【400文字作文】バンガレワタシ

じゃあ、がんばってね。と言って、ミキは
電話を切った。
お母さんに「葉っぱみたい」と笑われた、
軽すぎるケータイで長話をするのは、疲れる
し好きじゃない私はミキの、そのヒトコトを
待っていた。
ジャア ガンバッテネ。
彼女はいつもそう言って電話を切るけど、
八十%はミキの一方的な、排泄物のような話
しが占めている。
私はケータイをベッドの枕にポイと投げ、
冷たい水を喉を鳴らしながら、飲んだ。ミキ
は私に何を、ガンバッテネって言ったんだっ
け……。
テレビからはもう、騒々しいだけの深夜番
組が流れている。私がミキに話したことは、
好きな人がいないこと。私を好きだという人
がいること、だった。
私はもう一度考えた。ナニをガンバレばい
いんだろうか、と。
【400文字作文】稀郷

私の白い腕に、蚊がとまった。私はその蚊
に、ふっと息を吹きかけた。黒い蚊は私の腕
に紅い目印だけを残して、どこかへ消えた。
乾いた砂利を靴底で転がしながら、叔母の
家の玄関へと向かいながら私は、この砂利道
を歩くのが何年ぶりか、思い出そうとしてい
たが、はっきりとは思い出せなかった。なん
となく思い出せたのは、まだ私が自分のこと
を「大人」だと思っている頃に、歩いていた
記憶だった。その頃はこの砂利に靴底を刺す
ように歩いていたことを思い出した。
叔母は私の母より四つ年下で、子供がいな
いせいか私のことを誰よりも甘やかし、注意
深く叱ってくれた。あの時、叔母は私を叱っ
てくれていたのだと数年後気付く。そういう
叱り方だった。
傲慢に伸びた笹と、黒く汚れた竹の垣根を
見て私は、誰もいないかもしれない、という
不安を持ったまま、手応えの無い呼鈴を押し、
声に出さず十秒数えながら、叔母を待った。
【400文字作文】車窓にて

「列車」と「電車」の違いなんてわからない
し、知りたくもないが、「列車」に乗ったの
は、緑や青を眺めながら自分をどこかへ運ん
でもらいたい。と思ったからだ。
だが、車窓から見える畑の緑、空の青、時
折現れる遮断機の赤に見飽きた私は、黒い電
線を目で追っていた。
真っ黒な電線を目で追いながら私は、葉脈
が好きなの、と言った女を思い出した。
列車はそれまで子守唄のように優しく揺れ
ていたが、橋の上を通過しようとする時、ま
るでベェトォベンのように大袈裟にわめき、
揺れたが、私の頭の中から「葉脈」という言
葉と漢字は離れなかった。
私は橋を渡りながら、自分の手の甲に這う
血管を眺め、次の駅で降りようと決めた。
気付いたのだ。緑や青を眺めていたいと思
ったのは、それが思い出の象徴だと。
私は黒い電線を見た。青空にまっすぐ引か
れた黒い電線は、快楽の象徴のようだった。
