前々からこのブログでもお話ししていた通り、5月18日から22日の日程でInter-university Consortium for Political and Social Research(ICPSR)が提供する方法論のワークショップを受講してきました。自分が受けたのはIntroduction to Causal Inferenceというワークショップです。本来はヒューストン大学で開講される予定だったのですが、コロナの影響で今回はオンラインで受けることになりました。ヒューストンに行けなかったのは残念ですが、受講料が少し減額されたので、まぁ良しとします(笑)

そもそも「なんで因果推論のワークショップ受けてるの?」という話ですが、それは今やってる研究と関係があります。今自分は観衆費用(audience cost)に関するプロジェクトをいくつか持っています。観衆費用とは、国際的なコミットメントを反故にした際に、選挙に負ける・支持率が下がると言った形で国内の観衆から罰せられる時に発生する費用のことを指します(Fearon 1994; Tomz 2007)。最近は軍事行動にコミットしたこと自体に対するbelligerent costなるものも提起されています(Kertzer and Brutger 2016)が、ここでは伝統的な言行不一致に由来する観衆費用に限定します。

観衆費用は国際関係論においてとても有用な概念ではありますが、実証しようと思うとどうしてもセレクション・バイアス(selection bias)が問題になります。観衆費用が大きいと指導者は約束を破らないからそもそも観衆費用が発生しない、逆に観衆費用が小さいと指導者は約束を破るかもしれないけど観衆費用が小さすぎて観測できない、という問題が発生します(Kurizaki and Whang 2015; Schultz 2001)。なので、観衆費用の研究ではセレクション・バイアスを除去できる実験を用いた研究が盛んに行われているわけです(e.g. Tomz 2007。より最近のものとしてはLi and Chen 2020)が、観察データを使って実証研究するのは至難の業です。

観衆費用に限らず、政治学を含む社会科学の研究において、この手のセレクション・バイアスはつきものです。例えば「私立の学校に進学すると公立に比べ成績が上がる」というシンプルな主張でさえ、親の収入などでもともと成績の良い学生が私立の学校に言っている可能性があり、セレクション・バイアスを取り除かないと因果効果を誤って推定してしまいます(Morgan and Winship 2015)。そこで、この問題に対処する手法として近年注目されているのが因果推論(causal inference)ということになります。国際関係論でも、操作変数法(Mehrl and Thurner 2019)、差分の差分分析(Lyall 2009)、不連続回帰分析デザイン(Bertoli et al. 2019)といった、因果推論の手法を応用した研究が増えてきています。

ちなみに、因果推論についてはもっと詳しい人がたくさんいるので、興味がある方はハーバード大学でPh.D.を取られたKRSKさんのブログ(KRSKさんのブログ)などを見てみると大変参考になると思います。また、自分はコースワークやICPSRのワークショップなどで参加できていませんが、『Causal Inference: What If』の勉強会も現在進行中とのことです。自分もようやく時間ができたので、次の回から出ようかなと思っています。

さて今回のワークショップですが、控えめに言って最高でした。テキサス大学オースティン校の先生が講師で、講義はとても秩序だっていました。まず因果推論の考え方の基礎となるpotential outcomes frameworkを学び、ランダム化比較実験でなぜ因果推論が可能となるのか、回帰分析だと何が問題かを押さえました。その後具体的な因果推論の方法であるマッチング(ただし教授曰く"matching does not magically yield causal identification"らしい)、操作変数法(instrumental variable)、差分の差分分析(difference-in-differences)、合成コントロール法(synthetic control method)、不連続回帰デザイン(regression discontinuity design)を学びました。実習ではRという統計分析ソフトを使いました。

授業は(テキサスの)朝9時から午後3時まで行われ、9:00-11:30と12:30-2:00は先生による講義、残り1時間はいくつかのグループに分かれて皆でRの問題を解くといったことをしました。先生の講義は丁寧でとてもわかりやすかったです。また、学生たちのモチベーションも高く、結構びっくりしたのですが修士・博士の学生だけでなく大学教授も何人か受講してました。講義中の質問もレベルが高かったです。授業の前後で事前に録音したビデオを見たり課された文献を読む必要があったのでなかなか大変でしたが、アメリカ来てから短期間でこんなに勉強したのは初めてかもしれないというぐらい充実した時間でした。また、いくつかの手法についてはもしかしたら自分の研究にも使えるかもしれないという感触が得られました。

というわけで、ICPSRのサマースクール、とってもオススメです。今回取ったのは数日間のワークショップでしたが、ICPSRは約1か月におよぶコースも夏に提供しています。今年に限ってはすべてオンラインで受講可能なので、わざわざミシガンに行く必要はありません。自分も追加で受講しようか検討中です。この夏、方法論のスキルを伸ばしたいという方はぜひ。

というわけで、テキサス州デントンからは以上です。
ではでは。

・参考文献
Bertoli, A., Dafoe, A., & Trager, R. F. (2019). Is There a War Party? Party Change, the Left–Right Divide, and International Conflict. Journal of Conflict Resolution, 63(4), 950-975.
Fearon, J. D. (1994). Domestic political audiences and the escalation of international disputes. American Political Science Review, 88(3), 577-592.
Kertzer, J. D., & Brutger, R. (2016). Decomposing audience costs: Bringing the audience back into audience cost theory. American Journal of Political Science, 60(1), 234-249.
Kurizaki, S., & Whang, T. (2015). Detecting audience costs in international disputes. International Organization, 69(4), 949-980.
Li, X., & Chen, D. (2020). Public Opinion, International Reputation, and Audience Cost in an Authoritarian Regime. Conflict Management and Peace Science.
Lyall, J. (2009). Does indiscriminate violence incite insurgent attacks? Evidence from Chechnya. Journal of Conflict Resolution, 53(3), 331-362.
Mehrl, M., & Thurner, P. W. (2019). Military Technology and Human Loss in Intrastate Conflict: The Conditional Impact of Arms Imports. Journal of Conflict Resolution.
Morgan, S. L., & Winship, C. (2015). Counterfactuals and causal inference. Cambridge University Press.
Schultz, K. A. (2001). Looking for audience costs. Journal of Conflict Resolution, 45(1), 32-60.
Tomz, M. (2007). Domestic audience costs in international relations: An experimental approach. International Organization, 61(4), 821-840.