種まきです。


毎日1行書くと言いつつ時間が空いてしまった…

サボってしまいました。すみません。


その間、また本を読みました。

(Amazon Kindle無料期間は終わりましたが、とりあえず1ヶ月延長して、読書を続けています笑)


読んで、気づくこと、本と本でつながることがたくさんありました。

その話はまた追って…(と言っているうちにタイムラグができそう)



今日は朝、長男の弁当を作ったあとは特に予定がないので、家の片付けをします。


片付け。

今まで何度やってきたことか。

いつも結局なし崩しになるところがあって、モヤモヤしています。


それは根本的な片付けができていないからです。


根本的な片付け…

それは「情報の整理」にほかならない、と、

今朝腑に落ちました。


今に集中できないのは、目の前の「モノ」=「情報」があちこち散っていて、それを認識する私の脳が、無駄に消耗しているから。


情報を必要な時にすぐ取り出せれば、脳が「疲れた」と感じることもなく、そのエネルギーを「やりたいこと」や「直観」のアウトプットに使えるはずです。


たとえば職場を思い出すと、私の仕事はほとんどの「情報」がパソコンの中に詰め込まれています。

他にも実際の在庫品、なんかも、同じサイズのケースにラベル付きで収納することで、取り出しやすくなっています。


でも私以外のモノ…共有パソコンのデータにしても…は、詰め込み方は人それぞれで、ゴミがそのままたまってたり名前が探しにくかったり…。(自分が困らなければ、とりあえず放置していますが;)


とにかくまず「見えない」。

それが大事かなと。


いっぽう、家庭の中はというと、

未だに「モノ」が重視されています。

(というか生活のほとんどの衣服、食料、日用品は物体です)

そういう、キーホルダーやらノートやら本やら洗濯物やら…いろんな「モノ」が、リビングのいたるところに置かれたままです。


でもそれらも、アクセスしてすぐに取り出せるなら、普段は視界になくていいはずです。


でも、全部見えなくなったら…

子どもの情操はどうなるの?


みたいな意見もありそうですが。


確かに、自分の幼少時代はというと、モノに囲まれて、モノを確かめながら過ごしていました。

筆箱やらぬいぐるみやら集めては、並べて満足していました。


今の子供たちも、もちろんモノは重要かもですが、すでに2人とも10歳をこえている我が家の兄妹。

家庭での過ごし方のほとんどは、スマホかテレビで動画を見ることです。たまに絵を描いたりしますが

物体から得る情操(手触り、色、形とか)は、一応それなりには与えてきたとは思っていますので、今改めて親が提供することもないのではと思います。


(子供の「ようつべ」ばっかりの良し悪しは置いてます(笑))


なので、今我が家で、モノという「情報」が露出しているという要素は、全然優先度高くはないはずなのです。


だったらもう、アクセスの場所決めて、見えなくしてしまおう。

というのが、今朝の計画です。


つべこべ書きましたが。

ただでさえ、頭の中の思考がごちゃごちゃうるさいのです。

視界にも余計な情報が入るから、脳も疲弊しているんだと思います。


ので、今から片付け入ります!




ちなみに、なりたい自分、在りたい姿、なんてのは、ないです。

今できる最適解を選んでいくだけです。



ではまた〜