ivisのブログ -24ページ目

映画「さよならみどりちゃん」

大好きな人に好きになってもらうには、どうすればいいのでしょう?


OLのユウコはバイト先の同僚ユタカを好きになり一夜を共にします。でも彼はみどりちゃんという彼女がいるから、とあっさり恋人同士になることを拒否。そんでもって女にだらしなくてユウコ以外の女といちゃつきます。

でも好きだからユウコは我慢。時には距離を置いてみたり、彼に合わせるように軽い女になって他の男の子とつきあってみたり。

そんなことをしてもユタカはユウコを好きにならない。


こんな男やめちゃえばいいのに、それができない。女にだらしない所も自由奔放な所も軽い所も全部承知で好きなんだから。

始めは恋人じゃなくても側にいられればいい、と思っていたのに一緒にいても自分を見てくれない男の態度に段々苦しくなってくる。

だけど2人の立場をはっきりさせようとしたらこの関係が終わってしまうのではないかと怯えるけれど、自分を好きになって、と言わずにはいられないユウコ・・・


何だかとっても切なーい泣

好きになればなるほど辛くなるなんて・・・

男に振り回されてユウコのような辛い想いを経験した女の子って多いと思うんだよね。


かなり女子の共感を得られる映画だと思います。

映画「キサラギ」

アイドル如月ミキの1周忌にネットで知り合った男5人が集まり、それぞれ彼女に対する想いなどを語り合おうと企画した幹事の思惑とは別に自殺と処理された彼女の死因についてあれこれ憶測が述べられ、話し合っているうちにいろいろな事実が明らかに・・・


まるで舞台を観ているようでした。てか舞台向きのストーリーですね。5人が集う部屋でしか物語が展開しないし。

5人が話す内容だけで物語が次から次へと進んでいくのは脚本の力でしょう。

一癖ありそうな役者たちに何か隠れてるんだるんだろうな~と思っていたら案の定。それぞれがらしい役柄でした。


三谷幸喜の「ラヂオの時間」でも感じたけど。場所がほとんど動かない映画だとちょっと飽きます。舞台だったら臨場感とかその場の空気を感じて物語に入っていけるんだろうけど、映画だと観る側はワンクッション置いてみてしまうんで何となく客観的になってしまうんですよね。

映画って映像で語る部分が大きいと思うんで。邦画ってその点がちょっと弱い気がします。


でも楽しい作品ですよにこ

小説「純愛小説」 篠田節子 著

出版社に20数年勤める香織は数年前の純愛ブームを仕掛けた編集者。

そのきっかけは長年の友人である柳瀬から「小説だって商品だ。今、世間で受けそうな題材を見極め、凡庸な作家の才能を上手く料理するのが編集者の仕事だ。」と彼に言われれたからです。

そんな彼が妻から過去の女性問題で離婚を言い渡されました。相談を受けた香織は恩返しのつもりで妻の誤解を解くよう画策します。

が、しかし自体は逆の方向に・・・


浮気が絶えなかった夫が家庭人になった理由は子供の病気を機に夫が改心したと思っていた妻。実は死んだ女性に操を立てていたのだと、自分の夫が過去に純愛していたとストーリーを作り上げてしまいます。


香織は彼の妻が純愛にはまっていたことを知っていたが、フィクションの世界である永遠の愛というものを信じて、実生活に当てはめてしまったことに驚き後ろめたい気持ちになります。


女ってどこか永遠の愛というものに対して憧れというか信じたいという気持ちが強いんですよね。


でもイギリスのチャールズ皇太子とカミラ夫人だって純愛だけど、ほとんどの人が故ダイアナ元妃に同情して誰も美しい物語にしたがらない。確かにこちらは求めてないしんだよねえ。

魅力的とは言いがたい存在だからでしょうか・・・



世間が好むのは純愛、という愛のあり方よりも純愛をしている主体が美しいかどうかなんじゃないかしらん。



表題作他3編収録されています。

映画「トゥルーマン・ショー」

ある男の人生の生き様を全世界生中継。隠しカメラ5000台。知らぬは本人だけ。

突然男は自分をとりまく世界が不自然なものに見えてきて、真相を知るため動き出します。


すごいブラックな映画ですよね。ドキュメンタリーではなく完全隠し撮り。

おまけにその男の人生は制作側の意図によっても操られています。仕事や結婚相手までも・・・

い、いやだ~そんな人生泣く


マスコミの視聴率がとれるためだったら何でもやっちゃう姿勢に対する皮肉も込められた映画。

主演がジム・キャリーだから、かろうじてコメディになったと思う。

にしてはあんまし笑えないけどね苦笑


映画「愛より強く」

自暴自棄で事故を起こした中年男ジャイトが入院中知り合った若い女シベルから求婚され、偽装結婚するが次第に愛が生まれて互いにかけがえのない存在に。そんな中、事件が2人の人生を狂わせる・・・


シベルがジャイトに求婚したのは、自分と同じトルコ系ドイツ人だったから。トルコ人の多くはイスラム教らしいですね。そんでもって戒律が厳しくて男の子とデートすることもままならない窮屈さに彼女は自殺未遂するが、自殺はイスラム教でもご法度で残された家族も白い目で見られます。

そこで彼女は妥協案として同じ民族の男と結婚する道を選びます。結婚してしまえばこっちのものと考えたわけです。

そんでもって結婚してくれないとまた自殺しそうな彼女に負けてジャイトは単なる同居という形で結婚を承諾します。


が、いざ結婚してみると彼女は料理上手で掃除もきちんとしてくれるいい奥さんだったのです。(玉ねぎのみじん切りをまな板の上でなく手のひらでナイフで刻んでいたのにはビックリ。)

シベルは抑圧から開放されて遊びまくり、2人は互いを干渉しない自由奔放な日々を送ります。

そして2人の間に愛が芽生えてきた時、彼女の浮気相手にジャイトが腹をたて殺してしまい刑務所へ。

刑期を終えたジャイトはシベルのもとへ行くが・・・


刺激的な文化が氾濫している世界で自由や欲望を制限させられたら、確かに逃げ出したくなるかも。別にイスラム教の戒律を否定するつもりはないけどね。


激しい気性で若さと生気がみなぎっていたシベルにほとんど生きる気力を失っていた彼が惹かれたのは当然といえば当然。生きる力を吹き込まれたのだから。



愛とは・・・、と思わず考えさせられる映画。