【400文字作文】雨と傘と浸食と染色とYシャツと私。

雨が降っている。雨は嫌いじゃないけど、
窓が汚れるのは嫌だなと思う。
風は無いようだ。黄色やオレンジの傘を開
いた子供たちがその傘を回しながら歩いてい
る。急に走り出し、わざと傘の内側に風を招
き、うわぁ、と楽しそうな悲鳴をあげ遊んで
いる。
近所の家で雑に育てられている庭木の緑は
いつもより深く、美しく見えた。姿を見せな
い鳥達は雨粒が痛くて苛立っているのか、ヒ
ステリックな声で鳴いていた。
雨が降ると人も植物も動物も窓も傘もアス
ファルトも動いているように見える。雨粒は
上から下へ伝い、どこかへ着地すると生き物
のように広がり、染みていくからだろうか。
雨粒が夏の虫みたいに時折、窓にへばり付
く。その窓から外を眺め、そこでただ地味な
傘を持ち、じっと立っている私を想像してみ
た。雨は私にも染みてくるだろうか、それと
も、私の何かを削ってくれるだろうか。

【400文字作文】青く赤い黄色信号。

青い信号に向かってアクセル・ペダルを踏
み込む大きな車を横目に、私はアクセル・ペ
ダルから爪先を離す。
青い信号はやがて黄色くなり、赤い信号に変
わるのだ。
私は爪先をブレーキ・ペダルへとゆっくり
移動させる。それと同じくらいゆっくり視線
を歩道へと動かすと、80%ほど解体されて
いる建物が目に入る。まるで朽ち破れた厚化
粧みたいだと思いながら、そこには以前何が
あったか思い出そうとする。思い出せないく
せに、思い出そうとする。
さっき私を追い抜いていった、大きな車の
ストップ・ランプが視界に入り、私もブレー
キ・ペダルを踏む。
信号もストップ・ランプも赤い。そして、
青い信号へ変わった。
隣の大きな車はまた、次の青い信号へ突進
していく。私もまた、ゆっくりと爪先をアク
セル・ペダルへ移動させる。
【400文字作文】焚き火の弐。

しもやけピーピウおお寒ぃ。と唄いながら
住宅街のブロックを抜け、坂を下る。
しもやけシモヤケと呟くと「しもやけ」が
何だったのかわからなくなる。もう「しもや
け」という単語は死語かもしれないし「焚き
火」という単語も、古き良き単語になりつつ
あるのかもしれない。
坂を下りきったところに小さな川がある。
その岸辺で(開き直って)焚き火をすること
にした。襟のあるシャツを着ているし穏やか
な微笑みも身につけているし大丈夫だろう。
枯れ枝をなんとなく組み上げその下に新聞
紙をふんわり置き、黒い本体に銀文字で
「Para Mi」と書かれたライターで火を点ける。
新聞紙は古い情報と同じようにすぐ紅くなり、
灰になる。枯れ枝はパチパチと鳴るが紅くなら
ず、時折「プシュウ」と音を立て小さく弾ける。
枝は枯れているのではなく、枯れたと評価さ
れているだけ、なのかもしれない。
【400文字作文】焚き火。

私は数冊の雑誌と数日分の新聞とワンシー
ズン分の枯れ枝をヒモで括り、人差し指や中
指にそれをぶら下げ歩いている。
焚き火をするか。と思い立ったのは「雪」
とか「気温」とか「乾燥」とかそういう単語
を見たり、耳にするようになったからだと思
うし、街路樹を見たせいでもあるだろう。緑
が消え、黄色や紅へと染まるグラデーション
は私を静かに興奮させた。
雑誌と新聞と枯れ枝を持ち歩いている私は
真夏にコートを羽織っている人のように明ら
かに違和感を放出していた。だがそれは心地
良かった。彼らは焚き火をしたことがないの
だろうと思えた。枯れ枝から水分が無くなり
弾ける時の音や、紙が爛々と燃えるさまを知
らないのだろうと思えた。
家を出てどのくらい経っただろう。焚き火
ができそうな場所を決めることができない。
垣根の垣根の曲がり角。と唄ってみたが、
見つかりそうもない。
【400文字作文】すまんが今更それは尚更なんじゃないの。

誕生日だろ。おめでとう。と、俺は灰色の
姉に言った。俺は一度だけ、女を殴ったこと
がある。もちろん悪意は無かったが、その相
手は今は灰色の、姉だった。
何歳の時かは忘れたが、俺の拳が姉の腹に
当たった瞬間のことはいまでも覚えている。
右手に感触と感傷が残っている。
姉の柔らかい腹に自分の拳が減り込んだと
き、これはまずいことをしたと後悔したが、
姉はウッ!と呻いた後にすぐ「別に……」と
いう表情をした。
女がとても柔らかい生き物だということを
その時、知った。あの時感じた柔らかさは未
だ右腕に残っている。迷惑な感触と感傷だ。
姉は、いまさら祝われても嬉しくないと言
うだろう。俺は、いまさらで悪いなと言うだ
ろう。
俺は彼女が白くて黒い頃に「おめでとう」
と言った記憶が無い。今更で申し訳ないが、
灰色の姉に伝えたい。おめでとう。
