long island sound -35ページ目

邪魔

今日一日読書に耽った。というのは、特に面白いかと言うほどのものではなかったが、取り合えず目が覚めた時から今まで部屋に籠もって「海辺のカフカ」の上巻を最後まで読んでしまった。食事は採ったが、ホストファミリーと話を殆どしなかった。昨日も起きてから大体同じように過ごした。夜はカラオケに行ったが、それ以外は部屋のベッドに横たわったまま、知らない漢字を、平仮名で書いたにも拘わらず一々辞典で調べて、パソコンに記録した。その態度で本の第9章から最後の第23章まで読んだ、つまり345ページぐらいだ。それにはまあ少しは自慢というものはあると言えば確かにあるけど、村上春樹の作品だから言葉も難しくなければ、筋立ても簡単だ。だから最後まで読み終えたと言っても満足という感じはしない。


読んでいた途中カズミさんのお姉さんの娘が部屋にやってきた。お姉さんが産んだ二人の娘はなんと言っても大空(そら)よりはまだましだが、その中の若い方の女の子、亜美というのが最近気に障る。最初から俺に対してはわけの分からない好意を持っていたが、彼女はわがままでうるさくて、勉強をしに行く時は彼女を泣かさざるを得ない。この頃居て構わない子と言えば、亜美のお姉さん、5つのメイと言う大人しい子に限る。とはいえ、普通は邪魔されないし、子どもとうまくいくことが出来たのは何よりだと思った。今日までは。


控えた漢字をまともな単語一覧表に作っていた。俺の部屋に入るのは原則として禁じられている筈だが、なんと言っても子どもだし、子どもが入っても俺が彼等を叱る立場にはない。だから相変わらず亜美を相手にして、少しだけ遊んでやった。でも忙しかったので、亜美よりは単語のことに集中をした。そして亜美が振り回していた、おおよそサクランボと同じぐらい小さな犬の形にしたオモチャに充分注目を払わなかった為、彼女がそれをラップトップの上に押し付けることに含まれた危険さが頭につかなかった。気付かないうちに電源が切れて、土曜日の朝から集めた漢字が無駄になった。深い憂鬱に落ち込んで、亜美を部屋から出してから、恥ずかしながら思い切り泣き始めた。そのうち亜美ばかりか、大空もメイも部屋に来て、その様子を見てから両親に告げに言った。しばらくすると、皆を連れて行って外で食べに行こうと誘われたが、断った。腹は空いていたが、外に行く気分はなかった。むしろ、鍵を掛けて部屋で、失った分を埋め合わせる程の勉強をしたかった。生憎のところ、部屋の障子には鍵穴もなければ錠を付けることもとても出来そうもない。


勉強には熱中できなくなった。昨日も今日も何時間も勉強したが、熱中した訳ではなくて、厭世的にこなしただけだ。金曜日の夜に感じた苦痛は読んでいた間に知らず知らず消えて、その代わりにだるい厭世観を感じ始めた。何時間もベッドに横たって、頭が痛くなった。頭蓋を囲む静脈の脈拍を個別に感じて、その度身体全身が微妙に跳ね返すように感じる。昼ご飯も食べなかったので空腹だったが、気をせずに唯小説のページを繰り続けた。まだまだです。何度も繰り返したその台詞を毎日痛感する俺には、ページを捲り続けて、知らない漢字を一々調べるしかない。

気持

気持って、変なものだな。若い所為か、俺がよく落ち込む。すると一日も気分が沈んで、どうしても弾まない。頑張る気は全くなくなって、好きな人や友だちと話しても止むを得ない。悩み事を正直に直そうとしてもどうすればいいのか分からなくて、元気が出ない時もある。その時は、悩んだ末、疲れてしまって、心の中に何かが音を立てずに窒息するかのように消えてしまう。

先学期色々悩みを抱えて、徹夜するとつい落ち込んだ。その悩みは次々に頭に浮いて、心の底まで沈んだ。どんなに悩むところで何も変わりはしないから、落ち着かなければならないと思って、わがまま、子どもらしい感情を仕方なく喪失させた。若者なりのちょっとしたものだったが、やっぱり心に潜んでいたその何かの息の根を切り裂き続けた挙句、自分が知らないうちに変わった。大人みたいに気持を抑えられるようになったわけではない。子どものまま、その気持を一切切り捨てたわけだ。

この頃はなかなか頑張る気が出ない。昔どうやってそこまで熱心になることができたのか?何を求めていたのかも思い出せない。その記憶も喪失させたのだろうか。見た目はあの時と大体同じだけど、中身は殆どからっぽになった。今心に消え残っているものは唯勉強の邪魔だけだ。そこまで自分を失ったことなら、残っているものも見捨てればいい。それでもっと楽に勉強に励むことができる。

この間、こういうことがありました

昼間カンバセーションパートナーに会って、一緒に昼ご飯を近くの洋食のレストランで食べた。彼女は結構若い。自己紹介プリントを読むと、「20年間英語を勉強していました」と書いてあったので俺より随分年上だろうと思ったとこる、今日会ってびっくりした。「20年」とは誤字だった。実は12年間勉強してきたというわけだ。二十歳に見えるけど、正確な年齢は不明。訊いてみようと思ったが、やっぱり止めた。彼女の英語は上手い。ゆっくりとした口調で点々間違っている英語を話すけど、会話はきちんとできる。冗談も時々理解できるし、俺の早口に追い付ける。俺の日本語も普通に通じているし、笑いのツボが合う。いい相手になるかもしれない。話したい時はメールを送るということで、来週会って喋ってみる。

セービング・グレース

ホストファミリーが飼っている猫は、俺の人生で一番懐こい猫だと思う。俺を引っかかないし、いい加減に撫でさせてくれるし、人との付き合いがいい雌猫だ。ホストファミリーの家での境遇は騒がしい時に、その猫を優しく撫でるのを飽きられない。足を組んで座ると、俺の膝の上にやってきて、俺も猫も寛いで、お互いに慰め合う。


しかしこの間、猫は自分で居間の床で寛いでいたところ、撫でようとすると猫が急に飛び出して、爪で俺の腕にしっかりしがみついて、思いっきり腕を噛んだ。あの時は不機嫌だったか、或いは猫に邪魔をしたか分からないが、あの時から猫に近づきたくなかった。俺の足元にやってきて頭を足にこすりつけると、知らない振りをして歩いていく。俺を噛んだばかりなのに、馴れ馴れしくするなよ。


というのは、俺は他人をなかなか心を許しきれない人間だ。彼女のことも、会っていない間に彼女のイメージをどんどん理想的に考え始めて、電話で話すとその理想は崩れる。彼女は確かに素晴らしい人だし、今考えると死ぬまでも一緒にいたい気持はたっぷりだものの、完璧というわけではない。更に、俺たちの付き合いを阻むことも多い為、時々は余計に悩まされる。


でも俺の理想に応えられない時もあれば、前に気づかなかった素敵なところにびっくりする時もよくある。

今日猫と仲直りした。晩ご飯の前にのんびりと膝に寝転んだ猫を撫でていた。ゴロゴロのどを鳴らした猫の微かな振動を感じて、夕飯まで居心地よく時間をゆっくりと過ごした。


愛情とは、多分、人生には必要なものだろう。一人で居る時は寂しくて非常に悲しむけど、二人で居ると、相手を近く感じると幸せだ。俺は愛を知らなかった若いうちには、悲しかろうが嬉しかろうが、気持がそんなに強くなかったと思う。でもどっちがいいかというと、その気持を知らずに生きていくよりも、悲しい時はあっても愛を味わってよかったと思う。


俺と彼女が全く偶然で出会ったことを思い出すと、不思議な感じになる。最近読んだ村上春樹の「蜂蜜パイ」を思い出す。その話に出てくる主人公が優柔不断で初めて愛した、そして20年間後も愛し続けた、女に告白せずに逃した。彼の愛情はお互いだったと気付いたのは、その女が一人子どもを産んで離婚してからだった。その話を読んだ時、涙が出てきそうな気分になった。もし俺は彼女に告白しなかったら―事情があって告白しないほうがいいと思ったあの時も、俺ながら情けないと思ったが―俺の人生は今、どんなに空しいのだろう。心から言うと、彼女に会って本当によかった。


今日一日最悪の厄日だったが、この結論に至ったとはたった一つの取り柄だ。

ワクワクだぜ!

JCMUでの授業は始まってから1週間が経った。ホストファミリーとの生活も大分慣れてきたし―というのは毎日えらいことが起こるのが分かるから、その前できるだけ心準備をするのに慣れてきたわけだけど―そろそろ今度の夏の計画を立てて、ことが計画通りさえ運ばれば、厳しい稽古を通じて何がしたいと、きちんと述べなければならないのだ。


外国語の勉強は主に書くこと、読むこと、聞くこと、話すことと、4つの分野に分けている。この4つの才能を磨く為に、境遇を利用する訓練を考えた末、一番有効がありそうな一日の予定を考え出した。明日それを実行してみて、うまくいけば上達ができる筈だ。


1)来学期上智大学のプレースメントテストで合格するように、または合格できれば授業で成功するように、日本人の大学生なりの読み書き能力は必要。つまり、常用漢字に限らず、大学生が読む文章を完全に理解できる資格、更に読む速度をクラスの内容に追いつける程度まで読解能力を鍛えずにはおかない。その為、JCMUに出される宿題は勿論、毎日新聞と小説、或いはエッセイ等を読むことにした。予定上は一週間には一冊の小説、そして毎日時間があるだけ新聞を読む。俺が知っている限り常用漢字以外を対象に作られた受験参考書はないのだから、先生が提案した3000字を覚える為に、知らない漢字が出てくると一字一字調べて、前のように単語リストを作って勉強するしかない。前の仕方とはあまり違わないが、受験参考書に載っていたクイズはないので、復習をせざるを得ない。それに、新聞の経済や政治の面を読んでみると、日本語を勉強して始めて漢字が全て読めるにもかかわらず文章の意味が分からないことがある。無論上智の法学部に入学したければこれは大問題となるので、毎日頑張らなければいけない。後は、ブログやJCMUの先生に指摘してもらう毎日の作文を書くのだ。大変でも、こういう風に勉強すれば、書くのと読むのを同時鍛練できるし、専門に対しても知識を深めることができる。


2)先学期受けた日本語能力試験の模擬試験の一番問題となったのは聴解の部分だった。漢字みたいに勉強はできないし、どんなに時間があっても順境がなければなかなか上達しない。幸いにも俺には耳を日本語に馴染ませる機会が多い。だからホストファミリーと一緒に居る時はよく耳を澄まして聴かなければならない。関西弁をハンデとして考えるのだ。関西弁ずくめの話さえ理解できれば、東京に行ってから日常会話には問題はないだろう。標準語で教えられたJCMUの授業は実力を試す為になる。4段クラスの教師の中にはクラスに対しても普通に喋ることにしている人も居るし、クラスメートは多分彼が言っていることを半分も聞き取れないだろうが、俺はいつも興味深く彼の話を聴く(そして漢字を間違えれば指摘するのも一つの楽しみ)。テレビを観るのも、此処に来てから結構好きになったし、知らず知らずうちに聞き取りは上達するだろう。話す力ならば上智でのクラスにはあまり必要されていないかもしれないけど、日本に居るから、そして色々な人と話したりするから、会話力も多分少しでも改善するだろう。


一応目的と言えば、それはどんな本か新聞でも辞書を調べずに、素早くきちんと理解できること。JCMUのプログラムは8月4日に終わって、そして上智に入るのは9月の上旬。その時まで、どこまで進歩できるだろう?


・・・考えてみると、8月4日から9月までどうしよう?泊まるところはないんだぞ?



これで第100目の記事に達します!これからも宜しくお願いします!