今の世の中、
様々なことが発端となり、
ココロに影響を与え、
ストレスという目に見えないものに形を変え、我々に襲ってきます!

仕事、
子育て、
親の介護、
人間関係、
気候、
家族関係など、
いつでもどこでもストレス問題は付きまといます。

さらに、
結婚や出産など、
一見、幸せだと思われる状況ですら、ストレスになります。
なぜかというと、環境の変化もストレスになるからです。

結婚して今までの生活が一変する。
夫婦が一緒に生活していくことで、考え方の違いや趣味、意見相違などが日々起こる。

子どもが産まれて、生活リズムが激変する。
睡眠時間が削られ、母乳やミルクを与え、オシメを替えなければならなくなる。自分の時間などなくなる。

これまでの生活から見ると大きな環境の変化ですから、当然、ストレスへの影響も大きくなります。



その都度、
怒ったり、イライラしたり、不安になったりするのが当たり前です。

人間には感情がある以上、多かれ少なかれココロに影響を受けるので、ストレスは絶対に回避できません。

結局、「生きること」は、「ストレスに晒される」ということです。



だからといって、
「鬱になるまで耐えるのか」という訳ではありません。
「ストレスをなくしたい」を諦める必要もありません。

最初から「ストレスはかかるものだ」「大体いつも、いいところで邪魔が入るものだと」予期しておけば多少のストレスは和らげます。

例えば、
よく仕事であるのが、
頼んでいた納期に何も連絡がないまま遅れるような事態。相手が忙しいことも分かるのですが、いい大人なんだから一報ぐらいできないのかとも思います。
そのイライラがストレスにつながる。

なので、初めから、かわす方法を考えておくと効果的です。
こういう事が起こって当たり前くらいに考えておく。

実際に、
なんの連絡もなく遅れてきたら「はいはい、いつものヤツね。」程度に思えます。

結局、
ストレスは主観的なもの。

心のトレーニングをしていると思えば、大概の嫌な奴も「なかなか難しい試練だな」とか「大した奴だな」とか第三者的に見ることができます。


要は、
ストレスゼロを目指すのではなく、
ストレスはなくならないものだと知り、
イライラする自分も認めて、
できる限りゼロに近づける感覚を持つことが大事だということです!
最近では、コロナの影響もあり、様々な分野の業者が消えています。

その余波は、従来の塾や音楽・英語といった教室までも影響を及ぼし、どの分野の、どんなノウハウを提供したとしても質を上げなければ、生き残れません。

ただでさえ日本の人口は減っているので、経営が厳しくなるのは当然ですが、追い討ちをかけるようにコロナも加わったことで、成り立っていた従来の経営のまま過ごすのでは、到底、需要の絶対数が激減しているこの世の中を生きてはいけません。

完全に「変化が問われる時代」となりました。


教室や講座といった類のものは、
もはや直接会わなくてもオンライン講座があり、
無料でYouTubeもあり、
普通レベルの授業は巷に溢れています。


経営者達は、
今までの品質で生き残ることは不可能となりました。
誰も、学校レベルの授業を求めていませんから当然です。


なので、これからは、
今までにないほど分かりやすく、
今までにないほどレベルが高く、
今までにないほど楽しい授業が増えてきています。


私の経験上、最近の本や様々な講座、教室など、全てこの傾向にあります。
今までは一部の人しか受けることができなかった、
名講師の授業、著名人の授業などがネットに繋げばいくらでもいつでも手に入る時代です。



すると、我々、授業を受ける側にとっては、非常に満足度の高いものになります。
ところが、このようなレベルの高い授業を受ける場合、我々は気を付けなければなりません。

それは、
「手応えで満足するな」ということです。


今まででは、「なんか良く分からないな」で終わってたはずですが、今だと「なるほど」「そういうことか」と分かるようになる。

すると、見たり聞いた話だけで、できるようになった気分になり自分で不足部分を調べようとしなくなる。



本来の勉強は、「学んだことを自分の中に取り込み、自分自身で使いこなせるようになること」までなはずです。

名監督や名講師の下で学んだら、
確かに話は面白いし、分かりやすいでしょう。

理解できて、やることも分かって、やる気も起きることでしょう。

手応えを、過去にないくらい十分に感じられるでしょう。

でも、本当に大切なのは、
「そのあと」です。
その知識や技術を自分の肉とし骨とするのは結局のところ自分自身だけです。
やらなきゃないも変わらない。

いい講義を聞いたからって、
やる気を起こさせたからって、
家に帰ったら数日で忘れます。
気持ちも、やる気もなくなります。
実際に行動を起こす人なんて1%程度です。

満足感や手応えに浸るだけではなく、
身に付けるために行動することだけが大事です!







私は野球のコーチとして野球を教えているのですが、
「コーチとしてやるべきこと」は2つあります。


二つ目は、
子ども達を「成長させること」です。



野球が上手くなることはもちろんですが、
人間として成長することも野球をやる上で必要だと思っています。


野球を通じて、
上下関係を学び、
あいさつと返事がしっかりできるようになり、
家の手伝いを自ら進んでやるようになり、
困っている人を進んで助けることができるようになる!

そこまでは理想だとしても、
そんな人間に「できるだけ近づけること」が大切だと思います。
人として成長することが必要だと思って子ども達と接しています。


せっかくの貴重な時間を野球に費やすなら、野球だけ上手くなるのって物足りない。


言ってしまえば、
野球の技術なんてどこでも学べる。

野球教室もあれば、
YouTubeとか、
本とか、
野球選手のDVDとかなんでも方法はある!


しかし、
監督や親達も含めた、今この仲間達で、
このチームを組んでやる「この環境」は、
この世の中のどこを探しても他には存在しない。

今いる場所は、「唯一無二の環境」です。

そこでこそ学べるものがある。
そこでしか学べないものがある。

下手な子や上手い子の中で揉まれながら、
試合で勝ったり負けたりを経験する中で、
ココロもカラダも成長できる。

数多あるチームの中で、
のチームを選んだのだから、
今の環境を大切に、
どんなに不便でも、
どんなに理不尽な状況でも学べることはあります。


だからこそ人は、いろいろなカタチに成長ができる。

怖い監督の下で野球をやるからこそ、
ちょっとやそっとのことで負けない人間になる。

優しい監督の下で野球をやるからこそ、
笑顔が溢れる人間になる。



その環境によって、
どう捉えるかによって、
どう成長するかが決まるのです。




結局、人として成長することが、
野球が上手くなる要因となり、
上手くなることに繋がる。


だから、
今の環境で最大の成長を目指す!ことが、
最も大事なことだと思います。

しかし、
とてもいい環境とは思えないこともあると思います。

でも、
今の環境が悪いとすぐ判断するのは違います。

今、上手くいかないことを
すぐ環境のせいにして、自分自身に責任を感じず、なにもやらない人は、結局、なにも変わらない。

このチームは弱いからイヤだとか、
人間関係がイヤだなんて、どこに行ったってザラにある当たり前のこと。

別の環境に移ったところで、
同じ様な問題は必ずある。

本当に、今うまくいっていないことが、
周りの環境のせいなのかは、十分に考える必要があります。


今の環境から「抜け出した者」自体は、
なにも変わっていないからです。

自分を変えたいからといった理由で、環境をすぐ変えたがる人はいますが、うまくいっていないことが自分自身に原因がないかを考えないといけない。

うまくいかないことを自分自身にも責任があったと認めた、その上で、「もっと成長したい」との理由で環境を変えることは良いことだと思います!


環境が良くないから成長できないってのは、
ただの言い訳でしょう。


仮に別な環境に移ったところで、簡単にうまくいくとは考えない方が無難です。

今の環境でベストを尽くして、親子ともに最高の成長をしていけると素晴らしいなと思います。











私は野球のコーチとして野球を教えているのですが、
「コーチとしてやるべきこと」は2つあります。

まず一つ目は、
子ども達が「野球が上手くなること」で、
「チームを強くすること」です。



才能のある子や熱意がある子(天才)は、
自動的に成長していきますから、ある程度ほっといてもいいと思っています。

そういった才能がある子達は、ちょっとミスったくらいで、下手にテコ入れしない方がいいなと感じます。

結果的に、
すぐ上手くなるから監督達に任せておけばいい。

監督はサインだったり、
チームとしての動きだったり、
試合までにやるべきことが決められているから、とにかく時間がない。

チームメイトみんなに同じ時間を使って、ゆっくり指導している暇がない。

そこで「天才」と「普通の子」、
子どもの同士に、技術の差が広がるのです。




しかし、
「普通の子」達を時間をかけて教えなければチームは成長しない。


上手い子と下手な子の差が大きいチームはなかなか勝てない。

だからこそ、
私達、お父さんコーチがいる。

結果、
お父さんコーチがやることは、
下手な子を上手くすることだ。


それがチームの運命を決めている!



普通の子に十分に時間をかけて、
ゆっくりでも着実に成長させる!

それが、
チームのためだし、
いつも送り迎えしている親のためだし、
当然、本人のためになります。


だからこそ、
教える側の「根気強さ」は必須です。
昨日できたことが、今日できなくなったなんてザラにありますから。
とにかく焦らずをモットーにしています。



今までの経験から言わせてもらうと、
普通の子を成長させるためには、
まずは子ども自身の「気持ち」!!!

同学年と比べて劣等感に苛まれてしまうことは、なんとしてでも避けたいところです。
気持ちは絶対に落としてはいけない。

とにかく「気持ち」を高める!

結局、
どんなテクニックよりも、
どんな知識よりも、
モチベーションが高い方が上達が早いのは間違いありません。

その「気持ち」を作る上で大切なのが、
コーチの褒めるタイミング。

普通の子が成果を出したときが一番のチャンス!

今までバットかすりもしなかったのに、当たったときは、とにかく褒める。

褒める中身は「才能について」ではない。
今まで本人が「努力してきたこと」を褒める。


その子なりに毎回練習に参加したかもしれないし、
家で素振りをしたかもしれないし、
どこかで走って体力づくりをしていたかもしれない。

なにが成果に繋がったは明確でなくても、
なんだっていい。

体を動かしたことだって、
野球のルールを勉強したことだっていい。

どの小さな努力も、
僅かな成果を出すためではあったとしても、
必要なことだったはずです。
少なからず成果に繋がったなにかしらの「努力」はしているはずです。



「努力」に勝るものはない。


さらに「努力」を「継続」することで、
どんな天才にだって勝てるときが必ずくる!


子どもを成長させたければ、
生まれ持った「才能」よりも、
「努力を褒めること」に徹した方が良い。

成果を出せたことに対する評価よりも、
成果を出すまでに至った「経過」「プロセス」の方が大事です!
「やる気」さえ上がれば、
あとは自動的に成長していきます。

私はお父さんコーチとしてですが、
チームの監督達と一緒に、子ども達に野球を教えています。


しばらくコーチ業務を続けていると、
いろんな子ども達と接することで、みんなの成長から見えてくるものがあります。


まず、
めちゃくちゃ才能がある子がいるということ。


まだ年長なのに投げ方はしっかりしてるし、バッティングもめちゃくちゃ飛ばす!
フライのボールに真っ正面から向かっていくし、ボールが当たっても泣かない。

他にも、
まだ小学校低学年なのに、ルールをしっかり分かっているし、体格がしっかりしていて、上級生よりも明らかに上手い子もいる。
上級生に指示すらできる!

「一体、どう育てたらこうなるんだ」と思わざる得ない子はいます。


生まれ持った体格などを含めて、
誰がみても才能がある子です。



今後どう成長していくかは分かりませんが、しばらくは「天才」と呼ばれるでしょう。

私も親としては、
そんな子どもをもつ親が羨ましい限りです。


ただ、そんな子は稀ですし、ほとんどの子どもは教えてもなかなかできません。
体格に恵まれているわけでもない。
いわゆる「普通」です。

コーチとしては、教えたいことが山ほどあるから才能がある子ばかりに目がいく。
飛び級で上級生の練習に参加させて、どんどんレベルを上げていく。
きっと、
自分が教えたことで上手くなっていくことが嬉しいのでしょう。

天才と普通との格差は広がるばかりです。



側から見てると大人って、本当に教えるのが好きなんだなと感じます。
自分の知識や経験を披露することで、世の中の役立ちたいのかもしれません。
その気持ちは痛いほど良く分かります。

しかも都合がいいことに教える相手は誰でもいいわけではないのです。

打てば響く相手だけに教えたいのです!


普通の子には、あまり教えたがらない。
確かに時間はかかるし、なかなか覚えてくれない。
何度も何度も同じことを教えなくてはならない。
なかなかできずにいると、最後は監督達から怒鳴られる。

子ども自身に責任がない訳ではないが、教える方も責任があるはずなのに、、、。

上手くできないことがイヤになって辞めていった子ども達を何人も見てきました。
野球がやりたくて始めた子ども達なのに。
チームに入ってきたときは、目を輝かせていた子ども達なのに。

そんな子ども達が、しばらくすると辞めていく。
試合に出ないから親からキツく言われたのかもしれない。
自分なんて向いていないと思ったのかもしれない。

スポーツとは、
はたして上手くなる子しかやってはいけないのだろうか!?

監督としてはチームを勝たせる義務がある。
しかし、
試合に勝つためだけのチームを作って、チームの雰囲気が悪いなんて一体なにがしたいのか。
勝つためのプレッシャーが続き、監督に怯えて野球をやるなんてそれでいいのか!?

どんな環境においても、
野球を楽しくやる方が本当の意味で強いのではないのだろうか!?

野球をやる「本質」を見失っていないだろうか!?

子どもに差をつけていくコーチには、なってはならないと思う。
人は、
失敗したとき、否応なしに反省する。


試合で負けたのは、
あのとき、こうしなかったからだ。

仕事でミスしたのは、
あのタイミングで、このチェックを怠ったからだ。

試験に不合格だったのは、
勉強が足りなかったからだ。



これって全部、
反省している内容が、
失敗はしたけど、失敗しない方法を
「もともと分かっていましたよ」と言っている。


分かっているのに、やらなかった。
分かっていたけど、できなかった、、、と。

要は、
本当の自分だと「できたのに」「できるのに」と言っている。
なにか特別な理由があって、今回は「たまたまできなかった」と言っている。


次、同じところに気を付けさえすれば、
次こそ「できる」と思っている。

今回の失敗をきっかけに注意できたから、
次は大丈夫だと信じている。



その反省の仕方は合っているのでしょうか。


そもそも前回と同じ場面など二度と起きない。
試合の相手も変わるでしょうし、
仕事の内容も変わるでしょうし、
試験の中身も変わるでしょうし、
周りの環境も変わるでしょう。


だからこそ、
自分自身を成長させるしかない。


本番や仕事で能力を発揮できなかったのは、
「力不足であったこと」を素直に認めた方が良いはずです。


なぜなら、そうしないと負のループに陥ります。
「次は改善して気を付けます」だと、足りません。
「たまたまできなかった」など、ありえません。

今回の失敗を「なにか特別なもの」のせいにせず、
自分に足りないものがあることに気付いて、
そこを因数分解して、足りないものを得ようとするからこそ成長できるのです。



確かに、だれでもミスは起こします。
これは人間ですから仕方がありません。

ただ、
ミスを少なくする方法はいくらでもあるので、その手筈を整えられたはずです。


今回、時間がなくて勉強をしなかったのではなく、
そもそも勉強の効率が良くない。

今回、試合で負けたのは、あいつのミスがあったからではなく、そもそも今の練習方法が良くない。

今回、プレゼンで失敗したのは、資料が足りなかったのではなく、そもそも相手のココロを掴む能力がない。

自分の足りないところに目を向けて気付き、それを補うことを繰り返して成長していくことが大事だと思います。
人が幸せを感じるときって、一体いつなんだろう!?と思うことがあります。


子どもと遊んでいるとき?
美味しいものを食べているとき?
仕事で大きな成果を上げたとき?
家でボーッとしているとき?


人によって違うけれど、
ひとつだけ共通点があります。



それは、
「幸せじゃないとき」を知っていることです。


「幸せじゃないとき」とは、
忙しくて自分の時間がないときでしょうし、
仕事で失敗をしたときでしょうし、
子どもが登校拒否したときでしょうし、
怪我や病気になったときなど、
「人生がうまくいってない」ときだと思います。


それらを人は、
「苦労」「苦難」と呼び、避けようとします。


でも、
幸せを感じたいのなら、
その「苦労」「苦難」が「幸せを感じるために必要なこと」へと変化します。


運動をしている人なら分かる。
全身が疲れて、クタクタだからこそ、
家でくつろいでいるときに幸せを感じられる!

病気になった人なら分かる。
体が苦しくて、なにもできないからこそ、
健康であることに幸せを感じられる!

災害に遭った人なら分かる。
失ったものがあり、心が苦しいからこそ、
平凡な日々に幸せを感じて、一日を大切に生きようと思える!



苦労をした後に、
やっと幸せを感じられる!



家にいるだけで何もしなければ、
くつろいでいるときの、
健康でいることの、
平凡な一日の、
幸せは感じない。


結局、
「苦労」「苦難」を克服できなかった者に、
幸せという感覚が訪れるのでしょうか!?

人生で様々なことに挑戦するからこそ、
幸せを感じる機会を得られます。

挑戦して初めて、
幸せを感じるチャンスを得られるのです。

当然、
挑戦しさえすれば、幸せになるという保証はなく、
挑戦が失敗になることもあるでしょうし、
さらに上の「苦労」「苦難」が待っていることもあるでしょう。



ただし、
幸福度は、底辺から突き抜けたときの高低差によって決まります。
どん底かは這い上がってくると凄まじい幸福感を得られます。

今は、
仕事ができなくても、
家事ができなくても、
勉強ができない子どもでも、
そんな時期の経験は必要です。


さぁ、ここから巻き返そう!
自分の持っている能力を出し始める時期が来ました!
最高の幸せを経験するチャンスです!




平和ボケしていて、
挑戦をしなければ、
永遠に幸せを感じるチャンスすら来ないのですから!

大人になると運動する機会が激減します。

子どもの頃は、外で走り回るのが当たり前だったし、部活で汗を流すのが当たり前でした。

大人になると、さすがにそうはいかず、
自分から始めない限り運動する機会はなくなります。

それも仕方ないか!と思っていましたけど、
運動の効果を調べてみると、、、
運動って、やっぱりすごい!!


私達が子どものころには、受験が近くなると部活を辞めて勉強に専念したりしていましたが、最近の研究では身体を動かした方が脳への良い影響があるようです。

部活を辞めることは逆効果ではないかと思えるくらい運動の様々な効果が明らかになってきました。


その効果は、大きく分けて3つ!!


1 脳機能が上がる!
当然といえば当然ですが、身体を動かすと血流が良くなり、脳への血流量も上がります。
とにかく脳が活動するのです。
さらに、記憶力を司る「海馬」の体積も増えるとの研究もあります。

2 メンタルが安定する
運動することで、セロトニンやエンドルフィンが分泌され、気分が落ち着きます。
セロトニンでストレスに対しての効果があり、エンドルフィンでリラックス効果があると言われています。


3 健康に良い
これは当たり前ですが、食べた物のエネルギーが消費しきれないと、脂肪として身体に蓄えられます。動いて無駄なエネルギーを消化し、筋力をつけることがいつまでも元気に楽しく過ごすためには必要です!




全く運動していないなら、
「もう歳だから」とか、
「疲れるから」とか、
「暑い」「寒い」など、
しのごの言わず、動いた方が良いです。



近所のウォーキングからでも、
エスカレーターではなく階段を使うからでも、
家でスクワットでもなんでも、
やり始めさえすればいい!

とにかく動けです!!
子どもはみな、日々成長しています。
すくすくなんてもんじゃない。
あるときを境に、一気に大きくなっていく。

昨日できなかったことが、
突然、今日できるようになる。

日に日に、できることも増え、
親が手伝うこともなくなり、
親と交わす言葉が少なくなっても、自分で考えて生きていけるようになっていく。

確実に大人になっていきます。


それなのに我々親達は、
子ども達のできるようになったことをそっちのけで、
また新しい「できないところ」「不足しているところ」を一生懸命探し出します。
そして、その新しいできないところを、また指摘し続ける。
「もっとこうしろ」と「もっとこうした方がいい」と要望を突きつける。
まるで「親が子どもに関わらなければいけない」ことの様に!


友達同士で遊べるようになってきたのに、
「いつまで遊んでいるの!」と考え直させる。

解ける問題は増えているのに、
「なぜ前回より点数が下がっているの!」と指摘する。

できるプレーの数は増えているのに、
「試合でミスするなんて、なにやってんだ!」と怒鳴る。

こういうことって、子どものことを理解できていないと思います。
または、子どもの才能を認めたくないようにしか見えません。
自分の子供のころと比べて、「恵まれた環境で過ごす子ども達」を「やっかむ大人達」としか見えません。


本当に子ども達に「指摘する原因」があるのでしょうか!?


はっきり言って、子どもは日々成長している。
昨日より今日、
今日より明日とできることが増えている。

子どもは、もう十分過ぎるくらいに変わっている!





ところで、
我々親達は、成長しているのだろうか!?

日頃の家事や仕事に追われて、
空いてる時間はボケーっとテレビを観ているだけになっていないだろうか。

家では「疲れた」が口癖になっていないだろうか。
ため息をつくことが癖になっていないだろうか。


暑いだの寒いだの、
あの政治家はダメだとか、
不倫する芸能人はサイテーだとかなんとか、
愚痴を言ってるだけではないだろうか。


今のままでいいのだろうか。

本当に親達に「新しいこと」を学ぶことは必要ないのだろうか。
ただ家事をこなして、仕事をこなしていれば、
生活ができてさえいれば、それで良いのでしょうか!?

このまま老いていって、
子ども達が自立していった先に
なにが待っているのでしょうか!?


今の時代、自宅にパソコンかスマホがあれば、
英語でも、
エアロビでも、
ギターでも、
習字でも、
絵でも、
なにか新しいことに挑戦しようと思えばいくらでもできる。

なにか新しいことを始めて意欲に湧いている親を、
楽しそうに輝いてる親を、
そんな大人達を、
子ども達は望んでいるのではないでしょうか!?






なにかを習得することは容易ではありません。


なにかを学ぶことの大変さを思い出せば、子ども達の大変な気持ちも理解できるのではないでしょうか。

いつまでも、子どもや社会に愚痴をこぼしたところでなにも変わらない。
そんなことは、もう痛いほど、十分なほどに解ったはずです。

自分が変わらなければ、なにも変わらない。
自分の考えや行動を変えなければ、なにも変わらない。

もう子ども達は変わり始めている!



もうそろそろ、
我々親達が変わるときがきたのではないでしょうか!?
最高の自分はつくれる!


最高の自分というのを定義するのは難しいですが、
自分がイメージできる「完璧な状態」、、、までいかなくても、それにに近い状態だと思います。


仮に完璧な自分になれたとしても、
結局は完璧な自分でいることを長時間キープなんてできません。

すぐ元に戻るんだから。

だったら、最高の自分になれる瞬間のいくつかをいくつか結んで繋いでどっかのタイミングに一気に持ってくることはできるはず。


事前に準備をすれば必ずできるはずです!


STEP 1
自分の心がワクワクしている状態がどんなときかを確認する。


どんな髪型でいるときか。
具体的にどのくらいの長さが一番しっくりくるのか。

どんな服装でいるときか。
具体的にどの服を着て、どの靴を履いているときなのか。

誰と一緒にいるときか。
具体的にどんなメンバーなのか。

どんな音楽を聞いているときか。
具体的にどの歌手のどの曲を聴いてるときにテンションが上がるのか。

どんな食事をしているときか。
具体的にお店や料理名はなんかのか。


そして、どんなときか。
すべてやり終えて、なにかを頑張らずに、
余計なことを考えずにいれるとき!など、具体的にいつか。などなど。


とにかく好きなことを具体的に洗い出す!


STEP 2
最高の自分を持ってくる日時を決める。


STEP1の状態を長時間キープすることはムリなので、
STEP1の状態を3〜5個を一気に持ってくる。
最高の髪型で、最高の友達と、最高の音楽で、最高の食事で盛り上がる!
そんな日時をどこかにつくる。

その瞬間を
これから楽しい予定があるときに、
そんなバッチリなタイミングに、
最高なシュチュエーションを持ってくると、
心もカラダも最高なはずです。



すると、

気分が良くなる。

身体の調子が整う。

気持ちがワクワクしっぱなし!


普段から「父親」や「母親」、「上司」や「部下」を演じているんだから、月に一回くらいは本当の自分に戻って最高な日をつくってもいいじゃないか!!


さぁ、そんな瞬間をいつに設定する!?

大切な試験の日に持ってくる!?
大事な仕事の日にもってくる!?


そんなのはもったいない!


なにもない本当の自分に戻れるときに持ってこよう!

このすべてが揃ったときの自分は最強!!
無敵な自分を感じるはず!!