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……さて。
演技を褒める言葉に、「自然」というものがあります。
「自然な演技」という言い方です。
その逆は、不自然。
「不自然な演技」というのは、文字通り、あんまりよろしくないものですよね。
それにしても、この「自然」という褒め言葉。
一体、どういう意味なのでしょう??
「もっと自然に演じなさい」と言われると、どうしても日常的な喋り方や振る舞いを想像してしまいがちですが、実はそういうことではないんですね。
たとえば、日本人が海外戯曲の舞台上演で「スタンレー」や「ブランチ」といった外国人の役を演じるのは、不自然なことでしょうか?
いえいえ、優れた俳優の演技は、観客にその人物を「自然と」信じさせることができます。
シェイクスピアのセリフは日常的ではありませんが、やっぱり名優たちの演技はとても「自然」です。
こうした「自然な演技」という話題は、通常、演技の「リアリティー」といった文脈で語られるものですが、それはまた別の機会にして。
今回は、ちょっと違った角度から、俳優の「自然さ」についてお話ししてみようと思います。
普段は「自然に」できているのに…
俳優の技術とは、本来、人間が「自然に」やっていることの延長にあります。
言葉を喋り、食事をし、ケンカをする。
嬉しい知らせに歓喜し、暗闇に怯える。
「役」という他人の人生を演じるとはいえ、俳優が舞台上やカメラの前でやることのほとんどが、実は普段の生活では自然に、ラクにできていることなんです。
ところが、いざ演技となるとできなくなる。
つまり、俳優トレーニングの基礎とは、何か新しいことを身につけていくというよりも、「普段やっていることを、演技でもできるようにしていく作業」だと、僕は思っています。
言い換えれば、演技になると、なんらかのストッパーがかかってしまい、いつもできていることができなくなる。
そのストッパーを外していく作業が、俳優トレーニングの中核なのだと思うんですね。
社会の中で自分を制御する「不自然な状態」
俳優には「子供の自由奔放さ」が必要、なんて言いますよね。
実際、世界中の俳優トレーニングで、自由になるための基礎エクササイズが実施されています。
これも、自由奔放さを新たに「手に入れる」のではなく。
そのトレーニングの本質は、俳優自身は本来的に自由奔放さを持っていて、それを押し止めているストッパーを「解除する」ということなんです。
また。
よく、俳優が「自分には個性がない」と悩むことがあります。
そして、なんとか個性を「上乗せ」しようとして、頑張ってしまう。
これも、「ストッパーを外す」という考え方で言えば。
「個性がない」のではなく、本来持っている個性が「ストップ」してしまっているから、俳優が個性的でなくなってしまっているだけ。
人は誰しも、本来的に個性は持っていますから、あとはそれを押し止めているストッパーを解除すれば、自然と個性は滲み出てきます。
感情も、想像力も、すべて同じ。
普段はそれらを押し止めていたり、使っていないから出づらくなっているだけ。
つまり。
大人になるにつれて社会の中に自分を押し込め、自分らしさを制御して生きている。
それがやがて当たり前になり、自分でも制御していることを忘れてしまっている。
ありのままの、自然な自分を忘れてしまい。
「自分とは、こういうものだ」と思い込んでいるのです。
俳優トレーニングとは、この「思い込み」というストッパーを解除することが最重要課題になります。
思い込みに気づき、ストッパーを外していくことで、本来持っていた自由奔放さや個性、感受性といったことを「自然な状態」に戻していくのです。
これは、とっても気持ちのいいことです。
そして、そこからさらに俳優として演技力を高め、実際に活動していくためには、この「自然な状態」であることが絶対的に必要なんですね。
これ、スポーツ選手にたとえるとわかりやすいかもしれません。
日頃の生活のクセで骨格が曲がっていたら、そのスポーツに取り組んでもいろいろと支障をきたしますよね。
良いパフォーマンスは望めませんし、技術力の向上にも妨げになるでしょう。
そのために、まずは身体のメンテナンスや基礎トレーニングをして、「自然な状態」に戻しますよね。
演技もまったく同じだと思ってみてください。
ストッパーの "かかり" をいかに減らしていくか
そうやって、基礎トレーニングで「自然な状態」を手に入れたら、さらなる上級の訓練が待っています。
これも、スポーツ選手にたとえて考えてみましょう。
ハードな訓練で、運動神経を研ぎ澄まし、筋肉を発達させていきますね。
これ、一見、自然な状態から「スーパーマン」へと変身していく過程に思えますが。
僕はあまり、そのようには考えていません。
スーパーマンへの「変身」は、結局のところ、自分ではない、スーパーマンという「別人」になるということですね。
でも、本来の訓練とはそういうものではなく。
あくまでも「自然な自分」が本来発揮できる能力の、その極限への挑戦であり。
どこまでいっても「自分自身」の探究なのです。
「火事場の馬鹿力」という言葉がある通り。
人は通常、自分の能力にストッパーをかけています。
これは、自分の能力を本当に最大限使えてしまうと、肉体が危険に晒されるためです。
ストッパーは、自分を守る「安全装置」なんですね。
ちなみに。
大人になるにつれて、自分らしさや自由さを押し止めてしまうことも、ある種の「安全装置」だと言えるでしょう。
社会生活の中で、自分が傷つかなようにするために、多くの人が「自然な自分」を心の中に押し止めることを選択するのです。
通常、人間のこうしたストッパーは、非常に強くかかっています。
その方が安全だからです。
アスリートの訓練は、そのストッパーの "かかり" をいかに減らしていくか、ということだと思うんですね。
本来、人間の能力は、僕らが想像しているよりも遥かに凄いものなのでしょう。
その能力にいかに迫っていけるかが、アスリートのトレーニングであり、どの分野でも「一流」というのはそうした人たち(能力のストッパーの "かかり" を減らせた人たち)のことを言うのかもしれません。
人間の可能性を信じるとは、そういうことです。
本来、僕らは欲しい能力を「すでに持っている」のです。
トレーニングとは、どんな分野であれ、どこまでも「自然」に還っていく作業なのでしょう。
他者の世界ではなく、自分を生きる
演技に話を戻すと。
俳優トレーニングでは、まずは「自然な状態」に戻っていくことの土台を学びます。
それができてきたら、より一層、自然な自分が持っている最大限の能力に向けての訓練が続いていきます。
人間が、遥かなる「自然」に還っていくという、壮大な道のりなのです。
(こう考えていると、「自分には個性がない」とか、「才能がない」とか、そんなことでクヨクヨしているのがバカバカしくなりますね……。)
俳優が「自然」だといって褒められるのは、演技のリアリティーといった理由だけではない気がします。
「自然」な状態を獲得し始めた俳優は、「本来の自分」が持っている能力への道を歩んでいますから、その存在自体がもの凄いエネルギーを発しているのではないでしょうか。
それはとても輝いていて、魅力的なエネルギーです。
その俳優はやがて、「存在感がある」という、もうワンランク上の評価を手に入れることができるようになるでしょう。
でも、ここで気をつけなくてはいけないのは、「褒められるため」「評価のため」に演技をしてはいけないということです。
他者からの褒め言葉や評価を求めるということは、他者の世界の中で生きるということです。
それは、本来の自分、「自然」な自分から遠ざかることを意味します。
その道に入り込むと、どんどんエネルギーを失っていくことになります。
あくまでも、本来の「自然」な自分を求めて戦い抜くこと。
他者の評価のために何かをしようとすると、結局は逆戻りしてしまい、自分自身にストッパーをかけてしまうのです。
「演技の上達と、売れることは別」は本当か?
よく、「演技の上達と、売れることは別」だといいます。
これは、ある意味では正しくもあるでしょう。
俳優の演技力と、業界の市場原理というものは、まったく別の文脈ですから。
ところが。
正しい演技の学び……つまり、社会や他者の評価を意識して「ストッパーをかける」方向の学びをするのではなく、自然な自分になるための「ストッパーを外す」方向の学びを選択するのであれば、ちょっと違った結論が導き出されるように思います。
ストッパーがかかっていない自然な自分に近づけば近づくほど、本来持っている能力が滞りなく開花していきます。
その結果、スポーツ選手であれば素晴らしい記録を出すこともできるし、俳優であれば、その演技はより一層観客の胸を打つようなものになります。
そして。
「自然」を取り戻した人は、どんな職業であれ、どんな世界であれ、その存在は力強くエネルギーに溢れ、魅力的に光り輝くはずです。
人は、魅力的なパートナーと仕事することを望みます。
その人に実力があれば、なおさら歓迎です。
つまり。
「自然」を取り戻し、エネルギーに溢れた人には、素敵な仕事が舞い込んでくることも期待できるでしょう。
それは、今あなたが思う「売れる」とは違う形かもしれません。
予想だにしなかった、第三の扉が開くかもしれない。
そればっかりは、やはり誰にも分からないことです。
しかし、いずれにしても願望と同じレベルの幸福な道が開けることは間違いないと、僕は信じています。
くれぐれも、他者の評価の中で生きないようにしてください。
自分が「自然」であり続ければ、必ず何らかの素晴らしい結果がついてくるものです。
これは、主人公たちの物語
こうした話。
実は、僕らが演技で表現しようとしている物語の主人公のあり方と同じなんですね。
世の中にある演劇や映画、ドラマの主人公のほとんどが、同じような筋書きをたどります。
最初は、社会生活の中で「自然な自分」を見失ったまま、日々を過ごしている。
しかし、ある事件をきっかけに、人生の歯車が動き出す。
その中で、主人公は問題と戦い続け。
最後には「自然な自分」を取り戻し、力強く幸福に生きていく……。
これが、ほとんどの作品の下敷きです。
これを表現する俳優自身が、自然な自分から遠ざかろうとしていたら、本末転倒になってしまうのではないでしょうか。
僕は、演技に携わる人間として、主人公の物語を体現するような生き方を目指したいと常に思っています。
そうでなくては、表現すべきものの本質を見抜けないからです。
……さぁ、いかがだったでしょうか。
今回は、俳優、演技、トレーニングといったことを、とても壮大なスケールの視点からお伝えしました。
そのキーワードは「自然」。
すべての人が、生まれながらの「自然なわたし」であることを望みながら、そこにストッパーをかけ、自然なわたしを封じ込めてしまっています。
しかしそれは、ある意味で社会生活を無難に送っていくための「安全装置」という知恵でもあるのかもしれません。
でもやっぱり、自分らしくありたい!!
そう人は願うから、劇場に足を運び、物語の中の主人公が「自然」を取り戻していく物語を観るのでしょう。
そして、観客自身もちょっぴり「自然」を取り戻して、家路につき、明日の仕事への英気を養うのです。
俳優は、そんな観客たちに向けて演技を披露する表現者です。
その俳優が、自然さを失ったままでいたら、観客を楽しませることはできないと思うのです。
俳優は、常に「自然な自分」に向かって歩み続け、エネルギーを膨らませていなくてはいけません。
皆さんの、その溢れんばかりの魅力的なエネルギーを観客たちは受け取って、日々の生活への力にするのですから。
こうやって、演技のリアリティーといった意味での「自然さ」だけでなく、パワフルに光り輝く、俳優という「存在の自然さ」に目を向けてみるのも面白いと思います。
そこに注目してみると、俳優トレーニングの本質がよく分かってきますし。
なぜ映画や舞台で活躍する一流の俳優たちやスターたちが、人としても魅力的なのか、ということの理由も少し分かってくるような気がしますね。
俳優の道とは、とても大きくて壮大な場所へと向かう旅路なのです。
さて。
僕の演技ワークショップ "EQ-LAB"では、折に触れてこうした壮大で面白いお話もお伝えしています。
それは、俳優とは人間を描くアーティストだからであり。
俳優の道の「ゴール地点」をきちんと見定めるのに、とても役立つからでもあります。
こうしたことを知っていくと、俳優としても、人間としても、ブレなくなっていくと思うんですね。
たとえば、オーディションに落ちたからと必要以上に落ち込んだり、他人と自分を比較して思い悩んだり。
そういうことに足を取られずに力強い俳優人生を送っていくには、こうした大きな視点での考え方やマインドセットがとても大切になります。
専門学校や養成所などでは、こうしたことはなかなか学ぶことができません。
こちらの【3ヶ月ワークショップ】4月〜6月期の募集は、3/16(土)に開始です!!
ベーシッククラス開催スケジュールは、毎週、
▶︎火曜クラス:15:00〜17:00
▶︎金曜クラス:19:00〜21:00
となっています。
皆さまとお会いできることを、楽しみにしています!!
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