邪魔
今日一日読書に耽った。というのは、特に面白いかと言うほどのものではなかったが、取り合えず目が覚めた時から今まで部屋に籠もって「海辺のカフカ」の上巻を最後まで読んでしまった。食事は採ったが、ホストファミリーと話を殆どしなかった。昨日も起きてから大体同じように過ごした。夜はカラオケに行ったが、それ以外は部屋のベッドに横たわったまま、知らない漢字を、平仮名で書いたにも拘わらず一々辞典で調べて、パソコンに記録した。その態度で本の第9章から最後の第23章まで読んだ、つまり345ページぐらいだ。それにはまあ少しは自慢というものはあると言えば確かにあるけど、村上春樹の作品だから言葉も難しくなければ、筋立ても簡単だ。だから最後まで読み終えたと言っても満足という感じはしない。
読んでいた途中カズミさんのお姉さんの娘が部屋にやってきた。お姉さんが産んだ二人の娘はなんと言っても大空(そら)よりはまだましだが、その中の若い方の女の子、亜美というのが最近気に障る。最初から俺に対してはわけの分からない好意を持っていたが、彼女はわがままでうるさくて、勉強をしに行く時は彼女を泣かさざるを得ない。この頃居て構わない子と言えば、亜美のお姉さん、5つのメイと言う大人しい子に限る。とはいえ、普通は邪魔されないし、子どもとうまくいくことが出来たのは何よりだと思った。今日までは。
控えた漢字をまともな単語一覧表に作っていた。俺の部屋に入るのは原則として禁じられている筈だが、なんと言っても子どもだし、子どもが入っても俺が彼等を叱る立場にはない。だから相変わらず亜美を相手にして、少しだけ遊んでやった。でも忙しかったので、亜美よりは単語のことに集中をした。そして亜美が振り回していた、おおよそサクランボと同じぐらい小さな犬の形にしたオモチャに充分注目を払わなかった為、彼女がそれをラップトップの上に押し付けることに含まれた危険さが頭につかなかった。気付かないうちに電源が切れて、土曜日の朝から集めた漢字が無駄になった。深い憂鬱に落ち込んで、亜美を部屋から出してから、恥ずかしながら思い切り泣き始めた。そのうち亜美ばかりか、大空もメイも部屋に来て、その様子を見てから両親に告げに言った。しばらくすると、皆を連れて行って外で食べに行こうと誘われたが、断った。腹は空いていたが、外に行く気分はなかった。むしろ、鍵を掛けて部屋で、失った分を埋め合わせる程の勉強をしたかった。生憎のところ、部屋の障子には鍵穴もなければ錠を付けることもとても出来そうもない。
勉強には熱中できなくなった。昨日も今日も何時間も勉強したが、熱中した訳ではなくて、厭世的にこなしただけだ。金曜日の夜に感じた苦痛は読んでいた間に知らず知らず消えて、その代わりにだるい厭世観を感じ始めた。何時間もベッドに横たって、頭が痛くなった。頭蓋を囲む静脈の脈拍を個別に感じて、その度身体全身が微妙に跳ね返すように感じる。昼ご飯も食べなかったので空腹だったが、気をせずに唯小説のページを繰り続けた。まだまだです。何度も繰り返したその台詞を毎日痛感する俺には、ページを捲り続けて、知らない漢字を一々調べるしかない。