人生を最も簡単に変える方法。

それは、、、

「やめること」です!

37年間、生きてきて分かったことなので、
間違いありません。

では、
そもそも、
「やめることってなに?」ですが、
「今、当たり前のようにやってること」のことです。

仕事を辞めれば、
人生なんてガラッと、そりゃ変わるわな。ですけど、
そんな大きな話ではなくて、
ただ「なんとなくやってること」も含みます。

例えば、
家に帰るとなんとなく観るテレビ番組。
特に面白いわけでも、
興味があるわけでもない。
どうしても観たいほど好きなドラマがあるわけでもない。
それなのにテレビをつけている。

他にも、
ただなんとなく行っている習いごと。
明らかに身になっていない。
もっと他にいい先生がいるし、
もう十に習得し終えたのかもしれないし、
このまま続けても感覚的に成長しないなと分かってもいる。
それなのに通い続けている。

ある時間になったら、
お決まり事のように、なんとなく始めてしまうこと。
なんとなく、やめることを忘れてしまっていること。

もし、意味がないなと分かっていて、
今更やめることの方が大変だなと思っているなら、
絶対にやめた方がいい。

好きでもないテレビを見るくらいなら、
気になる本やマンガを読んだ方がいいし、
観たいと思っていた映画を観た方がいいし、
聞きたいと思っていた音楽を聴いた方がいい。

つきあいで続けている習いごとなら、
もっといい先生のところに行った方がいいし、
他に「やってみたいな」と思う習いごとに変えた方がいい。

本来やるべきである、
心から「楽しい」「やりたい」と思うことは、
ただなんとなくやってしまっている「習慣化されたもの」に簡単に潰されてしまう。

思い切ってやめてみよう。

きっと気付いているはずです。

今やっていることと、
やりたいと思ってることが、
全く違うということに!!

子どもを寝かせるときにやることと言えば、
本の読み聞かせが多いと思います。

絵本や、
マンガ、
小説など。

ただ、
本読みも良いけど、
もっと人生に直接関わるような、
大切なことを教えていきたい。

オヤジでなければ、
伝えられないことがあるはずです。

例えば、
人の気持ちを大事にするということ。

自分の感情ばかりに囚われていては、
人のことまで考えることができません。

もし、自分がイヤな思いをしたからといって、
「相手にもイヤな思いをさせる」なんてことがあってはなりません。
人の気持ちにも寄り添えているかを考えることが大切です。

寝る前、
1日の終わりにこそ、
今日の出来事を振り返ることができます。

「この後すぐに出かけないといけないから、早く支度して」と言っても全く聞く様子がなかったこと。
弟とおもちゃの取り合いでケンカをしたこと。
学校で先生の話を聞いていなかったこと。

自分勝手な振る舞いをすることで、
された相手は困ってしまうと容易に想像がつきます。

自分の不注意のせいで、
親が遅刻してしまったり、
弟を泣かせてしまったり、
先生が何度も説明することになったり。

そんなありふれた出来事からも、
次にどうすればいいのか考えることができる。


寝る前に覚えたことや、
感情を伴って覚えたことは、
記憶に定着しやすくなるので、
このタイミングで大切なことを伝える。
これオススメです。







いろんな教育法も良いけど、
人生に大切なことは身をもって学ぶしかない。

社会で必要なことは、
経験した者しか語れない!
経験がなければ分からない。


仮に、
子どもが大切な物をどこかに落として失くしてしまったとき。
悲しい気持ちになっているとき。

こんなときこそ、
「人を信じること」と
「助けてあげられること」が学べる時間です。

「人間関係が希薄な時代だ」
「何考えてるか分からない人ばかりだ」と、
人間不信に陥ることに無理もない状況ですが、
落とし物を拾って届けてくれる人っているもんです。

大人が、
「せっかく買ってやったのに落としてんじゃねぇ!」と叱ればそれまでですが、
「きっと拾って届けてくれる人がいるよ」と、
人を信じる気持ちに気づかせてあげることの方が必要ではないでしょうか。

もちろん、
次から無くさないように気を付けることは当然としても、生きていれば落とし物をすることだって、無くしてしまうことだってあるんです。
大人だって、あるんだから、、。

そんなときに、
失敗ばかりに目を向けないで、
助けてくれる存在がいることにも気付いて欲しい。


たとえ、
どんなに小さなぬいぐるみでも、
大人にとってはガラクタでも、
子どもにとっては大切なものです。

クリスマスでもらったものかもしれないし、
誕生日プレゼントでもらったものかもしれない。

だから、
子どもの君には分かるはず!

落とした人は、
「絶対に」困っていると。

今日、それを身をもって知ったのだから、
誰かの落とし物を見つけたら、
必ず拾って届けてあげられる人になりなさいと。

困った人を助けられるのは、
同じような悲しい経験をした人だけなのですから。


「褒めるタイミング」と「褒め方」って、
かなり難しいと思います。

間違った褒め方をすると、
次また頑張ろうとはならない。

褒めた結果、次にまた挑戦する!
こんな良いループを回したい!!


最近できるようになったことがあるとして、
例えば跳び箱8段が飛べるようになったとします。

「褒めるタイミング」は飛べるようになった、
正にその時です。

成長した、
その結果が目に見えた、
その時に褒める!
親も「子どもの喜び」という感情と同じ感情を引っ張り出してきて、多少、大袈裟に一緒に喜びます。
感情を分かち合うことは、非常に大事です!
時間が経つほど、感動は薄れますので、タイミングを逃さないようにします。

また、
「褒め方」は、
必ず「プロセス」を褒めます。
できるようになったということは、
そこに至るまでの「努力」が必ずあったと思います。

「できるようになったこと」が大事ではありません。
「人格」も大事ではありません。

できるようになるまでの「努力」が大事なのです。


「できて良かったね」と褒めることは、
その場限りの褒め方で、
次の9段への挑戦が遠のきます。

「天才だね」と褒めることは、
大人が持つ「天才のイメージを壊さないようしよう」と子どもながらに考え、次に挑戦することを恐れるようになります。

あくまで、努力してきたことを褒めます。

突然8段が飛べるようになったと思われがちですが、
毎日たくさん食べて体が大きくなったことも要因ですし、体を動かして力がついたはずです。

できるようになった要因を因数分解して、
一緒に喜び、褒め方を考えれば、次に繋げることができ、良いループができると思います!
親って生き物は、
ホントに不思議な生き物です。


子どもが言うことを聞かないことに対して、
あたかも自分が被害を被ったかのようにキレます。


子どもから、
直接の攻撃なんて受けていない。
実害なんてないはずです。


宿題の途中で、マンガを読み始めて、
いつまで経っても机から離れられず、
自由な時間がなくなって嘆くのは、子ども自身です。

サッカースクールに行って、
友達と騒いで技術が身に付かず、
いつまで経っても試合に出れなくて、
悔しい思いをするこも子ども自身です。

時間を無駄に過ごすのは、子ども自身。
あくまでも親ではない。

間接的には問題がありますが、
キレる必要性はまったくない。

相手が変わることを、
いつまでも期待して待つことより、
自分が考えを変えて行動することを、
何事よりも最優先にした方が最も素早く世界を変えることができます。


私は、今でこそ親になりましたが、
今だに子どもじみたことが大好きです。
冗談を言ったり、ふざけてみたり、さわいだり。

だからでしょうか。

今でも、子どもから見た想いと、
親から見た想い、
どちらの立場の想いも、よーく分かります。




私が子どもの頃に描いていた親のイメージは、
「なんだか、いつも怒っているな」でした。

すぐ「勉強しろ」だの、
「ああじゃない」だの、
「こうしろ」だの、、
一度口を開けば、文句ばっかり。
自分が言いたい言葉が止まらなくなる。


それって、ホントに「僕のために言ってるの!?」
「自分のために言ってるんじゃないの!?」


家から一歩でも外に出たら、
自分の言いたいことを言えなくなる親。

そのうっぷんを「僕にぶつけてるんじゃないの!?」と思っていました。

だって、大人同士では、
絶対に「めんどくせぇな〜。」と、
思っているだろうな、、
と思うことを、絶対に「イヤだ。」とは言わない。

今度、ランチ行かない?
一緒にテニスでも始めてみない?
この前の旅行の話聞いてくれる?
うちの夫がさぁ〜、、。

どう考えても、めんどくさいことだろ。
普段、愚痴ってる相手じゃん!
顔が引き攣ってんだろ。
ハッキリ「イヤだ!」と言えよ。

でも、大人同士では「イヤだ」とは伝えない。
子どもなんて、素直にイヤなことはやらないし、イヤなことはイヤだと言う。

大人は、それができない。
ケンカしようとしない。
自分の気持ちを押し殺す。

だから、
そのうっぷんを子どもに向けているんだ。
間違いない!と思ってました。


その結果、
親の言うことに全く耳を傾けませんでした。
「うるせぇな!」としか思っていなかったのです。

その理由は明白で、
親の言うことが、ただ単に「つまらないから」です。

今の私は、
子どもが「親の言うことを聞かない理由」を分かっている。
子ども時代に身をもって経験済みだ。
親になった今だからこそ、
この経験を活かさなければなりません。

自分が子どもだったときと同じ過ちを、
繰り返してはなりません。
親から身をもって知らされた
「親の言うことを聞かない理由」を
親になって、親というポジションを改善できる立場にいるんです。
こんなチャンス、一生に一度です。
流してはなりません!
それは、心から実感していることです。


子どもから見れば、
親は、
「怒るもの」!
「監視するもの」と思っている。

それ以上でも以下でもありません。

普段から親に感謝している子どもなんていません。
「親への感謝」なんて20過ぎてからでいい。
今は、思いっきり楽しく過ごしてほしい。

でも、
それだけでは、
子どものためではありません。

やはり、、
言わなければならないこがある!

ただ、
自分のイライラを解消するためだけに、
子どもに怒ることではない。




子どものときから不思議でした。
なんでそんなに怒るのかという感覚。
大人になって、やっと理解できました。

「ゲームをやめろ」だの、
「勉強しろ」だの、
ずっと言われてきました。

いやいや、
あなたは、
東大出た訳でもなければ、
いい職に就いている訳でもない。
ただのサラリーマン。

なんでそんなに偉そうなのかと。
あなたよ言う通りにすれば、
どんな成功が待っているのか?と。

そんな不思議を抱えたまま、
私は、親になりました。

気がつくと、
あの大キライだった親の文句を、
私自身も言い始めている。


もちろん私も、
いい大学を出てる訳でもなく、
いい職に就いてる訳でもない。

なのに自分の親と全く似たようなことで怒っている。

とても不思議です。

でも、
親になってみて、ハッキリしました。

やっぱり、
自分のイライラを、
子どもにぶつけているだけだと。


親のイライラなんて、
たかが知れています。


朝、支度をしない子どもがイヤ。
いつも忘れものをする子どもがイヤ。
ずっとゲームをする子どもがイヤ。
まったく勉強をしない子どもがイヤ。
言うことを聞かない子どもがイヤ。

ただ、それだけ。


すべて自分自身で勝手に抱いた不平不満を、
子どもにぶつけているだけ。

決して、
子どものためを思って怒っていません。

本当の本当に、自分のイライラ解消のためです。
だから自分自身のためです。

自分勝手に描いた、
勉強机で勉強している理想の子ども像に、
現実が伴っていないから、
怒って無理矢理に現実化させる。
早くゲームをやめて、勉強しろ!!と。

そうじゃない、
本当に必要なのことは、
子どもを成長させたい気持ちがあるかどうかです。


親がやることは、
どんな変化にも自分で考えて、
自分で乗り越えていけるように。
自分の周りに助けてもらえる環境を、
自分で作り上げるように。
こうできる人間に育てるために、叱ることです。

社会に出て困らないようにするためには、
親が今まで身につけてきた経験や手段を伝えることしかできません。
子育てには、
親も常に経験を積み、成長し続けるしかないのです。

こうやった方がいいより、
これはやめたほうがいいを伝えるのです。

正攻法はありません。
成功法則もありません。

自分の子どものために、
自分の力を発揮できる親でありたい。
こんな時代だからこそ、
みんなの真似事をするのではなく、
自分を変えて生きなければ、
時代を乗り越えられない。

新しい世界に飛び出すことは、
恐怖の感情に支配されて動けなくなるけど、
心の奥底では、
自分を変えられるのは、
自分だけだと知っている。

もう、
新しい世界に動き出すときがきた。

頭では逃げていても、
心では立ち向かっている!

新しい世界に動き出せる人は、
どんな時代にも、
どんな環境にも、
屈することなく、
革命を起こせるのでしょう!

そんなメッセージの歌が大好きです!





私は行く
私の果て
この生命の宿命の果てまで

何のためにこの時代に生まれ来たのか

「態度を変えよ 我々に従え
逆らうなら 排除してしまうまで」

支配するのか? 同調圧力で
だが心は叫ぶ 屈してはダメだと

さあ風よ吹け さあ風となれ
私よ今 私に革命を起こせ

本当の声を 本当の言葉で
私だけが 私を変えられるのだと

決断の瞬間は いつだって怖くって
それでも自分に 嘘はもうつけない

今日の正義が 明日は悪になったり
誰かの希望が 誰かの絶望になったり

時代は動く
目撃者ではなくって
ただ自分が動く
当事者になれるか?

さあ旅出とう さあ新世界へ
私よ今 私に戦いを挑め

恐れながらも 迷いながらも
振り返るな そこに答えはないのだろう

いくつの失敗と いくつの間違いが
ひとつの正解へ ひとつの確信へ 変わる

裏切りも知った
憎しみも知った
だけどその方法では 未来は無いと知った

さあ風よ吹け さあ風となれ
私よ今 私に革命を起こせ

本当の声を 本当の言葉で
私だけが 私を変えられるのだと

決断の瞬間は いつだって怖くって
それでも自分に 嘘はもうつけない 行こう

世界が変わるんだ 私が変われば
想像を超えるんだ 私を超えるんだ


二度目の緊急事態宣言が発令され、コロナ禍における生き方を自ら模索する時代となりました。

後手後手である政府の対策に期待をしていては、間違いなく「詰む」ので、各自で、この時代の生き方を問われていると思います。
この不安定の中を生き抜く術を、早急に身に付ける必要があります。

その大前提として念頭に置かなければならない不変のルールとして、「コロナが消えることはない」ということがあります。
もはや、コロナ前の生活様式に戻ることはないでしょう。

コロナ禍の生活様式に適応していくしかありません。

ただ、黙って見ている必要もありません。
少しでも適応していくべきだと思っています。

その一つの方法として、
「コロナに対する不安を減らすことはできる」と思っています。

コロナにかかったら死ぬのではないか。
コロナが治っても後遺症が残るのではないか。

この様な不安は、
あくまでも自分で起こしているものです。
これを極限まで減らしたい!

どう足掻いても、ウイルスは目で見ることができません。
どんな感染対策を施したからとて、「絶対に大丈夫」はない状況です。

なので、
万万が一、感染してしまった場合に、
「軽症で済む」ことが心の安心へと繋がります。

「軽症で済ます」ためには、
第一に「基礎疾患がない」こと。

高血圧、糖尿病などの基礎疾患があると、コロナ感染者が重症化するというエビデンスは、既に出されています。

普段から食事に気を付ける。
間食をやめ、野菜を積極的に摂っていきたい。
また、引きこもりがちですが、しっかりとした運動習慣を身につけることが大事です。

どのようにして、「コロナにかからないようにするか」を考え悩み込むより、「コロナに負けない身体になる」ことに力を入れる。
頭の中だけで不安を増幅させるより、健康づくりで、不安を消していきたいです!
オヤジが子育てに介入しないのは、、
「実に、もったいない」と思っています。

なぜなら、
オヤジにしかできないことが、山ほどあるからです。


普段は、仕事で忙しくて、疲れて家のことができないのは、痛いほど分かります。

それを乗り越えてでも、
今の子ども達に、伝えるべきことがあります。

世の中の仕組みや、
お金の仕組み、
今の世の中、「どのような人材が求められているのか」を教えられる人材は、ただひとり。

そう、
社会の荒波に揉まれてきた「オヤジ」のみです。


世の奥様方では、
感覚的に社会の役割が異なりますので、
お金の稼ぎ方や必要な人材を分からないのです。

オヤジだからこその知識と経験があるのです。



今の世の中、
闇雲にいい大学を目指しても意味がないのとは明白です。

例え、
東大出身でも、
会社の面接で「あなたは何ができますか?」という質問に、答えられなければ、採用されることはありません。

それほど、どこの会社も人材不足なので、
即戦力が求められています。

いい大学に入ったことは、
並の努力では、到底ムリなので、
努力ができることは大学名から良く分かります。

ただ、
採用するかどうかは、別問題です。

会社としては、
実際、「うちの会社で、何ができるのか?」が重要になってきます。

学歴がなくても、
プログラミングができます!
AIを使ったシステムの改善ができます!
英語が話せます!といった人材の方が輝いています。


社会の利益に繋がらなければ、
これからの時代、採用されないのです。

そこで、オヤジの出番です。
ただ単に「勉強しなさい!」と言う親になってはいけない。
そこに微調整を入れなければいけないのですから。
貴重な子ども達をただの頭でっかちに、育ててはいけません。

オヤジの貴重な経験を伝えていく父親でいたいです。





子どものスポーツにおいて、
アレコレとできないで、困っていることがあると思います。


野球で言えば、
ボールが取れない、
ボールが打てないとか。

サッカーで言えば、
ドリブルができない、
パスができないとか。


この解決法を深掘りしていきます!


例えば、
野球で「打てない」とします。

それを見て、
だいたいの親やコーチは、
打てない原因を突き止めもしないで、
「なんで俺の言ったフォームを覚えないんだ」
「何回言ったら分かるんだ」と言い出します。
大まかな「できない部分」をピックアップします。

それを機に、
「やっぱり、こっちの方がいいかな」と、
打撃フォームの修正に取りかかります。
あーでもない、こーでもないと。
この子に合ったフォームはないものかと。

ハッキリ言って、
打てるようにするためにやることは、
そこじゃありません!

そもそも、もっと根本的な問題があるにも関わらず、
全体的なものしか見ていないからです。
もっと細かい「できない原因」が必ずあるんです。


ボールが打てないのは、
バットを振るための身体能力が足りないのもあるし、ボールを追うための動体視力が足りないのもある。
はたまた、
飛んでくるボールが怖いとのメンタルが弱いこともある。
そして、
バットの振り方を知らない。

だから、
ボールが打てないのです。



ボールが取れないのも同様に、
ボールが動いた瞬間に、その方向へ反応する反射神経が足りないのもあるし、
ボールに向かっていく気持ちの強さも足りない。
そして、
グローブの使い方を知らない。

だから、ボールが取れないのです。



サッカーのドリブルも同様に、
ドリブルをするだけの足の速さとスピードに緩急をつけることができないのもあるし、
相手がどこにいるかを把握する視野の広さも足りない。
そして、
ドリブルするためのボールの蹴り方を知らない。

だから、
ドリブルができないのです。


親やコーチ達は、
できない原因を、
子どもの能力や知力のせいにすることができるのであれば、その子に足りないのもが自然と見えてくるはずです。

この子は他の子よりも覚えるのが遅いと思うなら、
何回も繰り返すことを覚悟しなければならない。

この子は、他の子よりも体力がないと思うなら、
走り込みを繰り返すことを覚悟しなければならない。

覚悟ができると毎日できるようになる。


その子特有の弱点にスポットを当てる。
そして因数分解(細かく分析)する。
そこから見出した答えを強化してする。

大まかな全体像しか見ていないと、
悪循環に陥ります。
親から見た感情をぶつけだけではなく、
時間はかかりますが、細部から解決していけると良いと思います。