ホストファミリー見参!
ホテルのチェックアウト日だったのでホテルのカフェで最後の朝ご飯を食べて、部屋に散らかしたままの服や電気製品を大きな荷物に詰め込んだ。インタネットのケーブルを引き抜けることができなくてなくて、フロントに行って状態を説明してから係員が部屋に上がってきた。でも力を入れて引っ張ってもなかなかプラグから抜けられなくて、彼はフロントに電話をかけた。二人の係員が部屋に上がって、やっと一人がプラグから出した。何でそんなに出しにくかったとは、俺が逆に入れたからだ。大変ボケなのだからね。
ホテルの前に、荷物をJCMUまで運んでくれる人を待った。荷物が運んでゆく後姿を見守って、自転車に乗って後を辿った。ヘルメットを被らなかったから昨日叱られたから、今日は素直に被った。月曜日までに自分のを買う。ヘルメットは嫌だから。
JCMUに着いてから、緊張していた友だちと宿題をしながら―いきなり宿題が出された―ホストファミリーが来るのを待っていた。4段のクラスのシラバスを読んでから、結構面白そうだと思った。毎日いっぱい読書と色々な書き練習をする。それに、クラスの中に間違える時は必ず先生に指摘される。
言語教育には二つの工夫はあると、UMASSの教授に教えてもらった。一つは自信や速さをもたらす為に、生徒の間違えを指摘せずに、大体の意味を伝えられるように教える。もう一つは、完璧な言語を正確に話せるように、生徒の間違えを次々に直して、間違えさせない工夫だ。勿論後者は生徒にとっては心細いし、先生にしたって辛抱強く直し続けなければならない。大体の場合には、先生はこの二つの工夫を配合する。クラスの中で生徒を話し合わせて、それで聞き取りも、間違えても―勿論間違えすぎると誰もわかってくれない―言いたいことを伝えることを両方練習させられる。このクラスは間違えさせてくれないというのは、クラスの外には後者の練習方法を生かすべきだと思えば良いだろう。俺の場合には、ホストファミリーとの会話はかなり有利となる。
しばらく宿題をしてからそろそろ2時になって、ホストファミリーが登場した。最初に来たのは2段のクラスに入った女の子の親切そうなファミリー。次は一人のおばあさんが来て、靴を何処に置いたか忘れてしまった3段の男の為に待ちながら俺は彼の荷物をおばあさんの車まで運んだ。すると、つい夕立にあった。悪い兆しとならないように囁き祈った。俺も結局緊張し始めた。俺のホストファミリーが来た時、挨拶をして、日本語には不自由なことなしと、ホームステイの幹事人に紹介してもらった。ホストファミリーの車に乗って、日本語やニューヨークや9/11や俺の将来の希望等、色々なことについて話していた。
5人家族だ。ボクシングが好きで、とても親切なお父さんのツトムさん、そして奥さんのカズミさんは二人ともとても正直な人で、日本語が少しでもできる俺に会ってからほっとしたみたい。ツトムさん―本名で呼べば良いって―のモットーとなる表現とは「気にしたらあかんで」。4つの息子空君は、最初はちょっと俺が怖くて、一緒に後ろに座るのを嫌がって、助手席に座らせたまでに泣いたが、スーパーに行って買い物をしていた間俺が彼と遊んでやって、つい仲間になった。スーパーを出て、文句を言わずに喜んで後ろの席に座った。もう一人の息子、1つの琉希ちゃんと仲良くなれるものならなりたいけど、やっぱりあの歳では母親か父親が見えなかったら泣いてしまう。だから今日多くの時間が空君と一緒に過ごした。
皆関西弁で喋る。あの関西入門を勉強してよかった、本当に。特に空君は関西弁のほうが分かりやすいようだから、今日一日家族の言い方に倣って彼と喋った。家に着いてから部屋を見せてもらって、空君と遊んだ―彼には結構いいイマジネーションがある。僕が作り出したアイディアを自分で考え出した世界に合わせることができて、最後まで面白い遊びとなった。
夕飯は焼肉だった。いっぱい食べて、しばらく部屋でくつろいでから―見るともなくテレビをつけて、ガンダムシードのエンディング・テーマが放送していたところだった―風呂に入った。空君に彼の刀のようなおもちゃや空き瓶に入れたカブトムシをもらって―この家族は結構虫が好きみたいで、よく虫取りやカブトムシが戦うテレビゲーム等をする―おやすみなさいを言ってから部屋に行った。荷物の中に詰められた物を取り出して丁寧に引き出しにしまった。
むっちゃ疲れてる。今日はよかったけど、明日はどうなるだろう。
早寝はできなかった・・・
「ぺらぺらなの?」
「そんなことねえよ。まだ勉強してるじゃん」
「ミシガン?」
恥ずかしそうな顔をして、「あっ、うん」と言う俺。
今日起きて、僕と一緒に泊まっている友だちと朝食を済ませて、プレイスメントテスト場に行った。鉛筆を買わなければいかなかったので、コンビ二に行って、皆と一緒に群がるのは避けた。
今日は眩しくてよく晴れた日だった。
ヘルメットは嫌だったから被らなかった。iPodを聴きながら、自転車をまたがって愉快な通学ができた。早く走って、ロング・アイランドを思い出した。それから何回も浮かんできた思い出だった。
プレイスメントテストに行って、3時間もあったのに1時間未満で一番早く提出して、結果が発表されるまでは6時間もあったから町に出た。琵琶湖沿いの日差しの良い道を走って、またロング・アイランドを思い出した。彦根市に着いて、近所にある滋賀銀行という銀行に入った。そこにはアメリカのカッシュカードでお金を引き出すことができなかったが、自転車で20分ぐらい近くにあった銀行までの道を説明してもらって、地図まで描いてもらったんだ。やっぱりサービスと言えば日本に限るんだ。
俺方向音痴だから地図があったのに道に迷って、寺の前で自転車を停まって、中を見物してから先渡った交差点までの道を歩き始めた。その辺に小学校か何かがあって、歩道に腰をかけたまま絵を描いていた子どもたちにハロー等と呼びかけた。最初は唯ハローと答えたが、チャンスだと思って、自転車を半回転した。
道を訊いて、生徒たちがちょっと驚いてから先生を呼んだ。先生と5,6人の生徒さんと僕、歩道の上に地図を広げて、しゃがんで見ながら話し合った。先生は意外とその辺が知らなかった為、生徒さんに色々訊いて、結構面白い経験となった。結局前の交差点で右に曲がらなければよかった。それが分かったら、先生に失敬して、彼の後姿を見ながら最初に尋ねた生徒さんとちょっと話をした。
銀行まで行くと、そこで10万円を引き出して―どうせまた現金がない状態になるのはまっぴらご免だから―ホテルがある辺に戻った。近くのモールで携帯を買おうとしたが、外国人登録証明書がないと駄目だそうだから、JCMUに戻って、何処で取れるか訪ねた。それから市役所に行って、外国人登録の手続きをした。ホームステイ先か、JCMUか、どの住所を記入しなければいけないことについて役員が迷ってて、JCMUに電話してからJCMUの住所にした。普通は実際に住んでいるところにするけど。6月23日から証明書を取りに行くことができるから、携帯はその時まで購入できない。そして観光者として入国したんだから学生のビザを取ってから新しく登録しなければならない。
市役所を出て、JCMUに戻った。
自転車に乗る間には、色々考えが俺の頭の中に浮かんでくる。今日一日中日本人と接触して、優しい人ばっかりだった。優しいばかりか、意外と温かくて、とても親切な人だった。町を歩くと嫌な目で見られるけど、誰かと話すといつも目を張らされるほど手伝ってくれる。ちょっと考えてから、何かに気づいた。日本に居る殆どの外国人はまだ早いのだ。多少皆優しい人だが、あまり話せくて、不文だから世話をかけるだけだ。言語があまり分からないと異文化との摩擦をもたらす。その無知と摩擦を何度も体験した日本人にしては、海外から来た人に対して差別をするのはまあ分かる気がする。でも切ないのは、俺自身どんなに頑張っても、日本全土の人たちの考えを変えることはできない。更に、特に間違えてはいないかもしれない。
アメリカに来る日本人の留学生は皆、あまり迷惑をかけないようにTOEFL等のテストを受けて、非常に上手じゃないと留学に行かせてもらわない。一方、日本語の一言も喋れずに日本に留学アメリカ人は、悪意はないものの、多くの人に世話をかけて、はっきりと書いてあるルールにも従わずに居る。そういう人は何千人も日本に滞在している。この一人の俺では、そのイメージを直すように何ができるのだろう?今から考えてみるが、とりあえずなるべき出る釘にならないように。
JCMUに戻って、ホームステイについてのミーティングに参加した。皆ひどい緊張しているけど、俺は安心だ。コミュニケーションさえできればきっと大丈夫だから。明日2時からホームステイ先に行く。期待している!
ミーティングの後しばらくするとテストの結果が発表された。勿論一番いい、4段のクラスに入った。先生に会って教材を持って帰った。一日中自転車で走り回ったから、見事に日焼けをしてしまった。ホテルに帰って、鞄を下ろしてすぐに夕飯を食べる為にもう一度出かけた。近所の居酒屋に入って、刺身盛り合わせと生ビールを注文して、ゆっくりと今日の出来事を一人で祝った。一緒に飲んでくれる同じ歳の日本人に出会えたらいいな。
ホテルに帰って、彼女と喧嘩して、仲直りして、色んな人とチャットしてつい一時過ぎに達した。
ブログを書くのが早くなった。一番時間をかけるのは写真を貼るんだ。
今日は素敵だった。今晩よく寝るようだな。
読者様へ
先週から次々に人が読者登録をしてくださって、誠にありがとうございます。つまらないものだけど、それに特に他人の為に書いているわけではないものの、やっぱり読んでいただくと喜びます。単純ですが・・・
皆様のご愛読、これからもよろしくお願いします!コメントもいっぱい書いてください!
チャリンコ
昨夜テレビを少し見てから、電気を消してベッドに潜り込んだ。そして窓際のベッドに座って、少しの間彦根市の夜の風景を見るともなく眺めていた。すると、いきなり寂しくなった。ホームシックだったかなんてじゃなかった。昨日と一昨日泊まった家に戻りたかった。知らない町での知らないホテル、体が疲れていた所為かふっとそう思った。でもどんなに悲しんでも止むを得ないことが随分分かっていたから、仕方なく寝ようとした。
10時頃、ルームメートが登場した。彼は赤紙の22歳の男で、俺より少し背が高い。眼鏡をかけていて、普通のアメリカ人よりちょっと痩せているように見えた。でも骨格は決して良いとは言えない。痩せているに見えても、一度も運動したことがないと思った。彼は部屋を入るかと思ったら、また出かけた。杉本という、近所のバーで今度留学する皆と呑みに行くって言った。俺も誘ったが、お金もなかったし、凄く疲れていたから遠慮すると言った。どっちも事実だったけど、本当の理由と言えば、日本で知らない英米人とビールを傾けて、彼が酔っ払うと周りの日本人に悪い目に遭わせるのはご免だった。後で彼はそんな人じゃないと判ったが、あの時は行かなかった。
日本人ばかりいると、海外から来た人は目立つ。そして目立てば目立つほど不調和をもたらす。僕の場合には、日本人の通り一遍の、失礼でうるさい「外人」のイメージに従わないように、落ち着けなくてもいつも気を使って、その場のルールを保つ。会話は不自然だけどとりあえず自分の言いたいことをちゃんと伝えられて、言われることがきちんと理解できる。しかし外見は目立つからといって、いつも周りの人の視線を引っ掛ける。次々に見られると不安になって、町を歩くのをすぐに疲れてしまう。日本語があまりできない人たちにはどんなに気にかけるだろう。
とは言っても、全ては日本人が悪いとも言えない。俺だって、人種に関わらず皆を同じように見るわけじゃない。更に、俺だって日本でいると、外国人を見るとつい目がその人に当たる。そして日本にいる英米人は殆ど世話をかける人、或いは失礼な人だとは、間違えてもいない。問題は双方にある。それでも、今日いっぱい友だちを作ったって、町に出ると一人で居るほうが好きだ。俺だけのこと、俺だけが見られているのに気をつけて済む。多くの他人と一緒にいると、皆に見られて、判断されて、そして人が多いからうるさいと思われる。
特に今日はそう感じた。JCMUに提供した自転車が今日生徒たちに配布されて、バイキング・ツアーのグループで町に出た。各グループには6、7人も居て、その中に日本語が全くできない人、日本の習慣ひとつも知らない人も居た。格好悪いちゃりんこにまたがって、そのちゃりんこに乗りながら被らなければいけないと言われた分厚いヘルメットを被って、学校から出たばかりの大勢の中学校、高校生に凝視されてしまった。その上、今日一日雨だった。俺、雨で自転車に乗るのが大嫌いだ。
自分の自転車を買ったらヘルメットを被らなくてもいいんだから、来週のうちに買おうと思っている。
こんなこと言っても、沢山の友だちを作って、町で一緒に委託はあまりないけど皆優しい人ばっか。飽くまでも親切で上品な、落ち着いた24歳のムース(本名不明)。前述した、ちょっと喋りすぎでも優しいルームメートのデイン。そして背が高い、人柄が良い・・・ええと、なんだったっけ・・・ま、名前を忘れちゃったけどそのうち思い出す。とにかく皆優しそうだ。
それに、今日ホームステイ先の情報をもらった。俺のホストファミリーは5人家族だ。カラオケとゲーム好きの26歳のお父さん。28歳のお母さんもカラオケが好きだと書いてある。そして、五つと今年生まれた、二人の息子も居るんだって!そして79歳のおばあさん。
子供が居るのは凄く嬉しいんだけど、なんか変じゃない?何で最近生まれた小さい子供を育てているうちに、おばあさんも居る家に留学生を受け取りたいか、考えも思いつけない。まあ、とりあえず凄く嬉しい、凄い興奮、それに凄く緊張している。6月4日にホストファミリーにお宅まで送ってもらう。
今晩もチーズバーガーとコラの夕飯にした。4時半頃バイキング・ツアーが終わってからずぐ銀行に行ったが、カードを忘れちゃって何もできなかった。カードどこに落としてしまったか分からなくて、1時間慌ててた挙句、ベッドの下に見つけた。それから色んなラーメン屋やバーに行ってみたが、カードで払えるところひとつもなかった。またマックドナルドに行って、そこで前から知り合ったUMASSの二人に出会った。「今日どうだった」と聞かれて、「まあ、悪いこともあればいいこともあった。」
明日はプレイスメントテストだ。ムースとデインと・・・ええと、あの人・・・は今ムースとあの人の部屋で勉強会を開いている。でもほかの生徒たちを見てから、俺は全然勉強しなくても満点が取れそうな感じだ。少しはテレビを見て、本を読んでから早速寝る。明日ホテルからJCMUまで、自転車で行かなければならないから。
ほっこりおせんどさん
実は今すごく疲れているけど、明日の朝も時間ないし、今すぐ書かないと今日あったことを忘れそうだから、小さなホテルの部屋の小さな机の上でパソコンを置いて、寝る前にできるだけ述べるように頑張ります。何故ホテルに泊まっているか、今日起きてからの経緯をここで語る。
朝ご飯を食べてブログを書いてから、彼女、彼女のお母さん、更にニューヨークで一度会ったおばあさんと一緒に昼ご飯をご馳走した。その後、駅まで送ってもらって、彼女と一緒に名古屋まで行った。そこで乗り換えて、彼女と別れて、米原行きの電車に乗った。米原までは1時間半ぐらいかかって、ずっと座れなくて立ちっぱなしで、足が痛くなった。分厚くて重い―重すぎる―荷物を運びながら、エスカレーターがない駅に着いた。上がり、上がり、下りの三つの長い階段を越えてからも、バス停の案内所で乗りたかったバスが今日走ってないって言われて、タクシー場に行った。留学先―と言っても、俺はボケだから住所も知らなかったけど、或るホテルに近いと分かったのであのホテルまで頼んだ―までは1710円だった。でもポケットを手探りして、500円ぐらいしかなかった。近くにあったATMに行っても、アメリカのカードでお金を引き出せなかった。問題をタクシーの運転手さんに説明してから、そのホテルの辺にある銀行まで行って、そこでお金を降ろして払わせてもらった。ちゃんと説明ができてよかったな。日本に行く前に関西弁を勉強してよかった、ほんまに。先の案内所でもちょっと関西弁が聞こえたが、その運転手さんは勉強しなかったら分かるわけはなかった。
でもタクシーに乗っていた最中に、あの重い荷物に1700円ぐらいの小銭が詰め込んだことを思い出した。あの小銭は1年前日本に行った時から交換するのを忘れた、日本に出発するまでずっとニューヨーク家の机の引き出しに放り出した小銭だった。俺、大変ボケだから。金があったことを思い出さなかったことや、1年間の間に交換を何度も忘れたこと等がしばしばある超ボケの俺。ホテルに着いてから係員に道を訊いて―「アッ、いいえ、ここには泊まらないのですが」―少し歩いてからミシガン州立大学連合日本センター、Japan Center for Michigan Universities(以下JCMU)に辿り着いた。少しと言っても、荷物が重くて、何時間も歩いていた気分だった。JCMUの玄関に行って―靴を脱がなければいけないことになっていた―人影のないロビーに立ち止まった。事務所に言って、7人しか着いていないと聞いた。それでも、寮は満員になったので、俺はしばらくホテルで泊まることになるって。え、何?俺、何ヶ月前から予約したぞ?でもホームステイをしているからすぐに寮を出るから仕方ないだろう。荷物を負って、駐車場に行ってJCMUの係員の小さい車のバックシートに荷物を詰め込む。ホテルまで送ってもらって、係員が去っていってから部屋を見回した。ベッド二つ―ルームメートが来るそうだ―テレビ、冷蔵庫、インタネット装置、シャワー付きのトイレ。来る三日間ここに泊まることになっている。
日本でも、日本語を勉強をしに来たのに、JCMUの係員は皆日本語で話しかけられても英語で返事をした。俺が何度も日本語で返事して、やっと日本語で返事してくれた。あまり間違えなくてよかった。間違えたら今度の3ヶ月ずっと英語で喋りかかってくるだろう。
落ち着けなくて、部屋を出かけてATMに行ってみたがやっぱり無理だった。銀行の前に立ち止まって、腕時計を調べて5:13だったから、銀行はもう開いていなかった。販売機でスポーツドリンクを買って部屋に戻って、残っているお金を数えてみた。400円ぐらいだった。
夕飯はマクドナルドにした。100円のチーズバーガーと、100円のコラ。明日銀行に行ってお金が引き出せなかったところで、明日の夜またマクドナルドに行く。
あなたは説明できますか?っていうテレビ番組を少し見るともなく食べながら見ていた。あの番組によって、滋賀の辺には、「お疲れ様」の変わりに「ほっこりおせんどさん」って言う。
ルームメートはまだ来ていないけど、もう我慢できない。疲れているから8時半でももう寝る。