【400文字作文】小刻みに揺れる瞳とその指先

老女は、ふふふ。と、笑っていた。声は聞
こえない。けど私には笑い声が、見えた。
老女は公園の、ゴミ箱に近いベンチに座っ
ていた。コーヒーカップを捨てようとそこへ
近づいた時私はその笑い声に、気付いた。
こんにちは。挨拶をすると老女はゆっくり
首を傾げ、挨拶を返した。そして平らな膝の
上を指差し、泣き顔ばっかり。と言った。そ
こには子供の写真が貼られた、小さなアルバ
ムが置いてあった。
ほんとう。と言うと彼女は、乾いた指でペ
ージを捲ってくれた。子供の写真は全て、泣
いていた。お孫さんですか?と聞くと彼女は
それには答えず、よく泣くね。可愛いねぇ。
と独り言のように、呟いた。
象の瞼のような老女の目を覗き見ると瞳は
潤み、微かに揺れていた。その瞳はとても可
愛らしかった。けど、上手くページを捲れな
い彼女の、乾いた指先は悲しかった。その指
先をぎゅっと、握ってあげたかった。
【400文字作文】のぞきのぞかれ 食い喰われ

旅館に泊まるのは、久しぶりだった。
畳の柔らかさに、私の脚は緊張したけど、
裸足の足は畳の感触を懐かしみ、私はわざと
畳の上をこするように、歩いた。
座椅子に座り、グラスに残っているビール
の泡を眺めていると、彼が二度目のお風呂か
ら戻ってきた。そして、顎のあたりに汗をふ
くらませ、四角い手を冷蔵庫に突っ込んでビ
ールを掴み、窓辺の四角いソファに座った。
私は、部屋の灯りを消し彼の後ろへゆっく
り近寄り、藍色の浴衣の帯で、彼に目隠しを
した。
夜の色よ。と、私が言うと彼は私の腕を、
ビール瓶に付いていた水滴で冷たくなったそ
の手で掴み、私の皮膚を指で、撫でた。
目隠しを解くと、月って大きいんだな。と
彼が言った。私は、そうね。と言いそうになっ
たけど、夜空って青いのね。と言った。
藍色の上品な紙に指で穴を開けたような。
そんな月が私達を、のぞいていた。
【400文字作文】花・ミズキ

久しぶりに帰った「家」の庭で、黒くなっ
てしまった空を眺めていると前歯で、ほんの
少し齧ったような月が、出ていた。
欠けた月と私の間では、ハナミズキが細い
枝を、まだ可愛い北風に「ふう」と吹かれ、
大袈裟に震わせていた。北風は嫌いじゃない
けど、大袈裟な少女のように揺れるハナミズ
キを私は、好きになれなかった。
どうして植え代えたの?と、私が聞いても
父は、うん。としか言わず、母は微笑むだけ
だった。
庭に置かれたイスに座り、植え代えられる
前は何が植わっていたんだっけ……。と、思
い出そうとした。月に、目隠しをするように
細くて長い雲が架かると、庭は暗くなった。
その、雲が流れまた、庭が明るさを取り戻
すと私は思い出した。ハナミズキの前は、老
婆のような梅の木が、植わっていたことを。
月光が創る梅の木の影を、少女だった私が、
怖がっていたことも。
