次回研究会はファミリーオフィスに精通された高梨一郎氏ー最高に貴重な話
キッコーマン、コカコーラといえば、日本人は言うに及ばず、欧米、途上国までほとんど全世界の人々が何らかのお世話になっているブランドだ。次回講師は高梨一郎氏というキッコーマンの創業家で、叔父さんが日本にコカ・コーラを導入した一族の方である。実は、この方には昨年会わなければいけなかったのだが、私の怠惰で会えず,そのままになっていたのだ。
昨年の5月に当協会の研究会でファミリービジネス学会の倉科会長からお話を伺ったときに、「高梨家のファミリーオフィス」の話は出ていたのだ。私はその時に調べて、高梨さんに会いに行こうと思ったものの、どの高梨さんに会ったら良いかわからず、そのままになっていた。たまたま今年の2月に、ロンバー・オーディエの河田さん(ジュネーブ駐在)から、ファミリービジネスネットワークジャパンの研究会に誘われ、そこでばったり高梨一郎さんにお会いできた。
高梨さんからは「日本にファミリーオフィスの協会があったのか」と驚ろかれ、ご自身の経験を若干ご教示頂いた。その後、東京コカ・コーラの本社に伺い、欧米のファミリーオフィスの調査の模様や日本型ファミリーオフィスのあり方に関するご持論を伺った。
私も創業一族の方には随分お目にかかりお世話にもなっているが、だいたいが非常にクセのある方が多い。逆にクセがないと大企業をオーナーとして維持していくのは難しい面もあるかもしれない。ところが、高梨さんはまったくクセがなく、腰が低く穏やかな方だ。上から目線などということは絶対にない、人格的にも優れた方だ。
ちなみに私は「上から目線」の人とは絶対に付き合わない。これは私の人生の師匠の一人でもある、森永製菓元会長の高木貞夫さんからのアドバイスだ。ちなみに高木さんは菅首相の元後援会長だった方だ。また当協会理事で私の元上司である三好正也(元経団連事務総長)も偶然同じことを言っている。サラリーマンならしょうがないが、自営業者になるとそういう付き合い方ができる。
ともかく、実際に「ファミリーオフィスを持っている」方から話が聞ける機会は他にはないだろう。この話は誰にとっても参考になるに違いない。私自身も大いに勉強させてもらいたい。
日本型ファミリーオフィスとはー当協会研究会の最後のテーマ
日本ファミリーオフィス協会も2007年10月の設立記念講演会(講師はサザビーズジャパン社長の石坂泰章氏)から始まり、既に11回の研究会を開催し、最後のテーマとして「日本型ファミリーオフィスのあり方」という当協会が研究する究極のテーマに移ってきている。9月に研究会開催を予定しているが、講師はこの人しかないという高梨一郎氏だ。
なぜ「この人しかない」のか?それは10数年前に日本では誰よりも早く欧米のファミリーオフィスを実地調査に行き、自らの高梨家のファミリーオフィスをつくったという「実務」の実績があるからだ。確かに他にもファミリーオフィスについて語れる人はいる。講演屋(評論家)でファミリーオフィスについての耳学問では詳しい人も知っている。しかし、当協会は「実務に役立つ」研究会を目指しているので、評論家のきれいな話を聞いても意味はないのだ。
私は常々言っているが、実務家から話を聞かないと自分のビジネスの参考にはならない、と思っている。評論家の話のうまい人からの講演は、直後はなんとなく勉強になったような気がするが、その後冷静に考えると実務に役立つことは何も聞いていないことに気づく。評論家は実務をしていないので、これは至極当然だ。
キッコーマンの創業家で、日本にコカコーラを持ち込んだ高梨家の方で、しかも自らファミリーオフィスを作ってしまったという高梨一郎さんの話は、迫力と説得力がある。先日、打合せのときにも高梨さんが考える「日本型ファミリーオフィス」について伺ったが、小生が今まで試行錯誤した日本でのファミリーオフィス像と全く一致して、むしろ驚いたというのが実感だ。だいたいそういうことに集約されると自信を深めた面もある。
明日あたりに案内を出すが、乞うご期待である。
木村剛氏の逮捕に思うー金融の世界は「貧すれば鈍する」
木村氏の逮捕は、予想されていたとはいえ、世の無常を思わざるを得ない。竹中金融担当大臣の下で金融検査マニュアルをつくり、不良債権で危ない30社リストを発表していたころが華で、自らその金融検査マニュアルに反することをして逮捕されたとは、笑い話にもならない。
もっとも木村氏も「やりたくて」あんな誰でも分かる違法行為をしたわけではないだろう。全ては本業の赤字を埋めるために最後の手段としてやったことだろう。ある金融関係者は私に、金融の世界はつまるところ「貧すれば鈍する」以外の法則はない、と言い切った。その通りのことが起きただけだ。
ただし、木村氏の場合は前兆があり、私はもう5年以上前に木村氏をよく知る人物から、木村は儲かることは何でもする人物であると聞いていた。日本振興銀行もうまくいくはずがないから、会社が傾けば違法行為をするだろうと、2004年ころに聞いていた。こういう周辺の人からの情報は確度が高い。
昨年逮捕された雑誌「SEVEN HILLS」の臼井宥文氏に私が初めて会ったのは2005年だが、そのころからまずい筋から金を借りているという噂はあった。雑誌の売り上げが伸びず、その雑誌での広告で富裕層が引っかかってくることもなかったので、結局は借金が膨大になり詐欺事件に走った。これも「貧すれば鈍する」の例だ。
そもそも、富裕層が雑誌を見て連絡してくると考えたところが富裕層ビジネスを知らない人の哀れさだ。そんな人が富裕層ビジネスの本を書いていたのだから、これも笑い話にもならない。
金融の世界でもどの世界でも、貧したらその事業は止めなければいけない。そこで鈍することは犯罪を意味するからだ。今この瞬間にもそういう人は全国に何万人もいるだろう。その人たちのカモにならないためには、会った瞬間に危ない人を見抜く力と、その人に関する生の情報が必要だろう。
木村剛ついに起訴か
木村剛関係の記事を読むと非常に暗い気持ちになる。法律に違反する行為をして、それを隠蔽するとは、サッカーをやっていたスポーツマンのするべきことではないだろう。全くフェアプレーではない。残念ながらそれが彼の真実だったのかもしれない。
彼が編集長をしていた雑誌で「フィナンシャルジャパン」という月刊誌があった。2005年に発刊した当初は富裕層向け雑誌だったので、私も何度か掲載してもらった。長い記事は10ページにも及んだ。そのうちに売れ行きが芳しくなくなって、一般向け雑誌に方針変更した。編集者に聞いても理由がわからないので、本人に聞いてみたが「それは編集長の方針なので」ということだった。それを聞いてこの編集長ではこの雑誌はダメだろうと思ったが、程なく廃刊になった。
何でもブレるのはよくなく、たとえ部数が落ちても同じ方針で続けるべきだったと思うが、彼は残念ながらそういう方面は長けていなかったようだ。何でもできると本人は考えていた節があるが、銀行経営でも失敗し、最後は法を犯すしか生き残る道はなかったのだろう。悲しいことだ。
日銀で木村氏の隣に座っていたという人から話を聞いたことがあるが、彼は文章を書くのは早いそうだ。だから本などは自分でどんどん書いてしまう。しかし、編集長は自分で書く必要はなく、むしろマネージメント能力が問題だっただろう。そこはなかったようだ。
竹中大臣のもとで、例の危ない30社を公表したときには、この男は何を考えているんだと思った。今になれば、自分で会社経営もできないのに人の会社が危ないなどと言っていたのだから、笑い話にしかならない。彼から学んだことは、自分は何でもできると自惚れないこと、人間は常に謙虚でなくてはいけないということだ。他山の石にしよう。
祝 桜内文城さん当選ー何ともドラマチックな最後の当選者
参議院選の比例区は最後の最後まで、「みんなの党」桜内氏と「自民党」の堀内恒夫氏との争いだった。朝になてようやく桜内氏の当選が決まった。本人も寿命が縮まる思いではなかったか。ともかく当選はめでたい。ハーバードの寮で1年間苦楽をともにしたので、彼が政治家としてのスタート台に立てたことをまずは祝したい。
彼もブログで書いているが、我々は1992年院卒なのでオバマ大統領の1年後輩だ。桜内氏もここまで苦労が多かっただろうが、問題はむしろこれからだ。参議院議員として「何をするか」が問われる。「みんなの党」なので渡辺さんのもとで公務員制度改革を進めてほしい。霞ヶ関の悪いところを、10年以上大蔵省で過ごした彼なら熟知しているだろう。なかなか1年生議員ではできることも少ないかもしれないが、突破してほしいものだ。
桜内氏の友人で大蔵省同期の古川元久氏は、既に民主党の中でも重きをなしているが、「みんなの党」は年功序列もないだろうから大いに暴れてほしい。前の衆議院選挙のパンフをみると故郷宇和島のために国政で働 きたいと書いてあったが、こんな小さな男ではないと個人的には思った。比例区だと地元もなく、利益誘導の必要もないので、国のために大いに働いて欲しい。
彼は国の会計、公会計の専門家だ。まさに今、日本の財政が崩壊しようとするときに、彼のような存在は絶対に必要だろう。大蔵省の仕事と同じになるかもしれないが、まずは国の財政破綻を阻止するようなアイデアを打ち出してほしいものだ。
浜田宏一、宇沢弘文、ロバート・シラー -エールでの宇沢教授の悪戯
浜田教授が勝間和代氏に働きかけて出版した「伝説の教授に学べ」だが、私としてはこの出版には相当違和感があった。しかし、この違和感を氷解させる解説ブログがあった。浜田ゼミ出身の池田信夫さんの「浜田先生の思い出」であり、私が調べた範囲でも池田氏の解説は正しいと思われる。要は、浜田教授は一昔前の自分が若いときに学んだケインズ政策に凝り固まっており、最近の新しい経済理論をフォローしていない、ということだ。
私がエールで浜田教授の授業を受けていたのは1990年から91年で、浜田教授の弁護をするつもりもないが、この時期は浜田教授はご家庭の不幸からくる自身の健康不調で、とても新しいことを研究する余裕はなかった。その後もそういう状態は続いたようだ。これは一時は天才といわれていた浜田教授にとっては不幸なことだった。
まあ、そんな暗い話はともかく、浜田教授の本にも頻繁に登場する宇沢弘文先生(元シカゴ大教授)はエールにいたときに浜田教授の「紹介」をいろいろな教授にしていたようだ。私が2002年にハーバードの研究員をしていたときにロバート・シラー(アメリカの不動産経済指標「ケース・シラー指数」の発案者)と懇談したことがある。この時にシラー教授から「ドクターウザワから聞いたが、ドクターハマダと同じ名前の政治家が日本にいるらしいがどういうことか」と聞かれたのだ。
さすがに私も動転したが、それは「ハマコー」のことだと説明した。日本には政界のハマコー(本家)と学界のハマコー(自称)がいることを説明すると、さすがに天才シラーだけあって、「疑問が氷解した」と言ってくれたのだ。しかし、それ以上に不思議なのは、その時なぜか私は政界のハマコーの本を持っていたのである。表紙は小泉首相と握手しているハマコーの写真だった。その本をシラー教授に見せると、何とこの高名な教授は「その本がほしい」とのたまわったのだった。
私は、この本は一冊しかないといって、その表紙の写真をコピーしシラー教授に渡し、ホウホウの体で逃げるようにシラー教授の部屋を去ったのだった。。。それにしても二人のハマコーと親しい私は何者なのか、、、と自問してしまう。
「みんなの党」から立候補した桜内文城氏ーハーバード同期の元大蔵官僚
もう20年近く前になるが、経団連からアメリカに留学した2年目(1991年)にハーバードの寮である大蔵官僚と一緒だった。彼の名は谷岡文城、ケネディスクールに在籍していた。部屋にいくといつも当時はやっていた「wink」の曲が流れていて、壁にはジョンFケネディのポスターが貼ってあった。どうやらケネディの信奉者らしかった。
お互いに1992年にハーバードを卒業し、私は経団連にもどり、彼も大蔵省に戻った。その後コンタクトはなかったが、確か講談社の「BART」とかいう雑誌で田原総一郎と官僚批判を行っていた。ヤバイんじゃないかと私は直感したが、やはり体育会系の大蔵省では組織批判はタブーだ。彼はマレーシアの大使館に転勤となった。
時は過ぎ、2002年になって彼から突然連絡があった。政治家を目指すため大蔵省をやめて、とりあえず、当時、慶応の研究所にいた榊原英資さんのもとで研究員をするという。あわせて、桜内義雄さんの孫と結婚し、姓も桜内に変えるという報告だった。その時は麹町の笑笑というチェーン店の居酒屋で深夜まで話を聞いた。
2008年の総選挙では愛媛から無所属で立候補して落選。今度は「みんなの党」から比例区で立候補している。大蔵省では民主党の古川元久氏(幹事長代理)と同期だ。古川さんとはいろいろな場所で会うが、いつも桜内氏のことを話している。まずは議員にならねば始まらないが、議員になっても桜内氏のやりたいことができるか、なかなか不透明だ。
彼は、相当頑固なので普通の政治家のように自分の利益で信念を曲げることはないと思うが、それが今の政界で通用するのか、私にも分からない。ともかく、議員になって少しでも日本をよくするような活動をしてほしい。彼がよく言うセリフは「人生、何になるかではなく、何をするかだ」。その通りの政治家になってもらいたい。
エール学派対シカゴ学派ー日銀の中はどうなっているか
どうも浜田宏一教授の「日銀批判とインフレターゲット論」が気になって、今日は浜田教授が自らの「英語の先生」と言っている三好正也(当協会理事、元経団連事務総長)の事務所を訪ね、懇談した。結論からいうと、三好案では日銀の白川総裁はシカゴ学派(新古典派)だから自由放任主義で、ケインズ的な政府の裁量によるインフレターゲット論とは相容れないのでは、ということだった。
もっとも、浜田教授の最新刊にもそういうことは書いてある。しかし、現在の情勢では各国ともケインズ経済学に準拠して政策を進めているように思える。むしろシカゴ学派が死んだように見える。そこで思い出したのが、日銀からはエールの経済学大学院に毎年一人派遣していることだった。
もう40年以上前から日銀はエールに派遣しているので、相当な数だ。理事にもいるはずだ。総裁がシカゴ学派だから政策決定はそうなってしまうのだったら、これはおかしな話だ。浜田教授が怒るのもよくわかる。逆に日銀にエールで学んだ人が多いので、常にケインズ政策を採っていたら、それもおかしいと言わざるをえない。
三好が言うように、デフレがいいという人もいるしインフレにならないと困る人もいるので、政策決定者がどこを見るかにより政策は変化するはずだ。年金生活者などはインフレになったら困るし、株や不動産を持っている人はインフレにならないと価格は上がらないので困るといった具合だ。でもトータルで考えると、若干のインフレが好ましいと考える人が一番多いと思われる。
エールにいるときに日銀の方とよく雑談したが、法学部出身なのに経済学のこともほぼ完璧で驚いた。こういう優秀な人の集まりなのに、もし視点が自らの組織のことだけで一般国民に向いていないのなら、これは残念なことだ。優秀な頭脳を国民生活向上のために使ってほしいと切に思う。
本当に日銀はデフレ論者なのかー浜田宏一教授の著作より
浜田教授と勝間和代さんの最新本「伝説の教授に学べ」によると、浜田教授は盛んに日銀はデフレを終わらせようとは考えていない、と指摘している。もしそうだとすれば、日銀マン(白川総裁)もデフレは国民に悪いことだと百もあるいは千も承知なので、国民に対して大変な背信行為をしていることになる。
日銀にもその言い分はいくらでもあるだろう。例えば、一旦インフレになるとそれを止めることはできないなどだ。第一次石油ショックの時の大インフレ、狂乱物価の時には、日銀はひどく批判された。もうあの轍は踏みたくないというわけだろう。それはそれで「組織」としては当然である。
しかし、浜田教授はそんなことは百も承知で日銀を批判している。あくまで日銀は「国民」の方を向くべきだと。私もそれには大賛成である。組織は自己防衛、そこで働くサラリーマンが自己保身をすることは仕方がない。しかし、それよりもデフレで苦しんでいる国民をいかに助けるかを日銀は考えるべきだというのだ。その通りだと思う。
総論ではそういうことだが、各論では驚くべきことが書いてあった。私などはケインジアンの宝庫であるエールの経済学大学院で学んだので、デフレは悪いことは自明の理であるが、経済学でも他の学派を学んだ人は必ずしもそう考えないそうだ。そこはちょっと未知の世界だ。
そうはいっても、世界の主流はケインズ経済学で、今日では多くの先進国で「インフレターゲット」政策を採っている。日本でも早くそういう政策に変えて、このデフレから早く脱却してほしい。デフレのせいで、世の中の人は皆、下を向いて歩かねばならない。勝間氏もその点ではまともで、そこに浜田教授が目をつけ今回の企画になったようだ。
誰のためでもない、「国民のため」に日銀はデフレ政策をやめてほしいものだ。組織のために最適なことが、全体のためには最適ではないことが世の中には多いのだから。
浜田宏一教授の不思議な出版ー勝間和代さんとの共著
浜田宏一エール大教授が「伝説の教授に学べ」というタイトルの本を出版した。この「伝説の教授」というのが浜田教授で若田部早大教授が助手で、勝間さんが生徒という形式だ。一読したが、浜田教授の持論であるインフレターゲット論と日銀批判といういつもの内容だ。それはそれで分かったが、分からないのはこういうマスコミ有名人との共著は浜田教授が一番嫌っていた形だったのに、何が起こったのだろうということだ。
そもそも浜田宏一教授は自らを「学界のハマコー」と呼び、本家のハマコーのように権力に立ち向かう気概のある人だ。私自身はエールに行く前から経団連の上司である三好正也事務総長(当協会理事)や糠沢和夫専務(元ハンガリー大使)から浜田教授の話は聞いていた。エールに行ってからは浜田教授とよく囲碁を打っていたので、日本人留学生から「浜田教授に会うには相山に言えばいい」と言われていた。
だから浜田教授には、経団連でも何度か自分の担当の関係で講演してもらったりもした。その間も時間があれば囲碁を打ったりしていた。浜田家に代々伝わる碁盤を頂いてもいる。「もっと目立ってもいいのでは」とも聞いてみたが、「目だっていいことは何もない」と言われた。その通りのお人柄のはずだ。
しかも学界のハマコーというだけあって、正義感もあり、「世間から認められているが、実際は間違ったことを言っている」人の批判を雑誌を使って行っていた。10年前のターゲットは木村剛と野口悠紀雄さんだった。木村剛はサッカーをやっていただけあって「流して」いたが、野口さんは怒っていた。一時は訴訟も考えていたそうだ。その文脈からいくと、勝間和代さんは浜田教授のまさに格好のターゲットではないか。
但し、今回の著書も基本的には日銀の白川総裁への金融政策批判がメインだ。この点は私も同意できる。というか、世界の著名な経済学者は全て同じことを言っている。ただ、残念なことに国際社会における日本のプレゼンスが小さくなっているので、日本の金融政策の批判は国際的な議論にならない。なっているのは、中国の金融政策批判だ。
ともかく、どういう経緯でこういう本になったのか、背景が分からない現状ではこれ以上言うことはできないが、近々帰国されるということなので、事情を聞いてみたい。この「路線」は浜田教授の本筋ではないはずだが。