「できないこと」とは、
自分で勝手に「できないと思い込んでいるもの」のことです。

そもそも「できないこと」なんて存在しない。
なにかを「やろう!」と思ったことに対して、行動し始めるのに、誰の、なんの許可も必要ないはずです。

要は、
自分で自分に制限をかけているだけということです。

なぜ制限をかけてしまうのか。

それは、
なにかを始めようとすると、
必ずココロのブレーキがかかるからです。


コロナ太りで、カラダのことが気になっているから運動を始めたいのに、
最近はずっと動いてないから、
運動神経がわるいから、
走っているところをみられたら恥ずかしいから、
才能がないから、
周りに反対されるから、
どうせ続かないからやる必要はないから などなど
やらない理由を探し始めます。

コロナ不況で今のまま仕事を続けていても不安だと思い新しい職を探しているのに、
今の会社から必要とされているから、
他の会社からは必要とされていないから、
周りに転職の話をするのが恥ずかしいから、
才能がないか、、
周りに反対されるから、
どうせ失敗するからやめた方がいいから などなど
できない理由を探し始めます。


まさに、
自分で自分に制限をかけるための理由を探しています。


これらのやらない理由は、すべてただの個人的な意見であり、信憑性も必要性もまったくありません。


どんな偉い人でも、
あなたがやりたいことを「できない」と証明できません。


ココロは、
新しいことに対しては、否定的です。
なに不自由なく今の生活ができているなら、「変える必要などない」と考えています。

何事においても、スタートの段階では、
「やってやる!」との意思と、
「やらない方がいい」とココロのブレーキとの葛藤があるものだと知っておくことが大事です。

それさえ知っておけば、
あとはそれに負けずに始めてみる!
たとえ、三日坊主でも上等!
始めたことに意味があり、価値がある!
どんなに続かなくても、三日坊主を100回繰り返したら300日やったことになる!

「できないこと」など存在しないのだから。
親は、子どもに対して、
間違えないように、
失敗しない方向へと導きます。

子どもがなにかを始めようとすると、
「もっとこういうやり方がある」
「こっちにしなさい」と、
失敗予防を促す注意を始めます。

親は自分の経験から
「うまくいかなかったこと」
「失敗したこと」
「笑われたこと」
「やっておけば良かったこと」を
記憶から呼び起こし、失敗回避方法を計算した上で、
「もっとこうした方がうまくいくはず」と安全な道を
子どもに伝えます。

それは自然なことだと思います。

子どもなんて、
まだまだ自分で自分の身を守れない年齢だし、
生きていく術と知識を身に付いておらず、
それを「注意すること」により予防することが子どもを危険から避けるためであり、失敗を避けるためでもあります。

最初から間違うと分かっていることを
「やらせても意味がないのではないか」と思うことは当然です。


ごく自然な感情なのですが、
果たしてどこまで「失敗する前の注意」って必要なのでしょうか。

本当に、
失敗しないように注意し続けることが正しいのであれば、失敗する子ども達なんて少なくなるはずです。

しかし、
実際にはうまくいかない子育て。


本当は、
その注意している中身自体が間違っているのではないでしょうか。

そもそも親の経験なんて、たいしたことがない。

30、40代そこらで親になる訳だから、
失敗の数も、
成功の数も、
出会った人の数も、
持っている知識も経験も、
たかだか知れている。

そんな親の僅かな知識を基に、
子どもに「もっとこうした方がいい」とか言っていいのでしょうか!?


自分の人生や生き方すら、なんだかよく分かっていないのに、これから光り輝く未来に向かう子ども達のやろうとしていることにまで、親が口出し続けて良いのでしょうか!?

子ども達は、失敗しないように自分で一生懸命考え、行動しようとしているのに横からの指示は必要なのでしょうか!?


結論としては、
「なにを注意するのか」を見極めることが大事だと思います。
とにかく、なんにでも口を出さないこと。

口を出すのは、
努力の仕方が間違っている場合です。
努力への正しい道に導いてあげることは必要です。

泳げるようになりたい子どもが、
空手を始めても、カラダは鍛えられるでしょうが泳げるようになるには遠回り過ぎます。


もっと速く泳げるようになりたい子どもには、
普段の生活に、筋トレなど、もっとカラダを動かすことを取り入れる必要があります。
だらだらゲームをやってる時間を減らすように促す注意が必要となります。

正しい努力の方向へと導く。


そして、
失敗して初めて気付くこともあります。
人前で恥をかいたからこそ、次から気を付けられる。
試合で敗れるからこそ、自分の努力不足を知ることができる。
もっと経験と知識が必要だと考えることができるようになる。

成功のために、なにが大切かを断言することはできないですし、分からないままやり始めようとすることが間違いとも言い切れません。

とにかく、
親は子どもに対して、
一か八かをやめさせることが愛だと思っていますが、それはただの恐れからくるものです。

子どもにとって挑戦できない環境なんて邪魔なだけ。


本当の愛とは、無条件で受け入れること。

方向だけ定めたら、あとは万事うまくいくと信じるだけ。
うまくいかなくても全ては経験になり、
経験値が貯まることになります!
子どもに対して、
文句ばかり言う親がいます。


漢字が書けない、
計算ができない、
足が遅い、
集中力がない、
朝の支度が遅い、などなど。

確かに、
いろんなことを言いたくなる気持ちは痛いほど分かります。

ただ、
文句を言ったところで何も変わらないし、
今までも何も変わらなかったことでしょう。



はっきり言って、
自分のイライラを募らせ、
子どもの気分を害し、
家庭の雰囲気を悪くするだけで、
マイナスでしかありません。



文句を言う前に、
問題をちゃんと「問題化」して、
対策をして解決に導かなければならないと思います!

文句の原因となるほとんどの問題は、
過去の偉人や頭のいい方々がどんどん発表する論文などで、すでに「解決済み」です。

漢字の暗記法もあれば、
暗算の仕方もあれば、
足を早くする方法もあれば、
集中力の付け方もある!

朝の支度が遅いのであれば、
夜に着替えを準備しておくとか、そもそも早く起きれば良いだけの話。

そんなことも教えず、
「なんでうちの子はできないんだ」と嘆き、
文句ばかり垂れる自分に、なぜ目を向けないのか!

親自身にも問題があると、なぜ理解しないのか!


今の時代、
少しでも検索すれば、
本でも、ネットでも、YouTubeでも、
どんな情報も手に入る。
解決に繋がる直接の情報がなくても、
必ず勉強の仕方程度は、分かります。

親が様々な方面に目を向けて、勉強しないがために、
子どもに対して何も解決できないからと言って、
文句を言い続けてるだけになっている子育て。

それを苦に悩み続ける子育て。

もうそんな無駄に過ごすことはやめて、
文句から悩みの原因と問題を見つけ、
解決していきたいと思います!


近年、元気のない子ども達が増えたように感じます。


おとなし過ぎると言うか、
目立たな過ぎるというか、
決してマジメと言うわけではないのですが、
とにかく「子どもらしくない子ども」が増えている印象です。


私が子どもだった頃は、
周りの友達が、とにかくうるさい連中ばかりだったので、「おとなしい子っていたかな」という印象です。
なので、余計に最近の子は大人しいなと感じます。


私は全く目立つ方ではなかったけど、
自転車でどこまでも遊びに行ってたし、
友達と夜遅くまで遊んでいたし、
ケンカもよくやったし、
ケガもよくしたし、
とにかく親の目など気にしたことがなかった。

そんな子ども時代を経験してきて、
大人になり、早17年!
時代が変わるには十分すぎる時間が経ったのだろうけども、あまりにも元気に遊び回る子どもがいなくなってきている。


そんな事実の一つの要因に、
母親の影響があると思っています。

やはり子どもにとっては、
母親の笑顔がすべて!

母親が自分の頑張りで喜ぶ姿は印象深いですし、
子どもには一番のエネルギーになると思っています。

仕事で家に帰ったとき、
母親(私からみたら嫁)が、
不機嫌であれば、子供たちは大人しいし、
ご機嫌であれば、子どもたちは騒がしい。


見るからに、
明らかに、
家の雰囲気を作っているのは母親(嫁)です。
子どもにとって、母親(嫁)の気分は、間違いなく、とんでもない影響を及ぼしています。

当然、
様々な家庭環境があるので、一概には言い切れませんが、母親(嫁)が子どもに絶大な影響を与えています。


今では、
子どもと同じように、
楽しそうな母親は見なくなってきました。

今の時代、
閉鎖的なコミュニティの中で生きていれば当然なのでしょうが、母親同士の繋がりもなくなり、友達同士での買い物や井戸端会議がなくなった女性達は、楽しいことが限られるのでしょう。

公園に行っても、周りのお母さん達は、
子どもよりスマホを見ていますし、
家でドラマを見るなど引きこもっていますし、
自分のやりたい事のための時間を過ごせていないのでしょう。

そんな時代、
家族の大黒柱として、
嫁が楽しそうに過ごしているところを見たのは、いつだっただろうか。

嫁が子どもと嬉しそうに遊んでいる姿を見たのは、いつだっただろうか。

嫁が笑顔で過ごしている姿を見たのは、いつだっただろうか。

それが思い出せるだろうか。





子どもが起こす問題行動の原因の多くは、母親によると感じています。
子どもの問題行動を解決するしたいと思うなら、子どもよりも、まずは嫁へアプローチが必要だと。


普段、家にいない男ができることなんて、かなり限られています。
やれることなんて、ただ一つ!

いかに
「嫁の笑顔をいかに作れるか」です。


子どもの勉強やスポーツに重点を置くのなんて、そんなことその後のはなし!


子どもの太陽と言える母親(嫁)を大切にして生きよう。


まず、手始めにできることは、「日頃の感謝を伝える」ことだ。

本当に子どものことを思うなら、
躊躇することなく、
遠慮することなく、
こっちは感謝されたことなんてないと思いながらも、
今更そんなこと言えるはずもないと思いながらも、
自分の気持ちに照れを感じることを承知の上で、
相手にされないことを前提に
「ありがとう」と伝えていきたい。

それが子どものため、
嫁のため、
自分のため、
家族のためになり、
他人への思いやりへも繋がっていく!

とにかく、
母親(嫁)を大切にするのが、
大黒柱の役割だ!
子どものちょっとした行動が、いちいち気になる親。

習い事のやる気がない、
授業中、先生の話を聞いていない時間があった、
教科書を持って帰ってこないときがある、
同じ問題を間違う、
筆箱の鉛筆を削ってない、
食事で左手を使わない、
明日の準備をしない、
あいさつをしない、
すぐ動かない
   なんてことまで気にかかる!


他人から見たら、
ほぼほぼ、どうでもいい内容です。


自分が子供のときにも経験済みですが、
親の小言など聞く耳を持っていなかった。

勉強しなさい!
本を読みなさい!
外で遊びなさい!
なんて、毎日のように言われ続けましたが、
一回もちゃんと聞いたことがありませんでした。


自分が親になったことで、
自分の経験を思い出し、
いくら言ってもムダだとは頭では分かっていても、
ささいなことが気になってしまう。

他人なら、
「そんなことまで言うのか」って思うけど、
自分が親なら、自分の子のことはやはり気にかかるのはしょうがないことでしょう。

だったら、少し減らすようにできないでしょうか。
子どもの行動で気になることが、10個思いついたら一番気になったことを伝えるなど。

一日、なにも言わない日を作ってみて、
グッと我慢して、
何個思いつくか数えてみる!

20個あったら、そのうちの一番を伝える。
これだけは、やってくれ!と思うことを。


きっと、思いついたまま、10個も20個も言ったところで、言うことが細かすぎて伝わりません!

もっと親としての自分を客観的に見ると、
気にしすぎなことに気付けると思います!
子育てに不満を持つ親がいます。

特に、
子育てしてると
「自由な時間がない」という不満!!

子どもの送り迎えをやって、
夕飯を作って、
お風呂に入れて、
寝かす。

そして土日は習い事で終わる。


確かに自由な時間はありません。

私もずっとそうでした。
ずっとそう思っていました。


もっと漫画を読んだり、
テレビを見たり、
映画を見たり、
友達と遊んだり、
スポーツをしたり、
旅行に出掛けたり、
やりたいことは山ほどある!

子どもが産まれる前まで、当たり前にやってたこと。
それがいつの間にかできなくなってしまった。

だから、
「自由な時間がない」と嘆いていました。



でも、、、
そもそも時間ってなくなるのでしょうか。

よくよく考えてみると、
時間は誰にでも平等に流れている。
間違いなく時間はある。 



自由な時間がなくなった訳ではなくて、
ただ単に、
「自由な時間を使って子育てをしている」だけじゃないかと、ふと気付きました。


そもそも時間の使い方が、それまでの「趣味など」から「子育て」に変わっただけだということに。

本当は、
子どもの成長が他のなにものよりも間近で見たいだけだったのです。

だから自分自身の時間を使ってまで、
なによりも貴重な子育てをやっている。
自ら好き好んでやっている。

誰からも強制されてる訳でもなく、
誰からも文句を言われる訳でもなく、
誰からも指図される訳でもなく、
自分の自由なやり方で、
自ら好き好んで子育てている!

そんな自由な自分に不満を持っても仕方がない。
思いっきり、大好きな子育てをやってやろうと思っています!!
ネットやSNS、テレビ、新聞など情報に溢れた、このご時世。
自分に必要な情報は、一体、何でしょうか。
なんとなく過ごしていても、スマホにどんどんニュースが入ってくる。
テレビをつければ、どんどん情報が入ってくる。

そのほとんどが意味もなく、必要のない情報ばかりです。


今の時代、
人が普段から触れている情報のうち、97%が不要と言われています。

芸能人の不倫や不祥事、
政治家の問題発言、
遠い国の事件事故など、
気がつくと自分自身に全く関連のないものばかり。


人は、そんな情報を聞いて、一喜一憂する。

なぜ芸能人は不倫ばかりするのか。
(許せないし、羨ましい。)
なぜ政治家は金の問題ばかり起こすのか。
(国をダメにしてるし、税金のムダ。)
なぜ外国は凶悪事件ばかり起こるのか。
(海外は恐ろしいし、外人は怖い)


そんな情報に感情が揺さぶられる。
自分自身にとっては、全く関係のない情報なのに。

そんな情報に振り回される暇はないはずなのに。

なぜこうなってしまうのでしょうか。

それはおそらく日々の生活が起こしている問題なのでしょう。
決められた時間になったら、ただなんとなくテレビを見てしまう。
たまたま入ってきたネットニュースを見てしまう。

自分に必要な情報、
もっと勉強になる情報を
聞き入れた方が日常を有意義に過ごせるはずです。

情報を得る方法が少なかった時代と比べ、
テレビや雑誌から入る情報がすべてではなくなった。
自らネットで自分の好きな情報だけを絞って取りに行けるし、自分に必要なものを動画で勉強もできる。

様々なビジネス書だってネットで買えるし、
スマホで見れるのですから。

今の自分に本当に必要な情報だけを精査しなければ、ネット社会に時間を奪われてしまう時代なのだと感じます。
子育てって、日々の忙しさに追われていて、「なんとなくやってしまっているな」と感じることがあると思います。

子どもが、
言うことを聞かないことや、
人の話を聞かないこと、
すぐに諦めてしまうこと、
集中力がないこと、などなど、
悩みは尽きないのですが、いくら言っても聞かないし、「そのうち分かるだろうから、もういいか」なんて思って過ごしている自分がいます。


本当はもっと向き合って、真剣に考えてたいと思っているのです。
今すぐにでも自分の理想とする子ども像に近づけたいと思うのが親です。

でも、
できていない。

本当は子どもの足りないことなどの問題と向き合わないといけない。
そのためには、
問題を見える化する。
問題であると認識して、ちゃんと問題化する。
しっかり意識して向き合うことで、見えてくる問題があります。


例えば、
子どもがご飯を好き嫌いをして残しているとします。

ここでの問題の本質は、
偏食や栄養不足による成長への悪影響です。

それを時間がないから「もう食べなくていい」と済ませていては、ただの問題の先延ばしです。

または、
子どもが勉強をしないとします。

ここでの問題の本質は、
自分で考えて答えを導く力がつかないことです。

勉強をやらせようとしても嫌がるから「もういいや」と済ませていては、同じく問題の先延ばしです。

とにかく、
早急に対策が必要な問題だと認識して、
真剣に子どもへ伝えなくてはいけない。



まずは、
親が知識を習得する。

お菓子ばかり食べてる人は、
「肥満になる」「病気になる」「頭の回転が遅くなる」など悪影響がいくつもある。
だから身体がつくられる今にこそ、
ちゃんと栄養を摂らなければならない。
しっかり食べることで、
「健康になる」「足が速くなる」「勉強ができるようになる」などのメリットがあることを知る。


勉強をしない人は、
「ひとりではなにもできなくなる」「仕事ができなくなる」など将来への悪影響がいくつもある。
だから脳がつくられる今にこそ、
ちゃんと学ばなければならない。
勉強で頭を使えば、
「頭の回転が良くなる」「テストでいい点が取れるようになる」「スポーツができるようになる」などのメリットがあることを知る。


そのうえで、親が自分自身に対して「本当にやらせなくていいのか」を尋ねる。
その結果、「どうしてもやらせたい」なら真剣に子どもへ伝える方法を考える。

問題をどんどん挙げていこう。
悩みがなくなるほどに。

ボケーっとしている間に他の子は成長していくのだから。
プラシーボ効果というものがあります。

ひと昔の風邪薬には、
風邪の症状を抑える効果なんて、まったく入ってなかったらしい。
なのに、薬を飲んだ人達は症状が和らいだ。


老人ホームのスタッフは、
寝れない高齢者達が困っていても、
なるべく睡眠薬は飲ませたくない。
どんな薬にも必ず副作用があるから。
そこで、フリスクを睡眠薬だと言って飲ませたところぐっすり眠れるようになった。


先生が「このクラスは勉強ができる子を集めたクラスです」と言われた生徒達は、他のクラスと比べて成績が劇的に伸びた。


これがプラシーボ効果!


要は、「なにを信じているか」によって、
脳が、
身体が、
ココロが、
意識全体が、
もろに影響を受けるということ!

「思い込みの力」は本当にスゴイです!!






ただし、
プラシーボ効果とは、
「いい意味」ばかりではないということに注意が必要です。


「もうダメだ」と心の底から諦めたら、
どんな簡単なことですら、うまくいかなくなる。
マイナス側へのプラシーボ効果が発揮されるのです。



だからこそ、
「絶対にできる」と心の底から信じれば、
どんな難しいことだって必ずうまくいく。

そう、
思い込みに「根拠」なんていらない!


同僚が出世したなら、
「あいつでもできるなら、私にできないはずがない」と信じればいい。

近所の子が優等生なら、
「あの子にできて、うちの子にできないはずがない」と信じればいい。

ほぼ同じ環境の、
まったく同じ時を生きる、
まったく同じ人間だ。

その人にできて、
自分にできないことが本当にあるのだろうか!?

本当に、ただただ、
できないと思い込んでるだけではないだろうか!?

大学を出ないと稼げない!?
親が勉強できないと子もできない!?

ホントに本当か!?

できると信じてるヤツは、どんどん先に進む!
できないと信じてるヤツは、どんどん後ろへ進む!

差は広がるばかりだ。


信じ抜く力をムシして、
どんなノウハウもメゾットを試したところで効果がない。

自分が「ゼロ」なら、
なにをかけても「ゼロ」になる。



この風邪薬には効果があると、
「信じ込んで」治っていった人達のように、
フリスクを睡眠薬だと、
「信じ込んで」眠る高齢者達のように、
なにも根拠がないままでも、
挑戦できることがあるはずです!!

人は、
結果を求めるだけじゃ生きていけない。


どんなに努力しても、
うまくいかないことはある。


すでにある制度や規則によって、
挑戦を阻まれる。

すでにできている人間関係やツテによって、
構築できない繋がりがある。

すでに持っている環境や性格によって、
挑戦の場所すら与えられない。

ならば、
結果だけじゃなく、
ここまできた道のりを讃えよう!

努力したことは、
間違いなく人生の宝となる!


結局、求めていることは、
結果だけではない。
いかに成功に近づけることができたかだ。

「ダメだったと」とりあえず言ってはみても、
そこがゴールじゃない。

ゴールは、
遥か先にある。

今回の努力で、
その本当のゴールには確実に近づいた。