石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -39ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 三谷幸喜さんのエッセイに、こんなことが書いてあったのを目にした。

 

『旅行が嫌い。家にいれば要りような物がどこにどうしまってあるか把握している。旅行へ行くとそうはいかなくなるのが嫌』というような趣旨だったと思う。

 

 それで腑に落ちた。自分はなぜ旅行となるとこんなに憂鬱になるのかと。

    全く三谷さんに同感で、荷物に詰めた途端、どこに何があるのかわからなくなる。どころか詰め忘れるのも常で、探し出すのにもたつき苛ついてしまうのだ。

 

 旅行自体は好きである。普段の自分の行動範囲では見られないもの、できないこと。そうした体験はとても楽しいし、新たな発見は心の栄養になる。同じ毎日の繰り返しから抜け出せる気分転換になる。そうわかっている。

 

 が、どうにも憂鬱さも抜けない。自分なりに何故なのか分析してみた。

 

 一つ、三谷さん現象。

 

 一つ、荷造りが面倒。

気候がわからない季節には本当に悩むので、あり得ない程荷物が膨らんでしまう。半袖からコートまで、タオルからマフラーまで、バカみたいな品揃えになってしまうのである。でも重たい思いをしたくないので、何かを削ろうと必死に考える。でも考える労力が最近続かなくてすぐに萎えてしまう。結局重たい量を持ち歩く。どっと疲れる。……今までの人生、結構な回数の旅行をしているはずなのにアホかと思う。

 

 一つ、録画が溜まってしまう。

ついついドラマや映画を片っ端から録画するのが癖で、これはノルマのように追われて見るはめになる日々を招く。できるだけ定期的に見ては消すようにしている。これが旅行が入ると後へ後へと繰り延べられる。いつ消化しようか頭を捻らなくてはならなくなり、億劫になる。

 

 一つ、生活リズムが狂う。

普段起きる時間、やるべきこと、寝る時間、は大体のところ決まっている。これが旅行に出ると、あれもこれもやりたいし、貧乏性ゆえに詰め込みすぎて疲れるし、何よりご当地グルメを食べまくってしまう。旅行後は必ず2キロほど太ってしまい、最近はそれが戻らないうちに次の旅行へ出かけたりするものだから、恐ろしいことになっている。

 

 更に一つ。

洗濯。2,3日ならともかく、少し長くなるととてつもない量になる。その大仕事のことが、旅行の後半くらいから頭をよぎってしまうのだ。もう激しく憂鬱になってくる。


ただし、これについては最近解決策を見出した。宿泊先かコインランドリーで乾燥まで終わらせてしまうのだ。それでストレスが洗濯物と同じくらいグッと減る。

 

 こうやって考えてみると、やっぱり自分は「旅行好き」とは言えないのだろうなあ。でもやっぱり出かけてしまう。だとすると、「エセ旅行好き」 ……うん……その名乗りが正解な気がする。

 

(了)けろけろけろっぴ

 

 

 

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 最近、うまく電車を降りられない。

 というのは、前に立っている人が降りるのか降りないのかが直前、というよりその時になってみないとわからないのである。その人を避けて前に出ていいのか、はたまたその人の後ろで待っていればいいのかが判断できず、降り損ねそうになる。

 

 歩いている時もそう。前や横の人がまっすぐ行くのか右に曲がるのか左なのかいやもしや止まるのか。それでうまく追い越せずにぶつかったり壁との間に挟まれたりする。

 

 昔、車の運転免許を取った時の話だが、車線変更がうまくできなかった。右折も左折もおどおどしていて、周りの意地悪いクラクションや幅寄せで泣く泣く直進するしかなくなったことも多々あった。今なら「どいてどいて私こっちに行きたいの~だから入れてね~避けてね~」てなもんで図々しく鼻先を突っ込む。後ろや横の車にこれでもかと自己主張する。彼らはきっと「ちっ図々しい」とか「やな奴の後ろについたな」などと思いながらも入れてくれるはずだ。

 

 つまり、どっちへ行きたいかの意思表示をハッキリする。それがわかれば譲ってくれる。または入れてくれない人でもとっとと抜いていってくれる。

 

 その、人が「どっちに行きたいのか」の予測というか先読みというか、それが本当に出来ないのが先の電車を降りるときや抜きたいとき。

 理由はほとんどスマホ。ギリギリまで画面を見ているから準備していないのである。彼ら自身が先をどうしたいとか思っていないから、こちらが読み取れるわけがない。目的駅に着いてしばらくしてから気付き、乗り込む人を掻き分けて飛び出す人もいる。

 

 これが結構疲れる。

 

随分前に、スキー場にスノーボードが現れた時の感覚に似ている。自分がやったことあるのなら予測もできるのだろうが、何せ経験はスキーオンリー。スノボは曲がり方や止まり方がまるで違うので、避ける自信も追い越す勇気も出なかった。

 

逆にそんなにせっかちに急ぎなさんなよ、と周りは思うかも知れない。けど体力が落ちている分、行動は予測に頼る割合が上がってきている。それができないとなると結構つらい。

 

そういう乗り降りや追い抜きに限らない。

例えば「こういう仕事に就きたい」「こんな夢がある」「こういうタイプの人が好き」とか普段から希望を明らかにしていると、意外に周りが気にかけてくれる。そのおかげで何度も助けをもらったり有難い思いをしたことがある。このオーラ、侮れない。

 

 そういうわけで、どっかの電車で「降りますオーラ」を人一倍激しく燃焼しているオバサンがいたら、それは私です。

 

(了)けろけろけろっぴ

 

 

 

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 以前、どこかのテレビの企画で、「大人になるのはいつだと思うか?」といった街頭インタビューがあった。集計結果は「就職した時」に落ち着き、まあ常識的というか、普通にそう思う。

 

 似たようなことが、「笑っていいとも」で取り上げられたこともあった。そのときのお題は「大人になるってどういうこと?」だった気がするが、タモリさんの答えは、「しがらみが増えること」だった。自分が好きなことだけやってはいられない。人間関係が増え、その分あれやこれやのTODO諸事が増えるということだろう。妙に納得した覚えがある。

 

 で、最近聞いたラジオである。「あなたの考える大人」を聞いてみるという企画だった。これがなかなかにうなずける答えばかりで。

褒め上手」、「行きつけのバーがある」、「字がキレイ」、「お手紙上手」、「時間に余裕を持って行動」等々。

 

「褒め上手」にはなかなかなれぬ。自分、タイミングとか言葉選びとか笑顔とかが下手くそで、褒めても通じないことが多くて。

 

「行きつけのバー」、これもない。一人で入って長居できてお店の人に顔を覚えられている喫茶店ならいくつかあるが、さすがにお酒、しかもバーはハードル高し。

 

「字がキレイ」……これは最近本当に反省している。パソコン、基ワープロを使うようになってからというもの、文字は下書きの殴り書きくらいしか記した覚えがない。いざ書いてみようとすると、筆圧からして加減できず、シャーペンの芯をボキボキ折りまくる始末である。

 

「お手紙上手」も「字がキレイ」にある意味含まれると思うが、気遣い、タイミングを逃さない、という要素が加わる気がする。その点、ついうっかり忘れる、いつのまにか季節が変わっている、となってしまう自分、大反省である。

 

そして「時間に余裕」であるが、これはできているゾ、と胸を張って断言。……って、ただの体力の不安である。ギリギリに家を出て走って間に合う自信がないのである。更に、その焦りからどこかに躓いたり転げ落ちたりして大怪我につながる恐れがあるからである。決して妄想ではなく経験値である。

 

というわけで、アラフィフにもなって全然大人になれていない自分に、愕然とする。

 

ちなみに、「人はいつ大人になるの?」というテーマの話を作ったことがあるが、心底自分の大人度欠損具合が嫌になったのがきっかけである。

 

自分が考える大人。それは、「他人のことを心底慮れる人」である。自分はこの年齢になってそれができていない。自己チューを全く卒業できていない。悲しすぎる。そういったオトナ人に出会うたび、「一体いつどうやって、そんな素敵な大人になったの?」と問いかけたくなる。

 

(了)けろけろけろっぴ

 

 

 

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 私事であるが、先日読売新聞のUSO放送に応募。「残りものに福浦あり ――ドラフト主催者」と。まあ、落ちたようなので誰の目にも触れていないが、本人自信作なのでここに記します。

 

9/2252人目の2000本安打の偉業を達成したロッテの福浦和也選手は、ドラフトのとき全ての球団の最後の最後で指名された人――残りものだったのだ。

 

元々投手、でもバッティングセンスを買われ転向、イチローなき後首位打者を獲っている。ロッテが史上最大の下克上と言われた、3位から日本一に駆け上がった2010年の中心選手でもあった。千葉一筋、習志野高校からロッテに入って25年。実績もすごいが、人格者でもあり、記録達成の瞬間には心が震えました……。

 

でも、カウントダウンしながらも、達成してしまったら引退するのではないかと、ロッテファンとしては恐れも持っていた。それが、まだまだやりますとのコメントで安心したのも束の間。

 

大好きだった岡田幸文選手が引退宣言。自分にとってはゲリラ豪雨に遭ったような衝撃。

 

岡田は守備でお客を呼べる外野のスペシャリストだった。その一歩目の早さ、球に追いつくまでの加速、ギリギリでキャッチするのに楽々捕っているかのような美しさ。まさに魅せる守備。

 

ールデングラブを2度も取っているし、何よりここ2年ヒットがないというのに2軍落ちしないでいた期間が長かったことが、どれだけ守備で貢献していたかの証拠である。


普通の選手では普通にヒットになるであろう場所まで軽くアウトにしてみせるその守備範囲は、エリア66(66は岡田の背番号)と呼ばれたほどだ。私は球場で、あり得ない守備を3連続して相手の巨人ファンからですら拍手されたのを見ている。めちゃくちゃかっこよかった。


引退は本当に残念だけれど、胸のすくプレイを見せ続けてくれたことに、とても感謝している。

 

岡田に継いで、金澤、根元といった良い選手が次々引退表明をした。出場機会にあまり恵まれなかったけれど、みなどこかしらでここぞというプレイを見せてくれた選手ばかり。


ロッテに限らず、巨人の杉内、広島の新井、西武の松井、オリックスの小谷野、日ハムの矢野、中日の岩瀬、浅尾、荒木……ちょっと泣きそうなほどの豪華ラインナップ。

 

スポーツ界は入れ替わりが早いなあと思う。歌手や俳優も、旬の人が変わっていくのがやはり早いと思うけれど、スポーツほどじゃない。一般人でも、身近ないろいろなことがいずれ変わっていくことを象徴しているようにも見える。そんな中で生きてきたアスリートの人達は、普通の何倍もの濃い日々を送ってきたのかな、とも思う。

 

彼らの若い頃からの成長を見てきた身としては、時の流れに一抹の寂しさを感じている。でも引退する人も、大ベテランとして残る人も、まだ30代40代。

これまでその世界で培った体力精神力人間力が、次のステージで存分に生かされることを、願わずにはいられない。

 

(選手の方々の敬称を一部省略させていただきましたkeroppi

 

(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

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 先日、酷暑まっただ中にエアコンが故障した。新エアコンを買ったものの、その取り付け工事が3週間後と告げられ、白目を剥いたばかりである。

 

 なのに、今度はテレビ内蔵型のHDDが御陀仏となった。何だか反応が鈍くなったぞ、動かないぞ、再生できないぞ、とバタバタ進化しているうちに、ついに録画もできなくなった。いや、一応録画するのだが、そして一覧に表示はされるのだが、1時間か2時間後に確認するとまっさら消えている。更には、今まで8年に渡って録り溜めた映画やドラマや実録ドキュメント、全ていなくなった……。

 

 脱力である。時間のある時にゆっくり観ようと楽しみにしていたクライマーズハイ。あああ。

 と思ったけど、思い出せるのはそれくらいで、あとは何を溜めてあったのか……?

 

 HDDの具合が怪しくなった時点で、ハマッていた連ドラの最終回が迫っていた。深夜だったので(最近早寝早起きなため、23時でも自分には深夜枠ど真ん中なのである)録画、でも翌日にはすぐ視聴。そういうお気に入りの最終回を、見られなかったらどうしよう?

 

 それで自分、何年ぶりかでオンタイム視聴というのをしたのであった。

寝過ごしたらいかん、と5分前にアラームをかけ、途中でウトウトしても巻き戻しはできん、と晩酌も取り止め。

で、めでたくちゃんと視聴成就した。妙な達成感をおぼえるほど、なかなかのミッションであった。

 

ちょっと新鮮だったのが、CM。ここ何年も見たい番組は録画ばかりだったので、いつも早回しで飛ばしていた。が、オンタイではそうはいかない。仕方なく見るハメになったけど、結構へええ、だった。流行っている音楽はこのCMだったのか、とか、この旬の俳優こんなCM出てるんだ、とか、この商品ちょっと興味をそそるな、とか。

 

何故かちょっとした取り残され感が湧いた。何だか自ら世の中から距離を置いていたかのような。最近、マスコミが騒ぐ物に興味が持てない傾向にはあったけど、録画視聴も一因になってたりするのかな、と思ったり。まあ、だからといってこれからもCMをじゃんじゃん見ようとは思わないけど。

 

とにかく新しい録画機、早急にカモン。と思いつつ、テレビごと買い換えようか、そうすると大きいのが欲しいし、そのためには周りにあれやこれや積み重なった荷物を整理して片付けて埃を掃除して……うっ、めんどくさ……。

めでたくそれを超えたとして、今テレビ機の後ろからぞろりと出ているCSやらチューナーやらのコードを正しく繋ぎ直すことができるのか?

 

悩んでいるうちに早2週間。あれ? 録画機なしで済んでる……。どころか、溜まった録画を消化しなくちゃしなくちゃ、という強迫観念がなく、至ってスッキリ清清しい。

 

……もしかして、録画機能、要らないの?

 

いやいや。今は連ドラの狭間。これから始まる新ドラとか年末に向けた特番とかもある。やっぱり急いで買わなくてはいけない、はずだ。

 

(了)けろけろけろっぴ

 

 

 

 

 

 

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マイメロディはフラットくんとイチゴ狩りをしてるみたいmymelody
あなたはイチゴ狩りしたことある?ニコニコ



ありますよ。

がめついので元を取るべくガンガン摘んでは食べました。


……けど、イチゴって水分なんですね。その後、トイレの近さがハンパなかった……がめつすぎ注意⚠️

食べ過ぎ注意⚠️





 

 その昔、家庭教師をしていた頃、教えていた小学生は、きっちり1時間で集中力が切れた。


 親としては勉強してほしいから、1回につき2時間とか3時間とか、受験直前は4時間とかを依頼してくる。けれど、明らかに1時間を過ぎると頭が働かなくなるので、意味がないかも、とは思っていた。

    でも親御さんに対してこちらは大分年下なので言いにくかったし、時給も良かったので、休憩や雑談を適当に挟み、とにかく一生懸命教えていた。

 

 ということを、最近よく思い出す。

 

 というのは、物語を作るにあたり、集中力持続時間が年々短くなっているなあ、と切に思うからである。

 

 アイディアが出たとして、それをストーリーにして、プロットまたは起承転結という形でざっくりまとめる。登場人物のキャラを作り込む。その辺までは思いついたらどんどん詰め込む、という感じなので持続時間はそうは要らない。どうにかなる。まあここでしっかり固めておかないと、後々集中力が切れやすくなる原因になるのだけれども。

 

 その後資料を読み込んだりするときに、まず感じる。その資料が自分にとって読みやすい形で書かれていないと、もうホンットに進まない。一行一行がちっとも頭に入らなくて、だからそれをどう生かしていくのかとかどの登場人物の動きに反映するのとか、全然具体的にならない。それでべんべんと時間だけが過ぎる。焦る。

 

 で、「ま、いっか」と、いい加減に飛ばしてベタ書きに入ってしまうともう大変。書きやすいところから入ったとしても、当時のあの小学生レベルで、きっちり1時間で集中力が切れるのだ。気付くとトランプゲームをしていたり、お気に入りブログをチェックしたり。気分転換と称してやたらにコーヒーやおやつを食したり。また時間だけがどんどん過ぎて焦る。


 でもここで無理くりどうにか進めても、後で見直すと酷すぎて書き直したくなること保証付き。集中力散漫というのは、恐ろしい。

 

 逆に、めったにないことなんだけれども、乗りに乗って気付いたら夕方だった、5時間も続けて書いていた、腰が痛くて立ち上がれない、ってほど集中できる時がある。

    それは、よく言われる「人物が動いてくれる」というやつで、実に滑らかに筆が進むのだ。ページ数も行くし、物語も動くし、続きも何だか見えてくる。楽しくて仕方ない。

 

ただし、そのまま書き続けたくてもそういう日はもう体力的に不可能。集中力の限界も年々早くなっているが、体力の限界もそうなのだ。だからどうにか短期集中型でいきたいのだけど。

 

今? まさに気分転換にコーヒーを淹れよっかな、とよろよろ散漫なところである……。

 

(了)

 

 

 

  

 

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けろっぴはころっぴ、ぴっきと、3つ子の兄弟なんだってkeroppi
あなたには兄弟いる?ニコニコ



きょうだい?

いますいます。4人姉妹です。


服の貸し借りできていいね、と言われることが多かったですが、好みも体型も違ったりして、そんなにメリットはなかったですね。


若い頃は、ケータイとかなかったので、電話は取り合い。お風呂も長い方ではなかったけど、順番待ちが結構しんどかった。


ケンカなんてしょっちゅう。1対1、1対2、1対3、2対2と、いろんな組み合わせがありました……


母が全員の服をまとめて作って4人おそろいというのはよくあって。あの頃、それをいろんな人に「かわいい」と言われるのが不思議でしたね。今なら双子ちゃんのおそろいなんか見るとすっごくかわいく思えるので、よくわかりますけど。


まあ、3人おそろいのときでも、自転車で縦に並んで走っていたら、すれ違った人、2人目にビックリ、3人目で爆笑してました。もうひとり現れたらどんな反応だったかな(^o^)


子供の頃は何でもシェアで、部屋も一緒。リカちゃんセットなんて1人ひとつ。部屋を模様替えするとかリカちゃんの町つくってるような一人っ子の友達が羨ましかった。まあ、親はそれでも頑張ってくれたんだと今なら思えますが。


けど、大人になると、姉妹が多いのはいいですね。いろいろ相談もおしゃべりも買い物もできるし。心強いものです。



以上、けろっぴ3兄弟に送る言葉でした。

 冷蔵庫に入っている食品で、もう絶対食べないな、というもの、ありませんか。

 

 うちにはある。

 蓋の開いた佃煮やジャム、2リットル瓶に残る気の抜けた炭酸系飲料、固くなりかけのはちみつ。

 もう悪くなってるんじゃないかとか、美味しい時期は明らかに過ぎているとか、使うのに死ぬ程力込めなくちゃいけないとか。理由は様々だが、たぶんもう食べない。きっと。おそらく。絶対。確実に。

 

 でもその時点で捨てるのは忍びない。それで、賞味期限の日付を待って捨てるのである。賞味期限とは、蓋を開ける前の期限であって、空気バシバシ浴びた使いかけの状態じゃ大幅に前倒しになっているはずだとは思う。だがそれがいつまでなのかわからない。なので賞味期限まで待つわけである。絶対に食べないとわかっているのに。

 

 もう本当にごめんなさい。食べきることに努めてはいるし、冷凍できる物はガンガン冷凍庫に放り込む。それでもときどきこうなってしまうことに罪悪感があるからなのか、どうにも即捨てることができない。

 

 と思ったのだが、もしかしたら性格なのかも知れない。

 

 例えばお得情報のDMが紙でもメールでも来るとする。アンケートに答えたら賞品○○が抽選で当たるとか。

 

 けど、このアンケートというやつ、結構時間を食う。だから暇が出来たらやってもいいかも、くらいに思う。ただし、その賞品、実はそんなに欲しくはなかったりする。アンケートにしても、全く興味のないようなあれこれを細かく答えるって、相当な余力がないとできない。

 

 だから。すぐ捨てなさいってば、自分。

 

 やっぱり回答期限の締切まで取っておいてしまうのである。最初に「もしかしたら答える気になるかも」「これもらえるならお得かも」と思った時にすぐやればまだしも、一旦保留にしたら絶対にやらない。私が保証する。

    新聞の折り込み広告にどこぞのハンバーガーなどの割引券などが入ってきた時も同様にキープ。

 

 それでメールボックスはどうでもいいDMで溢れかえり、もう二度と読まない封を切った紙封筒や割引券チラシがその辺に散らかっている。

 

 久し振りに整理する気になってその期限を見て、「おお過ぎてる過ぎてる」とザカザカ廃棄する時、快感ではあるが。


    植木鉢も。枯れちゃってるのに、鉢割れてるのに!  何となく水やリ続けてたりする。たまに一輪花を咲かせたりするのが一鉢、二鉢。他は何年経っても沈黙。誰か賞味期限つけてくれたら踏ん切りつくのに。


    だから。とっとと捨てなさい。

 

冷蔵庫は満タン、部屋はぐちゃぐちゃ、メールは埋もれて大事なやつがなかなか見つからない、ベランダは上手く歩かないと引っ掛ける。そんな面倒な生活を送っている自分、ある意味器用。

 

 いえ、こうならないよう、要らないものは、さっさと捨てましょう。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

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 夏の甲子園が終わった。

 

 今年もドラマチックな展開がたくさんあり、100回という節目もあって面白い企画目白押しだった。

 中でも楽しみだったのは、松井氏や桑田氏の始球式。甲子園を湧かせたレジェンドという意味では、松坂大輔、田中将大等々の選手達も見たかったところだが、現役プロ選手はやっぱり無理でしたかね……。

 

 ところで、決勝が終わった後の大騒ぎに違和感がある。勝ったのは大阪桐蔭なのに、ニュースは金足農業高校の話ばかり。優勝よりも準優勝の方に焦点の当たった放送ばかりなのである。

 

 そりゃあ金農の勝ち進み方は劇的で面白かった。鹿児島実業や横浜や日大三などの実力校を破った。準々決勝の対近江戦でのサヨナラ2ランスクイズは衝撃的だった。公立校で地元出身ばかりの選手層。その中でチームを引っ張る天才投手、吉田輝星。

 

 まるでサクセスマンガのよう。輝星という名前もそういうストーリーの登場キャラクターにふさわしい。加えて全員で全力で校歌を歌うえびぞりポーズが、絵になること。

 

 何を隠そう、自分だって注目していた。応援もしていた。見ていてとても清々しく、野球自体も面白かった。

 

 けれども。何だか腑に落ちないのである。

 

 優勝した大阪桐蔭も、劇的要素いっぱいだった。2度の春夏連覇は史上初だし、何と言っても昨年の悪夢がある。内野ゴロで勝ったと思った瞬間、ファーストが塁を踏めなかったためにランナーが残り、その後逆転負け。そのリベンジを果たしたという、涙の幕切れだったはずなのだ。自分、そっちの話ももっと見たかった。

 

野球エリート校ばかりの圧倒的不利の中勝ち進んだ金農も素晴らしいが、最終的に優勝した大阪桐蔭がもっと注目されても良かったんじゃないかと思う。

 

こういう現象、しばしば見る。強いとか勝ったとかが二の次になって、人気者ばかり追っかけるという。

 

スポーツの場合、やっぱり勝敗を前提に見たいなと思うのだ。もちろん、オリンピックは日本目線で見るし、高校野球は部活の延長であって勝敗が全てではないとも思う。

 

ただ、報道の偏りを感じて嫌になることがある。自分のうがちすぎかも知れないが、あなただって当然この人気者を好きでしょう、そうじゃないなら非国民でしょ、みたいに言われている気がするのだ。それと、フィーバー後の人気者が心配、というのもある。

 

まあそんな僻み根性はともかく。大阪桐蔭の皆様、優勝おめでとうございました。そして金足農業の健闘も素晴らしかったです。

 

(了)

 

 

 

 

 

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