呼吸は、僕ら人間が生きていく上で欠かせないものです。
人間の生き様を見せる「演技」においても、それは重要かつ不可欠なものです。
呼吸は「吸う・吐く」という循環と、その循環を「止める」という、至って単純なことで出来上がっています。
単純なので、演技の中でも非常に扱いやすい、便利なツールと言えます。
「心」という複雑きわまりなく扱いづらいものよりも、ずっと楽にコントロールできるものです。
そして。
心と身体は双方向で繋がっていますから、呼吸をコントロールすることで、その扱いづらい「心」をも手なずけることが可能となるのです。
今回は、演技における「呼吸」についてのお話です。
まずは「心」の性質を理解しよう
呼吸の話をする前に。
まず、俳優にとって何より大事な「心」の性質をおさらいしておきましょう。
心は、自分の意思ではなかなかコントロールできないものです。
落ち着いていなきゃいけない状況なのに、焦ってしまったり。
頑張らなきゃいけないのに、やる気が出なかったり。
本当に、言うことを聞いてくれないワガママ者です。
俳優の仕事の難しさも、心が「言うことを聞いてくれない」ことによるものが大きいですよね。
……さて、ここでちょっと実験。
一緒にやってみてください。
皆さん、「右手を上げてみてください」
今度は「左手」
……身体のこうした動きは、すぐ簡単にできますね。
では、次の実験です。
「心拍数を上げてください」
「唾を出してください」
……いかがでしょう?
こちらは、先ほどの実験に比べ、すぐに実行するのは難しかったと思います。
でも、もし。
それでも、心拍数を上げたり、唾を出せと言われたら??
……どうでしょう??
もしかしたら、心拍数を上げるために、呼吸を早くしたり、その場で走ってみたりした方もいらっしゃるかもしれません。
あるいは、レモンや梅干しを想像して、唾を出そうとした方。
そうした「間接的な方法」を使うことで、心拍数の上昇や唾を出すことに成功したのではないでしょうか?
このように、人間の身体反応には「直接」働きかけができるものと「間接的」にしか働きかけができないものがあります。
では、さらに実験。
「悲しい感情」を沸き上がらせてみてください。
……この場合。
感情は、直接それを沸き上がらせることができないため、何か過去の "悲しかった出来事" や "悲しい想像" を具体的に頭の中に思い浮かべるといった「間接的」な方法で、悲しい感情を手に入れようとしたのではないでしょうか?
このように。
「心を動かす」とは、「手を動かす」といった動作とは違い、心拍数や唾と同じように直接働きかけることができないものです。
心を動かしたければ、何らかの「間接的」方法に頼らなくてはなりません。
ちなみに。
こうした「間接的な行動」は、必ずしも身体の動作であるとは限りません。
レモンや梅干し、悲しい出来事のように、アタマの中で「想像する」という「内的行動」もあります。
呼吸から、心と身体の状態を手に入れる
ここまで理解できたところで、呼吸の話に戻ります。
日常生活では、心が動揺したりすると呼吸が早くなりますね。
こうした場合、「心」ありきで、呼吸のリズムが決定づけられます。
「心→呼吸」が生まれるという順序です。
しかし、これまでもこのブログやレッスンでお伝えしてきている通り、心と身体は双方向で繋がっています。
だとすると「心→呼吸」の逆で、「呼吸→心」もできるはずです。
実は、そうした「呼吸→心」というコントロールは、皆さんも普段の日常生活で使っています。
たとえば、「落ち着いて」という時に、「一旦、ゆっくり深呼吸しよう」なんて言いますよね?
アレがまさに「呼吸→心」のコントロールの実践です。
ゆっくり深呼吸したら、落ち着く……。
それができるのなら、逆に「早くて浅い呼吸」をすれば、心は落ち着かなくなるということになりますね。
演技でいえば。
役が追い詰められたりしているような、緊張や落ち着かないような心理状態を作り出したい時などに、「早くて浅い呼吸」を使ってその内面を引き出す、ということですね。
……では実際、やってみましょう。
主人公が、伝説のホラー映画『悪魔のいけにえ』(1974年)のように、チェーンソーを振り回す殺人鬼から追いかけられているとします。
そこにちょうど陰になっている場所を見つけて、身を隠します。
殺人鬼は、チェーンソーを振り回しながら、あなたを探して近くをウロウロしています。
さぁ。
この時の主人公の「早くて浅い呼吸」をしてみましょう!!
……いかがですか?
完璧とはいかなくても、それに似た心の「落ち着かない感覚」や、さらには身体の緊張状態が少しでも手に入ったのではないでしょうか……?
呼吸は、心の状態だけでなく、筋肉の緊張やリラックスなど、身体の状態をも獲得できるように、俳優を仕向けてくれるのです。
(※ご注意:呼吸の実践を行うに当たり、過呼吸にならないように気をつけてください。頭がボーッとしてきたり、おかしいなと思ったら、すぐにやめてくださいね。)
呼吸から、さまざまな表現を引き出す
こうした「呼吸」からの入口は、たとえば「寒い、暑い」などの "気温" などの状況を手に入れるのにも使えます。
たとえば。
「寒い雪山を歩いてきて、暖かい山小屋に入った」という場面を、全て呼吸で演じてみましょう。
まずは、寒い雪山を登山している時の呼吸……。
そこに、山小屋が見えてきました。
扉を開き、暖炉が焚かれた山小屋の中に入ります。
その、暖かい空気の中での呼吸に変化させてみましょう……。
……いかがですか?
途中で鳥肌が立ったりした方もいらっしゃるかもしれませんね。
ある海外の演出家が、俳優に「水に溺れる」というシーンを演じさせる時、呼吸からその時の苦しさや感情を引き出したという話があります。
水に溺れる時、人の呼吸はどんなふうに変化していくのか。
それを元に、演出家が俳優に対して "音楽家のように" 呼吸のテンポを指揮。
それに合わせて俳優が呼吸を変化させていった結果、「溺れる」ということの身体感覚や恐怖といった感情を俳優が手に入れることに成功したそうです。
また。
かの劇作家ウィリアム・シェイクスピアの戯曲は、原語(英語)の台本を俳優が正しく発語し、正しく「ブレス」しながら読むだけで、役の感情に触れることができるといいます。
シェイクスピアの韻文劇は、「弱」と「強」の組み合わせによる音声と、休符(文章の切れ目、ブレスポイント)という要素で構成された読み方をします。
そうした正しい読み方=呼吸の仕方の結果、"音楽のように" 聴いている人の感情を想起させることができるのです。
それこそが、シェイクスピアが天才と称される所以です。
呼吸を使った実践
僕の演技WS "EQ-LAB" 3ヶ月クラス では、以前。
映画『クレイマー・クレイマー』で、ダスティン・ホフマン演じる主人公テッドがレストランに入ってくる、物語中盤のシーンを実施しました。
その場面。
台本を分析すると、どうやら主人公は、冬の道を「走ってきた」、あるいはかなり「早足で歩いてきた」と思われるんですね。
(劇中で、その前に「走る」「急いで歩く」という描写はありませんが、分析するとその可能性が非常に高いと考えられます。)
そこで、受講生の皆さんにリクエストしたのは、演技の導入部分。
直前の準備段階で、寒い冬の道を走っている(急いで歩いている)呼吸を手に入れてから、演技をスタート。
レストランに入り、その暖かい空気を呼吸で感じるという呼吸の演技でした。
その結果、俳優の演技はとてもリアルなものへと生まれ変わりました。
▲同じシーンを、昨年10月〜12月の「声優のためのオンライン演技研究所」でも実施しました。
ただしこちらは、スタジオとは異なるアプローチでした。
呼吸というのは、心に比べてはるかにコントロールしやすいものです。
そのため、この方法を手に入れると、準備で「役に入る」のが非常にスムーズになります。
また、事前に呼吸を作っておくと、それに合わせて体内や内面のリズムが変化します。
そのため、役に必要な特定のリズムをシーンの中で支えることができ。
他の役との呼吸間や空気感の差をつけて、周囲とのコントラストの強い演技をすることも可能になります。
先述した「水に溺れる」演技と同じように、シーンの中でも「呼吸の変化」をつけていくことで演技を展開していくことができます。
たとえば、シーンの中で、何か新しい出来事が起きた瞬間に呼吸を「止める」。
そして、そっと息を「吐く」。
それによって手に入る感情や身体感覚があります。
呼吸のテンポが、途中で変化する。
そうやって、役が置かれた状況や精神状態の変化を演じることができます。
あるいは、そのシーンを「呼吸だけ」で演じてみるのも面白いかもしれません。
呼吸のリズムやテンポ、呼吸の深さや止めるところなどを決めて、その変化だけで、セリフを使わずにサイレントでワンシーンを演じてみるのです。
呼吸の変化だけでシーンを演じられるようになったら、そこにセリフを乗せてみる。
すると、演技が驚くほどクリアに整理されたことに気づけるでしょう。
これは俳優だけでなく、声優の方々にもとても有効なトレーニングになると思います。
呼吸を意識的に使えるようになると、演技が大きく変わります。
ぜひ、参考にしてみてくださいね!!
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