「演技とは行動である」
「感情を演じてはならない」
とか。
「演技で重要なのは『観察力』だ」
「台本をそのまま演じるだけではいけない」
とか。
「役の目的をはっきりさせろ」
「演じている最中には、目的は手放せ」
とか。
演技には、こういった掴みどころのない言葉がつきものです。
そこで今回は、あるワークを通して、こうした謎の言葉をクリアにするお手伝いができればと思います。
ぜひ、一緒にやってみてくださいね!!
靴を履くワーク
このワークでは、靴(と、できれば靴下も)を着脱するという作業から、演技でとても大切なことを学ぶことができます。
それでは、早速いってみましょう!!
準備
まず。
靴と、できれば靴下もご用意ください。
靴は、スニーカーでも、バレエシューズでも、なんでもOK。
なお、実際に履いていただくので、室内にいらっしゃる方は上履きの方が良いかもしれません。
(※靴を履いて歩くことはありません。その場で履いたり脱いだりするだけです。)
もし今、靴や靴下の着脱ができない環境にいらっしゃる方は、まずは記事を読んでから、後で実践してくださいね。
また、これは他の作業でも代用することができますので、あとはご自身でいろいろ工夫してみてください。
履いてみましょう
それでは、靴下と靴を、実際に履いてみましょう。
……いかがでしょうか。
履き終わりましたか??
さてさて。
ここでひとつ、質問です。
「今の一連の作業の中で、どんな問題が起こりましたか?」
……問題?
ただ普通に、靴下と靴を履いただけだけど??
そう思われた方。
「問題」といっても、大袈裟に考えないでください。
「日常の些細な問題」で良いのです。
たとえば……
▶︎靴下を履いたら、踵の位置がズレてた。
▶︎長いパンツを履いていたから、靴下を上まで上げられなかった。
▶︎靴に足を入れようと思ったら、左右逆だった。
▶︎靴を履くのに、体勢が苦しかった。
▶︎靴紐がキツすぎた。
……こんな程度の、些細なことでいいんです。
だとすると、どうでしょうか。
「日常の些細な問題」って、意外とたくさん発生していたでしょう??
まずは、普段何気なくやっているこうした作業にも、実は小さな小さな「問題の連続」が起きているということに意識的に気づくことが大切です。
思い出してみましょう
普段はあまりにも些細なことすぎて、「問題」として認識していなかったり、見逃してしまっていたことも。
こうやって、あらためて意識してみると、とても面白いものです。
では、次の質問。
皆さんは、その問題を「どうやって解決していましたか?」
たとえば、先ほど挙げた問題を例にとると、
▶︎靴下を履いたら、踵の位置がズレてた。
▶︎指で靴下の踵をつまんで、ズレを直した。
▶︎長いパンツを履いていたから、靴下を上まで上げられなかった。
▶︎バンツの裾を膝下までずり上げて、靴下をきちんと上まであげてから、パンツの裾を戻した。
▶︎靴に足を入れようと思ったら、左右逆だった。
▶︎左右を確かめて、持ち直した。
▶︎靴を履くのに、体勢が苦しかった。
▶︎履きやすいように、座り直した。
▶︎靴紐がキツすぎた。
▶︎靴紐を解いて、結び直した。
……いかがですか?
今、靴まで履き終わっているのだとしたら、皆さんはその作業に発生した「問題」を、すべて何らかの具体的な方法で「解決」できたのだと思います。
このように。
僕らの何気ない日常の作業には、たくさんの小さな小さな問題が発生し続けており。
そして、それを解決し続けるという、「問題→解決」の繰り返しが、人間の一連の行動(この場合は「靴を履く」)を構成しているのです。
脱いでみましょう
今度は、靴と靴下を「脱いで」みましょう。
ただし、ここまでお伝えしたことを意識的に注意してみてください。
つまり、「脱ぐ」という一連の作業の中で起こる「問題」と「解決」を、注意深く観察するのです。
では、はじめてください。
……いかがでしょうか。
脱ぎ終わりましたか??
そして、「日常の些細な問題」と「解決」は観察できましたか??
▶︎靴紐を解かずにスポっと脱ごうと思ったら、紐をキツく結びすぎていて脱げなかった。
▶︎靴紐を解いてから脱いだ。
▶︎靴下を脱ぐ時、つま先をつまんで引っ張っても脱げなかった。
▶︎ゴムのところから丁寧に脱いだ。
▶︎靴下を脱いだら、毛玉が足について汚れていた。
▶︎毛玉を払い落とした。
どうでしょうか?
あえて意識的にやってみると、「靴下と靴を履く/脱ぐ」という何気ない日常の作業でも、たくさんの小さな問題と解決が発生していることが掴めるでしょう。
そして、問題を解決して先に進もうとすると、すぐにまた新たな問題が発生する……。
こうして観察してみると。
どうやら、人間の行動って、「問題→解決」の繰り返しで出来ているということが分かってきます。
そして、ここからがさらに重要なこと。
皆さんの行動は、「問題」そのものではなく、「解決」の部分に当たるということに気づきませんか??
「踵がズレる」
「靴がキツい」
「毛玉がついた」
これらは単なる「問題」であり、行動ではありません。
問題そのものは、行動ではないのです。
しかし。
それを「解決」しようとした時、人間の「行動」が生まれます。
問題解決=行動
だということが分かってきましたね!!
演技への考察
問題を把握することが重要
さて。
ここで一度、演技の話に視点を移してみましょう。
「どう演じたら良いかわからない」というのは、多くの俳優から聞かれる悩みです。
そして、俳優がそれでも演技をしなければいけない状況下に置かれると。
やがて演技をすることがメチャクチャ怖くなったり、自己肯定感を喪失したりという魔のスパイラルに落ちていきます。
これ。
「どう演じたら良いかわからない」というのは、つまり舞台上やカメラの前で「何をどう行動したら良いか」が分からないわけですよね?
ではこれを、先ほどの靴と靴下のワークに置き換えてみましょう。
ワークで分かってきたのは、「行動=問題解決の部分」だということでしたね?
ということは、「何をどう行動したら良いか分からない」のは、「何をどう解決したら良いか分からない」という言葉に置き換えられます。
この場合、可能性は二つあります。
一つは、単に「問題に対する解決策が分からない」。
初めて経験することや、非日常の出来事に対してはあり得る考え方ですね。
もう一つは、「問題そのものを把握できていない」。
問題が分かっていなければ、解決もなにもありませんね。
……ですが。
人は、たとえ初めて経験する事件や非日常の出来事であっても、その問題を具体的に捉えてさえいれば、必ず何らかの解決をしようと行動に出ます。
もし「解決の方法が分からない」なら、そこには「方法が分からない」というさらに別の問題が発生していますから、人はなんとか「その方法を考えようと行動する」のです。
ということは。
「何をどう行動=解決すれば良いのか分からない」ということへの答えは、たった一つ。
「問題そのものを把握できていない」ということです。
必要なのは「観察力」
ワークの中で、僕が皆さんにお伝えしたこと。
それは「問題の観察」です。
日常的すぎて思わずスルーしてしまう問題を、あえて意識的にピックアップするためには、どんなに「当たり前」のことにもしっかりと注意を向ける「観察力」が必要です。
演技の中でしっかり行動するために必要な、解決すべき「問題」。
それを手に入れられるかどうかは、俳優の「観察力」が問われます。
それは、台本に書いてあるものもあれば、相手役の演技を注意深く観察することで手に入るものもあります。
自分自身の演技の中から見つかることもあるでしょう。
台本には、なんて書いてある?
たとえば、台本読解や脚本分析。
そこでは、台本上で起こっている事件(問題)を洗い出すことが、ひとつの大きなテーマになっています。
したがって、読解・分析が苦手という人は、台本上の問題把握がうまくできず、結果的に「演技で何をしたらいいのか分からない」という悩みを抱いてしまう可能性があります。
そして何より、相手役の演技に注意を向けるということは、本当に大事なことです。
相手役は、常に「問題」をくれています。
それは、台本に書かれている範疇を遥かに超えています。
ちょっとここで。
もう一度、先ほどのワークを思い出してください。
日常の作業の中にも、些細な問題がたくさん発生していて、僕らは常にそれを解決し続けていますね。
では、その問題はいくつくらい見つけられたでしょう?
5個?
10個?
もしかしたら、靴下と靴を履くだけで20個くらいの小さな問題・解決を見つけられた方もいらっしゃるかもしれませんね。
それでは、さらに質問です。
「この『問題→解決』の連続の作業。
台本のト書きとしては、何と書いてあると思いますか?」
……そうです。
実はこれ、「靴を履く」「靴を脱ぐ」としか書いていないのです。
あんなにたくさんの問題解決をしたのに、台本上のト書きはたった4文字なんですね。
もちろん、一つひとつの問題解決はとても小さく、単純なものでした。
でも、こうしてあらためてト書きとして見てみると。
「靴を履く」という一つの大きな行動は、小さくシンプルな問題解決の集積として構成されているということがよく分かります。
たった4文字のト書きをただ漠然と実行しようとしても、その行動のリアリティーは手に入りませんね。
台本だけを演じてはいけない理由は、ここにあります。
台本の文字情報の裏には、これだけたくさんの「小さな問題解決=行動」の要素が詰まっており。
俳優は、その一つひとつに意識的になっていかなくてはいけないのです。
その目的は、どうなっていたか?
今回のワーク。
その行動(あるいは目的)は「靴を履く」「靴を脱ぐ」ということでしたね?
この、行動(目的)の一番大きな単位が、ト書きとして書かれている部分です。
でも実際は、その中に小さな小さな行動が詰まっていました。
それでは、最後の質問です。
実際に「靴を履く」「靴を脱ぐ」というト書きの行動を実行している最中、その目的(靴を履く/脱ぐ)はどうなっていたでしょう?
「ずっと、頭の中に目的を留め置いていましたか?」
……きっと。
実際に行動を起こしている時は、もはや頭の中にわざわざ留め置いてなんていなかったと思うんですね。
「靴を履くことが私の目的だ」「靴を脱ごうとしている」なんて、考えていなかったでしょう?
ただただ、目の前のこと……「靴紐、キツいな」「あ、足に毛玉が付いてる〜」という問題だけに注意を向けていたはずです。
これが、役を演じる際にとても重要になる「(役の)目的を手放す」ということです。
先ほどのワークでも、最終目標(靴を履く/脱ぐ)は自分がちゃんと「知っている」から、実際に行動している時はそのことを考えていなかった。
目的というのは、常に頭の中にあるわけではありません。
目的は「ちゃんと知っておく=はっきりさせる」べきことではあっても、実際に行動(問題解決)している時には、それは自然と手放され、あとはただ目の前のことだけに集中する。
それが、人間本来の生き方であり、役の演じ方なのですね。
まとめ
今回は、僕の演技ワークショップ "EQ-LAB" で実際に行っているワークをそのまんまご紹介しました。
こんな単純なワークなのに、ここから学べることは絶大です!!
演技とは、人間を演じるものです。
それは確かに、自分とは違う人物を演じることではあるけれど。
でも同時に、自分も役も、同じ「人間」なのですね。
だから。
僕ら自身の人生や、日常の些細なこと、そうした人間の生活を観察するだけでも、役を演じるために必要な学びはたくさん手に入ります。
まずは、人間を観察することから始めましょう。
そして、演技経験を積んだら、さらに深く観察しましょう。
そうです。
演技とは、観察に始まり、その観察は終わることはありません。
👇来期は4月〜6月。受講生募集は3月中旬を予定しています。
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