【400文字作文】角砂糖

また、伸ばし始めた爪で、私は角砂糖を削
り、崩した。
右の指先にくっついたその粒達は、上品な
砂のように。テーブルに積もったその粒達は
決してなつかない、雪のように見えた。
左の指で摘まんでいた角砂糖をソーサーに
置き、私はタバコを摘まみ、火をつけた。
タバコを吸う。ふわりと先端の「赤」が灯
る。唇を離すとその先端は黒く、沈んだ。そ
れは何かにとても、似ていた。何かに。
タバコの先端からは、およそ真っすぐな青
白い煙が上がっている。絵筆で、すっと描い
たようなその煙は、弔いの煙に見えた。
この、今の私を。「ワタシ」を知る人が見
たらきっと、戸惑うだろう。「ワタシ」なん
てそんなものだ……。
砂糖がついた右の指先をコーヒーに浸け、
その指先を舐める。
私の指先はまだ、甘かった。そしてタバコ
を止めていたことも、思い出した。
【400文字作文】萎める心の花を、咲かせ。

クリスマスって、なんの日だったっけ?
隣を歩く妻が言った。私に質問しているよう
でもあり、誰ともなしにそう呟いているよう
でも、あった。
私達は歩きながら腕を組むことも、指を絡
ませあうこともない年齢だが、子供はいなか
った。「このこと」について妻と話すことは
今までなかったし、これからもないだろう。
準備はするけど計画はしない私達はもう、そ
の準備をすることすら、止めていた。
クリスマスを家で過ごすための準備に買い
物をしていて私は淋しくなった。どんな店に
も子供が欲しがりそうなお菓子が並んでいた
が、私達の家にそれは必要が、無い。
買い物を終え、地下鉄の駅へと向かいなが
ら私は妻に、手を。と言い彼女の、右手を握
った。妻は、温かい?と私に聞いてきた。
駅へと向かう歩道の先から、単調なハンド
ベルの音色が聞こえてくる。その音色は少し
ずつ増え音楽に、なろうとしていた。
【400文字作文】High time・Low sun

したかった、だけなんでしょう?
女は落ち着いた声でそう言った。外は寒かっ
たでしょう?とでも、言うように。
どっちがいい?と男は返した。男は珈琲に
口を付けもう一度言った。どっちが楽だ?
男の返答はとても古典的で想像力に欠けて
いた。仕事ができないけどなんとなく評価さ
れている……。そういう男の返事だ。
女と男は外に向いたカウンター席に並んで
座っていた。外ではデッキに張られたテント
が北風に弄ばれ、枯れ葉は躍らされてる。
男は女の表情がどうしても気になっている
が、それを覗けずにいた。女は対照的に店内
に響く音や男の声に、集中していた。
十五時四十二分。退屈だった私は磨いてい
たシルバーを故意に、二つ三つ落とした。
女は金属的な音に反応し、こちらを振り向
いた。男はその女の横顔を、盗み見ていた。
冬の太陽は柔らかくて低いけど、色んなも
のをずっと、刺している。
【400文字作文】母体のようなボストンバッグ 〜第一発見者の憂鬱〜

僕は「それ」を見つけた。そして僕は「そ
れら」に、見つけられた。
河川敷の雑草の中に埋もれていた安っぽい
ボストンバッグはパンパンに膨れていた。そ
れを爪先で軽く蹴ると、ズシリとしていた。
その重量感は僕の好奇心を、くすぐった。
サビとか埃とか砂とかで固くなってるファ
スナーを、強引に、裂くように開くと、その
中には腐ったナニかが入っていた。
その腐ったナニかは僕の好奇心をはるかに
超えていたけど、僕はそれを期待していたの
かもしれない……。僕は「それ」を見つけた
ことを警察に連絡した。
警察が来るまで僕は、いろんなことを想像
した。新聞。写真。学校。質問。家。日常。
母。子供。友人。軽蔑。尊敬……。
回転灯だけを点けたパトカーが停まり、ド
アを閉める重い音が聞こえた。僕は「それ」
を見つけただけなのに逃げたくなった。見つ
けただけなのに、見つけられた気がした。
【400文字作文】C'est la vie

鼻から入る冷えた空気は脳を覚まし、冷た
い風は熱い涙で、瞳を包んだ。私は深くまば
たきをしその涙を瞼で削ぎ、零した。涙は目
尻で小さく膨らむだけで、頬骨の丘さえ越え
ることもできなかった。
女と会うのも久しぶりで、その店で会うの
はもっと、久しぶりだった。再会は必然で、
ここでの再会は偶然だったのだ。
店の入り口にはフリーペーパーが置いてあ
る。その表紙に、人生。とか計画。という文
字が大きく書かれていた。数時間後の天気さ
え読めないくせになぜ、多くの人は生きるこ
とを計画しようとするのだろう……。
夕方から降り出した雨で、見事に濡れた私
は、小さな窓から温かい灯りが零れる木製の
ドアを押し店員に、待合せ。と言った。
女が私を待っていたのかはわからない。け
ど、私は彼女を待っていた。
C'est la vie と口の中で呟きテーブルにつ
くと女は、さむいの?と私に聞いた。