上京
今日、18回目の誕生日を記念にして上京する。葛飾区であるアパートの窓から見える夜空は、彦根市に比べてずっと明るい。
JCMUの夏期留学プログラムは8月4日に終わるのに、何故早く東京に引っ越してきたとは、説明するのに多くの時間がかかる。自分でも今までの経緯がはっきり憶えていない、或いは最初にもさっぱり分からなかったことだって少なくはない。でも一ヶ月振りにもう一度キーボードに向いて、放って置かれたブログをこれ以上怠る訳には行かないんだ。という訳で、俺が憶えている限り、一番原因になったことからはじめよう。
7月の上旬のうちに、ホストファミリーが使わせてくれた自転車が盗まれた。ホストファミリーにちゃんと鍵を掛けろって言われたが、どうせあのボロボロなチャリが誰かに盗まれそうもなかったし、俺みたいなボケのことだから毎朝もう一個の鍵をポケットからポケットへ移すのを覚えるのが随分大変なことだ。あの時にもう何度も彦根駅で停めていた自転車の鍵を忘れてしまって、溜まってきた欠席の所為でプログラムを止めさせられる程危険な状態になった。でも前述の上に何よりも鍵のことを気にしなかったとは、唯そういう気分にならなかったってことだった。残念ながら、自転車が無くなったことに気付いてからアリバイがないと分かって、三日間続いて朝早く起きて尼子駅まで走ることにした。びっしょり汗を掻いて、夏に目覚める筋肉や毎日ウエイトルームで鍛えていた身体を愉快な青空の下に動かした。チャリがぱくられたことをどうやってホストファミリーに説明するか迷っていたが、もっと的確に言うと忘れようとしていた。でも三日間の末、朝出かける前にオカアサンの和美の質問を避けざるを得なかった。
「自転車はどうしたん?」
俺は、そういう状態でどんな行動を採るべきだかっていう判断をするのが苦手だ。俺はそういう目に遭いたくないから、説明やお詫びをなるべく早く済ませようとする。他人からすると、それは自分がやったことに余り反省していないには見えるらしい。実はそうかもしれない。それは反省するのも苦手だからだ。
あの日、功が仕事からの帰り道のついでに俺を家まで送ってくれた。冗談めいた口調で自転車のお返しについて俺たちがいろいろ話をした。パンチ3発に値するって。話が何十分続くと、彼は本気だと思い込んで、怖くなった。彼が強いんだ。彼が居間でぶら下がってるパンチバッグを殴っているところを見たら分かる。お金を払うから殴るなと言っても、お金が欲しくないと彼が答えて、俺がどんどん不安になってきた。更に、親に頼らずに自転車を無くしたことを償わせることが何もできないと分かってきた。家に着いた時、パンチ3発で済めば幸いだと思っていた。この情けない自分が出来ることならばって感じだったかな。でもやっぱり冗談だった。
自分で解決法を考えなさいと言われた。そしてその翌日、ホームステイ係員のK先生と話した。最悪な気分で、優しい顔をしていたことだけ殆ど知らない人と自分のことについて、結構深く話してしまった。高校時代に俺は交際嫌いだったということも言ってしまった。長い話の挙句、殆ど何も変わらなかった。もう一度謝って、もう少し考えて、そしてまた解決法を思いつけなかったらホストファミリーと相談してくださいと、先生が言った。でもその晩、家に帰ったらもう殆ど元に戻ったみたいだった。功や和美が普通に話してくれたし、明日から他の自転車を使わせてもらった。とりあえずもう一度謝ったが、折角状態が回復したからまた嫌な思い出を甦らせたくなかった。解決法が見つけなかったまま、また上手く行ってると思った。そしてないよりも、まだ駄目だと、思いたくなかった。
ホストファミリーの家から追い出されたのは金曜日だった。元に戻ったと思いつつ、家に戻って、ご飯やでと叫んだ声に応じて二階から下りて、いただきますとコロッケを食べ始めた。そして功が俺は交際嫌いだということを口にした。
自信がないと話せる日本語、聞き取れる日本語が極めて少なくなる。あの時、自信がなかったばかりか、怖かったし、自分の生きがいさえもその先日分からなくなってしまった。功や和美が話していた間、お箸を握っていた自分の手を見て、身体が震えていたことに気付いた。多くの知らない人の前に自分の意見を堅く述べる時、そして怖い時にいつもそうだ。そういう状態だったので話の細かいところまでは思い出せない。でもそれを短くすれば、「変われ」っていうことだった。
このままじゃ俺は生きていけないって。これからホームステイするな、今回もホームステイするんじゃなかった、動物と一緒に生きればいいって。前にホームステイをした子のほうが頭が良かった。あの一瞬に引越しをしようと決めた。何処でもいいから、唯そこにはいたくなかった。そしてもう決めたので、彼らの質問にきっぱりと、嘘一つもなく答えた。
変わるつもりはない。
いや、今の僕が好きだって言うわけじゃないけど、変わりたくもない。
でも変われって言われても変われるかどうかさえも分からない。
何でホームステイをすることにした?日本語を上達させようと思った。
ホームステイをして学んできたこととは、こういうことにならないように余り話さないほうがいい。俺は本当にそんなに駄目だったら、俺の本性は悪魔だとしたら、それを見せてはいけない。だから通り一遍の相槌を打てばいい。
拳を握りながら、お前を本当にどつきたいから2回に上がれって功が言った。
着替えて鞄を手にとって、そのまま出かけようと思ったが、眼鏡を食卓に置いてしまったのでもう一度二人が黙って座っていた部屋に戻る羽目になった。少し言葉を交わして、俺が今晩センターに泊まるって言って、ホームステイをしたことに関してお詫びをして出かけようとした。障子を閉めてから和美が「ありがとうぐらいみ言わなかった」って聞こえ、大きな声で「ありがとうございました!」と叫んだ。
あの時連想しなかったが、そう叫んでから、荷物をまとめろって言われた。
荷造りをしていた間に功、そして和美が部屋にやってきて、話を続けてた。すこし相槌を打ってから1階に帰した。大変だったけど荷物を一人で2階から下ろして、家を出てタクシー会社に電話を入れた。そして和美に別れの挨拶をした。和美がドアが閉まったドアの向こうからきっぱりとしたお別れを告げてから家を出て行った。功はあの時に居なかった。
その夜、センターの近くにある、琵琶湖を沿う浜の上に腰を下ろして、何とか落ち着くことができた。そして一刻も早く東京に行けたら、と思った。逃げることにしたって言っていいかもしれないけど。でも今考えると「捨てる」とも言えるかも。
自分でも良く分からない。でもとりあえずずっとだらけていた勉強に取り組もう。