
のリズムで動くワイパーが、私はあまり好き
じゃない。カーナビも、電子辞書も嫌いだ。
降りないの?と、全く降りる素振りを見せ
ない女は正面を見つめ、言った。
少し曇り始めたフロントガラスに、大粒の
雪がぶつかってくる。遠くから飛来してくる
その雪が、小さくて珍しい生き物のようにも
見え、愛らしく、可笑しくなった。
女が、こぎつねこんこんやまのなか……と
歌いながら右手の指をキツネの顔の形にし、
私の方へ向けた。
珍しいね。と私は言い、女の少し紅くて冷
たい指先を、含んだ。
【400文字作文】あね、時々あれ。

内戦か……。と、親父は珍しく、呟いた。
いつもは舌打ちや咳払いや、溜め息しか出さ
ない人なのに。
親父は新聞紙の上に足の平を掲げ、醜いそ
の指先をダメな鷹のように目一杯広げ、分厚
い足の指の爪を切りながら、言った。内戦か
……と。
気になってその新聞紙を覗き込んだ。僕は
てっきりアフリカや中東や、いまだ洗練され
ていないアジア地域を話題にした記事なのか
と思っていた。が、僕が覗き込んだその紙面
には「次男祖母母親孫姉子供胎児祖父父が弟
兄父祖父」などという文字が妙に誇らしく明
朝体で並んでいた。内戦か……。と、僕も思
い、呟いた。
母は台所で虫達に悪態をつきながらお茶の
葉を入れ替え、薄くて白くて不安定な湯呑み
にそれを注ぎ、お茶よぉ。と言いながら不安
定な湯呑みを、仏壇へと運ぶ。明日だ……。
明日で姉が死んでちょうど、一年だ。
【400文字作文】たまごごごはん

6時間前に炊きあがった炊飯ジャーの蓋を
開ける。乾いた匂い、がした。「老う」とい
う言葉を連想しながら、やや大きめの茶碗に
「飯」をつぐ。
白い茶碗に入った「飯」は黄ばんで見え、
悲しかった。が、悲しみに沈んでいてはいけ
ない。ヤカンを火にかける。「至福の、アフ
ター茶」という快楽のために。
卵は二つ、準備する。ざらりとした卵を触
るといつも私は「月」を連想する。
卵@1は丸ごと。卵@2は慎重にカラを割
り、ふたつに割れた殻を使って白身を落とし
黄身だけを。つやりと光る黄身を見て正しく
は「月見」ではなく「月身」かもしれんな。
と想う。仕上げに醤油をひとすじ流し、やや
下品な音をたてつつ、かきまぜる。
台所で立ったままそれを喰っていると、ふ
と袋に入った「味付けのり」と目が合う。破
るべきか、破らざるべきか……。
湯が沸きヤカンの蓋が、かたかた鳴った。
【400文字作文】いんたびゅう vs おおよそ派遣の女

覚悟でしょう。と、彼女は私の目を見て、
応えた。そして2~3秒後、彼女は驚いてい
る私の目から、視線を逸らした。あぁあ……
という感じで、下を向いた。
私は驚いていた。ホテルのドアを開けたら
そこは座敷で、しかも布団が二組、敷いてあ
る……。そんな「驚き」だった。
私が待っていた応えは、「強」と「痛」と
か、「柔」と「剛」とか、「美」と「醜」と
か、「徳」と「損」とか、「イン」と「アウ
ト」とか、「攻」と「守」のような、相対的
な応えだったのだ。
彼女は「女の子」という年齢ではなかった
が、「女性」と、いうにも何か足りない。発
言も個性的なようで、色が無い。そんな「凡
そ的」な女だった……。そんな凡そ的な彼女
に、観念的な応えを返され私は、次の質問が
できずに困っていた。
私のインタビューは「女と男の違いは?」
という質問で、詰まってしまいそうだった。
【400文字作文】為という字は偽という字に

夢の中で僕が殺したのは男か、女か。知人
か。他人か。覚えていないが、十二人という
人数だけは、覚えていた。
瞼だけをゆっくり開く。窓を見る。窓の外
はとても灰色で、たゆんとした電線が、北風
に揺れていた。それは、誰もいないブランコ
を連想させた。
僕は夢の中で拳銃のような武器を使ってい
たことを思い出し、その十二人を撃つと、何
人か「ああ、良かった!」という笑顔で僕に
近づいてきたのを思い出した。僕は誰を撃ち
誰を、助けたのだろう……。
窓の外ではまだ電線が揺れている。僕は少
しだけ起き上がり、窓に映る半透明な自分の
顔を見た。思い出した。
僕が殺した十二人は全て「僕自身」だった
ことを。笑顔で近づいてきた人達は、僕の家
族だったことを。
ノックする音と母の声が、向こう側から聞
こえた。僕はまた、布団を頭から被った。