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さて。
今回は、役の基本構造でもっと重要なポイントのひとつ「葛藤」についてお伝えします。
スタニスラフスキー・システムをはじめ、今日のリアリズム演劇においては、役は必ず「葛藤」を抱えています。
葛藤があって、初めて「存在の権利を獲得する」というくらい、役にとって重要なことなのです。
葛藤とは、よく「心が引き裂かれている状態」といいます。
これ、英語で書くと「conflict」という言葉になり。
訳すと「葛藤・対立」という意味になります。
つまり、(心の中で)対立が起きている状態のことです。
お菓子を食べたいけれど、食べたら太る……
新しい服を買いたいけれど、買ったら今月の生活が厳しくなる……
そうした日常的なことから、
あの人と結婚したいけれど、家柄が違う……
王になりたいけれど、それには今の王を殺さなくてはいけない……
そんな大きなことまで、葛藤はさまざま。
ただ、一貫して言えるのは、役が2つ(以上)の選択肢の間で板挟みとなり、引き裂かれ、それらが対立を起こしている状態だということ。
これが「葛藤」ですね。
役は常に「葛藤」を抱えている
台本に書かれている役は、主人公から脇役まで、すべて、この「葛藤」を抱いています。
そして、葛藤を解決しようと「行動」します。
こうして、葛藤=心の中の対立を解決しようと「戦っている姿(=行動)」が、台本に描かれているのです。
と、いうことは。
なんらかのきっかけでその葛藤が消えると、悩みも消え、役は行動を起こす理由がなくなります。
戦う必要がなくなるのです。
すると、その役は舞台上から退場します。
なぜなら、もう舞台の上に登場する必然性がなくなってしまいますし、舞台上にいても「やること(行動)がない」からです。
ちなみに、もしそれが主人公なら、そこで劇全体が「エンディング」を迎え、幕が降りるのです。
……これ、僕らの人生と同じなのかもしれませんね。
心に葛藤があるのは辛いけれど。
それが消えるということは、すなわちこの人生の終わりの時なのでしょう。
生きている限り……この世の「人生」という大舞台の上で生き続ける限り、僕らは常に葛藤を抱えていて正解なのだと思います。
葛藤を、楽しみましょう。
役が「あまり悩んでいなさそう」な時
演技において。
この「葛藤」がうまく理解できていないと、俳優は何をどう演じたらいいか迷ってしまいます。
それが台本にはっきりと明示されていたり。
せめて役が明らかに「何かと戦っている様子」を見せてくれていれば、その役が抱えている葛藤は比較的読み解きやすいものです。
しかし。
役がいまひとつ悩んでそうに見えなかったり、強い行動に出ていないように感じる場面も多々あります。
相手と激しいケンカでも繰り広げてくれていればまだしも。
穏やかな会話のシーンだったり、あるいは、役がただ立ち止まっているような場面だったり。
そうした動きの少ない場面に出くわすと、どうしても俳優側で「役はいま、あまり葛藤を抱いていないのかな?」というふうに考えがちなんですね。
でも、果たしてそうでしょうか??
▲一見、平和で穏やかそうな光景。
でも「彼の心には、悩みも葛藤もない」なんて、一体誰が確信を持って言えるでしょう??
「葛藤」を数学的に解説!!
台本に書かれた役の行動が、とても穏やかに見える時。
たとえば、役が全力疾走している強さや速度が「100」だとして、そのシーンの役の行動の強さ、速度が「10」くらいに感じる時。
役は、本当に自分が持っているエネルギーの10%しか出していないものなのでしょうか??
ちょっと、次の図をご覧ください。
たとえばアクション映画で、主人公と敵が真っ向からぶつかり合っているとします。
青い矢印が、主人公。
赤い矢印が、敵。
アクション映画での「葛藤・対立」(conflict)は、自分の心の中というよりも「肉弾戦」ですけれども。
要するに、劇空間の中にこうした対立(葛藤)構造が描かれているわけですね。
で、青=主人公の力が100だとして、赤=敵の力が30だとします。
すると、主人公は敵をバシバシとなぎ倒して、70の力(100-30=70)で前に進むことができるわけです。
これが一番分かりやすい「葛藤・対立」の図式です。
葛藤の均衡が取れている場合
次に。
この「葛藤=対立」の図式を、役の「心の中」で描いてみましょう。
下の矢印をご覧ください。
たとえば。
今度は、青い矢印は「お菓子を食べたい!」という、役自身の欲求だとしましょう。
一方の赤い矢印は「これ以上お菓子を食べたら、太りますよ」という、医師からの忠告だとしましょう。
役の心は、自分の欲求と、医師からの忠告との間で対立している状態=「葛藤」の中にありますね。
上の矢印では、それぞれが同じ長さ=力で対立しています。
この場合。
役を駆り立てる欲求と、それを阻止する障害がイコール(均衡が取れている状態)なので、その力は相殺され「ゼロ」になりますね。
つまり、役は何も「行動できない」状態に陥っています。
さて。
このケースでの役の行動は「ゼロ」。
つまり、側から見ていたら、役の行動はストップしている状態(「ただぼんやりと突っ立っている」「椅子に腰掛けている」「ハンモックに寝そべっている」など)に見えます。
しかし、心の中はどうでしょうか??
実は、結果的に「プラスマイナス0」になっているだけで、役が「お菓子を食べたい!!」と感じている欲求はMAX「100」かもしれません。
しかし、役は同時に、太ることに対しての危機感も「100」抱いていたら?
これが役の心の中で起こっている葛藤であり。
その瞬間、心の中では「100」と「100」が衝突を起こしているので、めちゃくちゃ苦しい状態なんですね。
役はじっと座っているだけ、寝そべっているだけに見えるかもしれませんが。
心の中は葛藤に苛まれ、にっちもさっちもいかない状態にあるのかもしれません。
葛藤の均衡が崩れると、行動を起こす
もし仮に。
この双方の矢印の均衡が崩れたら、どうなるか??
「お菓子を食べたい!」という欲求が何らかの理由で110に膨れ上がるか、医師の忠告が90に減ると、役はついに行動を開始します。
きっと、スーパーにお菓子を買いに出かける決断をするでしょう。
しかし、依然として医師の忠告というブレーキは強くかかっているので、その足取りは極めて重くてゆっくりかもしれません(10%の出力に見える)。
その強さは、「青い矢印ー赤い矢印」という計算式で導き出されますね。
……あるいは。
この矢印が逆になったら??
お菓子を食べたいことには変わりないけれど、「医師の忠告を聞く自分」の方が優っているために、この人物はここで違う行動に出るかもしれません。
たとえば、迷いながらも「残りのお菓子をぜんぶ捨てる」などです。
この時、役の心の中にはまだ「お菓子を食べたい」という欲求は残っていますから、それはとても苦しい決断でしょうけれど、それでも頑張って行動に出ることはできるのです。
……さらに、このケース。
なにやら、オレンジ色のめちゃくちゃ力強い矢印が赤の矢印を加勢して、決定的に「お菓子をやめる」流れになっています。
たとえば、自分の欲求と医師の忠告が五分五分で拮抗している状態の時に「好きな人」ができて。
その人が、「痩せてる人が好き」と言ったら??
これがオレンジ色の矢印となって、主人公は「お菓子を食べる」という欲求を乗り越えることができるのです。
このように、劇中ではあらたな矢印が登場したりして、物語は複雑に進んでいきます。
▲「お菓子を食べる」という欲求よりも、ずっと力強い「好きな人に気に入られたい」という欲求。
相反する欲求がぶつかり合い、片方が勝利すると、人は壁を乗り越える勇気を手にし、力強く歩みはじめます!!
矢印を台本から読み解く
ここまでお伝えしてきたように。
役は、その葛藤(対立)のあり方によって、行動の強さや種類を変えます。
台本には役の行動の「結果」、つまり、双方の矢印をプラスマイナスした数字だけが描かれています。
つまり、台本上の行動があまり強くないからといって、役の内面も同じかと言ったら、決してそうとは言えないのですね。
俳優は、その「結果」だけが書かれた台本から、役が持っている「葛藤、対立」の構造を読み解かなくてはいけません。
今、この役の中にはどんな矢印が存在して、その矢印同士がどんなふうにぶつかり合っているのか。
そうやって、役の行動の要素を分解できないと、役を創り上げることは難しいのです。
実際に一つひとつの矢印を抜き出してみると。
一見穏やかそうに見えていた役の心の中には、とても力強い矢印が眠っていることに気づけるものです。
遠慮深そうな人物でも、心の中には非常に強い欲求を抱え。
しかし一方で、欲求を表に出せない、何か強烈な心のブレーキを持っている。
その結果。
実は、心の中では2つの矢印が衝突し合い、火を吹きそうなほどのフラストレーションになっていたりします。
それがある日、何かのきっかけで爆発して。
穏やかだったキャラクターが豹変する、なんてこともありますね。
こうした役では、多くの場合。
ブレーキとなっている矢印が一気にボキッと破壊されるような、強烈な事件を経験します。
ボキッといった瞬間に、心のタガが外れて、内に秘めていた欲望や人間性が弾け飛ぶのです。
▲映画「ジョーカー」でも。
一見、母親思いで気が小さそうに見えた主人公の中には爆発寸前のフラストレーションが溜まっていて、ある事件をきっかけにその「心のタガ」が外れる様子が描かれていましたね。
まとめ
……今回は、役の心の中の「conflict(葛藤、対立)」を、数学的に解説してみました。
こうして見てみるとよく分かる通り。
俳優は、役が抱えている矢印をしっかり見極められていなくてはいけません。
また、表面上は動きの少ない役であっても、心の中は違うものなのです。
役が「立ち止まっている」なら、それはただ何もやることがなくて立ち止まっているのではなくて、葛藤(対立)の矢印の「均衡が取れてしまっている」から、立ち往生をしている状態なだけだと考えられるのですね。
もちろん、矢印は2本とは限りません。
台本に書かれた状況をしっかり読み込んで、役が持っている矢印を取りこぼしなく見つけることが大事です。
そして、それらが場面によってどんなふうに作用し、ぶつかり合っているか。
このぶつかり合いが俳優の中で本当に実行された時、俳優の心の中に感情が湧き上がるのです。
……現在、僕の演技ワークショップ "EQ-LAB"では、4月〜6月期の受講生を募集しています。
残席が少なくなっておりますので、ご検討中の方はぜひお早めにお申し込みくださいね。
ぜひ一緒に、役の心を探求する素晴らしき「俳優」の道を歩みましょう!!
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