種まきです。

ひさしぶりにブログを開きました。

書きたいな・・・

書かねばな・・・

と思いつつもなかなか考えがまとまらず、書けませんでした。


でも今日はいけそうだと思ったので(こんな時間ですが)。


今日は、最近活用しているアプリについて話します。


『メンタメンタ』

メタ認知能力向上が期待できるアプリです。

「筆記開示」という方法を使っているとのことで、そのとおり自分で書いた文章を目にし、アプリに投げかけることで自分の思考を客観的に捉えられるようになるのを目指すようです。


どうやってこれを見つけたのかはちょっと忘れたのですが(汗)、とてもよくできています。



もともと、日記アプリとかアナログノートとかに自分の頭の中の雑談を書き出してはいて、これも筆記開示的手法といえます。


これもけっこう役に立っていて、確かにその時の思考整理というか、考えすぎだったり、「あ、これはいま関係ないな」とか、書いていくうちに気づけることができるんですが、


この『メンタメンタ』をしてみてわかったのは、アナログノートでは「自分自身を客観的には見ることがほとんどできていないんだ」という事です。


少し前に書いた自分のつぶやきは、やっぱり「ちょっと前の自分」が書いたものだという視点で読み返しています。

さらに、今の自分のメンタルが落ち気味だったりすると、昔の自分が「大丈夫だよ!」とか励ましていたとしても「この頃は呑気だったわ…」とか思ってしまうわけです。


では、『メンタメンタ』はどこが違うか。


このアプリは起動すると毎回ランダムにお題に取り組みます。

内容は「自己肯定感」「ほめる」「励ます」などいろいろありますが、要は自分自身をより深く知っていくためのいろんな質問がランダムに用意されていて、最初は「他人」レベルから始まり、テーマごとに自分の気持ちや答えを書き込んでいくにつれだんだんと「顔見知り」「知り合い」「同志」など、自分との関係が強くなれていくプログラムです。


で、

基本『メンタメンタ』に書き込んだ過去の自分の答えは、自由に見ることができません。

(私は大抵のことをすぐに忘れてしまうので、自分がここに何を吐き出したかも忘れてしまいます。)


毎回アプリを立ち上げると、アプリが話しかけてきます。その内容は(多少パターンがあるのですが)ランダムです。


そこに突然、

「種まきさんの理想の…をするために必要なことを想像してみて」と、自分の言葉を呼び起こし、さらに問いかけをしてきます。


完全に忘れかけた過去の自分の答え、しかもその時の懸命に真面目に考えた答えを、ふいに「アプリの案内人という他人」に見せられた時、すごく客観的に自分の気持ちと対峙することになると同時に、

問いかけに答えることでより具体的に「自分ごと」に落とし込むことになる。


すると、

「確かにこの人(私)はこう思っているようだ」

「やはり私はこれを必要としているのだな」

と、ちゃんと「自分ごと」を「冷静に」見つめることができているのです。


アナログノートも、久々に見つけた過去の文章はもちろん新鮮なのですが、そこで「眺めるだけ」になりがち。


しかも

「この頃のお前何言ってんだよ…(意味わかんねえ)」

みたいに、「冷たい他人」止まりになってしまいがちなんだとわかりました。



そう、この『メンタメンタ』は、

「アプリという他人」という介在が、肝なんだと思います。


それはつまり実際の「カウンセラー」に吐き出しているような効果があるのではないかと。


自分のことをフラットに捉え、どんな言葉も否定せずに聞いてくれる。

カウンセラーとはそういうスタンスなのだと捉えていますが、このアプリの機能もまたそういう「何を書いてもOK=自分を丸ごと受け入れてくれる」を果たしてくれているのではないかと思います。


アプリの案内人(姿はありません)は、私の答えをただ受取るだけで、「励まし」も「褒め」も何もありません。

でもそれがすごく安心できます。



それに、私は実際のカウンセリングは受けたことがないので比較できませんけど、もし受けたとしたら人間のカウンセラーだと遠慮して言えないこともあるかもしれません。恥ずかしいしどう思われるだろうとか不安もあるし。


でも、「しょせん自動(あるいはAIによる機械的な)質問だ」と割り切れちゃうので、案外他人には言えないような事もぽんと書き出してしまえるんじゃないかとも思います。



アプリを始めた最初の頃、

「人に言えないあなたの秘密はなんですか?」と聞かれ、その時の気分で書いた言葉があります。

その時ちょっとクサれてたので、

「みんな◯◯◯(クサれた気持ち)と思うことがある」とえげつない事を書き込みました。


そしたら「そうなんですね、受け取りました」みたいに言われ、さらに翌日くらいに

「種まきさん、…って言いましたけど、これは私と種まきさんだけが知っている秘密で誰にも言いませんから安心してくださいね」


と言われた時、


「あ…あんなこと思ってもよかったんだ…」



と思いました。


めちゃくちゃ楽な気持ちになりました。



実際の「対話」ではない、のですが、

自分の答えをもとに、次の問いかけが設計されていくっぽいので(どこまで緻密化はわかりませんが)、毎回まじめに自分の気持ちを書き出しています。


今日も

「家族に褒められる時なんて言われたらうれしいですか?」

と聞かれたのだけど、



「…お母さん、すごいよ…」


しか浮かばず。


仕方ないのでその答えを送ったのですが、送った後に


「そうか、言われたことないんだわ。」

と気づきました笑。

まあ家族ってそんなもんかもですが。


すごいよ!

って、言ってほしいんだな私は。

私は知ってるよ。


あんたはすごいとこ、ちゃんとあるよ。


って、言ってあげました笑。



久しぶりの割に熱く語ってしまいました…


とりあえずおすすめなので、興味があるかたはぜひ気楽に開いてみてくださいね。

私は朝にするのが習慣になってます(長男を車で送ったついでに車内でするのも好き)


ではではまた。

種まきです。



毎日、やりたいことがいろいろあります。

毎週、やりたいことがいろいろあります。

毎年、やりたいことがいろいろあります。



そして、やりたいことのいろいろが、
毎回コロコロと変わります。

ちょっと不満


これでは、いつまでたっても「何かをやり遂げる」に繋がらない・・・

不安

そんな感じでずっと生きてきた、種まきです。




中学生時代。

今思うことは、
もっと部活を頑張りたかったなあ…でした。


高校生時代。

今思うことは、
もっと部活と勉強を頑張りたかったなあ…でした。


大学生時代。
今思うことは、
もっと勉強を頑張って、毎日の一人暮らしをちゃんとしたかったなあ…でした。



でも実際、

中学生時代は、
勉強と部活と友達つき合いと先輩や先生の理不尽と恋愛話と。

高校生時代は、
勉強と部活と友達つき合いと恋愛話と。

大学生時代は、
勉強とサークル活動と一人暮らしとバイトと友達つき合いと恋愛話と。

真顔



・・・オイ、恋愛話が多いなww!





・・・とにかく、
結局それなりにいろんな波を乗り越えないといけなくて、時間は全然足りなかったんですよね。




いやいや、あんたの意志が弱かったんじゃないの?




確かにそれは全否定はできません。凝視



でも、当時の自分が、強い意志を持ってその「本当にやりたかったこと」に全振りできたかというと・・・


その強い意志の「源」は、どこかで手に入れることができたのだろうか。


私の中にはなかった「強い意志」。
自分で生み出すことができない私は、育てることも手に入れるきっかけもないまま、今にいたったのだろうか…


・・・いや、きっかけは、あったかもしれません。あったと思います。
当時の自分も強い意志の種を見る機会があって、
「ああ、確かにそうだ!」
と答え、しばし考えたでしょう。


そして、しかし結局、「それ」を選ばなかった。
その選ばなかった理由が「すべて自分のせい」だとも、思えないんですよね。



今、中学生まっただなかの長男。
今年から陸上部に入り、憧れの短距離種目で自己ベストを出すために頑張ってます。
イメージトレーニングは、つねに世界トップ10の海外選手という理想の高さ…凝視


おのれの身体を制御して記録を塗り替えるなんてことは、
よほどの才能がない限りは生半可な気持ちじゃ更新できません。


でも、目の前の中学生は、今しかできないいろんなことに、まっしぐらに取り組んでいる。
友達とボウリングに行って、市内を自転車で走り回って、遅くまで友達とLINEして、YouTube見て、音楽を聴いて歌いまくる…


翼くんはボールと一緒に寝ていましたが、結果を出すためにはそのくらいの事をしないと(そのくらいの意志を貫かないと)いけないだろうと、(自分の経験から)思っている私…

強豪校だったらそんな自由時間はめったに与えられないでしょう。
でもそこまで禁欲的に自分を抑えつけても、勝てない時は勝てないんですけど。


であるならば、彼もまた自分の意志ではない「何か」に動かされ、選んでいるのだろう。
私が「ダラダラしてんじゃねーよ!」と怒鳴ったところで、何も変わらないのかな…。



・・・と、グダグダと、きょうは火曜日のボヤキでした。





おはようございます。種まきです。


前回思い出せなかった

「これって普通はどのくらいなんだろう?」ですが、

やっと思い出しました。


水筒のゴムパッキン。


あれ、カビて汚れてくるんですけど、どれくらいで新しいものに交換しているのかな…っていう疑問でした


おそらく

「1年に1回交換してます」派と、

「え?一度も交換しませんけど?」派とで

二分すると読んでいますが。


私は「半分前者で半分後者」です。←なんやそれ

汚れが目立つような色のゴムパッキンは交換して、目立たない(暗めの色の)場合は無視しています!




さて、どうでもいい話で始まりましたが、本題。



昨日、仕事から家に帰ると、娘が「明日は学校に行く」と言いました。



9月中旬の宿泊学習に行った以外は、まったく登校していない、小5娘。

どうやら仲良しの友達に「明日来い」と誘われたようです。



やや驚きましたが、「そうなんだ」と返しました。


そして今朝、先ほど無事に学校へ行きました。

「友達がスタ連(LINEのスタンプ連打)してくれた」そうで、早くに起きてもいました。


車で送り、先生に連絡をし、友達に迎えに出てきてもらいました。

給食を食べてから下校するとのことです。


やれやれ…




学校に行く日は、私はいつも動揺します。

不安だからです。


何が心配なのかはうまく言えませんが、おそらくは「このあとはどうなるんだろう」みたいな不安です。



明日からはどうなるの?

次の登校は?

先生とはどんな話し合いを?

彼女のためにするべきことは?



みたいな…



というか、今朝ようやく、このくらいはっきりと認識できるようになった。



そして、この不安のすべてが、

娘本人のためではないということも。



自分が不安だから、

自分がその不安を解消したいから、

あれこれ動いてしまう。

聞いてしまう。

準備を促してしまう。



行くか行かないか。

朝急にキャンセルするかもしれない。

そうなったらどうしよう…

せっかく起きれたのに。

行く気になったのに。


とか。


全部、娘本人の問題なのに、です。



そんな不安も、登校しなくなった当初に比べたらかなり薄まってはきました。

(もちろんまだありますが)


が、娘はまだ小学生。

「あなたが決めなさい」と線を引いてしまうことは、できない段階かなと思います。

まだまだ甘えたいし、周りのせいにしたいし、気分に左右されることが多い。


(それは 私もまったく 同じなのだが真顔



親は、家族は、どうあるべきか?


みたいな話は、いろんな本でいろんな経験者(親、こども本人)が書いてくれているので参考にしているけど、


自分のことでは、まだ「腑に落とす」まではいけてなくて。


なので、今はやっぱり


「この先どうなるのかな」


ここまでしか出せません。




・・・いや、


「でも、どうにでもなるよね」


強いて付け足すなら、これかな。



どうにでもなるための生き方、学び方。


それをどうにかして情報提供してあげたいな、とは思うのですが、

こればっかりは本人のアンテナと成長度合いによるので。


何事も期待どおりにはいきませんな…ニヤリ





余談ですが。


娘を見送り、駐車場まで戻っていると、

隣の車で別のお母さんが、ランドセルを担いでお子さんを急かしていました。


「もう!!早く!!間に合わないよ何やってんの?!!」


ワーンと泣いているお子さん。

たぶんお母さんは出勤に遅れちゃうからと、すごい剣幕です。


「早く降りなさい!!」


私は車に乗りながら、ちょっと胸が痛かった。

もう記憶にもないけれど、

おそらく私もこうやって、長男にも娘にも、早く早くと、自分が(遅刻して)怒られる恐怖を回避するために、子どもに恐怖を与えていたのかもしれない。



ああ切ない。



でも仕方ない。



物事は、その本人の目の前に、自分事として噴出してはじめて「気づく」のだ。


かくいう私も、自分の子どもが不登校になるまで、よその子のトラブルなど、まったく響かなかったのだから。




さてさて…

きょう給食を食べて帰った娘に、なんて声をかけるか?


とりあえず全部の答えに

「そうなんだ」



…くらいしか、

浮かばないな…笑




こんばんは、種まきです。


暖冬 という噂は、本当なのでしょうか。


寒い冬に備えて、どんなに暖かい衣類や家電の支度をすればいいのか、わかりません…



少し前にTwitter(現X)で、「ブラジャーは何枚持ってたら正解なのかわからない」という話が流れてきて、「3枚あれば大丈夫」という販売員さんの意見から「10枚は軽くあるでしょ」とかいうコメントもあり、うんうん、なるほどぉ、それ、


私もずっと気になってた!!!!


と激しくうなずきながら読んでいました。



それでふと、

あ、そうだ、アレについてはどうだろう?

アレも一体正解がどれくらいなのか、知りたい……

と思って、ここに書こうと(昼間は)思ってたんだけど、


何のことか忘れました。



不安


悲しい…



まあ、思い出したら、書きます。




ところでさっきの話、


ブラジャーは何枚持っているか?ですが、

ぶっちゃけ私は現在2枚です。


2枚?


少な!!


しかもノンワイヤーです。


ワイヤー入りのちゃんと測ってもらったやつが、2年くらいしていよいよ形が歪んだのかフィットしなくなり、ブラジャージプシーに。


それからしばらくネットを血眼で探した結果、いいのを見つけました。


https://item.rakuten.co.jp/shirohato/b111038/?variantId=3316574&s-id=step0_sp_itemname


お気に入りです。

次もまた同じのを買いたいです。


って言ってると、廃盤になったりするので、買いだめしとこうかな…



ワイヤー入りは、最近きついです。

寄せて上げるとか、最低限形よく見せるとか、もう割と気にしなくなってきました

どうせ自分の(こう見られたいという)イメージと他人のイメージもまた、ズレているのだから…





種まきです。




うーん、


ここんとこ


全然ブログが書けま…せんでした…






たぶん、難しく考えすぎなんだよね。


言いたいこと、メモしておきたいことは、

さっさと書いておかないとあっという間に消えてしまう。


まめな更新を目標に、頑張ります…にっこり





昨日、ずっと更新されていなかったブロガーさんを久しぶりに訪ねると、6年ぶりくらいに更新されてる事に気がつきました。

といっても更新したのが2021年で、いくつか記事を書いた後、止まっており…


でも、ジーンとしました。

元気な姿が見れて、嬉しかった。

あの頃ただ一方的にブログを読んでは、すごいなーとか、参考になる事は真似をしたり。


ブログを閉鎖することなく、久しぶりにも関わらず近況をつづってくれた。



私は、数年前の自分の履歴なんていとも簡単に消してしまえる。


彼女は本当に素敵だ。



私も、堂々と過去を振り返られる、懐かしさを楽しめる、そんな人間でありたいです。



ということで今日はこのへんで。


(こうやって1ヶ月に1回は再スタート切ってそうな自分…)


よだれ





種まきです。


毎日1行書くと言いつつ時間が空いてしまった…

サボってしまいました。すみません。


その間、また本を読みました。

(Amazon Kindle無料期間は終わりましたが、とりあえず1ヶ月延長して、読書を続けています笑)


読んで、気づくこと、本と本でつながることがたくさんありました。

その話はまた追って…(と言っているうちにタイムラグができそう)



今日は朝、長男の弁当を作ったあとは特に予定がないので、家の片付けをします。


片付け。

今まで何度やってきたことか。

いつも結局なし崩しになるところがあって、モヤモヤしています。


それは根本的な片付けができていないからです。


根本的な片付け…

それは「情報の整理」にほかならない、と、

今朝腑に落ちました。


今に集中できないのは、目の前の「モノ」=「情報」があちこち散っていて、それを認識する私の脳が、無駄に消耗しているから。


情報を必要な時にすぐ取り出せれば、脳が「疲れた」と感じることもなく、そのエネルギーを「やりたいこと」や「直観」のアウトプットに使えるはずです。


たとえば職場を思い出すと、私の仕事はほとんどの「情報」がパソコンの中に詰め込まれています。

他にも実際の在庫品、なんかも、同じサイズのケースにラベル付きで収納することで、取り出しやすくなっています。


でも私以外のモノ…共有パソコンのデータにしても…は、詰め込み方は人それぞれで、ゴミがそのままたまってたり名前が探しにくかったり…。(自分が困らなければ、とりあえず放置していますが;)


とにかくまず「見えない」。

それが大事かなと。


いっぽう、家庭の中はというと、

未だに「モノ」が重視されています。

(というか生活のほとんどの衣服、食料、日用品は物体です)

そういう、キーホルダーやらノートやら本やら洗濯物やら…いろんな「モノ」が、リビングのいたるところに置かれたままです。


でもそれらも、アクセスしてすぐに取り出せるなら、普段は視界になくていいはずです。


でも、全部見えなくなったら…

子どもの情操はどうなるの?


みたいな意見もありそうですが。


確かに、自分の幼少時代はというと、モノに囲まれて、モノを確かめながら過ごしていました。

筆箱やらぬいぐるみやら集めては、並べて満足していました。


今の子供たちも、もちろんモノは重要かもですが、すでに2人とも10歳をこえている我が家の兄妹。

家庭での過ごし方のほとんどは、スマホかテレビで動画を見ることです。たまに絵を描いたりしますが

物体から得る情操(手触り、色、形とか)は、一応それなりには与えてきたとは思っていますので、今改めて親が提供することもないのではと思います。


(子供の「ようつべ」ばっかりの良し悪しは置いてます(笑))


なので、今我が家で、モノという「情報」が露出しているという要素は、全然優先度高くはないはずなのです。


だったらもう、アクセスの場所決めて、見えなくしてしまおう。

というのが、今朝の計画です。


つべこべ書きましたが。

ただでさえ、頭の中の思考がごちゃごちゃうるさいのです。

視界にも余計な情報が入るから、脳も疲弊しているんだと思います。


ので、今から片付け入ります!




ちなみに、なりたい自分、在りたい姿、なんてのは、ないです。

今できる最適解を選んでいくだけです。



ではまた〜

種まきです。


Amazon Kindle無料期間中に読んだ本の読書感想を続けています。

ちょっとずつですが、自分の考えた道のりをふり返るのはとてもいいです。
さまよい具合がよくわかる(笑)


で、わかったこと。
私の場合、
読んだ直後に湧いてきた「疑問」や、見つけた「キーワード」をさらに調べるために次の本を探す、みたいな流れになっていると、改めてわかりました。(ま、早い話がサーフィンです笑い泣き個人的には、漫然と探してるわけではなく、一応筋道があるつもりなんですよだれ


・・・

で、1冊ずつ感想を書いていこうかと思っていましたが、
書いているうちに「今の思考」が入ってきて脱線したり冗長になってしまう気がしてきたので、今回からざっくりまとめて紹介します。



【やりたいこと探しの後に読んだ本ラインナップ】


星渉


Jeg


菅原隆志


Keiichi



【以下、まとめてふり返ります指差し


前回の流れから、やっぱり自分は「今」をきちんと肯定できていないんだな・・・とわかりました。

この自分の「思考のくせ」は、5年前くらいから自覚していて(セミナーとか行ってた時期w)、今も時々思い出すように努めている課題です。

が、結局どんな教えやテクニックを学んだところで、思考を変えることは容易ではない…というのが率直な感想です。


それぞれの本ごとに、なるほどと思ったり、新しい発見だと喜んだりすることはあっても、私の思考が「がらりと」「一瞬で」変わることは、やっぱりないのです。


強いて言うなら、くり返しこれらの本を読むことで、「客観的に自分をみる」――これはいつものパターンだな、とか、やっぱりここで怒ってしまうんだな――とかを「くせづけ直し」できるようになってはきたのかな?


楽して手に入れたぁい」と夢見ることは、なくなったということですね!ww




でも、本当は簡単なことなんです。


いつでも感謝できる人は素敵だなあ。
素直に行動できるようになれたらなあ。
幸せを感じていられる時間がもっと増えたらいいなあ。

それだけのこと。


でもそれが素直にできない自分。

でもでも、前回までの話だと仏教ではその「自分」すらないのだから・・・


うーんやっぱり難しい。
ちょっと不満



種まきです。

ブログを「毎日最低1段落書く」という習慣を打ち立てました。

なので、どうしても書かなければなりません。書くまではおやつ抜きです。




さて、前回「執着」を手放して幸せになったはずの私が次に手をつけたのは、こちらの本です。




自分にやさしくなった私は、「私は何を好きなのか?今後何をやりたいか?」と知りたくなったのでしょう。


わかりやすいですね。


本書では、たくさんのチェックリストやアウトプットを通して、自分の「興味があること」「得意なこと」「収入になること」を見つけ出し、それらをかけ合わせることで「やりたいこと」を決めよう、みたいな内容です。

一つ一つ設問をこなしていくのが本当に楽しいです。全然難しくないし、誘導に従うとスルスルと書けちゃいます。
忘れていた自分の好きなことを思い出すと、本当にワクワクします。


・・・


そして・・・
恐ろしいことに・・・



私はやりたいことを見つけ出した(正しくは見つけ出しかけた)ところで、

急にめんどくさくなり笑、

終わってしまいました!!




そして・・・

もっと恐ろしいことに・・・

この本を読み始めたのです!!




はいコチラ。





はい真逆いきました。






えー、

【この本の主旨】

・「やりたいこと」がなくても困らないでよい
・「もうあきらめよう」「今十分豊かだ」となって肩の荷が降りてから見つかる
・やりたいことはわずかに動く直感からトントン拍子で点と点が結びつく
・生まれたことだけで存在価値がある
・「やりたいこと」というのはつまるところ豊かさへの欲求


私の地元のおっさんがしゃべると、こうなります。

「あんたな、やりてえことはな、無理やりつくるんのんじゃねえ
ていうかやりたいことがないなんてな、豊かな社会でしか生まれん欲望なんじゃ
おまえは今すでに十分じゃろうが」


・・・



時々湧き上がります。
やりたいこと問題。


たぶん、今が足りていないと思っているから、周りを見てしまうから、出てくるんでしょう。


そしてまあ実に、私は結局このあたりを定期的に、ずーっと、ウロウロしているんですよね・・・

大丈夫、だいじょうぶ。
私は今のままで大丈夫。

そう言い聞かせている。


・・・

ただ、
『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』を読んで気づけたことがあります。


それは、「得意なことは必ずしもやりたいことではない」ということです。

得意なこと=苦労せずともできてしまうこと


私の場合、「企画を立ち上げる」のは結構好きで、アイデアが湧くと集中してアウトプットできるほうなんですけど(学校行事とか、身近なイベントとかのレベルですが)、

・できるんだけど、自分でストレスをかけすぎてしまう
・理想どおりになるように無理してでもやる

みたいなところがあるようで・・・


確かに振り返ると、自分からやりたいと始めるというよりは、お願いされてやる、という事が多かった気がします。

「種まきさん、できるからお願い」
「いいですよ」

で、めちゃくちゃ真剣にやりすぎる・・・

みたいな。


そういうの、本当に自分からやりたい!てわけじゃなければ、断っていいんだ

ってことに、気がつけました笑。


なので、どちらも読んでよかったです。
(ざっくりまとめすぎやー!!)


ということで、読書はまだまだ続きます。


種まきです。

今回も、Amazon Kindleで読んだ本の感想と、ふり返りをしてみます。

根本裕幸


根本氏は、誰かのブログをきっかけに知り、記事をいくらか読ませてもらったことがあります。

読者(生徒さん)の質問に、かなりズバズバと内面に切り込んだ回答をする方なので、「バッサリ斬られるのが快感」「人生に激変を起こしたい」という我慢が好きなタイプには、たまらないカウンセラーだと思います。

これまで、執着手放しの本やブログは何冊も読んできた自分としては、この本を「なるほど、氏はそういう切り口なのだな」と確認しながら読み進めていきました。

が、もしこれが、人生で初めて読む執着手放し系だったら、一発で「これは私のことだ!根本先生ヤバい!」と食らいついていたかもしれません、それくらい好きな人には刺さる文章がいっぱいな本でしょう。


執着とは何か?

ずっと抱えている悩みや心配事、家族間問題、他人への嫉妬、怒り、これが執着です。

執着がある状態というのは、それらを手放すことができない、気にしないではいられない状態のことです。

そして、手放すことができないのは、他ならない自分です。

つまるところ、
「自分には価値がある」そのことを他人に知らしめるために持っていたい、という心理によって執着は生まれるのだと、本を読みながら改めて理解できました。


自分で好んで執着を握りしめている・・・
最初にこのことを知った時は、ショックだったし、軽く惨めでした笑。

「じゃあ、とっとと手放そう!」

・・・とはすぐいかないのが、人間の性。

やっぱり、自分を認めてもらいたいのです。


そこで、承認を他人ではなく「自分自身」でしてあげようというのが本書でワークとして紹介されています。
案外、自分で自分をほめる、認めるということができない人、多いです。特に40〜50代は、我慢や理不尽に耐えるのは当たり前とされてきた世代じゃないでしょうか。


まあ別にワークをしなくても(私はしていないw)、そうした執着まみれの今の自分に「気づく」。

手放したくないのは、実は自分なんだと「気づく」。

これが一番大事です。


気がつくだけで、「わー私1人でバカみたい」と思えて手放してしまえたり、
「ちゃんと相手に伝えていないだけなんだ」と、意地を張るのを弱めることができたり。


さらに、
「あの頃は私も精一杯、でも頑張ったんだね」と思えたら、自分を許せたり、受け入れたりもできてきます。

すると、少しずつ、人生を、社会を、楽に捉えることができる。


しかし結局、執着は消えません。
消したと思っても、再燃したり、新しいものがどんどん自分の中で生み出されます。

だから、
とにかく「急いで何とかしよう」と思わないこと。

そのつど、
「あーまた執着してるんだ私」
と気づいておけば、暴走する自分から距離を(ちょっとでもよい)置くことができ、いずれは自分で片をつけることができると思います。
時間はかかりますけどね。


・・・


ところで、
執着手放しについて、実は最初(たぶん)説いたのがブッダです。

生きている限り、苦しいし、悩みは尽きないことを、2000年以上前に気づいて、どうしたら楽に、クールに、よい人生を歩めるかの指南が、弟子によっていろんな経典に残されています。


なので、もしみなさんが、執着手放しについて一度でも本やブログで知識を得たことがあれば、
それ以降は新たに師を探したり、セミナーなんかに行く必要はありません。

お経を読みましょう。

各宗派によって、自分と向き合う厳しさ度合いが違うので、自分に合った価値観を選ぶといいです。


そういう私は今回のように興味のある本をつまみ食いしてしまいます(爆)が、「ここ、仏教で説いていることと同じだな」と確認をしながら読んだりします。
根本は同じ。
なのに今だに減らない!!(笑)


セミナーは楽しいです。
すごいこと知った気分がたまらなく心地よいです。
でも、「すごい真理を知っているらしい誰か」に何とかしてもらおうとすることが、実はすでに執着なのです。

はまりすぎに注意しましょう。




種まきです。

Amazon Kindleの無料期間中、いくつか本を読み漁りました。
今もまだサーフィンしておりますが;
読んだ内容のふり返りも含めて、共有していこうと思います。

★菅原洋平
「めんどくさい」が消える脳の使い方
 



無料期間がスタートして最初に読んだのは、この本だったと思います。
5月くらいだったと思いますが、この頃ずっと
・いつもエネルギーが足りない感
・すべてが面倒くさい
・継続したいことが習慣になりにくい

こうした悩みを抱えていました。

私は以前から「1日の習慣づくり」を深めたいと思っては、筋トレや英会話podを聴くなどに取り組んでみたりして、でもなかなか続かない・・・を繰り返していました。
なので、「習慣づくりを改めて勉強する」意味合いで、読み始めました。

で、最近の習慣づくり本にはどれも書かれていると思いますが、
私たちの行動や思考には「脳」の働きが必ず関与しています。
菅原先生もここにアプローチしていて、脳の特性をうまく使えば、私たちは「変わる」ことができると力説されております。


★以下、文中のポイントと思ったところ★

①「めんどくさい」はエネルギー消耗のサイン:
要は、「めんどくさい」は脳の中で「わからない領域の処理がずーっと続いている状態」のようです。だから、1日中めんどくさいと感じながら過ごすと、「運動も何もしていないのに、夕方すごく疲れている」が起きているというわけです。

「限られた脳エネルギーを、上手に効率よく使いましょう」というのがこの本の主旨だと思います。

②わからない状況⇒分解、つなげる、さわる

習慣づくりのポイントとして、やりたいことを「小さく分解する」ことがよく言われます。ハードルをとにかく下げる(例:腕立て伏せは1回にする、など)ことで、心理的負担が軽減されます。

とくに、今回面白いと思ったのは、「つなげる」「さわる」です。

「つなげる」は、めんどくさいと感じる作業の「最初」を「他の作業のおしり」にくっつけることで、一番エネルギーを必要とする「作業の初動」をクリアすることにつながります。

また「さわる」も、簡単なのに効果があります。

例えば2階に持って行こうとリビングに積んだままの洋服。
目に入るたびに「持って行かなきゃ⇒でも持って行かない」をくり返していると、何とその行為は「報酬(ほら、やっぱりまた持って行かなかった)」として脳に処理されるのです!
(自分にとってよくない行為でも、反復を強化させる報酬になってしまう。無意識の習慣は恐ろしいことです。)

この時、積んだ洋服に実際に「さわる」ことで、脳神経が刺激され、「2階に持って行く」という行動につながりやすくなる、とされています。




③既存の方法をつかう
・習慣づくりにまったく新しい取り組みを入れることは極めて挫折につながりやすいです。
・その場合は、「今までの習慣」にくっつける(②と同じ考え方です)と、違和感なく脳が受け入れる、というわけです。

④いつもどおりに行動する:
③と同じで、大事なプレゼン、発表会の本番前なども、いつもとは違う特別なことをせず、いつもどおりに過ごすのがよいそうです。



ほかに本文中で「へー」と思ったのが、脳の神経って「たくさん使って活性化させるのがいい」みたいなイメージが自分にはあったのですが、まったくの逆で、「少ない回路で指令を回すほうがエネルギーの消耗を抑えられる」というくだりです。

よく脳の情報処理構造をパソコンに例えられたりしますが、このあたりは本当にパソコンと似ているみたいだ、と思いました。


とはいえ…実際はどうでしょうか?
「同じことのくり返しに飽きた」とか思いませんか?ww
要は、やりたいこと(脳を使いたいところ)に集中するためには、「効率」と「非効率(創造力)」をバランスよく使い分ける、ということでしょうね。


さて、実践について。
この本を読んですぐに、「めんどくさい」と思って途中にしていることをノートに書き出しました。
そして、「とにかく小さく手をつける」ことにしました。
たとえば「庭の草刈りしたい(けどできてない)」は、ネットで草刈り機を探し、注文しました。
また「2階の空き部屋を片付けたい(けどできていない)」は、むしろ「そのまま放っておいてOK」として、無駄に考える、気にすることをやめました。
そうした結果、書き出したことの8割くらいを、割とすぐに終わらせることができました!

「あれ、やってないな・・・」と未着手にすることはなるべくやめて、
とにかく手をつける、さわる、そうでなかったら「いっそのこと考えない」ようにする。めんどくさいはかなり減りました。(ま、だんだん元に戻ってきてますが…;)


そして、今回一番やってよかったこと。
階段にいろんなモノを積んでいる状態。これがなくなりました。
なんとなく積んでいるもの…それがなんとなく視界に入る。
気にしてないようでいて、実は上り下りしている間に、ものすごく無駄に(ああ積んだままだ…)脳エネルギーを奪っていた。
ということを、めちゃくちゃ痛感しました。

整理整頓は、大事ですね!