回廊を行く――重複障害者の生活と意見 -3ページ目

2008年の三大愚挙

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2008年の大晦日ですが、来年のことを言うとやはり鬼が笑うでしょう。あまりにも不確定要素が多すぎます。カットのネコが笑っているのは来年のことを聞いてではなく、ネズミ年の今年に行われたないしは明るみに出た多くのおろかな出来事を飽食したからに違いありません。

そこで、
昨年の大晦日 には川柳を十並べたのですが、今年は本年の愚挙を五つ選定してみたいと思います。言い方はさまざまですが、「世界三大無用の長物」というものがあり、検索すると例えば「万里の長城、ピラミッド、戦艦大和、新幹線、青函トンネル」 の 5つの中から 3つを組み合わせ、などのようです。またその変形であるのかどうか、「昭和三大馬鹿査定」というのもあり、これは 戦艦大和、青函トンネル、本四架橋」 なのだそうです。査定というのは日本の旧大蔵省の予算査定のことですが、両方に戦艦大和が入っているということの理由は、結局は現存しないからでしょう。万里の長城やピラミッド、それに時折含まれるパリの凱旋門などは、観光資源として到底無用などと片付けられるものではありません。新幹線や青函トンネル、本四架橋は無駄な予算を使ったとは言えるでしょうが、存在している以上とりあえず役には立っています。

今回は2008年の日本での三大愚挙を書くことにします。ただし必ずしも今年起こった出来事というのではなく、本格的にその愚挙たる所以が明らかになるのは来年ないしはその後というものもあります。順不同とします。

★テレビのデジタル化
これは実行は2011年だそうですが、どうしてもその理由が飲み込めません。放送を管轄する総務省によるとデジタル化によって「
世界最先端の高度な情報通信の基盤を構築し」、「国民一人一人がデジタルならではのサービスを受けることが可能となり、経済波及効果も見込まれます。」ということで、このサービスなるものの内容は映像・音声の向上やワンセグ放送データ放送の実施だそうですが、正直言ってこれは不可欠のことではありません。「経済波及効果」も結構ですが、それが果たして国民の利益になるかどうかは最近の「改革」の経験からは疑問が残ります。企業の利益が従業員の利益に素直に結びつかない構造ができているからです。

また、デジタル化によって字幕放送が容易に見られるようになることは歓迎すべきですが、これはアナログ放送でも可能であったことであり、字幕放送のユーザーである聴覚障害者は新しくデジタルのチューナーを購入しなければならないことになります。
これに関して政府は、市町村民税非課税の障害者世帯(約120万)と福祉施設などの入所者(約20万)に無料配布するとしたという報道がある そうですが、聴覚障害者の場合アナログ用の字幕化装置は非課税世帯でなくても価格の2割程度で入手できたはずで、それに対応した措置であるかはわかりません。ただでさえデジタル化が言われ始めた初期から、聴覚障害者は今後のテレビ視聴について不安に思っていたので、対応が遅すぎます。

そして何よりも、デジタル化によって大量に出現するであろう廃棄物としてのアナログテレビの処理はどうなるのでしょうか? 環境を考えるならこの廃棄物処理について結論を出すことが先決ですが、そうでないとすればデジタル化は、メリットが不明な上にデメリットは明確な政策と言わざるを得ません。

★裁判員制度
これも実施は来年の5月となっていますが、実施する理由としては裁判員法第一条
「国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ」とありますが、国民に司法に対する理解がないとか、司法に対する信頼がないかとがいうことが問題になっていればともかく、そういうことはないようで、毛を吹いて傷を求めるという趣があります。政策立案者も「現在の日本の司法の質が低下したとか、信頼されなくなったということはない」と言っているほどです。ただし有罪無罪の判断や刑期なども裁判官3人裁判員6人の計9人での多数決となれば、死刑の場合が典型的ですが、裁判官の心理的負担が軽減されるというメリットはあるかもしれませんが、公的にそういうことは言われていません。心理的負担というと、事件によっては心ならずも権力に迎合した判決となることもあり得るでしょうが、これも一般国民を含む多数決で決まったことだと考えることにすると、良心的裁判官は大いに救われることでしょう。

公平に見ても裁判員制度の制度設計はかなりずさんで、国民の裁判参加を標榜する以上有権者名簿から抽選で裁判員候補を選び、障害をもつ者もそれだけでもって除外することはないとしているのはいいのですが、一方で必要な配慮についての認識が浅いのは困ったものです。これらについては私の書いた三つのブログ、「裁判員法廷の情報保障 」「
裁判員裁判と田母神前空幕長の『罪』 」「裁判員制度への疑問(1)コールセンターが使えないを読んでいただければ幸いです。

★麻生太郎候補の選出
麻生氏についてはいろいろ書きましたが、自民党の総裁選挙前にも「自民党総裁選-4-永田町の怨霊信仰 」で四人目の首相直系の首相として、先人にならって政権投げ出しをする可能性があると書きましたが、結局麻生氏が選出されました。これは自民党員の愚挙であったと言えばそうですが、現行の制度では国民レベルの愚挙であるとせねばならないのが残念です。安倍氏が首相であった時はこれ以下の首相はありえまいと思っていたのですが、今思うと、見かけの品格、政治理念の一貫性など、麻生氏は安倍氏の足元にもおよびません。麻生氏自身の愚挙については枚挙に暇ありませんが、最近でも麻生氏の家業である麻生鉱業が対戦中に捕虜を使役したという米の新聞記事に対し、当時外相であった麻生氏が指示したためかニューヨーク総領事館のホームページに反発文が載ったが、捕虜労働は事実であったという公文書が厚生労働省より公開されたという、相変わらず品性を疑われるニュース が明らかになっています。いずれ来年の国会で追及されるのでしょうが、このように海外むけのウソも吐くような人物を総裁に選出するとは、自民党という政党を跋扈させた国民の愚挙の報いであったのかもしれません。

☆愚挙ばかり 八方ふさがり 年は取り


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裁判員制度への疑問(1)コールセンターが使えない

回廊を行く――重複障害者の生活と意見-電話禁止 使えない電話


このカットは本来「電話することが禁じられている」という表示です。今回のテーマは裁判員の候補者に提供されている問合せのためのコールセンターですが、それが電話禁止というのではまったく矛盾しています。もちろんそういうことはなく、電話は殺到しているのですが、ここで電話のできない者はどうすればいいのでしょうか? つまり「電話禁止」ではなく、「電話利用不可能」ということです。


電話を利用できない、あるいは少なくとも電話の利用に困難があるのは聴覚障害者のほとんどです。聴覚障害者の数は厚生労働省の統計 によれば、20歳以上で34万1000人となっています。一方で新聞報道によりますと裁判員候補者一人あたりの有権者数は352人だそうですから、今回聴覚障害者で裁判員候補者となったのは969人と推算されます。つまり1000人弱ということです。これは29万5000人といわれる候補者全体に比べる少数とは言えるでしょうが、無視していいものではないでしょう。


ところで障害を有する人でも裁判員となれるのかと考える人もいるでしょうが、これについては最高裁サイトの裁判員に関するウェブページ が次のように答えています。

障害があるのですが裁判員になれるのですか。

  障害のある方であっても,裁判員としての職務遂行に著しい支障がなければ,裁判員になることができます。

 裁判員としての職務遂行に著しい支障があるかどうかは,事案の内容や障害の程度に応じて個別に判断されることになります。

 例えば,聴覚に障害がある方であれば,証拠として録音テープが提出されており,録音された音がどのように聞こえるかを直接聴いてみなければ十分に心証を 形成することができないような事件,また,視覚に障害のある方であれば,写真や図面(現場の状況,傷口の形状等)を巡る判断が重要な争点になっているよう な事件では,障害の程度によっては裁判員になることができない場合に当たることがあり得ます。

これは裁判員法の第14条でも「心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者」が欠格とされており、障害を有するというのみでは除外されることはありません。裁判員候補者というのは有権者名簿から、他の何の情報も関係なくクジで選ばれるのですから、障害が関係しないのは当然のことです。その中に千人弱の聴覚障害者がいるのですが、その人たちがより詳しい情報を得ようとコールセンターにアクセスしようとしても、候補者となった通知には電話番号のみしか記していない、というのが今回取り上げる問題です。

裁判員候補者とされた人々には通知の書類が送られるのですが、その内容はWEBでも見られます。下の図が「裁判所からお送りする封筒と名簿記載通知及びその同封物について」 の中の「裁判員候補者名簿に記載された方々へ」 の最後のページですが、まず「くわしくは、こちらまでおたずねください」とあり、ここから別枠で「裁判員候補者専用コールセンター」の電話番号が記載されています(候補者にのみ知らされるのでWEBではブランクです)。さらに電話料や受付可能時日の記載があり、回答票の書き方についての質問はどうぞと、コールセンターにむけて↑印が付いていて、赤線で囲まれた枠はここまでです。次に青線の枠があって「法テラスコールセンター」の電話番号やPHS、IP電話の番号、ホームページのURLがあって枠はここまで。そして以上の二つの枠が、頂点に丸が付いた別の枠の中に一緒に入っています。

その下に別の頂点に丸の付いた枠があり、中に以下のようにあります。
【裁判所までお知らせください!】裁判手続きに参加していただくにあたって、身体の不自由などの理由により、お手伝いを必要とされる方は、「裁判員候補者名簿へのお知らせ」に記載されている地方裁判所まで、お知らせください。

回廊を行く――重複障害者の生活と意見-裁判員パンフp3 コールセンターへの案内

少しくどかったようですが、これは一見したところでは電話を使えない者は、「コールセンター」に何かを問い合わせようとしてもどうにもならないということを明らかにするためです。聴覚障害者のための配慮はないのかと、最高裁は直接には答えてくれないので、あれこれと手を尽くして調べたのですが、どうやら電話を使えない者は手紙か葉書で問い合わせることを想定しているようでした。その論拠になるのはコールセンターとは別の、二番目の枠にある「お手伝いを必要とされる方は、・・・地方裁判所まで、お知らせください。」ということらしいです。

これは後付の理由のように感じられます。問合せが「お手伝い」に含まれると解釈しろというのは、いささか強引ではないでしょうか。郵送では時間もかかりそうです。それに問合せだと気軽にできても、お手伝いというと頼みごとになり、なかなかやりにくいというのが普通ではないでしょうか? 第一、「裁判手続に参加していただくにあたって、」という前置きは、すでに裁判員に選任された者への呼びかけのようであり、候補者に対するそれとは違うように感じられます。それに何よりも、健聴者は手軽に電話できるようになっているのに、聴覚障害者は郵送でというのはフェアでないし配慮しているとも言いにくい。ファックスやメールを利用できるようにしようと思えば可能なのに、なぜしぶっているのでしょうか。なお、前記の法テラスのホームページを開ければ、メールアドレスが記載されていることは記して起きます。こういう手段もあるにはあるとフェアに指摘しておきたいからです。しかしそのことを明記しないでおきながら、問合せは「お手伝い」に含まれるのだから地裁に郵送すると解せよとか、候補者の年齢等も考えずにホームページを開けてアドレスを探せとか、いささか聴覚障害者にのみ負担をかけすぎていると考えるのはひがみでしょうか?

私自身が聴覚障害者なのでそう思うのだと言われてもかまいませんが、今回の裁判員制度に関して、最高裁は聴覚障害者に対する配慮を、示すふりすら控えているという気がします。いくらなんでもはじめから聴覚障害者に対して敵意を持っているとは思えませんから、おそらくは聴覚障害者というものについての理解を通り一遍のもののままとし、それを深める努力を怠っているのでしょう。例えば前記のパンフレットですが、最初のページの右下にSPマークがついています。これは機器にかけると800字程度の情報を音声化するもので、ちょうどそのページの文字数に当たります。他のページや文書には付いていないのですから、きわめて不完全ですが、それでも視覚障害者に配慮したというポーズにはなる。この程度のことも聴覚障害者にはしていないのです。

以下追加の情報ですが、コールセンターには15日までの2週間で3万本強の電話が来たそうです。今回の候補者は29万5000人だそうですから、同じ人が何回もかけたというのもあるでしょうが、ほぼ一割が問合せをしたことになります。候補者に聴覚障害者が千人ほどいるはずという先ほどの推測に従えば、約100人の聴覚障害をもつ裁判員候補者が電話をかけようにもできずに途方にくれた可能性があります。こういうことを最高裁や、裁判員制度の実施にあたる官庁等は知らぬ顔をするのでしょうか?

☆最高裁 フェアを忘れて 何残る


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裁判員裁判と田母神前空幕長の「罪」

回廊を行く――重複障害者の生活と意見-lawbooks2Law Books

懸賞論文に応募した文章が受賞して公開され、その内容が政府見解と異なるとして更迭された田母神前空幕長は、国家機密を漏洩するという罪を犯したと書いたブログがありました。この場合機密というのは航空自衛隊のトップの能力を暴露したという意味のようです。田母神氏の罪の内容については私は必ずしもこれに同意しませんが、それを国家機密の漏洩であるとすれば、どういう法律で裁くべきでしょうか? 

法令名に「機密」というのはありませんから、「秘密」で検索すると「日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法」があります。内実はともかくまさかこれで訴えるわけにもいかないでしょうから、結局は国家公務員法の「秘密を守る義務」の第百条 「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」でしょう。これに対する罰則は「一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」です。

半年後に始まる裁判員裁判ならどうなるかというのが今回のテーマですが、しかしあいにくというか、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」第二条によると、対象となるのは原則として次のものです。

一  死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件
 裁判所法第二十六条第二項第二号に掲げる事件であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの(前号に該当するものを除く。)

これでは国家公務員法違反は該当しないようです。国民を裁判に参加させるという趣旨から言えば、詐欺とか収賄とか、あるいは最近の食品や建築の偽装、さらには選挙違反などを裁くほうが国民の判断を生かすという点でふさわしいのですが、どういうわけかいきなり重罪の判断をやらせるようになっています。この辺が裁判員制度について疑問に思うことのひとつです。国民の社会常識を反映させたいならば、公害や薬害あるいは行政訴訟や労働訴訟の方が、血みどろの殺人事件などよりよほどふさわしいだろうというのが作家の高村薫氏の意見 ですが、まったくその通りと思います。

それでは「国家機密の漏洩」はどういう法律で裁くのか。上記の条項では裁判員裁判の対象は刑法犯ということになりますから、刑法を見るとふさわしいと思える条項があります。内乱罪と外患罪です。

第七十七条  国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
 一
 首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。〔二、三略〕
2 前項の罪の未遂は、罰する。ただし、同項第三号に規定する者については、この限りでない。

第八十一条  外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。
(外患援助)

 

第八十二条   日本国に対して外国から武力の行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた者は、死刑又は無期若しくは二年以上の懲役に処する。

これを見ると裁判員裁判の対象として第二条第一項の条件は満たしているようですが、田母神氏の行為はさすがに該当しないようです。指揮官の無能を暴露する ことにより外患を誘致するとも考えられますが、いくら何でもその犯意があったとは思えません。むしろ航空自衛隊の何十人もの部下に自らの歴史観を講義した あたりに、内乱罪の萌芽を認め未遂の罪に問うという方がありうるかなと思えます。

しかしこういう政治がらみの罪状の裁判に裁判員を参加させるものかなと思い、弁護士ではありませんが、仕事柄法律には詳しい人に聞いてみましたら、「そう いう裁判員に危険が及ぶ可能性のあるケースには参加させない」と即座に言われました。裁判員にかかわる法律には次の条項があるというのが理由です。

(対象事件からの除外)
第三条  地方裁判所は、前条第一項各号に掲げる事件について、被告人の言動、被告人がその構成員である団体の主張若しくは当該団体の他の構成員の言動又は現に裁 判員候補者若しくは裁判員に対する加害若しくはその告知が行われたことその他の事情により、裁判員候補者、裁判員若しくは裁判員であった者若しくはその親 族若しくはこれに準ずる者の生命、身体若しくは財産に危害が加えられるおそれ又はこれらの者の生活の平穏が著しく侵害されるおそれがあり、そのため裁判員 候補者又は裁判員が畏怖し、裁判員候補者の出頭を確保することが困難な状況にあり又は裁判員の職務の遂行ができずこれに代わる裁判員の選任も困難であると 認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、これを裁判官の合議体で取り扱う決定をしなければならない。

こういう条項があることは知っていましたが、もっぱら被告が組織暴力団の一員だった場合に備えたものだと思っていました。しかし内乱罪や外患罪の場合もこの条項で裁判員裁判でなくなるというのは、私のたずねた相手が即答したことからいっても、すでに決定されていることのようです。内乱罪や外患財の場合、必ず組織的背景があって、被告に不利な判定が出されたときに、残党が裁判の参加者を襲撃するといった構図があるのでしょう。

わからないでもありませんが、では他の刑法犯の場合、被告に暴力組織の一員であった経歴があれば、公判前整理手続きなどで単独犯と認定された場合はどうなるのでしょうか。長崎市長を射殺した犯人や民主党の石井議員を刺殺した犯人は、共に暴力団員であったといわれますが、判決は単独犯としているはずです。これらの事件と類似の色彩のある厚生元次官連続襲撃の容疑者は、これに対して暴力団歴は伝えられていないし、現在までの取調べでは単独犯とされる可能性が濃厚ですが、とすれば裁判員裁判で裁くことになるのか、言葉は穏当でないのですが見ものだと思います。つまり単独犯と決め付けると、それだけ裁判員に関与させる可能性が大きくなるからです。

裁判員に関する法に第三条のような規定があることは必要でしょうが、内乱罪や外患罪までこの第三条によって裁判員の関与を認めないとあらかじめ決定しておくということは、政治性のある事件からは裁判員を遠ざけておきたいという思想が背後にあるのではないでしょうか? 結局のところ国民の裁判への参加をうたう裁判員制度も、「よらしむべし知らしむべからず」という考え方の残滓からは逃れていないのではないかと、考えているうちに思うようになりました。高村氏のあげた労働訴訟や行政訴訟に裁判員制度が適用されないことも、その表れの一つではないかと思います。

☆裁判員 社会の罪は 裁かせず



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コイズミ容疑者のプロファイリング


番組表
番組表

カットの写真は地デジの番組表の一部です。2008年11月25日の13時36分に撮りました。写すのが下手なので申し訳ありませんが、上の白地のところに19時のニュースの説明「なぜ連続襲撃を 事件の捜査は?」、19時30分からが「クローズアップ現代『元次官襲撃 衝撃と・・」、21時00分からが「ニュースウォッチ9▽何故厚生元次官を・・・ 見え始めた犯人像・・」とあるのは辛うじて判読できると思います。

写した時刻から言ってこのような予告があるのは当然ですが、当然でないのは番組表にこのようなニュース概要が掲載されていることが、この3,4日続いているということです。私は夜の零時すぎに翌日、つまりその日の番組表を一覧することが多いのですが、その時点で少なくとも19時、21時の定時ニュースには、もちろん表現は同じではありませんが、常に次官連続襲撃関係の事柄が入っていることが続いています。「犯人」の出頭前からだったような気もします。これまでもたとえばイージス艦事件のときなどこういうことはあったかもしれませんが、政治や外交や経済やで、さまざまの大事件が起こりうる昨今なのに、常にこの襲撃時間をトップニュースにすると、事前から決め込んでいるかのようなのには理解しがたいものがあります。

コイズミ容疑者は出頭の際に、数本の刃物とダンボール箱、2足のスニーカーなどを持参したと伝えられます。刃物についた血は被害者のそれとDNA検査で一致し、スニーカーも足跡と合致したそうです。しかしこれだけではコイズミ容疑者が犯人だと断定することにはならないでしょう。実際の犯行に使われたものを容疑者が持参したということが論理的に否定できないからです。犯行現場に指紋は残っていないと言われますから、犯行現場と容疑者をつなぐものは、これまでのところまだないというべきではないのでしょうか。もっともその後も捜査は進んでいますし、容疑者によって犯人しか知りえない事実の暴露があったという発表もあるかもしれませんが、容疑者の犯行であると断言できるような証拠がない段階で、早々と容疑者の経歴や性格を調べて報道し始めたテレビや新聞のお先走りぶりには、いささか危険なものを感じます。

性格と言えば、一頃はやった言葉に「プロファイリング」というのがあります。これは犯行の特徴から犯人の人間像を推測しようとするものでしょうが、これまでの報道によると容疑者には、頭はよい、挫折している、キレやすくて恐れられていた、などの特性があるようです。キレやすい人間がああも手際よく、指紋もつけないで二人を殺し、確実に逃走するというようなことができるものでしょうか? 被害者の住所は国会図書館で調べたと言われますが、そのように徹底した準備を行うのも、キレやすいという性格に合致するものでしょうか? 犯罪心理学者が二人殺したので三人目には犯行意欲が減退したのではなどと言っていますが、それより前に伝えられる特性と犯行の詳細から、これはコイズミ容疑者に可能な犯行かということを考えてほしいものです。

この事件について論じているブログは多いのですが、とくに裨益されたものが二つあります。一つは弁護士の紀藤正樹氏のブログ で、それによると「犯人がすぐ出頭してしまうと、捜査はそれまでの波状的捜査から、逮捕から23日で起訴する義務が生ずる捜査となるため、事実上、被疑者有罪のための捜査となり、事件の背景や共犯関係、真相への捜査はおざなりになる。」ということです。なるほどと思わされました。仮に警察にその気がなくても、背後関係に手が回りにくい事情は理解できます。もうひとつは「低音のエクスタシー 」というブログで、長崎市長狙撃犯の「市道で車のバンパーが破損した件での市の対応が不満」、石井民主党議員刺殺犯の「家賃の工面を断られた」、今回の容疑者の「保健所にペットが殺され腹が立った」と、同じ系列の動機だというものです。

大手マスコミには、こういう「暗合」には目を瞑る人が多いのでしょうか?

☆裁判員 想像力は 封じ込め


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隠れ護憲派? 田母神前空幕長とそのシンパ

階級章階級章

田母神空将というべきでしょうか、それとも田母神元空将?不名誉退職で階級剥奪ということはないようですが、外国の例ですと退役後も軍隊の階級で呼ばれることがあるようで、イギリスの探偵小説ですと「○○大佐」といったのが地方の地主などでよく出てきます。外国に行けば空将、空将補といった自衛隊の階級はそれぞれ中将、少将として扱われ、旧日本軍にはあった大将は存在しないのですが、今の統合幕僚長である統幕議長が外国訪問の際に、歓迎の礼砲が十何発だったか、大将のものだったという新聞記事を昔読んだ覚えがあります。

その田母神氏が問題となった懸賞論文についてこだわっていることがあります。その論文を彼が発表し、また彼の部下が同じ懸賞に応募するのは言論の自由によるものだというのです。言論の自由と言えば憲法第二十一条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」が思い浮かびますが、何せ田母神氏が自分の行動の裏打ちにしているのですから、念のため旧憲法も見てみますと、第二十九条「日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス」というのが相当するようです。後者で「法律ノ範囲内ニ於テ」というところが最大の違いで、戦前の日本で軍の高官が自分の意見を一般に向けて公表することが「法律の範囲内」でない限り、田野神氏の言う「言論の自由」は新憲法の保障する権利でしかありえません。

もうひとつ最近よく見かける憲法上の権利に職業選択の自由があります。第二十二条「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」ですが、これに相当するものを旧憲法で探しても見つかりません。似たものにやはり第二十二条の「日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス」がありますが、職業については触れていません。そもそも旧憲法で「職」という字が用いられるのは、裁判官の職と会計検査院の職権という個所のみなのです。「職業選択の自由」というのは、明らかに現憲法成立以来の概念です。

二世議員の数があまりにも多く、その中から必ずしも質の高いとは言えない者が、再三に渡って首相の地位を占めてはそれを突然放棄するすることから、議員職の世襲を制限しようという考えがあり、イギリスなどの例に従って同じ選挙区での世襲を禁止しようというような案が民主党などから出ています。ところが同じ民主党の中から職業選択の自由に抵触するという声があり、国会提出には至っていません。私は抵触するとは思いませんが、民主党は護憲政党ではないにしろ改憲を党として主張しているわけではありませんから、現憲法を尊重するという姿勢はまあいいでしょう。

ところが、安倍、福田、麻生といったれっきとした二世・三世議員の支持者たちも、やはり「職業選択の自由」を理由として世襲規制に反対しているのは何とも奇観です。今書いたように、「職業選択の自由」は現憲法制定以降に保障されることになった権利だからです。安倍氏等は温度差の違いはあり皆改憲派であり、その支持者たちはもっと熱心な改憲派である者がほとんどだからです。

結局結論はこういうことになります。田母神氏も、そのシンパであろう議員世襲の護持派も、そのよりどころは現憲法なのです。より正確に言えば、現憲法のおいしいところのみを取って、残りを自分たちの気の済むようなものに変えたいのです。しかし有事ならぬ平時においては、あくまでも現憲法の保障する権利に寄り添っていたいのです。こういうのを面従腹背、いや面背腹従というのでしょうか?

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言葉の力--大統領選と総裁選

大統領選挙(1960) 米大統領選挙(1960)

生きているうちにアメリカで黒人の大統領が選ばれるとは思っていませんでした。女性大統領ならありうると考えていた人は多いかもしれませんが。それが、女性や黒人の副大統領もまだなのにいきなり大統領とは。勢いとはこういうものでしょう。2000年の選挙で総得票数では負けたブッシュ氏が、必ずしも明朗なプロセスではなく大統領になったのは、考えれば今回のための遠大な伏線だったと言えるでしょう。現任の大統領が共和党のブッシュ氏、外交でも経済でも世界を破壊したブッシュ氏でなければ、オバマ氏は大統領にまでなることはなかったでしょうから。

それにしてもアメリカの大統領選の息の長いこと。馬鹿騒ぎと感じることがないでもありませんでしたが、その間にオバマ氏は着々と風格を身につけていったようです。なるほど、アメリカの大統領選挙のやり方には、こういう効果もあるのだと感じましたが、さて日本ならと思うと、これは気がめいります。麻生首相の場合は、外で演説らしきことをすればするほど、風格を落としていったのが現実だからです。いやそれ以前に、日本では総裁選などの選挙に立候補する過程からして、すでに格調がない。出たい意志はあっても、勝算を計算し、右を見て左を見て、やっと決定するのは立候補届出の直前ということが少なくなく、選挙戦を通じて成長していくなどという余地ははじめからありません。

もっともオバマ氏に風格を感じるのは、その雄弁にもよります。私のことですから聞くのではなく活字になったものを読むのですが、Well, I say to them tonight, there is not a liberal America and a conservative America -- there is the United States of America. There is not a Black America and a White America and Latino America and Asian America -- there’s the United States of America. という有名な一節でとくに感じるのは、英語にはスピーチをする際に用いる言葉のスタイルというか、パターンがあるのではないかということです。上の場合次々とたたみかける様に言葉が続き、その中からリズムが出てきて、自然に暗誦できてしまうようです。その名残は日本語に訳しても残っているくらいです。

ここで思い出すのはケネディ大統領です。1960年に選ばれたケネディ自身も就任演説におけるAnd so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country. の一句が有名ですが、63年に暗殺された時の、英字新聞で見たその葬儀の記事の一節を今でも思い出します。Among the mourners were Anastas Mikoyan, Soviet Premier Nikita Khrushchev's right hand man, Europeans, Asians, Arabs and Jews. 内容はかけ離れていますが、何だか似通った印象を受けます。それとも私だけがそう思うので、羅列という点で似ているにすぎないのかもしれませんが。

しかしいずれにせよ英語にはレトリックというものがあり、多くのスタイルが共有財産となっていて、話す者に雄弁と説得力を与えているのは事実だと思います。あまり高級ではない読み物でもレトリックを感じさせる部分があったりするくらいです。ひるがえって日本はというと、巧言令色鮮なし仁という言葉があるせいか、雄弁で人を説得したというような話はあまり聞きません。政治家の一部に早稲田の雄弁会出身がいるそうですが、彼らがとくに雄弁家であるとか、あるいは説得力があるとかいうことは聞きません。思うに雄弁会流の雄弁というのは、内容は二の次で熱弁をふるうというものが主なのではないでしょうか。余談ですが、もし学習院に雄弁会があったとすれば、まさかと思いますが、人を見下ろした話し方が伝統なのかなと考えてしまうことがあります。

政治に雄弁が不可欠とは思いませんが、キャッチフレーズめいたものとは異なった内容のある言葉によって、人を説得するということが稀なのは日本にとって不幸なことです。それどころか小泉首相以来状況はさらに悪化して、政治家の言葉で重要なのはその場で受けるか受けないかであるという、お笑いタレント並の意識は首相が率先して広めたかのようです。アメリカではレトリックに支えられた雄弁が、例えつかの間であろうとも社会を明るくしているのに対し、
日本では権力者たちが言葉の軽さを競い、最近はそれに朝三暮四の傾向も加わってきたのをみると、やはりアメリカは羨ましいと感じてしまします。

☆ないよりは やっぱりほしい レトリック


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「国家」の涙--前空幕長の罪と罰

涙天使の涙

田母神前空幕長、防衛省の聴取に応ぜず定年退職に

 「我が国が侵略国家だったのはぬれぎぬ」と主張する論文を書き、更迭された航空自衛隊の田母神(たもがみ)俊雄・前航空幕僚長(60)について、防衛省は3日、同日付で定年退職としたことを発表した。処分はされず、6千万円程度とみられる退職金は支払われる見込みだ。 〔中略〕

  自衛隊員が職務に関する論文発表や講演をする場合、事前に届け出る必要がある。防衛省は田母神氏の論文投稿が「職務に関する」とみており、届けなかった理由や論文の内容について聴いて処分を検討する方針だった。

 だが、田母神氏が聴取に応じないことや、自ら辞める意思がないことを伝えてきたことで、問題の長期化による国会への影響を懸念した同省が異例の措置に踏み切ったとみられる。定年延長は最大6カ月可能だが、防衛省は「浜田防衛相が『これ以上の定年延長は不適切』と判断した」としている。 (Asahi.com08年11月3日

田母神氏は記者会見で「論文がこれほど大騒ぎになるとは思わなかった。もう日本もそろそろ自由に発言できる時期になったと思った私の判断が誤っていたかもしれない」と語ったといわれます(産経08年11月3日 )。これが正しければ、国家を至上のものと考える人たちが大騒ぎしないのは実に不思議だと思います。国家の危機管理にあたって大きな責任を持つ者の一人が、このような明白な誤判断を犯していたことになるからです。内容に対して支持を表明するのは自由でしょう。しかしこのような判断力の未熟な人物が空幕長であったこと、及びかねてから突出した発言を重ねていた人物が空幕長に任命されていたこと、この二つは日本の安全にとってきわめて危険なものであったということは、本来ならば右寄りの論者が語るべきことです。

マスコミにもこの視点は見かけませんが、田母神氏を任命したのは誰かということを報じていないようなのは、さらに合点がいきません。氏が空幕長に任命されたのは2007年の3月で、当時の防衛相は久間章生氏でした。そしてその上の首相は安倍晋三氏でした。つまり、正規の手続きも取らずに時の政府の方針を批判する論文を発表した軍の高官を、任命した責任は安倍・久間の両氏にあるのです。前空幕長とあわせた三名の軽率な決定が、結果的に日本という国の恥を世界にさらしたことになります。危機管理どころの話ではないでしょう。

田母神氏の思想がどのように形成されたかにも興味があります。氏が防衛大に在学中、大学校校長は東大卒の元内務官僚から陸幕長をつとめた大森寛氏から京大教授の政治学者猪木正道氏に替わりました。猪木氏は保守の中ではリベラルというべき人物で、それは現在の五百旗部校長とも通じるものですが、この下で何故あのような偏狭な思想と、人の説を引き写しにする作文作法の持ち主が育ったのか? 猪木氏の前の校長、あるいはそれ以前の校長の呪縛が強かったのでしょうか。それとも校長などとは関係のない、そして社会とは関係のないところで密教的な思想が受け継がれているのでしょうか。いずれ国会論議となるでしょうが、現首相と現防衛相の出席のもとで、前空幕長の他に現校長あるいは現存の歴代校長も参考人として招致して、その辺をじっくり問い糺してほしいものです。安倍氏、久間氏も招致するのはもちろんです。

これを最初に書くべきかもしれませんが、今回の事件は国の規律という意味からも国家の存立を危うくしています。田母神氏が聴取に応じないということでもって処分をしないで定年退職させるとは、何という弛緩でしょうか。そういうことであれば「聴取に応じない」ということで処分ができるはずです。いや、さかのぼって官房長に届け出ないで外部で発言するという、自衛隊幹部には許されない行動も結果的にフリーパスなのでしょうか。これで官房長の処分もできなくなったと、防衛省の幹部層は喜んでいるということでしょうが。その場合彼らには「国家」という意識などはどこにもないことになります。田母神氏自身も、聴取には応じない。処分なしでの定年退職には応じる。アパ社からの賞金300万円は受け取るということで、憧れているであろう武士のイメージからはどんどん遠ざかっていることを自覚しているかどうか。

☆獅子身中 虫より将が 国の恥


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空幕長更迭、高速道路1000円均一、首相のお宅拝見など

山河山里

いろいろ書きたいことはあるのですが、いざ書こうとすると引用をきっちりやりたいので、疲れているとなかなか始められません。要するにいい加減なことは書いていないと示すための見栄ですが、これでは更新が遅れるだけですから、とりあえず気にかかっていることを断片的に書いてみます。

◇田母神空幕長の暴言
内容については今さら私が云々することはありませんが、かねてからその見解が知れ渡っていたというこの人を、空幕長に昇進させた時の首相と防衛相が誰であったかが気になります。現段階では今の首相と防衛相が責任を取らねばならないのは当然ですが、それにしてもこの「札付き」の人物を「三軍」の一つのトップとするのに、当時の首相・防衛相は危惧を感じなかったのでしょうか。仮に彼らの主義信条が田母神氏と同じであったとしても、それまでの行動から今回のような事態を招くことを予想できなかったとすれば、名を明らかにして政治家としての資質を問わねばなりません。その意味で昇進時の任命権者の名前が報道に見えないのは不思議です。また空幕長が論文を投稿した雑誌のスポンサーであるAPAが建築偽装で名の出た企業であること、およびその経営者が安倍元首相の後援者であることも報道されれば、この事件の意味もわかりやすくなるものと思います。なお、更迭された空幕長は防衛大の出身者だそうですが、防衛大の学長は以前の猪木正道氏など、保守系であっても良識派が選ばれていたはずで、現学長もその流れにあります。ところが防衛大出身者に田母神氏のような考えの者がかなりいるとすれば、防衛大における教育に問題があることが考えられます。たとえば田母神氏の論文を評価するような考え方の持ち主が、度々防衛大で講演しているのではないでしょうか。田母神氏だけでなく防衛大の学長も国会に参考人として招致し、教育の内容を詳しく報告させねばならないと思います。

◇高速道路1000円で使い放題
麻生首相の不況対策の一つだそうですが、最初は流通経費を削減して、物価を下げることにより経済に活気を与えるのが目的と思いました。それにしても週末より平日に実施すれば、効果が大きいのにと。ところが何と対象は乗用車だけで、しかもETC取り付け車限定だそうです。これではもし多少の経済効果があるとしても、結局は休日の高速道を混雑させ、交通事故を増加させるだけではないでしょうか? 与党は何かというと野党を「財源がない」と攻撃しますが、この政策のようにプラスの効果が不確かなものに税金を使うことも、大いに批判されるべきです。せいぜいが行楽気分を高めるということでしょうか? 吉宗の倹約政策に反抗して、自分の領地では贅沢を奨励した尾張藩主の宗春を思い出させます。そう言えば名古屋はトヨタの聖地。これは関係ないでしょうか? いずれにせよもしこれが実現すれば、週末ごとの交通事故数を実施以前の数字と併せて報道するようマスコミに期待することにします。

◇10月26日の「麻生首相のお宅拝見!」。行動への賛否は別として、少なくとも主催者の書いたもの や、事後に立ち上げられたブログ などは見ておいていただきたいものです。ただ懸念するのは、このブログや他の逮捕に抗議するブログ類に逮捕の指揮者と思われる人物の鮮明な写真が「氏名不詳」として掲載されていることで、これはちょっと考えものです。権力の側の者に対してこのような扱いはやむを得ないとも思われますが、指揮者であってもしょせんは権力の末端にしか過ぎないわけで、多少のぼかしはあってもよかったなと思いました。いくつか見られるようにこの逮捕劇に「不当監禁」などの罪名をつけるならば、一般犯罪の犯人の顔写真並の扱いをする方が、むしろ筋が通っていていいのではないでしょうか?

◇麻生首相のバー通いについて
麻生首相の毎夜のごときバーめぐりの報道については、右サイドのブログでは批判的に報道することに対する攻撃が盛んです。多くは時の権力の言うことなすことはすべて弁護するといういつもの調子ですが、中には「あの年で仕事後に毎夜バー通いとは、その体力を評価すべき」というのもあって、苦笑させられます。また庶民的でないと批判されるが、首相が庶民的でなくてはならないのかというのもあり、だから報道するなとはならないとは思いますが、それはそれなりに一理あります。しかし私としては一昨年の麻生首相関係の政治資金報告書で、年に3500万円が交際費等として飲食店に支払われているそうですから、首相就任以来は自費だと自分でおっしゃっておりますから、一昨年とは違うのか? 一昨年の支出報告には問題があったのか、という視点で記事にすればよいと思うのですが。

ところが今週の『週刊文春」にあった保阪正康氏の「麻生首相『カネ自慢』の品性を嗤う」という文章を読んで目からウロコガ落ちました。麻生氏が就任以来公務から直帰した回数はたったの4回であると報じられていることを取り上げ、「政策の研究に没頭したり、資料にじっくり目を通したり、あるいは一人で施策に耽る時間を持っていないな、と感じた」。こういう視点があるとは気づきませんでした。まさにその通りです。人と会うことによって情報は情報は豊富になるかもしれませんが、沈思熟考し、あるいは自分で資料を探して読むというようなことをしなければ、頭の中は得た情報以上に深まることはないでしょう。つまり借り物の思考しか持てないのです。「吉田茂はもちろん、最近でも中曽根康弘や宮沢喜一ら一国の指導者たる政治家は、どんなに忙しくても、多くの書に目を通す時間を確保したものです」とも保阪氏は書いておられます。ここで思い出したのは元首相の鈴木善幸氏で、氏は生まれてこの方本業の漁業組合だったかの通史以外の本は読んだことがないと報じられていました。このあたりから国民が首相の知性に期待しなくなったような気がします。考えてみると鈴木氏は麻生氏の岳父です。「因果はめぐる」とか「三代目は財産をつぶす」とか「悪貨は良貨を駆逐する」とか、いろいろと考えさせられました。なお、保阪氏は現在政治について発言し続けている人々の中で、もっとも信用できる方々のうちの一人であり、このブログで書評に取り上げたこともありますが、とくに今回の短い文章は是非麻生氏本人にお読みいただきたいものです。

☆またしても マスコミかつぐか お先棒

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言い逃れの能力

drug and cyllinder drug and cyringe

障害問題などについての情報が入らないかと、何人かの議員のメールマガジンを送ってもらっています。その一つ、民主党衆院議員のものですが、あきれ返った事例が載っていたので紹介します。

この議員は厚生関係が専門の人ですが、10月7日に民主党の「肝炎対策本部」の会合が4ヶ月ぶりで行われ、他の議員や薬害肝炎原告も参加し、厚生労働省の肝炎担当者から、最近の肝炎対策の最新報告を聞いたそうです。

4月から始まった肝炎患者へのインターフェロン治療の医療費助成の、実施状況などについてですが、この治療を受けるための医療費は、助成によって民主党案では月1万ですむというものだったのに対し、与党案が通って月5万になっています。それが高くてインターフェロン治療が進んでいないようなので、前回6月の会議で厚労省担当者は、「インターフェロン治療の医療費助成の4月の実態は9月にわかります」と発言していたそうです。

しかし10月7日の会合では厚労省担当者が、「まだ実態調査の結果はわからない。いま都道府県の調査結果を回収中」。
民主党議員「9月に結果が出ると4ヶ月前に言ったではないか。そのために今日の会合を開いたのに」。
厚「都道府県からまだ回答が集まらない」。
民「自己負担が高すぎてインターフェロン治療が進んでいないと聞いている。一日も早く実態を把握して、高すぎるなら下げるなどの措置が必要ではないか」。
厚「いつ結果が出るかはわかりません」。

ここで民主党議員が、「都道府県に出した調査票の、回答の締め切りは何日になっているのですか」と聞いたところ、返事は驚くべきものでした。
厚「締め切りは、特に書いていません」。
民「ええっ、調査依頼をして、回答の締め切りを書いてないの?」。
厚(平然と)「締め切りはかいていません」。
民「普通、調査依頼をしたら、締め切りは書くでしょう。なぜ締め切りをかかなかったの?」。
厚「理由は特にありません」。

これはさぼったというものではないでしょう。結論が予想できるから、そしてそれは与党の意向に反するものだから、わざと調査の基本事項を落としておいたに違いありません。厚労省の公務員は怠けているのではないのです。与党の言い分の誤りが明らかにならないように、締め切りについて触れないという「名案」をひねり出したのでしょう。ひょっとすれば徹夜までして考えたのかもしれません。

10月20日号のメールマガジンによれば、治療費助成を受けている患者数は4-6月で1万3000人、このペースで年間5万2000人。今までが年間5万人だから、政府の目標「5万人増」の25分の1の「2000人増」だったことが明らかになったそうです。一方これまで舛添厚労相や与党は「政府案の助成で、経済的理由で治療を受かられない患者はゼロになる」と言ってきたそうです。

日本の官僚は優秀だといいますが、それは権力者にとってそうであるということがよくわかったケースです。

☆調査データ 偽装しないが せめてもか

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大臣病・首相病--本当の身体検査を

brain MRI head scan

新しい内閣で大臣を選ぶ時に、最近では「身体検査」と称するものが行われます。政治資金や納税に関すること、過去の言動などに古傷がないかをチェックするわけです。しかし敵もさるものというか、チェックが見逃してしまうケースも少なくありません。それは別として、ここで言いたいのは本来の身体検査で、首相や大臣は正式就任の前に一度身体検査を受けるべきということです。大臣は一国の行政部門の責任者を選ぶわけですし、首相の場合は実質的に一国のトップですから、在任期間中に心身の不調を来たされたのでは、文字通り国益に損害を与えかねなません。安倍元首相の突然の政権放り出しは、辞任時の本人の弁とは異なって病気のせいだったとシンパは言っていますが、そうだとすればいよいよ就任前の身体検査は重要です。

政治家の身体状況はトップ・シークレットだそうで、弱味が明らかになると選挙にも差し支えるそうですが、何も検査の結果を公表する必要はありません。いや、首相の場合は明らかにした方がいいかもしれませんが、大臣の方は選ぶ立場の首相サイドにのみ伝えられるものとします。一度知ったその種の情報の取り扱いに関しては、漏洩には法定の最高刑を課すなどと、個人情報保護法の厳重な適用がなされるものとします。そしてその場合の身体検査には、脳のチェックも是非入れべきだというのがこの項の眼目です。

大臣候補といえばちょうど認知症の発症年齢の人が多くなります。認知症が進んで判断力が衰えれば周囲にもわかりますが、頑固である、同じことを繰り返すなどの初期的行動は見分けがつきにくく、地位もあって他からは本人に注意もできませんから、このような可能性のある人物を大臣にすえられた省庁には大変な迷惑でしょう。

ことわっておきますが、病気や障害のある人が社会で活動することを云々するのではありません。それは望ましいことですし、社会はそれを受け入れるべきです。しかし首相とか大臣とか社長とかいう、責任が重大でかつ他から掣肘されない地位であれば、ご遠慮願わなければならないケースもあります。そういう悲惨なケースを防ぐためにも、あらかじめ脳を含む身体の検査が必要というのです。日本では幸いその可能性は今のところありませんが、もしある国で心身の不安定な人物が「核のボタン」を操作できる地位にあるとすればどうでしょうか?

脳も含めた身体検査が行われ、その結果で大臣は遠慮してもらうということになれば、下馬評が高かったのになれなかった理由が、必ずしも能力に問題があるのではなく心身の不調にある可能性も考えられることになり、大臣候補者も気が楽になるというものではないでしょうか。

☆検査せず あれが癌だと 幻視する


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