【400文字作文】俺の顔(にーまるいちいち)

携帯電話のアラームが鳴り、目を覚ます。
ゆっくりと立ち上がり「さて」と思い、外を
眺め天気を確認し、顔を洗いに行く。
洗面台の前に立ち、水を溜める。波打ちな
がら上がってくる水面を眺めながら「よし」
と思い、鏡で自分の顔を見る。
瞼はまだ薄く腫れており、目やにが詰まっ
ている。頬には寝痕が残っている。何度か顔
を洗い、目やにを丁寧に取る。
鏡で、水滴をつけたままの顔を見ながら、
誰かに良い顔をしていると言われ嬉しかった
ことを思い出す。それはイケメンだというこ
ととは意味合いが違っていたので、嬉しかっ
たのだ。と、同時に居酒屋のカウンターで目
が死んでいる知らない男に、兄ちゃん俺の若
い頃の目にそっくりだ。と言われたことも思
い出し、鏡から目を逸らした。
鏡で自分の顔をじっくり見ると、あまり良
いことはない。ということを久々に思い出し
「はあ」と思い、もう一度外を眺めた。
【400文字作文】風と井草と畳と女

扉を開けると、民宿のような、井草の薫り
がした。律儀に並べられた真新しく青い畳は
まるで、気合いを入れて角刈りにしてきまし
た的な感じでそこに、収まっていた。
そんな畳に一歩踏み込む。足裏にザラりと
井草の感触が伝わる。と同時にフワりと藁の
柔らかさも、伝わる。
ザラりな感触を楽しんでいると、窓~窓か
ら風が吹いた。畳の上を撫でるような優しい
風だった。
私はすでに、お漫画的な汗を二三十粒ほど
頭皮から額、そして顎先へと運び、気ままに
畳へと落としている。汗が落ちた跡の畳は秋
色へと変わるがすぐにまた、青く戻る。
私は畳の上で大の字になり、じわじわと汗
をかくことを楽しんだ。畳は私の汗を吸い、
茶色くなった。
私は上半身だけを畳から起こし、その汗の
跡を眺めた。青く戻るだろうかと不安に想い
ながら、眺めた。
【400文字作文】雑魚寝の仔猫

朝焼けを見るのは、ひさしぶりだった。
私の隣では男達が、胎児のような格好で寝
ている。私は彼らを起こさないようにそっと
起き上がり、カーテンの隙間から外を見た。
紅くて、官能的な朝焼けだった。
私は興奮し、膨張した性器のよう朝焼けを
眺めながらタバコをくわえたまま、火は点け
ずにそれを眺めた。
朝焼けが好きな人はロマンチストで、夕焼
けが好きな奴はセンチメンタリストなんだ。
と、私に言った男のことを思い出した。だか
ら男は夕陽に向かって走ったり叫んだりする
のね。と私が言うと彼は口を曲げ、首を傾げ
て柔らかく微笑んでみせた。
何も……どこも見ていない自分に気付き、
もう一度朝焼けをと外を見る。すると微笑ん
でいる自分の顔が、窓にうすく映っていた。
私は私と目が合った。そして、頭の中では
「感傷」という言葉がゆっくりとスクロール
していった。
【400文字作文】ぽぽぽぽいんと、カード。

ポイントカードはお持ちですか?という問
いに、私は「いいえ」と答える。
いいえ。私はポイントカードを管理するの
が下手だし、出すのも面倒だし、頼ってもい
ないし、信用もしていないし利用するほどに
困ってもいないし、スーパーで買い物をする
ことも週に一度あるかないかだし……。とい
う風情を醸し出しながら、そして攻撃的にな
らないように「いいえ」と言った。
「ありがとうございます。」と、なぜか礼
を言われるのもいつものことで、「いいえ」
と言える場面ってそうないな、と思いながら
レジを離れるのもいつものことだった。
買った物を、四千七百円で買ったエコバッ
グに詰める。そんな私の隣では、若い男の子
がポケットから出したコンビニ袋を広げ、買
ったものを詰めていた。
私のポイントをその彼に譲れないものかと
一瞬思ったけど、きっと彼もポイントには期
待していないだろうな、と思った。
【400文字作文】妻と娘と にゃにゃにゃにゃにゃ

あかりをつけましょぼんぼりにぃ おはな
をあげましょ にゃにゃにゃにゃにゃぁ……
私の妻は歌詞がわからなくなるとなぜか、
ハミングではなく「にゃにゃにゃ」で、その
後のメロディを口ずさむ。 ごーにんばやし
のにゃにゃにゃにゃにゃぁ……
小さな和室で妻は、いくつか木の箱を広げ
て、小さな雛壇を飾ろうとしている。娘はそ
の様子をじっと、見ている。
木の箱の中には優しい紙に包まれた人形が
入っている。妻はそっとそれを両手で取り出
し娘に、きれいねー。と言った。娘は無表情
で、うん。と言いながら頷いた。去年の雛祭
り、まだ娘は「うん」と言うことも頷くこと
もできなかった。来年の雛祭りには、何と言
うのだろう。
子供の頃、仕舞ってあった雛人形を勝手に
開けて遊ぼうとしたら、人形の首が取れたこ
とを、和室に座っている妻と娘の後ろ姿を見
ながら、僕は思い出していた。