その昔、家庭教師をしていた頃、教えていた小学生は、きっちり1時間で集中力が切れた。
親としては勉強してほしいから、1回につき2時間とか3時間とか、受験直前は4時間とかを依頼してくる。けれど、明らかに1時間を過ぎると頭が働かなくなるので、意味がないかも、とは思っていた。
でも親御さんに対してこちらは大分年下なので言いにくかったし、時給も良かったので、休憩や雑談を適当に挟み、とにかく一生懸命教えていた。
ということを、最近よく思い出す。
というのは、物語を作るにあたり、集中力持続時間が年々短くなっているなあ、と切に思うからである。
アイディアが出たとして、それをストーリーにして、プロットまたは起承転結という形でざっくりまとめる。登場人物のキャラを作り込む。その辺までは思いついたらどんどん詰め込む、という感じなので持続時間はそうは要らない。どうにかなる。まあここでしっかり固めておかないと、後々集中力が切れやすくなる原因になるのだけれども。
その後資料を読み込んだりするときに、まず感じる。その資料が自分にとって読みやすい形で書かれていないと、もうホンットに進まない。一行一行がちっとも頭に入らなくて、だからそれをどう生かしていくのかとかどの登場人物の動きに反映するのとか、全然具体的にならない。それでべんべんと時間だけが過ぎる。焦る。
で、「ま、いっか」と、いい加減に飛ばしてベタ書きに入ってしまうともう大変。書きやすいところから入ったとしても、当時のあの小学生レベルで、きっちり1時間で集中力が切れるのだ。気付くとトランプゲームをしていたり、お気に入りブログをチェックしたり。気分転換と称してやたらにコーヒーやおやつを食したり。また時間だけがどんどん過ぎて焦る。
でもここで無理くりどうにか進めても、後で見直すと酷すぎて書き直したくなること保証付き。集中力散漫というのは、恐ろしい。
逆に、めったにないことなんだけれども、乗りに乗って気付いたら夕方だった、5時間も続けて書いていた、腰が痛くて立ち上がれない、ってほど集中できる時がある。
それは、よく言われる「人物が動いてくれる」というやつで、実に滑らかに筆が進むのだ。ページ数も行くし、物語も動くし、続きも何だか見えてくる。楽しくて仕方ない。
ただし、そのまま書き続けたくてもそういう日はもう体力的に不可能。集中力の限界も年々早くなっているが、体力の限界もそうなのだ。だからどうにか短期集中型でいきたいのだけど。
今? まさに気分転換にコーヒーを淹れよっかな、とよろよろ散漫なところである……。
(了)
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