日本ファミリーオフィス協会 -57ページ目

役所の恐ろしい縦割りー太陽光はほんの一例

今日の仕分けでは「太陽光」の重複が問題になっていた。同じことを経済産業省と環境省がやっているというのだ。しかし、こんなことは太陽光だけではもちろんない。いやむしろ、探せば無数にあるといったほうが正確だ。なぜそんな税金の無駄使いが今まで問題にならなかったのか、不思議でならない。より不思議なのは、当の官僚たちが自ら「これは他の省でやっているのでやめるべき」だと言わないのかだ。


これもほんの一例で、自分が経団連での業務を通じて知ったことだ。石油コンビナートなどの危険物には規制がかかるのは当然だが、これも役所の縦割りで似た規制が多くの省庁からかかっている。これを「保安四法」というのだが、4つの法律により重複規制されている。経団連では1970年代からその問題点を指摘しているが、規制はなくなるどころか強化される傾向にある。


また宇宙開発でさえ、例えば科学技術庁が一元的にやればいいのに、経済産業省や国土交通省、総務省が絡んでいる。宇宙庁の新設も考えられたようだが、そこまでは無理だった。私は種子島でのH-Ⅱロケットの打ち上げに行ったことがあるが、この時の一行には各役所の担当者が来ている。数十名になる。随分無駄なことをしていると思ったものである。


だから行政改革はまだまだ必要なのだ。まず無駄を省いてから増税の議論をしないと、本末転倒になる。消費税の上げなど誰も容認はしないだろう。まずは民主党には、役所の無駄を徹底的に排除させるように役人にプレッシャーをかけねばならない。

役所の縦割り(省益あって国益なし)もここに極まれりー環太平洋経済協定の試算

日本は高度成長から低成長に移ってきた時点で(1980年ころ)、政治や財界は今までの役所の縦割りから「横割り」へと移行しなければいけないと何度も指摘してきた。確かにキャッチアップの段階では、周りのことを考えずに自分の担当のことだけを考えてやれば効率がよかったが、世界のトップランナーになってからも同じ方法では何事もうまくいかないだろう。


この縦割りは未だに日本全国に広がっている。我々の生活を見てもまだまだ全てが縦割りだ。民間企業はもうそんなことも言っていられないので、最近いろいろな産業で「ワンストップ化」は進められてきたが、こと役所に関しては全く改善されていないと言っても言い過ぎではない。例えば、我々が転居したときに区役所に転居届けを一旦出せば、少なくとも区役所の「中」では情報が回っていると思いきや、実際は隣の課にも回っていないことはよく経験する。


確かに「仕事を減らす」ことが信条の区役所では、他の課のことをすることなど時間の無駄だ。百歩譲って、区民の利便性を考える職員がいて、他の関係部署に情報を伝えても評価はされない。逆に課長から「余計なことはしないで、自分の仕事をしろ」と怒られるのが落ちだ。しかし、中央省庁までがこれでは困る。


この度の環太平洋経済協定の試算では、経済産業省はこれに不参加のときには日本は10,5兆円の損失が出るとの試算だが、逆に農水省は参加すると日本は7.9兆円の損失が出るとのことだ。それもこれも、自分の省の関係することしか見ていないからだ。いいかげんに国家公務員だから「国益」を考えられないものか。経団連の米倉会長がこの省庁の縦割りをに怒っていたというが、日本国民なら誰でも怒るだろう。


中央省庁の官僚は、また海外の大使館に出たときも同じだ。自分の省庁に都合のいい情報だけを集めて東京に送っている。今回も各省が自分の省の「省益」を求めて海外でもロビー活動するわけだから、税金の無駄使い以上に海外から見たら、日本は何やっているの?と見えるだろう。


明治以来のこの縦割りをいかに打破するか。政治、民主党ではダメのようだ。残念ながら経団連でも常に意見を出しているが、改善はされていない。要は「上からの改革」は無理ということだ。従って、草の根からの改革しかない。その一つの手段として「ファミリーオフィス」(=横割りの一例)があるのだ。

民主党が企業・団体献金復活ー堂々と公約違反

民主党の政治献金復活には、正直驚いた。「献金は廃止」を公約に政権をとったはずだ。それをいとも簡単に撤

回する理由が分からない。これでは「自民党よりひどい」、と言われるのもうなずける。


民主党の中で、こういうことを体を張って「おかしい」という議員はいないのかと、素朴な疑問が起きる。どうやら反小沢の流れで出てきたことらしいが、民主党の「公約」などは次から誰も信じないだろう。まだ小沢一郎の言うことの方が背骨が通っている感じがする。こういう重要な決定時にも菅首相の顔すら見えてこない。


菅首相も議員も、自分の現在の地位を波風立たせずに守ることしか考えていないと言わざるを得ない。要は議員は何党でも同じなのだ。議員に「なること」が目的の全てだから、なってからは地位を守ることしか考えない。しかし、その行為は次回の選挙で厳しい審判に会うのが最近の傾向だ。


こういう民主党の体たらくを受けて、先の総選挙で破れ引退を表明していた元自民の議員も「次は出る」などと言い出している人もいるようだ。先週、党3役も経験した有名議員と話したら、次は出てみようと思っていると話していた。さすがに今の状況だと、次は自民の大勝と誰でも思うだろう。


そもそも政治献金は、個別の企業が見返りを期待して議員にお金を渡し、その結果疑獄が起きたので経団連が産業界を取りまとめて「見返りを期待しない金」を集めてきた経緯がある。それを企業献金を求め認めたら50年前に時代が逆行する。見返りがないのに特定の政治家にお金を出す企業が世界中どこにあるだろうか。また株主も許さないだろう。


私も民主党に期待して1年前に民主党に投票したが、次の選挙から考えざるを得ない。多くの国民も同じ気持ちだろう。そんな簡単なことも分からなくなった民主党にはがっかりだ。




囲碁の勝負師、坂田栄男さん逝去ーハングリー精神の塊

先週は勝負師、坂田栄男の死去という残念な知らせがあった。私自身はこの方と話をしたのは一度だけだが、ともかく「勝ち」に対する執念はものすごかった。幼いころ、父親に賭け碁を打たされていたという、今では考えられないような経験を語ってくれた。まさに戦前世代を代表するハングリー精神も持ち主だ。その意味で、今後日本からは2度と現れることのない人だ。


ライバル藤沢秀行とよく対比されるが、勝敗は坂田の方がかなりリードしていた。しかし、碁の内容は藤沢の方が勝っていたように思う。藤沢の碁は「新手」がたくさん出て面白いが、坂田の碁は弱い石を妙手で凌ぐのが得意で、これもある意味面白いがアマチュアには真似のできない碁だ。


東京オリンピックの1964年には8大タイトルの内、7つを独占。呉清源後の囲碁界をリードし、10年は坂田時代が続くと思われたが、翌年彗星のように現れた林海峰に名人位を奪われた。その後はほとんどのタイトルを林海峰に奪われたが、長く一線で活躍した。私も中学生の頃は坂田の碁をよく並べていた。


囲碁界では残った巨星は呉清源さんだけになった。この人は戦前から戦後にかけて、坂田栄男を初め誰も勝てなかった最強の棋士だ。人によっては、歴代の囲碁棋士の中で、江戸時代の道策、秀策、とならんで昭和の棋聖と評している。中国の首相、周恩来が「呉清源を中国に返せ」と言っていたくらいの100年に一人の逸材であることは間違いない。


個人的には呉さんに中国の古典である「大学」と「中庸」について教わったので、是非一日でも長く生きしてほしいと願っている。

「法と経済学」という新分野ー金曜の日経「経済教室」

3年ほど前、浜田宏一エール大教授にいわれ「法と経済学学会」という聞き慣れない学会に参加させてもらった。その初代会長が浜田教授だったからだ。そこでは浜田教授は天皇のような存在だった。何といっても法学部で司法試験を通り、その後経済学部にいって経済学者になるという変わった経歴は、日本人では浜田教授だけだからだ。


その学会でお目にかかった福井教授が昨日の日経「経済教室」でいいことを指摘している。要は、弁護士の数の増加は我々依頼する立場の人にとっては歓迎すべきことであって、弁護士会の「数の制限」論は的外れということである。弁護士会は既得権益の保護に走って、本来の目的である「顧客サービスの向上」という視点が欠けていることは言うまでもない。


まさに以前、当協会理事の佐藤明夫弁護士が言っていたように「参入障壁の高い分野のサービスがいいはずがない」ということだ。「顧客、カスタマー」の利益という当たり前のことが弁護士会の議論では抜け落ちている。弁護士はどんどん増やして、それを選択するのはあくまで「顧客」であるという、他の業界では当たり前のことがだ。


その結果、顧客に選ばれなかった弁護士が廃業するのは経済原理だ。ちょうど、歯科医が東京で一日一件廃業しているようなものだ。でも歯科医でもうまくやっている人はいくらでもいる。要は普通の競争原理が働くようにすればいいだけであって、その結果サービスが向上すれば、サービスを受ける側にもする側にもプラスになると思われる。


どんな分野であれ、一部の例外を除き、今時、独占業務や数を制限して既得権益保護などということは時代に合わない。弁護士も医者もどんどん数を増やして、よいサービスをする人のみが生き残るようにしないと、この分野での質向上は見込めない。これは公共の利益にも合致すると思われるのだが。

日経新聞の「やさしい経済学」に登場、塩路悦朗さんーエール経済学大学院の同期

先週から日経の「やさしい経済学」は塩路さん(一橋大教授)が連載している。あまりに懐かしい。ちょうど20年前にエールの経済学大学院に一緒に入った。私は1年いて修士だが、彼は何年かいてphDを取った。東大の経済学大学院生だったので、宿題など1年間いろいろとお世話になった。経団連の石坂財団の奨学金で来ていたので、その縁で仲良くさせてもらった。まじめな男だった。


そのまじめさはこの連載にも出ている。「やさしい経済学」のはずなのに、全然やさしくないのだ。いや相当難解だ。でも、最近のマクロ経済学の潮流はよくわかる。彼らしい分析、まとめ方だと毎日感心している。


塩路さんは学者だから当然だろうが、分析が好きだ。彼は麻布出身だが、麻布と開成を分析して、進学は開成だが社会に出てから成功するのは麻布が多いそうだ。確かに、ある雑誌の企画でそんな内容の記事があった。正確な分析なのだろう。


彼は、我々職場派遣の人々ともよくランチをともにした。職場派遣の人間は学者になるわけではないので、浜田宏一教授のことを気軽にハマコーと呼んでいたのだが(もっとも浜田教授が東大にいた時も学生からそう呼ばれていたようだ)、彼は学者の世界に生きることが分かっていたので、常に浜田先生と呼んでいた。それが何ともおかしかった。


塩路さんは、エールを卒業後スペインに行ったりして、なかなか会えなかったが、今度は比較的近くなったので最近の経済学の動向を伺いに行こうと思っている。

官僚の離職はどこまで進むかーある経産官僚の転身

おとといの日経一面の「民主主義を考える」で、ある経済産業省の課長補佐の離職に触れている。朝比奈一郎さんといって、以前ある会合で会って話をしたことがある。霞ヶ関を変える「プロジェクトk」というものを同期の官僚とつくって、キャリア制度の廃止などを提言していた。内容は至極まともだと感じたが、問題は霞ヶ関の上層部がこんなことを受け入れないことのように感じた。


組織というものはやっかいで、いくら筋論を言っても、必ず既得権益を守りたい上層部がいて、その上層部に自分が査定される運命にある。したがって、改革をいくら若手が言っても上からつぶされる運命にある。改革を声高に言うサラリーマンは立派だが、組織で出世することはない。これが組織の宿命だ。


その組織の中でもっとも保守的な霞ヶ関で改革を言うのだから、朝比奈さんもいずれ辞めざるを得ないと思っていたが、やはりそうなった。本人も納得のうえだろう。もともと霞ヶ関で出世を考えていたら、役所の改革などは言わない。聡明な官僚なので、そのあたりは全て承知して改革運動に走ったのだろう。正直だと思う。


今は議員となった桜内文城さんも、大蔵省時代に役所批判をある雑誌でやって、その後は露骨な人事政策を採られた。彼の言ったことは至極もっともだと普通の人は感じただろうが、上層部の受けは最悪だったようだ。若手の官僚は役所の矛盾に真っ向から挑み、その結果、組織内では散っていくことの繰り返しだ。若手の離職は続き、改革は全く進まない。


だから霞ヶ関改革は外の人、政治家しかできないのだ。政治家がいくら役人の抵抗に会ってもやり遂げないと改革はできない。そんなことはおそらく良識のある政治家、官僚は皆わかっている。しかし、それができる力のある政治家がいないのだ。これこそが日本の最大の問題だろう。その間に日本の国際競争力は落ちていく。


かつて、一番優秀な学生が就職する場所だった霞ヶ関がこのあり様だったら、若者は夢を求める場所がない。霞ヶ関改革ができる政治家が現れるのが先か、日本が沈没するのが先か、正念場だろう。

囲碁の女流棋士は子供好き?

昨日はたまたま囲碁棋士の原幸子さんに道端でお会いした。家が近所なのでそういうこともある。原さんは元名人の依田さんと結婚している。何と1月前に3人目の子供を出産したそうだ。今は対局は休み、子供囲碁塾に集中しているとのことだった。


私が慶大囲碁部時代に、先輩でプロ棋士になった岩田一さんのご自宅によく教わりに行っていた。原さんは岩田門下だったので、その時によく打っていた。まだプロになる前で中学生だったので互先(ハンデなし)で打ってもらっていた。原さんはその前は私もいた菊池康郎さんの緑星学園に所属だったそうで、緑星の妹弟子といえなくもない。何といっても囲碁界の坂田三吉こと、依田紀基さんを支えているのだから、人間もできた人である。


原さんは子供好きなので子供囲碁塾をやっているわけだが、慶大囲碁部の後輩の梅沢由香里さんも子供好きだ。最近、妊娠したというウワサもあり、本当ならおめでたいかぎりだ。梅沢さんのお父さんが私と同じ甲府一高出身で、お目にかかる前に亡くなられたのは心残りだ。由香里さんがプロになる前に亡くなられたのは本当に残念だった。


囲碁の女流界は台湾出身の謝さんという若い女性がタイトルを総なめにしているようだ。梅沢さんも女流棋聖を謝さんに奪われた。女流の中では突出しているのだろう。しかし、囲碁は奥が深いので全く勝てないこともないだろう。梅沢さんには一回り大きくなって、謝さんを破ることを期待している。




ハマコー氏に会ったもののー弱り目に祟り目

人間悪いときには悪いことが重なるものだ。先日、たまたまマンションで久々にハマコー(政治家の)氏に会ったのだが、何と階段から落ちて足を骨折したそうだ。松葉杖姿だったが、昔のTVタックルで怒鳴りまくっていたころのハマコーの姿はもうなかった。釈放されたのはよかったのだが、本人も相当気落ちして階段からも落ちたのだろう。


個人的には何度もお話をする人だが、結局、囲碁対局の機会もなかったため、本当にこの人がどういう人かも分からない。秘書の方に聞くと、非常な人情家で若い人を育てるという意識が強く、逆に単純なので人にも騙されやすいそうだ。何となくそういう人かなとも思われるが、分からない。


ハマコーの囲碁は、その豪放なイメージとはかけ離れてすぐビビッタリするおもしろい碁らしい。実はその方がこの人の本質ではないかとも感じている。私がいくら誘っても打たなかったのは、彼なりの計算があったのだろう。あるいは向こうも私がどういう人物か分からなかったので、極度に警戒していたのかもしれない。警戒されるような容貌と性格でもないと思うのだが、不思議な話だ。


他方、もう一人のハマコー(学界の)氏はますます意気軒昂らしい。一応、日銀が自分の持論を少しは聞いてきていると思っているのか、最近エール大でハマコー氏と会った人の話によると、ニコニコしていたようだ。二人のハマコーは現時点では対照的だ。勝間氏との共著の売れ行きはいまひとつだったようだが、経済学者らしからぬ本を出しても気にしない。この無用心さが浜田教授の真骨頂なのだろう。自ら「学界のハマコー」と名乗るには本家とは違いすぎるのが気になる。


そういえば、20年前に最初に浜田教授と会ったときにも、「悪いときには悪いことが重なる」といわれていた。他山の石にしたい。







志のある人、ない人ー独立系を貫く人もいれば大企業の傘下に入る人もいる

最近、昔からの知り合いで2種類の生き方をしている人を見た。業種は同じ投信関係だが、ともに10年ほど前に金融機関から独立して仕事を始めた。ともに業績が黒字になってきたときに、2008年のリーマンショックにあたってしまった。その後は当然のように赤字に転落した。


そのときに、人間はどう考えるかである。一人は志を曲げずに独立系で公正中立を貫いている。もう一人は、大手投信会社に身売りし、自分はそこの役員になっている。問題はこの二人の生き方をどう評価するかである。


社会的には後者の人の方が「成功」となるであろう。大金も入り、今後も会社の役員でいられるからである。しかし、独立した当初の志はもはや忘れ、単なるサラリーマンに逆戻りだ。前者の方は、相変わらず会社の経営も悪く明日をも知れぬ身だ。但し、当初の志は持ち続け、投信業界を変えるという夢は持ち続けている。


こういう事例は世の中のあらゆるところで起きる話だろうが、私としては前者の志を曲げない人を応援したい。後者のサラリーマンに逆戻りの人は、もう私とは別の次元の人なので話すこともないだろう。10年前は坂本龍馬ばりのことを言って、投信業界を変えるとか言っていたのに、今やその投信業界の既得権益保護の立場だ。まあそれも長くは続かないと思うが。


どういう仕事の仕方をするかは「どう生きるか」につながるので、どちらも批判はできない。本当は志も曲げずに儲かっている状態がベストだが、なかなかそういうことはバブルでも起きまい限り難しい。自分としては志を捨ててお金に走るような生き方はしないし、おそらく今後もしないだろう。