日本ファミリーオフィス協会 -58ページ目

就職活動の早期化で大学生の留学が減少ー経団連の役割重大に

昨日の日経夕刊に大きく、大学生の留学が減っている事実が報道された。予想された事態で、言うまでもなく原因は就職活動の早期化だ。私の知り合いの大学生でも、就職活動があるので3年生で留学はできないと諦めた人もいる。こういう大学生は相当多いはずだ。


企業の方は、一方で公用語を英語にするなどと公言するところも増えてきた。でもこういう会社でも青田狩りをして、学生の留学を逆に邪魔しているという矛盾がある。青田狩りをしないと優秀な学生を他に持っていかれてしまうという危惧だろうが、身勝手な話でもある。


さすがに、最も国際化が進んでいると思われる商社(日本貿易会)は採用時期を大学4年時からにすると申し合わせたようだ。しかし、商社だけがそれをすれば、それこそ優秀な学生を他の業界に取られてしまう。実施は難しいだろう。そこで日本貿易会は経団連に採用時期を遅らせることを要望するそうだ。


誰が考えても、大学3年の秋から採用活動が始まると、大学生はまともな勉学はできないだろう。そういう状況を企業側がつくっていることは大きな矛盾だ。しかし、個別企業の立場では優秀な人材確保は死活問題なので、早く採用をしたいと考えるのは当然だ。これは経団連が取り組むべき課題だろう。


昔から旧日経連が大学側と申し合わせて、就職活動の解禁日などを決めていたが、紳士協定だったためことごとく破られた経緯もある。それで現状のようにどんどん採用時期が早くなってきた。ここは旧日経連とも一緒になった新生経団連が、存在価値を見せるべき場面であろう。現状を放置すると日本の国際競争力はますます落ちていくような気がする。

ノーベル賞、文化勲章に思うー他薦だけでなく自薦も必要

世界はまさにノーベル・ウィークの真っ最中だ。化学賞の受賞は全く寝耳に水だったが、日本人によくあるパターンで外国の有名な教授が受賞したのに合わせて、その関連の研究をしていたので受賞したものだ。なぜか昨年あたりから村上春樹の文学賞受賞が話題になるが、これが実現したらノーベル賞自体の変質だろう。個人的には18年前のボストンマラソンの前日に村上さんにお会いし、「ノルウエイの森」の話をちょっとさせて頂いた。


余談だが、「ノルウエイの森」が映画化され、見るのが楽しみだ。この映画に唯一彩りを与えている、外務省に入る永沢氏だが(モデルになった方を仮にSさんとしよう)、まだ海外にいる。帰国後はまたお会いしたいのだが、何といってもSさんを永沢氏として描く村上春樹の創造力には脱帽だ。実物のSさんは永沢とは似ても似つかない。


問題はノーベル賞は突然決まったような感じを受けるが、実際には何ヶ月も前から打診があるようだ。エール大でノーベル経済学賞を受賞したある教授に聞いたが、ノーベル委員会の事務局からかなり前に連絡があり、いろいろと質問に答えるのだが、実際に受賞したのは最初に打診があった年から何年か経った時だったそうだ。


日本の文化勲章もこれに似ていて、何ヶ月か前に役所から打診があり、自薦文書をつくるのだ。まあ文化勲章や旧勲一等を受賞するような人は周りにスタッフがいるので、多くはスタッフが文書を用意するのだ。何か違和感のある話だ。こういうプロセスが厭で、勲章を一切拒否した中山素兵さんのような人も、例外だがいる。「役人に自分の人生を評価されてたまるか」、というのが中山さんの口癖だったようだ。確かにその通りだが、ほとんどの財界人や政治家は勲章を有難がる。この心理は私などには分からない。


いっそのこと、世の中から「賞」をなくせばいいとも思うが、それをヤリガイにしている人もいる。小学生も「賞」にこだわるが、人間、年をとってくると自分の人生を「評価」されたいと思うのだろうか。役人のする「評価」は、何をしたか、社会にいかに貢献したかより、何になったかだけだ。これで「評価」されたとしても、その人の「価値」とは違うような気がするのだ。

ある雑誌記者と懇談ー世の中狭い

昨日はある雑誌記者と懇談した。日本の富裕層についての取材だ。最近は富裕層についても、間違った記事を含めてネットで勉強できるほど記事は多い。記者としてはそういうものをまず読むわけだが、なかなか消化しづらいと思われる。私のように日々実際の富裕層と接して、その悩みを聞いている人は日本ではほとんどいないので、ある程度、参考になるような体験談を話せたかもしれない。


それはそれとして、その記者との懇談の中で、名医として知られる松木康夫先生(新赤坂クリニック)の話がでてきたのは驚いた。松木先生とは10年以上のおつきあいで、最初は私の慶大時代の指導教授である石川忠雄塾長(当時)のご紹介だった。それ以降、結婚式でスピーチをして頂いたり、六本木でお会いしたりと、大変お世話になっている。


松木先生からは医者の世界のことを教わったり、人を紹介して頂いたりと、頭が上がらない。何といっても印象的だったのは、2003年の東京プリンスでの古希のパーティだ。2500人が集まり、この中には私の知り合いが50名程度はいたが、お祝いスピーチは橋龍氏だった。曰く「今では古希は珍しくなくなったが、その古希のパーティを自分で開いてしなうのは珍しい」。


松木先生は、また人情家として知られる。私も先生から「人の世話は最後までしなければいけない」とよくご指導を受ける。嘘を言わない、人を騙さない、など基本的なことだが重要なことを説く。これからも松木先生から人としての生き方を学びたい。

池内淳子さんの死ー八ヶ岳で隣人だったことも

今日、池内淳子さんの訃報が伝わった。驚きだった。八ヶ岳の別宅で隣が池内さんだった。1980年代だが、一度、お姿を拝見したことがある。もちろん話はしなかった。その後、バブルが到来し、池内さんはそのピーク付近で売却された。そのプロ以上の判断は今思えば見事だったが、隣人としては非常に寂しい思いをした。


私が子供のころ、大河ドラマなどでよく池内さんを見ていた。最近も時々見たような気もするが、なんとも突然の訃報だ。まあ本当の女優は病気のことなど言わないものだ。最近は少なくなった本当の女優ではないか。


70代半ばで、今の時代ではまだまだの年齢だった。ドラマなどでまた見たかったものの、ともかくご冥福をお祈りする。



慶應評議員選ー昔は投票用紙の譲渡が盛んだったが

今日、書類を整理していたら慶應の評議員選の封書が出てきた。そろそろ締め切りだが、この投票用紙の説明書には、何と「お願い」という一文があり、「行き過ぎた集票行為に対して、品位を欠くものであるというご批判を頂戴している」という文言があった。誰から「ご批判を頂戴している」のか分からないが、今でも集票など行われているのであろうか。


確かに8年以上前の評議員選のときには、知り合いから「うちの社長が出ているので葉書を頂戴」という電話が数人からきた。社員も大変だなと思った。一人10枚とかのノルマがあったそうだ。集められないと査定される可能性もあるので、皆必死だった。それにしても、社員にそこまでやらせて(もっともやらせているのは候補本人ではなく、その取り巻きだろう)評議員になりたいものだろうか。


評議員になって「これがしたい」というのならいい。しかし、100人いる評議員の中で一人で何を言っても何も変わらない。それほど保守的なメンバーだ。かつて、金子郁溶さんが幼稚舎の校長になり、幼稚舎改革をしたことがあった。それにより、以前だったら入れた家の人も幼稚舎に落とされるようになった。それで保守派の反抗に会い、金子教授は失脚した。


評議員候補者はほとんどが70歳以上の方だ。人間、70を過ぎて「これから新しいことをしよう」とは考えない。せいぜい、そう考えるのは50台だろう。しかし、50台の人は皆無といっていいような状況であり、いても大企業の2世、3世だ。評議員会を変えてやろう、なんて思ってもいないだろう。既得権益の中に入ろうとしている人々だ。


ただし、新しい動きもある。ほとんどが推薦者は理事会だが、個人の100名以上の推薦を受けて立候補した若手がいる。こういう人たちが増えれば評議員会も変わってくる可能性がある。今回は誰からも頼まれていないので(仮に頼まれても無視するが)死票になるのは分かっていても、こういう若手に投票してみる。



広報(マスコミ)戦略ーファミリーオフィスは「目立つ」のがいいのか

よく、相山はなぜマスコミに出ないのかと聞かれる。富裕層ビジネスでユニークなことをしているのだから、いろいろなメディアに出られるだろうということだ。そもそも全く売り込みなどをしておらず、何のマスコミ戦略も考えていないのだが、時々何かを見て取材の申し込みがくる。最近は、「ファミリーオフィス」を日本でも広めることが使命だと考えているので、半分くらい受けている。


しかし、なかなか出来上がりは自分の意図と違うことも多い。特にテレビはそうだ。雑誌の寄稿と違い自分でチェックできない。「ファミリーオフィス」の話をいくらしても、それでは視聴率が上がらないので、超富裕層の知られざる生態のような箇所が強調されてしまう。


またそもそも、弊社のお客様が小生がマスコミに頻繁に出ることを嫌う傾向にある。どんどん顧客が増えると自分に割く時間が減る懸念もあるし、自分のことを外でしゃべられては困るという心配もあるようだ。どちらも正しくはないものの、お客様にしてはそう思うのも当然だ。欧米でもファミリーオフィスの代表が表に出ることは稀だ。


そうはいってもNPOの日本ファミリーオフィス協会代表理事としては、ファミリーオフィスの普及啓発のために表に出なくてはならない。日本でもファミリーオフィスが広まれば、縦割り社会から横割り社会への第一歩、トリガーになる可能性がある。大きな社会変革を「下から、草の根から」実現することも可能だ。


今後は少しは沈黙を破ることも必要かもしれない。来週もある雑誌の取材を受けることにした。





ドラマ「GM(総合診療)踊れドクター」に見る日本社会の問題点ー縦割りから横割りへ

最近まで日曜の夜9時に、東山が主役のドラマが放映されていた。これを見ていて「ファミリーオフィス」と同じ切り口、日本社会の問題点に気づいた。それは、日本社会は未だに全ての分野で「縦割り」になっていることだ。たまたま医療の現場の話だったが、これは全ての日本組織にあてはまる。


これはあくまでドラマだが、日本ではアメリカと違いGM(総合診療)の地位が低いという。だが本当に患者の立場から診療するとなると総合診療が必要なのはいうまでもない。にもかかわらず、日本では内科や外科といった「科」での診療になり、大病院にいくとたらい回しになるのが現状だ。病院でも上の方は「科」の縦割り意識が強く、患者の側からみると不合理なことが未だにまかり通っている。


なかなか日本では「横割り」というものがない。役所の縦割りを皆が批判するが、民間企業も縦割りだ。ところが欧米では「横割り」は当たり前で、「ファミリーオフィス」こそ横割りの典型だ。日本でファミリーオフィスの説明をしてもほとんどの人に理解されないのは、日本の職業は全て縦割りで「何をやっているのか」が明確だからだ。


ファミリーオフィスのように「超富裕層のニーズのあることは何でもします」と言っても、欧米でのビジネス経験がある人にはわかっても、普通の日本人には「そんな曖昧な仕事があるの」になってしまう。ここはGMでもファミリーオフィスでも何でもいいので、一つ「横割りの実例」をつくる必要がある。横割りのよさが分かれば、日本でも「横割りビジネス」が広まってこよう。横割りの仕事は「日本が社会システム上でも本当の先進国」になるために必要だろう。


「縦割りから横割りへの変革」は経団連でも昔から主張しているが、日本ではなかなか実現できない。経団連の事務総長だった三好正也が当協会の理事として参加頂いたのも、この協会のその点の意義を認めてくれたからだ。縦割りから横割りへの変革が「一歩前進」になっただけでも、日本における「ファミリーオフィス」の出現の意義がある。




ファミリーオフィスの最難関「家族の問題」-特に結婚相手探し

前回の当協会研究会でも講師の高梨一郎さんがおっしゃっていたが、日本型ファミリーオフィスは「家族の問題」ができなくてはいけない。「家族の問題」といっても中身は家族によって千差万別で、相続(争族)の問題から子弟の教育までいろいろだ。その中で一番困るのが、ご子弟の結婚相手探しだ。


こういう案件は金融機関にはよく持ち込まれる。特に最近は金融機関も「プライベートバンキング部」などを設け、富裕層の取り込みを図っているのでなおさらだ。ある大手証券会社のプライベートバンキング部の担当専務などは「助けてくれ」とよく言ってくる。お客さんが来て、仕事の話(お金が取れること)ではなく、娘さんの結婚相手を探してくれといって頻繁に来るそうだ。


このままでは自分の仕事時間もなくなるので、自分の部下に「職務命令」で見合いさせたところ、そのお客さんを失ったそうだ。。。詳細が分からないので何ともコメントできないが、ありそうな話だ。だから「家族の問題」は誰もやりたくない。まさに百害あって一利なしの問題だ。しかし、お客さん個人にとっては一番「大事な」問題なのも事実だ。どうしたらいいのか。。。


「ファミリー」オフィスというくらいだから、やはり家族の問題は避けて通れない。逆に日本で誰もやる人がいないからファミリーオフィスがやる意義があるともいえる。でも特に結婚となると、正解は全くないため、これは困る。その場ではうまくいっても、やがて離婚でもされたら自分が恨まれる。人にやってほしい案件だ。


でも「ファミリー」オフィスとしてはやらざるをえない。それも誰よりも親身にだ。こういうことは私も未だに試行錯誤中だ。とりあえず、いろいろな人の「リスト」はたまる一方だ。



尖閣諸島での事件に思うー中国のソフトパワーはまだまだ

尖閣諸島での衝突事件で、船長の逮捕拘留期間が延長されたことで中国は抗議しているという。中国国内のニュースも事実を曲げ、日本が悪いようなことを言っているようだ。多くの日本人や欧米人が「中国は相変わらずだ」と思ったことだろう。これでは国際的な信任は得られない。


ハーバード大学のジョゼフ・ナイ教授は、国力を軍事力や経済力の「ハードパワー」と文化の普遍性という「ソフトパワー」に分け、21世紀に重要なのはソフトパワーであると主張している。アメリカがたとえ中国にGNPで超されても、しばらくはアメリカの時代が続くと考えられるのはアメリカのソフトパワーのせいだ。


中国は確かにアメリカを経済力や軍事力で抜くのは時間の問題だろう。しかし、それをもって中国が世界の覇権を握ると考えるのは早計だ。まだまだ中国人の考えや振る舞いは世界には認められていない。東京でも銀座や秋葉原は中国人の世界になりつつあるが、うるさいし中国人が好きという日本人はまだ少数派だろう。


まあ中国人も成長は早いのでここ数年で劇的に変わってくると思うが、今のままでは苦しいだろう。世界の覇権を握るのはまだまだ先だ。このあたりは日本人としても注意深くウォッチする必要がある。



エール大ハマダ教授とは何者かー週刊新潮では意外なミステリーに

先日、たまたま9月9日号の週刊新潮を読んでいたら「ハマダ教授」の記事があった。「日本ではあまり知られていない」とか「経済学では5本の指に入るとか」いろいろ書いてあるが、要はかなりミステリアスな人物で日銀批判の急先鋒ということだ。


でも私にとってはミステリアスでも何でもない。本名は浜田宏一で自称「学界のハマコー」だ。エール大にいたときに1年間囲碁を打っていて、今でも日本に来られたときには会っている。普通のちょっと世間ずれしていない教授だ。だから最近は民主党の対日銀攻撃に利用されているのだ。「ハマダ教授はこう日銀を批判している」というようなことだ。


浜田教授はかなり前から日銀を批判しているが、エールの経済に行った人々にとっては違和感があるのではないか。というのは、エールの経済学大学院には30年以上前から日銀の若手が毎年一人留学しているからだ。その中には副総裁になった人もいれば、現理事もいる。彼らは当然、ケインズ経済学を深く理解している。その人々が行う政策に浜田教授が批判しているというのは変な構図だ。「教え子」を叱っているのだろうか。


浜田教授は昔のタイプの教授なので、自分の発言がどう政治的に利用されるかなどには無頓着だ。そのあたりを気をつけないと晩節を汚すことになるのが心配だ。本家のハマコーが失脚した今、学界のハマコーまでおかしくなったら洒落にもならない。浜田教授に次に会ったら、気をつけるようにというつもりだ。