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ヘルシーで楽しい一人暮らしへLET’S GO!

この三日間色々ちっちゃな出来事があって、一つ一つ述べるまでもないけど要するに一人暮らしが大好きだっていう結論に至った。予算を考えながら買い出しに出かけたり、勉強したり、簡単な運動したりする簡潔な生活。部屋のドアから俺のもの全てが見える。掃除するのは楽だし、いつも部屋を清潔に保ってる。コンビニで食べ物を買うよりは、近くのスーパーまで歩いて、多くの果物やジュースやを買っとく。それで金を余り遣わずに朝食や、時に昼食も済ませることができる。


勉強は激しい。昔のように頭が回転できなくなってしまったみたい。ある程度まで来ると、それ以上進歩するのがなかなか難しくて、以前より何倍も頑張らなければならない。滋賀県でいた間殆ど勉強しなかったし、少しでも漢字力が鈍ってきた。多分これから努力すればするほど勉強するのが楽になるだろう。頑張ります。


今日J大から在留資格認定証明書が届いた。月曜日に東京入国管理局に連絡をして、ビザのことはどうしなければならないか、やっと明らかになるだろう。東京でいるまま取り替えるか、一度帰国するか。多くの金や貴重な時間がそれにかけている。


J大からの封筒には今回のホストファミリーの情報もあった。電話番号が書いてあったが、緊張してたまらなくて、電話するより手紙を書くことにした。確かにいきなり電話するよりは少し愛想深いだろう。

今度ホストファミリーとうまくいくといいけど。

happy birthday to me

ああ、疲れた。6時に起きて、重い荷物を背負って東京まで来て・・・ 今日誕生日にしては結構大変だった。でも大切な一歩だったと思う。今年、色々あったなぁ。LIでの夏。入学。初めて日本語のクラスに参加。彼女との出会い。ブログ作成。冬休みの塾。卒業まで親友との最後の会見。日本語能力試験を目的に励んだ勉強、そしてその末1級の模擬試験の合格。大学で作れた友だちとの別れ。


そしてやっと来日した。


嫌なことがあるのは当然のことだ。でも一年間にこんなに沢山のことができたことは、心の中に深く、強く印象を残す。


これからもよろしくお願いします。

上京

今日、18回目の誕生日を記念にして上京する。葛飾区であるアパートの窓から見える夜空は、彦根市に比べてずっと明るい。


JCMUの夏期留学プログラムは8月4日に終わるのに、何故早く東京に引っ越してきたとは、説明するのに多くの時間がかかる。自分でも今までの経緯がはっきり憶えていない、或いは最初にもさっぱり分からなかったことだって少なくはない。でも一ヶ月振りにもう一度キーボードに向いて、放って置かれたブログをこれ以上怠る訳には行かないんだ。という訳で、俺が憶えている限り、一番原因になったことからはじめよう。


7月の上旬のうちに、ホストファミリーが使わせてくれた自転車が盗まれた。ホストファミリーにちゃんと鍵を掛けろって言われたが、どうせあのボロボロなチャリが誰かに盗まれそうもなかったし、俺みたいなボケのことだから毎朝もう一個の鍵をポケットからポケットへ移すのを覚えるのが随分大変なことだ。あの時にもう何度も彦根駅で停めていた自転車の鍵を忘れてしまって、溜まってきた欠席の所為でプログラムを止めさせられる程危険な状態になった。でも前述の上に何よりも鍵のことを気にしなかったとは、唯そういう気分にならなかったってことだった。残念ながら、自転車が無くなったことに気付いてからアリバイがないと分かって、三日間続いて朝早く起きて尼子駅まで走ることにした。びっしょり汗を掻いて、夏に目覚める筋肉や毎日ウエイトルームで鍛えていた身体を愉快な青空の下に動かした。チャリがぱくられたことをどうやってホストファミリーに説明するか迷っていたが、もっと的確に言うと忘れようとしていた。でも三日間の末、朝出かける前にオカアサンの和美の質問を避けざるを得なかった。


「自転車はどうしたん?」


俺は、そういう状態でどんな行動を採るべきだかっていう判断をするのが苦手だ。俺はそういう目に遭いたくないから、説明やお詫びをなるべく早く済ませようとする。他人からすると、それは自分がやったことに余り反省していないには見えるらしい。実はそうかもしれない。それは反省するのも苦手だからだ。


あの日、功が仕事からの帰り道のついでに俺を家まで送ってくれた。冗談めいた口調で自転車のお返しについて俺たちがいろいろ話をした。パンチ3発に値するって。話が何十分続くと、彼は本気だと思い込んで、怖くなった。彼が強いんだ。彼が居間でぶら下がってるパンチバッグを殴っているところを見たら分かる。お金を払うから殴るなと言っても、お金が欲しくないと彼が答えて、俺がどんどん不安になってきた。更に、親に頼らずに自転車を無くしたことを償わせることが何もできないと分かってきた。家に着いた時、パンチ3発で済めば幸いだと思っていた。この情けない自分が出来ることならばって感じだったかな。でもやっぱり冗談だった。


自分で解決法を考えなさいと言われた。そしてその翌日、ホームステイ係員のK先生と話した。最悪な気分で、優しい顔をしていたことだけ殆ど知らない人と自分のことについて、結構深く話してしまった。高校時代に俺は交際嫌いだったということも言ってしまった。長い話の挙句、殆ど何も変わらなかった。もう一度謝って、もう少し考えて、そしてまた解決法を思いつけなかったらホストファミリーと相談してくださいと、先生が言った。でもその晩、家に帰ったらもう殆ど元に戻ったみたいだった。功や和美が普通に話してくれたし、明日から他の自転車を使わせてもらった。とりあえずもう一度謝ったが、折角状態が回復したからまた嫌な思い出を甦らせたくなかった。解決法が見つけなかったまま、また上手く行ってると思った。そしてないよりも、まだ駄目だと、思いたくなかった。


ホストファミリーの家から追い出されたのは金曜日だった。元に戻ったと思いつつ、家に戻って、ご飯やでと叫んだ声に応じて二階から下りて、いただきますとコロッケを食べ始めた。そして功が俺は交際嫌いだということを口にした。


自信がないと話せる日本語、聞き取れる日本語が極めて少なくなる。あの時、自信がなかったばかりか、怖かったし、自分の生きがいさえもその先日分からなくなってしまった。功や和美が話していた間、お箸を握っていた自分の手を見て、身体が震えていたことに気付いた。多くの知らない人の前に自分の意見を堅く述べる時、そして怖い時にいつもそうだ。そういう状態だったので話の細かいところまでは思い出せない。でもそれを短くすれば、「変われ」っていうことだった。


このままじゃ俺は生きていけないって。これからホームステイするな、今回もホームステイするんじゃなかった、動物と一緒に生きればいいって。前にホームステイをした子のほうが頭が良かった。あの一瞬に引越しをしようと決めた。何処でもいいから、唯そこにはいたくなかった。そしてもう決めたので、彼らの質問にきっぱりと、嘘一つもなく答えた。


変わるつもりはない。


いや、今の僕が好きだって言うわけじゃないけど、変わりたくもない。


でも変われって言われても変われるかどうかさえも分からない。


何でホームステイをすることにした?日本語を上達させようと思った。


ホームステイをして学んできたこととは、こういうことにならないように余り話さないほうがいい。俺は本当にそんなに駄目だったら、俺の本性は悪魔だとしたら、それを見せてはいけない。だから通り一遍の相槌を打てばいい。


拳を握りながら、お前を本当にどつきたいから2回に上がれって功が言った。


着替えて鞄を手にとって、そのまま出かけようと思ったが、眼鏡を食卓に置いてしまったのでもう一度二人が黙って座っていた部屋に戻る羽目になった。少し言葉を交わして、俺が今晩センターに泊まるって言って、ホームステイをしたことに関してお詫びをして出かけようとした。障子を閉めてから和美が「ありがとうぐらいみ言わなかった」って聞こえ、大きな声で「ありがとうございました!」と叫んだ。


あの時連想しなかったが、そう叫んでから、荷物をまとめろって言われた。


荷造りをしていた間に功、そして和美が部屋にやってきて、話を続けてた。すこし相槌を打ってから1階に帰した。大変だったけど荷物を一人で2階から下ろして、家を出てタクシー会社に電話を入れた。そして和美に別れの挨拶をした。和美がドアが閉まったドアの向こうからきっぱりとしたお別れを告げてから家を出て行った。功はあの時に居なかった。


その夜、センターの近くにある、琵琶湖を沿う浜の上に腰を下ろして、何とか落ち着くことができた。そして一刻も早く東京に行けたら、と思った。逃げることにしたって言っていいかもしれないけど。でも今考えると「捨てる」とも言えるかも。


自分でも良く分からない。でもとりあえずずっとだらけていた勉強に取り組もう。

情緒不安定

ご無沙汰。


一ヶ月振りにブログを更新する。特に書くことはないけど折角潰す時間が空けたのでまたパソコンに向かう。


この夏休み、殆ど無駄にした。勉強が進まなかったし、それなりに日本語も下手になってしまった。


周りの人は皆強い。俺より何倍も。境遇を拘わらず足を前に進める深い力、一体何処から引き出すんだろう?立ち止まったままの俺を通り過ぎる人々がその不思議な力で遠ざけていく。日本に来てから気付いた。俺はまだまだ弱い。どんなことにでも不足している。頑張れば上達させる欠点と、どんなに頑張ったって一生変わりはしない性格の欠陥。


俺、人生で何を求めているのだろう?

実践にでる

書きたいこと、今日の出来事が一杯あって、何が大切で書かなくてはいけないか、そしてどこから述べればいいか、分からなくなってしまった。「始めから始めて、そして結末に至ると止めるのだ」と父親は指で線をなぞりながらよく言った。


じゃあ、始めと言えば、5時半頃起きたということかな。昨夜いつもと大体同じ時間寝たのに、今朝非常に早く目が覚めた。やることもなければ特にベッドから上がりたい気持もなかったけど、いつまでもホストファミリーが眠っている間に、静かな家を当てもなく徘徊することも嫌だった。ノートを置いて、自転車にまたがって駅までゆっくりと行った。


昨日成績表をもらった。宿題は退屈で殆どやらないけど、クイズは一つ残らず満点だし、クラス・パーティシペーションには文句を言う余分はないし、90%以上をもらった。クラス中早くできる宿題だけを出している、家で何も予習もしていないことから見れば、結構いい成績だ。これでは自分の勉強を進める時間が多くなった。でも気になったのは、成績表の面に書いた先生のコメントだった。「自分からもっとどんどん話してもいいと思います。」でもUMASSに入った時、授業で遠慮なく喋ろうとしたが、その為クラスの時間を多く費やしてクラスメートに嫌われていた。あの時から遥かに上手になってきた、今の俺がもっとどんどん話したらどうなるか分かるかい、先生?あ?今日試してみた。悪意はなかったけど、偶々今日の授業では多くの興味深いところがあったので色々質問したり、意見を述べたりした。他の生徒は俺と先生との間の対話が全然理解できなくて、その対話が終わると教室の中に沈黙が長く蒸し暑い空気を漂った。時計の針が動いている音が耳に触れて、やっぱり授業で黙らせていただきます、と俺は髪を手で整えながら思った。でも放課後先生と一緒に昨日出した作文について長く話し合った。


今日は滋賀県立大学の訪問だった。JCMUから滋賀大まではそれほど遠くはないので、自転車で行く予定だった。でもそのアクティビティーは結構人気があって、一人か二人を除いて生徒は皆行くことにした。外国人50人ばかり、強い太陽に眩しく照らされているヘルメットを被りながら、大群れで滋賀大の門まで自転車で行った。俺はなるべき一緒に思われないように―外見だけでも無理かもしれないけど、少なくとも自転車は違って、ヘルメットは被らない―その群れと俺の間に距離を置いた。


滋賀大に着いてから、そこの先生か誰かに歓迎してもらった。その人は日本語で喋って、4段の生徒、俺の同級生がJCMUの先生に通訳を頼まれた。でも見事に失敗した。多くの人の前に慌てていて、言葉が掌に落ちてくるかのように手を空中で細かく動かしていた彼は、いかにも可哀相に見えたので助けようと思ったが、やっぱり止めた。完璧な通訳が欲しかったら、JCMUの先生が俺に頼んだ筈だ。


グループに分けられて、学生にツアーしてもらった。俺のグループの担当をしたナツキさんといろいろ話をして、食堂で食べてから、友だちのグループも連れて行ってボーリングをしに行くことになった。


俺は皆の中から最低のスコア、最初のゲームで61点を取って、最後のもそのぐらいだった。


1、2時間が経って、滋賀大に戻った。新しく作った同年代の友だちと一緒に写真を撮ってもらった。解散する前にもうちょっと話して、大学の講義に参加できるか訊いてみた。先生に訊いてみるけど、多分大丈夫だと言ってもらって、明日ナツキが勧めてくれた経済の講義に出ることにした。朝に行われるのでJCMUの授業をサボらなければならないけど、明日の講義が気に入るならナツキたちと一緒に2時後の講義に行くこともできる。最近毎日話したりして、そして帰ってはテレビをよく観るので、日本に来て聞き取りが更に上がったので、大学に行ってどこまで出来るかを試すのを楽しみにしている。


JCMUに戻って、明日欠席することを先生に知らせて帰った。


この頃ホストファミリーと充分うまく行っていたと思ったが、カズミさんが今日俺と色々話をした。俺は結構我慢強くて、そして繊細なところを気にしない人だけど、いつも迷惑を掛けないようにしていた。でもそれはカズミさんを余計に気を使わせてしまったみたい。帰って、ツトムさんと少し話していた間に夕飯が運ばれてきて、それを済ませてからしばらくすると、カズミさんが俺に話しかけた。誰もあまり気を使わなくてもいいようになる為に俺に自由に好み、嫌いなこと、こどわり等を言って欲しいって。多分週末ずっと部屋に籠もって、ちょっと心配になったかもしれない。でもやっぱり色々余計に気を使ったり無理に我慢したりするので、カズミさんに賛成して、そして彼女に同じように、何でも思い切り言うように頼んだ。そして政治や文化について、結構面白い世間話をした。


ああ、疲れた。今日は素敵だった、そして雨が降るようでも明日も良い一日になるだろう。