第48回 企業のDNA
21世紀幕開けの今年もあと一月、皆さんにとってこの一年は如何だったでしょうか?
年末には例年、引越しの挨拶状が増える。
拡大か、縮小かによるオフィスの移動である。
外部環境が激変しているが、環境適応できるかどうかに業績が起因すると思われがちだ。
実態は違っていることが多い。
縮小の共通している事項の一つに、15名から50名、そして100名の規模まで順調に成長してきた会社が、2倍~3倍規模になる事業拡大の過程で頓挫する。売上規模でいうと、3億、そして10億、100億・・のステージで踊り場に入る。
様々な要因があるが、主な原因として考えられるのは、内部要因としての社内コミュ二ケーションが寸断することが上げられる。
0人で始まった時と会社規模が10倍になった場合は、100倍以上のコミュ二ケーションラインが必要となる。
事業が拡大し、社員が増えているのに10人のときと同じ組織やマネジメントのままでは考えが伝わらなく、幹部や社員に参画意識が弱まり意志のない集団と化する。
対策として必要なのは、リーダーの理念と判断基準の共有である。
組織が大きくなると権限を委譲する必要が出てくるが、実際は権限を行使する基準がバラバラで、ひとつの組織として機能しない場合が多い。
親しくしている友人が、新宿にインディーズに向けたスタジオを創った。オープニングの会場での社長挨拶で「このスタジオは、音響、照明をこだわって創った。
「私達は、このことよりも利用者にとって日本一の相談相手となるサービスを目指す」と言い切った。
そして、そのあとに続くメンバーからもそういった決意を込めた言葉を、何度か聞いた。
彼は、1000億の事業を立ち上げた経営者だ。
彼の会社は人が育ち、皆が「うちの会社は・・」と同じことを言っている。
いつもビジョンと判断基準が明快である。
判断基準づくりで大切なことは、創業者のDNAを確認し、何を最も大切にするかを明確にすることにある。
会社のビジョンや目標に向かっての組織づくり、判断基準のコアを明確にすることによって、現場でリーダーが育ってゆく。
新年を迎えるにあたり、会社の判断基準値をリーダーと共に確認し、その浸透を徹底したい。
第47回 弦楽のしらべ
過日、原宿カフェSOYで、芸大の女子大生による弦楽の音色とワインを楽しむパーティをやった。
何を今時呑気なことをと、云われるかもしれないが、たまには心の浄化を多忙な皆さんをお迎えしてやってみた。
ヴァイオリンとヴィオラ、チェロによる弦楽器の響きが、体内に入り込み、音が舞う楽しさと面白さを感じた。
演奏の後半、彼女等の体全体で奏でる美しい響きのタイタニックのテーマソングが、ゲストの皆さんと一体となり演奏を終えた際拍手のウエーブが起こった。
その場でしか味わえない音色に、5歳の時から積み重ねてきた4人の芸大生達による瞬間の輝きを感じた。
会の後半、1975年ボルドーで醸造された蜂蜜のようなワインをはじめ、味わいある様々なワインを友人がセレクトしてくれ、なんとも優雅で贅沢な時間を仲間達と過ごすことができた。
こういった雰囲気の中で、日々の仕事の連続で出会うことのない人々との出会いが、単純に「YOSHII」と言う媒体により出会い、エネルギー溢れる話に展開してゆく。
バスケ談話に話し込む2人、料理の作り方で盛り上がるご夫妻、新規事業の夢に話し込む人達、音楽に知識をぶつけあう若者と叔父さん・・心のつながった友達同士が鮮度の高い情報を交し合う・・そんなシーンを演出する「縁」創りの楽しさと喜びを感じた。
異質な五感に訴える時間と空間に身を置くと、きっと新たな発見と出会いが生まれる!
第46回 北京と台湾とベトナム
今年になって、台湾、中国、ベトナムへ行った。
台湾で視察した工場のクオリティの高さとビジネスマンの颯爽とした姿、ベトナムホーチミン市での、オートバイにまたがる人々が描く運河、そして、中国北京の現状は、創造を超えた。
建物のスケールの大きさ、人々の生き生きした姿、エネルギー溢れる街の波動。
溢れんばかりの人々が、個性的なたファッションを身につけ、ビジネス街では様々な国の人が、どこでも英語でコミュニケーションをしている。
夜の飲食店に賑わう人々は、喧嘩でもしているように語り合い、日本人の食べる3倍もある量を食べる。
正直言って、まともに戦って勝てる相手達ではないと思えた。
大卒の初任給が、台湾15万、中国15000円、ベトナム4000円。
日本は20万を超えている。
株価8000円台(9月時点)、失業率5%、GDP4月~8月0.8%、そしてアメリカの同時テロ事件と、今世紀の始まりは、赤信号である。
「構造変革なくして・・」、いったい日本企業は、今、生き残る為にどうすべきか?
手段の一つは、中国、ベトナムの生産システムをいかに自社のコスト構造の中に優位に取り込むかが、なすべきことだと思う。
元気な企業は、大半は「コストが低い」。
ユニクロは、自分で設計し、プロデュースし、自分の店で拡販するビジネス構造だ。
コスト構造の中にベトナムや中国を、組み入れている。
中国やベトナムには、至る所に機会が窓が開いている。
第45回 ポジティブシンキングのリュウド長澤さん
「いや~本社が土砂崩れにあって、半分埋まってしまいました」今年5月の連休明け、インキュベーション先のリュウドの長澤社長の第一声である。
事件を、「気にするといけないので連休中連絡しなかったんです。」と、笑顔で語った。
リュウドの長澤社長は、昨年自ら単身で、当社の出島インキュベーションスペースに入居してきた。
コンピューターと携帯電話の周辺機器の特許をいくつか持ったメーカーとして、日本一雪深い新潟松之山町の注目ベンチャー企業だ。
東京で週2~3日、長澤社長自ら新規事業の立ち上げで、陣頭指揮をとっている。
長澤さんが出社してくると、会社に流れる空気が変わる。
流暢な英語で海外の企業の皆さんとコミュニケーションをとっている時も、夜遅くまで夢に賭けた様々な仲間達とのブレストの時も、当社のメンバーやスタッフとの居酒屋談話でも、常に明るい。
エネルギー溢れる起業家の波動を持って人と接し、人を元気にしてゆく力を持っている。
長澤社長は、昭和35年、新潟県東頸松之山町の旅館の長男として生まれた。
高専を卒業後、ソニーの下請け電気部品メーカーに就職、アメリカ勤務を経験。
そして勤務先倒産、これを機に、19歳のころから起業家になりたかった『夢を掴むチャンス』だと捉え、1988年個人企業として創業した。スタート時は、2年で売上10万。
黒字まで5年程かかり、92年株式会社となる。
土砂崩れが起きるまでの本社オフィスは、廃校となった保育園を活用し、なんと157坪で月額家賃3万円。
地元の温泉旅館で夕方から働く女性の皆さんを日中パートで起用して、コストを抑え、独自の技術による携帯関連ソフト、ハードを開発、製造、販売し注目されるようになった。
地方のハンディを、逆に優位性に変えている。
仕事を終え、長澤さんと時々酒を交わしながらの会話は時空を越えた話に展開し、飲み終えた後、エネルギーが残る。
今回の本社の土砂崩れ災害を、一回り大きな本社に移るチャンスだと、アデランスの工場跡地へ即断し移転した。
どんな逆境に立っても、ポジティブに捉え努力している経営者は、自らの道を切り開きピンチをチャンスに変えてゆく。
長澤さんの経営感は机上で学んだものでなく、逆風にさらされ追い詰められた時々に修得してきた凄みと強さを
感じる。
ポジティブな思考と強烈な思いがあれば必ず道は開ける。
第44回 「出島」
過去一年間に活躍した、ベンチャー企業経営者を対象にした「2001年・年間優秀企業経営者賞大賞」に、プラスの今泉社長が選ばれた。
オフィスに文具を届ける「アスクル」を独立する育て方の起業手段が、選ばれた要因とのこと。
今泉さんが主催している会で、社内インキュベーションについて、お話をさせていただいたことがある。
今年3月、当社の出島で銀座で「おむすびの十石」の社長としてスタートした葉葺君の紹介をすると、「あなたのインキュベーションの実践は、アスクルに通じる」という言葉を頂いた。
「アスクル」の立ち上げは、当社の推奨し実践している「出島」によるインキュベーションがモデルとなったケースだった
葉葺君とは、昨年からの付き合だ。
何故か、運のいい男なのである。
通常では考えられないような幸運に、恵まれる。
当社の出島にいた期間は、半年。
この間出会った多くの人は、彼のファンとなり、「いい情報や案件を伝えて上げたくなってしまう」という声が多い。
強烈なカリスマタイプでなく、一人ひとりの中に内在している資源や情報を、さわやかに引き出す起業家だ。
経営者には、「生みの親と育ての親」がいる。
バランスのいい企業内アントレプレナーである。
7月26日、日本マクドナルドが上場し、成長スピードに拍車がかかる勢いだ。
日本人は、米の食生活で育ってきた人種である。
65円ハンバーガーの1人勝ちに、「お結びの銀座十石」が一石を投じるファーストフードとして、新たな市場を創生して欲しい。
創業時、葉葺君は社名を決める際、インターナショナルな名前にこだわった。
その理由は、将来海外に進出したいということだった。
「たかがおにぎり、されどおにぎり」で夢は大きくシンプルに勝負してゆきたいと。
元気のない日本の企業に今、一番必要なことは、社内からチャレンジする葉葺君のような起業人を一人でも多く創生することにあると思う。
外から、本体にインパクトを与えるエネルギーは、自己変革をできない多くの企業に新たな活力を与える。
大手企業の社内ベンチャーの仕組みに、変化が起こりつつあるが、社内育成方式がほとんどで、実態はなかなかうまくいっていない。
大企業から本物のベンチャーが生まれてこない要因は、一言で言えばチャレンジしない風土、仕組みだからである。
そういった起業人が出てこない。
本来、企業の持っているダイナミックな活力と成長力を取り戻すには、「アタッカー育成」にあり、その仕組みと風土をどう創るかにある。
手段は、創発となる「出島」を、創ることから、一歩が始まる。