第33回 企てを書くことから…
「ワンハンドレッドデイズ」という言葉が、ある。
「どんな新規プロジェクトでも、最初の100日間で明確な形を出せ」ということだ。
変化が激しく先の読めない時代の中で、短期間にスピーディーに結果を出さなくては次に進まない。
具体的に、まずはアクションを起こすことだ。
机の上で迷い考えることはやめて、行動を起こさなければ何も始まらない。
取りあえず、稚拙なまとめ方でもいいから、アイディアを企画書にして回り人達に思いを語ってみる。
発見した目線やアイディアをどんどん取り入れてまとめていけばいい。
自分の考え、コンセプトに固執していると、それ以外の選択肢を見ることができなくなることが多い。
時々目にする事業計画書に、見た目は美しいがコンテンツが薄く、方向が定まってない一人よがりのお絵かき企画書が多い。
人の心に届く企画書には、時間の隔たりがあり、多面的に検討された多くの人の声が聞こえてくる。
たかが企画書、されど企画書。
時には、世の中を震撼させるきっかけを創りだし、大きな事業を生み出す。
パワーのある企画書に出会った日は余韻が残り、一目ぼれした女性に会ったようなときめきを感じる。
思考の中にストーリーが生まれ、コンセプトを表現するシーンが見えてくる。
勝者となった挑戦者たちは、日々の仕事の中で抱いたビジネスアイディアに対して「アクションを起こさなければならない」ことに自ら気づき、思いを企画書に描いた人達だ。
アクションを起こせなくしている心のブレーキを取り払い、「気づきの第一歩を企画書に落とし込んだ」。
アントレプレナー達は、あてがいぶちのレールでなく自分の意志で動き始める。
「気づき」は、目から鱗が落ちる瞬間でもある。
「気づき」の瞬間を手に入れるのも、それに伴ってアクションの第一歩として事業企画をまとめるのも、要は、自分の思いにかける意志の強さにある。
多様な人と論議するアクティブな行動は、起業におけるプラン構築には必要不可欠な手段である。
自己の夢や思いを形にする為の第一歩のアクションは、企てをしたためることからスタートする。
第32回 世紀を越えるヒットの法則
富良野塾生による21世紀迎えるための新しい「今日、悲別で」という公演を見た。
本当の匂いの出た演出であった。
「北の国から」を初め数々の倉本聰さんの脚本作品は、何故いつもロング大ヒットするのだろうか?
今回の公演は、90年の5期生による卒塾公演で、9年ぶりの東京公演だ。
企画は85年のテレビドラマの際、形を創るまで2年、その後音や匂いを取り入れご自身も実体験し手直しながら15年の歳月が流れた。
舞台を共に見ていた前席の人が落盤シーンで体を震わせ、公演が終えた際パラパラと拍手がおこり段々に大きくなってゆくうねりは、会場全体が一体となった感動を覚えた。
帰る際のそこに集った人達は会ったことはないが、何故か共通の知人のように思えた。
20世紀は「最大公約数」の時代であった。
テレビ番組では以前のお化け番組「8時だヨ!全員集合」のように、子供から大人まで楽しめることがヒット条件だった。
社会の細分化が進み、「数%の倍数」の時代に変化してきたように思う。
広い世代や地域でのヒットがなくなり属性を絞り、ターゲットを絞り込むほど発火しやすく、その後、話題とムーブメントを起こし波紋マーケティングによってヒットの規模が決まる。
プリクラや、宇多田ヒカルなどのヒットはその典型に思う。
生活者や消費者は「納得できるもの」を厳しく求め、思いつきやハプニングといった表層的なものでなく、「お金や時間を費やすなら、きちんと創られた本物の良いものが見たい、欲しい」と要求する。
倉本さんのように現実直視でこだわりとテーマを持って、創作続ける「本物」を求めている。
過日、ヨドバシカメラの藤沢社長に、「4000億の売上とはすごいですね」と申し上げたら「本物を安く売ればいいんだ。ルイビトンのバックは日本人の女性が一番買っている、この前ルイビトンの方がこられて言っていたよ」と。
一過性のブームでない価値ある「銀座の虎や」「新潟の加島屋」のような、「長く続く、目に見えない価値をもった商品は、心を濡らして、絞れば水を出せる状態から、生まれたようだ。
第31回 プロ仕事人の報酬
アメリカの話題ベンチャー企業のトップの話す機会があった。
米国ベンチャーの競争優位は、技術、特許、独自のビジネスモデル、何にも増して、メンバーのやる気だと。
日本のベンチャーと変わらなかった。
異なっていたのは、トップの年収とメンバーの報酬体系だった。
営業職は、グッドワーク・グーペイ成果報酬、技術職は固定報酬(営業の半分に満たない)と魅力的なストックオプション。
技術メンバーは辞められと困る。
ゴールまで共に歩んで欲しいので、目標達成したら大きなインセンティブとしてストックオプションを与える。
営業は、仕事の結果に対しジャストインタイムの報酬。
経営ボードメンバーは、利益に対してシェア。
株主は、配当とキァピタルゲイン。
日本のそれぞれの役回りに対する報酬の実態は、考え方も額も全くかけ離れていた。
こ日本企業は、昇進昇格を基軸に縦ライン給与システムを組み立ててきた、スリム化、フラット化、管理者の増加などで成り立たなくなった。
企業社会において、ますます管理者ポストは少数に集約され、一部の人がマネジメントのプロの道を歩むことになる。
マネジャーが存在する意味は、自らのビジョンを持ち経営の意志を受け、組織の創造性を生み出し、競争力を高めるリーダーシップにある。
知識仕事人としてある分野における専門性の高いプロとして、会社内ではその分野で3本の指に入り、その人がいなくては仕事が成り立たないという存在が求められる。
仕事人が1つのことを6年、深く追い求めれば専門家になる。
調整マネジメントを学ぶのではなく、自己エネルギーを一つの分野に集中して投入する「選択と集中」が個人にも通じる。
経営サイドとしては、そういった知識仕事人のプロを処遇するには、完全年俸制と価値に見合った待遇職が必要だ。
管理ポストに就いて雑事が増え、専門性や充実感が失われるのを避け、個人としての能力と業績に応じて資格や給料が上がれば必然的に会社の業績も上がる。
こういった人は、ラインの者よりも成果価値によっては年俸が上がり、完全年棒制の人は、報酬にプロ野球選手の様に上限を設けないのも大切だ。
これまで専門職制度といった職をよく耳にしたが、多くの企業で機能しなかったのは、昇進してもせいぜい専門部長止まり。
ラインにいる部長の下といったポスト。
どうも日の当たらないイメージで年功対応職といったケースが多い。
年収もライン部長より低く、頭打ちとなっていた。
専門職を目指すメンバー達が育つはずもない。
思い切った人事処遇として、最近話題のミスミの年棒6300万部長や、リクルートのフェロー制度、ソニーフェローといった価値を生む人は、人事制度の延長でない上限のない年俸制度、副社長待遇までのポストを創れば人も会社も生きる。
知識仕事人のプロは個人の働きだけで収支的にペイし、組織ポストに就ける必要がなく、その人のもたらす利益価値の範囲で報酬を決めれば、何人いてもよく、多いほど会社は儲かる。
リストラとして、ライン管理職の対象者を何とかしたいといった声が後を立たない。
プロを確保することが、これから益々企業が生き残りを賭けるには必不可欠だ。
経済界に様々な異変が起こっている。
ドコモをはじめ子会社が親会社より短期間で、時価総額が大きくなってきている。
意志決定の速い小さな本社には、戦略を推進するプロの仕事人を抱え、付加価値報酬がモチベーションを高め、競争優位を築いている共通の要素がある。
第30回 自分ドメインの設定から未来の「ありか」が見えてくる
また会いたい余韻の残る人達との出逢いが、少なくなってきた。
才能があり地頭が良く人格豊かな人でも、自分が「どの分野で、どのような役回りで、強みを生かして活動をすればいいのか?
企業でのドメイン(事業領域)を設定しなければ、エネルギー集中が起こらず、自己表現できずに終わる。
自分のドメイン、「生きる場」「活躍の舞台」を設定するには、自分をまず棚卸することが、大切だ。
キャリアが内面充実していた時、その要因(条件)になるものは何か、
充実感を下げる要因は、
他人から評価された仕事、
その中でやったこと、
できること、
自分の得意な優位は何か、
苦手に思うことは何か、
自分の大切にしている価値、判断の基準、
よりどころは何か、
そして、「収入」「人間関係」「肩書・名誉・自尊心」「能力と適正」「自己実現」を1~5段階で自己評価してみる。
プロフェッショナルと呼ばれる人たちは、自身の棚卸を行い、ドメインの設定を時々繰り返している。
キァリアドメインを設定するには、自分の「やるべきこと」、今後の制約条件はあるかどうか。
例えば、「家族を養わなければならない」「地元に戻って家業を継がなければならない」といった人にはそれぞれの事情、制約条件がある。
「やりたいこと、好きなこと」を優勢させるといった考え方でも、「やるべきこと、制約」の現実と向き合い確認することは自分を納得させるためにも大切だ。
「やりたいこと、好きなこと、志」は何か?
「最高に充実していた仕事の瞬間」は何をしていた時か。
人からも高いく評価されていた時、また、「あの人のようになりたい」憧れの人。
ポジティブに夢を描く。
自分の「やれる、できる」ことは何か。
経験から身についた知識や能力、専門知識、技能。
コンセプチュアルスキル、コミュニケーションスキル、人を楽しませる、元気づける、納得させるスキルなど、他人から見ると価値あるものを確認する。
3つの視点から自己の棚卸をしてしてみる。
中身は進化し、変化もする。
大切なのは、棚卸の結果ではなく、自己のドメインをどう定めるかだ。
「やるべきこと」を無視しても上手くゆかず「やりたいこと」でなければエネルギーが沸かないものだ。
会うたびに頼もしく自分を確立しているプロたちは、3つのバランスに焦点を当て自分ゴールを設定し、プロセスで「やれること」と「やりたいこと」の輪を広げている。
第29回 新世紀を迎え
21世紀から、20世紀を眺めると「国」から「会社」、そして「個人」へと重心が移動してきたと見える。
知識仕事人の平均寿命が驚くほど伸び、企業寿命が確実に短くなっている。
グローバル化と競争激化、急激なイノベーションと技術変化により、企業組織の寿命はいっそう短くなると思う。
知識仕事人が、企業組織よりも長生きし、第二の人生のために、新しいキャリア、新しいアイデンティティ、新しい環境を求めていくだろう。
アメリカでは、40%は、知識仕事人だといわれている。
こういった人たちは頭の中にある知識を所有し生産をすることによって新しいワークスタイルを築く。
SOHO人口が4000万以上いる現状は、そんな表れでもある。
1950年代から60年代にかけて制度化された日本企業の終身雇用、年功序列制度は、過去のものとなった。
先の企業の姿は、どのように変貌するのか?
今日とは、異なるものになるのだろう。
事業の成否はコスト格差、要はいかに安く作るかが事業戦略の有無にあった。
今日の事業の成否は、安さだけの戦いから価値の提供に変わりつつある。
この目に見えない価値を生み出す知識、知恵をどう生かすかの有無が企業間の格差につながる。
長生きする知識仕事人(40年以上)は、生産手段を所有し、しかも、その生産手段は個々の頭の中にある携行品だ。
生産手段知識は、他のいかなる資源とも異質であり、専門分化して、初めて意味、価値をもってくる。
例えば、人事評価コンサルタントが真価を発揮するのは、人事評価に専門分化しているからであり、戦略、財務、システムにはアドバイス、サポートは出来ない。
教育、医療などあらゆる職種の知識仕事人においてもいえる。
企業内での中間管理職は、90年代に入ってから知識経済ではあまり活躍の場は見当たらなくなってきた。
今後、管理者として求められるのは、知識ワークと知識仕事人をマネジメントするプロ管理者(プロデューサー)になることだ。
40~50代の人に何をしているか伺うと決まって、「○○で働いている」「マルマル銀行にいる」と、会社の名前で返ってくることが多い。
若い人たちは「デザイナー」「システムエンジニア」「CPA会計士」といった答えが返ってくる。
知識仕事人の帰属先は、雇用される会社組織ではなく、自分の専門領域になり、コミュニティは自らの専門領域そのものとなっている。
これからの企業を変えていくものは、技術や情報やeコマースの発展よりも、むしろこの「個の意識の変化」がインパクトを与えると思う。
一人ひとりが、身らの機会、キャリア、成果、帰属、自己実現に結びつけ、明日の組織がどのようなものとなり、どのような組織が繁栄するかを決めはじめている。
企業をはじめどんな組織でも、「人をして何かを生みださせる」ことである。
多くの企業が、同一価格でいかなる原材料も手に入れられ、資金はさまざまな手段によって調達でき、土地、労働、資本からの競争優位は得られなくなってきた。
肉体労働者を活用してきたほとんどの企業にとって、生産手段として重要な存在ではなくなり、メーカーなど極度に労働集約的な小さな産業は別として、競争上意味をもたなくなった。
競争力要因は、知識労働の生産性だ。
知識労働の生産性を左右するものが知識仕事人であり、企業の盛衰を決めるものも、一人ひとりの知識仕事人だ。
今世紀は、知識仕事人として活躍する仕組みができるかによって、企業間の差はますます歴然となるだろう。
本年もよろしくお願い申し上げます。