広報マンという人種
広告系ブロガー新年会というのが最近開催された。
そこにいたPR系ブロガーはたった3人(80人中) らしい。
確かにPRマンがブログをやっていたり、コミュニティを作っていたりという話は聞かない。
絶対数自体が、少ない。
例えば、今適当に「PR代理店 ブログ」「広報代理店 ブログ」「PR会社 ブログ」とやって
出てきたのは
くらい。
あ、社長ブログは抜きです。
だって自社の宣伝ばっかりしてる人とかいるんだもん。
うーん。
勿論母数は圧倒的に違うのだけれど、それにしても少ない。
あともうひとつ指標を加えるとすると、僕のRSS登録数。
1)広告系(面白いCM紹介ブログなども含む):18
2)PR系:7
うーん。
僕、PRマンなんだけど。
普段PRの人間のほうが何かと外向きの文章を書きなれてはいるはずで、
なんでこの結果になるのか不思議。
僕みたいな木っ端ブロガーが多いってこと?
そもそも広報マンが群れてるの自体あまり見ないし(メデコミ会 くらい)、
なんか別のマインドの違い、みたいなのがあるのかな。
「新しさ」が求められるかどうかというのが広告と広報(特にB2Bの企業広報)の
違いなのかもしれなく、その辺が関係している気もしたりしなかったり。
この辺すごく気になってるんですよね最近。
そんな気がして、でも信じたくないなぁ、というのが偽らざる心境。
上手く表現できないけれど、広報PRという世界で求められているのが
「正解のある問題」に対する答えな気がしてるんですよ。問題の枠を超えた
新しさは求められていないような。
※広報が悪いとか劣っている、というのではないです。
自分にあっているのかどうか?というだけで。
沈黙の螺旋 -音楽篇-
ずいぶん前の記事だけど広告β で沈黙の話。
広告βの中の人が誰で、どこの人かは存じ上げないけれど(20代なんですか…)
ニュースや新キャンペーンへの半ば脊椎反射ポジショントークとか
親父の小言になってる気がする他の広告系ブログと比べて
内容が毎日投稿系じゃないもののきちんと考えられてる。
僕もこういうスタイルになりたいなぁ…と常々思ってはいるものの、
勝っているのは投稿間隔(の長さ)くらいのもんですね、みたいな。
あと自分の「思いついたこと並べてるだけで途中で眠くなって尻切れトンボ」みたいな書き方が
嫌で仕方ないんですがまぁそれは別の話。
…ああ見知らぬ人を褒めすぎました。皇民党にでも入ろうかしら。
さて、で沈黙の話。この話を読んで思ったのが「無と空」の話、そして「音楽における沈黙」「ネット」。
僕は楽器を弾くのだけれど、よく指導者連中から言われるのが、
「休符と音符の価値は一緒である」ということ。
特にアマチュア演奏家というものは(などと一般化することは畏れ多い事だけれど…でもみんなそうでしょ?)「休符の『休』は『休む』の『休』」だと考えている…
というか体がそう反応するように出来ている。
もしかしたら最初に楽譜というものの読み方を習った時に「ここでは休む!」
と誰かにキツく言われた記憶があるのかもしれない。
でも先生方に言わせると「『休んで』しまうとそこで音楽の流れが切れる」んだそうだ。
別に弾いてないのは一緒じゃない?と思わなくもないけれど、
よく考えれば確かに精神(こころがけ)だけの問題ではなく、
言葉で説明できるかは別として、体の準備やなんかの問題なのかな、とは思うんですが。
先生方が言っている事はつまり、音楽における「休符」は「音符」と対立する概念ではない、ということ。
もっと言えばこれは「休符が有る」という状態。
確かに楽譜には休符が「ある」。
極端な話、「休む」のならば空白にすればいいのだ、ということ。
書き始めたら超長文になったので、何回かに分割します。
見た目更新頻度をあげよう!
※このシリーズは改行多めでおおくりします。
遅まきながら2007年総括
止めたわけでもありませんが、書けませんでした。
忙しいわけでもありませんが、書けませんでした。
遅まきながら、書いてみます。本当は年内に書きたかったのですけれど。
2007年、なんか詰まらなかったです。いや、ギョーカイ的に。
いろんな先輩にあたる人が「激動の」と書いていたけれど僕としては全くそんなことは感じませんでした。彼らの内の一人が書いていた製作の体制が変わった、というような話にしてもそもそもメディアで食ってる代理店だからこその変化で、僕たちには関係ないですし(僕の場合、日々広告ばっかりやってるわけではないので正確かはまた別の話…)。
もっとなんていうか根本的な変化の兆しがあるのかな、と思っていましたが日々の業務に忙殺されていたせいかあまり感じませんでした。そもそも諸先輩に比べれば全くの若輩なわけで、キャンペーン全体を(一部署の代表だったとしても)上から見下ろせる立場ではなかったせいもあるかもしれません(あ、なんかやらしいけど皮肉では全然ありませんよ)。
年末に社内のデジタル担当でランチしながら、そして他の代理店の人間と飲みながら同じ質問をしてみました。
「今年一番のキャンペーンって何?」ってこと。
デジタル部門での一番のニュース(「Digital Aword of the Year」とか言ってましたが)、多分「ニコニコ動画」というかYoutubeの一般化なんだろうなということにはなりました。そして特別賞初音ミク。
確かに「Vehicleとしてのメディアが公共交通機関化した」という風なことを勝手にバスや電車を想像しながら思ったりはします。それは大きな変化なのでしょう。
でもCosplayが話題になったとして、それがどれだけの人に見られたのでしょうか。
今年になってYoutubeやニコ動を見るようになったあなたはどんなコンテンツを見たのでしょうか?
多分、見逃した番組やなんかを見ただけなんじゃないかな、と思うんです。単なる便利なビデオとして。
Second Lieも結局ダメでした。幾人ものブロガーが書いているように、僕も決してああしたメタバースに可能性がないとはいいません。ただあの煽りは異常だったし、冷静に見ればSecond Lifeはシステムとしてはゴミです。
ああひとつ罪を告白するならば、僕も客にSLへの参入を勧めました。客もアメリカでかなり投資した実績があったので初期投資も抑えられるという計算もありましたし。
あと告白ということで汚い考えをはっきりと書いてしまえば、僕は例えばシム系(というかライフ系?明確なゴールがないゲーム)がアメリカではたまに流行り、日本では絶対に流行らない事などから最初から懐疑的ではあったものの、電通があそこまで自分が前に立って成功させようとしていたことを成功させないはずがない、どんな裏技を使ってでもやつらならやるはずだ、と勝手に思ってもいました。彼らと敵対しない限りで、耕してくれた所で勝手に農業やるのはありかな、と思っていたのです。
ま、なんにせよ途中で風向きが変わったのをちゃんと読めたこと、そして何より自分が「すみません絶対うまくいかないです間違ったものを勧めました今すぐ止めましょう」とクライアントに言えた(恥ずかしい!)ことは自分なりに自分を褒めたいと思います。
そんなことからも別にユーザは新しいものや楽しみ方など(代理店が煽るほど)求めていないのでは、と思うのです。
なんだろう、時代は確かに変わりつつあるし、その風向きを感じていないではないけれど、業界の人は感じたなりに全く動けていないのでは?ということ、なのかな。いや、答えが簡単にでるような簡単な話でない、ということでもきっとあるのでしょうけれど。悶えてはいたものの、outputが出せなかったということなのかもしれません。
同業氏との話も「小粒だね」って話にはなってましたが、確かUniqlockは出ていた気がします。でもあれも小粒だよなー。あと個人的にはもっと小粒だけど「Oni ni Kanabo!」って大和證券+Ebi-Chan かな。あとほとんど話題になってないようですが、「牛乳こそ、相談したいことがある。」 。
そういうところを鑑みても、2007年はキャンペーンの年というよりインフラ整備(というか普及)の年だったのかなと。何割がbotと複垢なんだといわれつつもmixiも1000万人超えましたし。CGM的なものは土壌がちゃんと育ってないとちゃんと生まれないので、ちゃんと熟成されたこの土壌から今年はなにか生まれてくるのでしょうか…。
今年は大統領選ですから、広告大国アメリカの技術の粋を尽くして相手候補を引きずり落としあうはずです。普通はネガティブな広告なんてそうそう見られないものですが、ひとまずはニタニタしながらその辺に期待していこうと思っていたりします。
今年も、よろしくおねがいします。
あ、ちなみに僕にとっての裏広告賞2007はPower For Livingですけどね笑。
定性情報を定量情報へ
花王が「快適感」を定量化する方法を見つけた んだそうです。
こういう定性情報を定量化するってのはとても難しいんですよね。凄いと思います。というか花王が一社でやったのは凄いし、正直色んな応用が利くと思うのでかなり欲しいファイルではあります。
しかしこれを読んでるとHerval Essenceを思い出すのはなぜだろうか…というのは当たり前で、検索結果 を見ればわかるとおり、彼らは昔から?強く「快感」を押してるんですよね。まーだからどうした、って話では有りますが。
技術に盲従しない。
Blogを始めようと思った直接のきっかけは思い出せないけれど、ある種ライフログ(今の流行だ!)的な、「ああ2007年はこんなものがはやっていたんだなぁ」と10年後の自分に伝えるために書き始めたような気もする。
気のせいかもしれない。
さて、今日のお話は技術の話。最近立て続けにはまった自分の過ちについて書き留めておく。
それは端的に表現するならば「技術は手段であり、目的ではない」ということでもあり、「目的を達するための手段は一つだけとは限らない」ということだったりもする。
具体的には。
最近ある仕事でオンラインコミュニティを作ろうという提案をした。選択肢としてはMixiかGreeか、ダメなら1からシステム組みましょっか、って話し合っていたのだけれど結局コスト的にどれも厳しいよねぇ…という話に(あ、greeは金額まで考えてないわ)。
そこで改めて要件考えてみたら実はSNSなんて必要なくて、掲示板で十分だったよね、って思ったわけ。
…なんか書いてみると仰々しいタイトルの割に「それがなんだ?」って話なんだけど当時の自分とチームの頭にはなぜか「コミュニティならSNS」って気持ちがあって(多分登録制だとコミュニティが数字で見れるから安心とか思ったんだと思う)、でもそういう「新しい技術を使うことを前提に考える」ってのは危険だなという感想を抱いたわけなのでした。
もっとアタマ、やわらかくしないとね。
ある模擬プレゼン
前後の状況は省きますが、研修で模擬プレゼンをしました。そこでいくつか気付きやら感想があったのでメモしておこうと思います。
お題はあるブランド品をどう売るか、というもの。そのブランドはここ数年でかなり伸びていて、それに不満はない。でもいつまで経っても1位のブランドに追いつけるレベルではないので、もう一歩踏み込んだ施策をとりたい、という実際のブリーフに沿ったものでした。ちなみにそのブランドは、その手のブランドにしてはかなり店舗展開を積極的にやっていて、地方にもかなりあります。
ま、お題はどうでもいいんですよ。というかこういうオープンな場には詳しくは書けませんし。
まずチーム1、我々のチーム。エクセキューションが変…というかあんまりうちらしい提案じゃありませんでした。というか完全に電博テイストな提案。別にインテグレートすべき大量のブランドがあるわけでもないのにメガブランド提案でタレント複数起用による全層リーチ戦略。メディアばしばし買ってただでパブ入れまくり、みたいな。
ただこれには理由があって、リクエストが「高級感や希少性は失わずに、でも(年齢や所得など色んな意味で)幅広い層が持つブランドにしたい」という思いっきり矛盾したものだったんですよ。そりゃ普通に考えれば無理なわけで、苦肉の策としてそんな提案になったのでした。
反省すべき点としては我々のは多分上流の戦略に寄った提案になっていて、実際の施策に落ちてなかったという所だと思います。タレント複数起用…というのもまだ中間段階で、そこから例えば「じゃあそのタレント全員起用したドラマ作ります」とかそういう本当の実行部分というか末端部分までちゃんと決め込んだものをいくつか提案できたほうがよかったかなと。
あと個人的には自分が仕掛けたAIDMAの変種ネタがきちっとワークして安心。「共有した体験を想起させる」ってある種の裏技とは思うんですが。
チーム2は結果的には優勝チーム。構成員は見た所リーダー以外平凡な感じで、自分が入ったらやりにくく感じるだろうな、と思ったのは事実。でもその分、これはそのリーダー談だけれどみんなのまとまりは良かったらしいです。とにかくリーダーが業界的に素人にも関わらずその点を逆に取って「引き出すトーク」が出来ていたんだろうな、と思ったりして。
このチームのプレを見ていて印象に残ったのがその手法。Core Ideaを提示して施策を語るごとにしつこいくらい毎回そこに戻る、というもの。それ自体は全然変わったものじゃないけどそのCore Ideaを紙に書いて実際に張り出しながらやっていたんです。だから他の紙でプレやりながら毎回ページをめくったりすることなく、指さすだけでCore Ideaに戻れた。それがこのチームの一番いいアイディアだったんじゃないかと。書いてあったCore Idea自体はどうでもいいようなものだったんですけどね。
パワポでプレゼンなんかする機会はたくさんあると思うんですが、結構流れてしまってこうやっていちいち戻ることが少なかったりする。だから今度からはPCの他にああやってアイディアだけ一枚紙で持っていって、パワポで作る「流れ」から切り離した形で見せていく、というのも手かなと思ったりしたのでした。紙プレの場合もわざと一枚だけ別紙、とかね。なんかハンドアウトでのプレの時ってみんなで同じもの見ながらご説明、ってことが多いけど、そうやって「提示側だけが持っている資料」ってのもあってもいいんだよね、欲しけりゃあげちゃえばいいものなわけだし。
チーム2はチームとして「まとまっていた」といいますが、全体的な印象としては「小粒すぎ」。うち(チーム1)とは真逆で、「こんなんやったら面白いんじゃん?」という手段(しかもつまらん)の部分が延々羅列されてる印象で、バックボーンとしてどういう流れがあるのかわかりにくい(とはいえその紙で提示したCore Ideaがそれを補っていたわけだけど)。特に同じ属性の生活者に対して連続的にアプローチする(例えばそれこそAIDMA使うとかさ)、というような考えは全然なくてその辺が…。
チーム3はちょっとチーム1と似ていて、ちゃんと喋れる人1人がいて、その人が当意即妙に答えながら、というスタイル。エクセキューションのアイディアに時々面白いものはあったし、手堅い、って感じ(ただしあまり印象に残らず)でここが勝ったかなと思っていました。
ここが面白かったのは「ブランドの一部になる」とか「ブランドの世界観と自己を同一化させるために自分はブランドを身につける」という普通のいわゆるブランドの考えを裏返して「自分がブランドを使いこなす」とか「ブランドを自分の一部にする」という考え方があったこと。
このお題になってるブランドはどうも自己主張が弱く、同種のブランド品に比べれば安いこともあっていわば初めてブランド品を買うときの消極的選択みたいな形になっているような面があって、ぼくらはそれを「顔がない」という表現を使って顔を作るための施策を説明したわけですが、この人たちは顔がないことを逆手にとって「自分色に染めよう」みたいな提案だったわけです。
チーム4は内紛が透けてみえる内容。チーム内に強烈な人間が二人いて全くまとまらずプレも勝手にやります、というような(そんな露骨ではなかったけど)。ただ、その対立する片方がアドリブで投げた弾(クリエイティブのアイディア…ちなみにカメレオンを使ったもの)が凄い刺さって、後で他のチームの人と「何が記憶に残った?」って話をしていてもそれが出たりして、よしあしだなぁ…ってな事を他のチーム4構成員に言われていました。
でも実際現場で競合プレ、そうなると必然的に一日に同じようなプレを何回も難解もクライアントは聞かされるわけで、そんな中で全然ロジックもストラテジーもないところで出たアイディアだけど、多分一日分のプレが全部が終わってどれがよかった会議をした時に「あのカメレオンの話ししてた代理店」って言ってもらえるんだろうな、って事。どうせ資料なんか読み直さないんだから。
いくら唐突であっても理屈じゃなくて「面白いな」と思えるネタを喋れれば記憶には残り、それだけでも強いってこと。誰かの台詞「プレゼンはショー」というのを思い出しました。
あ、あとこのチーム、ブランドのマッピングをやってたんですが、普通は軸って正反対の二項で引きますよね、例えば…「高い」「安い」など。でも「高くて硬いイメージ」と「高くてやわらかいイメージ」みたいな二項で引いていたのが斬新でした。固定概念にとらわれてるなー。
ま、結構収穫がありましたよ、って話。
経験主義への回帰
先日の日経MJが「巣ごもる20代」と称して(多分「ひきこもる」と書こうとして字数が足りなかったか誰かに止められたかなんだろうなぁ)20代30代のライフスタイルに関する調査結果を発表した。
これが結構話題になっている(YAHOOブログ検索でも→このとおり 。)。
まぁこういう大規模な調査はあんまりないし面白い結果が出てるからね。うちらみたいな業界ではよく消費者のマインドを、って話で調査をやったりするけど、そうでもない限りいくら自分の業界の見方を調べるとはいえ、そうそうこういう大規模な調査もやれないだろうし…。
バー業界はまたお通夜ムードのようです。きっと車業界もなんでしょうが。もう前からわかっていたし言われていた事とはいえ、よく言われている「ハードリカー離れ」というだけでなく、そもそも1/3が全く酒を飲まないとかいうことは大ショックでしょう。
ただどうなんだろ、ここでの結論は「甘党の若者に飲ませる酒はあるのか?」って事になってるけど、別にそれは味の好みが変化したという話ではなくって、飲み始めるきっかけが(例えば「飲みニケーション」の衰退により)ないから…ってな話じゃないかと思ったりもしたりします。
まぁでもそうするとお菓子の消費量が増えてるとかそういう話はどうなの?って事には答えられないんですけどね。「美味しいと思うお酒」って結局タバコだってコーヒーだって最初から美味しいと思うわけじゃなくて格好つけて飲んでる内に結構悪くないと思えるようになるものだと思うし(少なくとも自分は…)。
だってバーへのあこがれとかって全然衰退してないと思うんですよ。バーテンダーは良い男で寡黙で物知りで、みたいな。ただその一見高い敷居を越える方法がなくなってきた…というか背中を押してくれるものがなくなってしまったのかそれとも現代の男は全員腰抜けか?
…わかりませんけどね。例えばウイスキーの持つイメージ(和系は除く…)だって変わってないし。多分格好いい。業界団体で取りまとめて1年間ずっと映画に死ぬほど酒とタバコをプレイスメントし続けるといいのではないでしょうか。
車には乗らないのでどうでもいいです。
http://ameblo.jp/ksdkjp/entry-10044295630.html
こちらではそれを受けて「コンテンツにお金を払うという感覚がない」というような話をしています。そして「じゃ何になら金、払うの?」って事への回答としては「「状況」とか「環境」とか[参加実感」とか、じゃないですかね。」と書いている。
これって結局「経験経済」みたいな話だよな、って思うんです。商品がコモディティ化・・・つまり陳腐化して価格競争に陥らないためには「思い出」とかそういうものを付与してあげるべきだ、という。ギルモアさん。
僕は今の会社に入るためのエッセイでもそういったことを書いたのだけれど、やっぱり結局モノというのは極論、「経験を乗せる乗り物」でしかないのかもしれないな、と思うのです。
勿論生きるのに必要不可欠なモノ、というカテゴリもありますが、それは大体それこそコモディティ化してるというか嫌々ならば代替可能なわけです。必要不可欠ならばそんな贅沢言わずにあるものの中から選びますから。
だからこそ、経験を付与しないと差が出ないからこそ、モノを売るためにはプロモーション(=人工的な経験の創造)が多分必要。だってモノだけで与えられる感動って使用経験でしかない(まぁそれが本筋なわけだけど)。という事は同種のカテゴリのもので与えられる感動はレベルの差はあれ、同種でしかない、という風に仮定することも出来てしまうわけ。であればそこを埋めるためにプロモーション的な何かをしていく、というのは妥当な結論なのではないのかなと…思ったりするんですけどね。
で、それには何が一番きくかってたぶんそれは「参加」とかあとは街中で偶然見かけちゃうやつ、つまりBlogに思わず書きたくなっちゃうようなことなんだろうなぁ…って思ったのです。PRでこの部分出来るのは「~先生が薦めてたからきっと私のためになる製品」みたいな所…なのかな?
Web2.0時代だからこそ?でもやっぱ生の「経験」が効くような気がしないでもない、今日この頃でした。
それじゃまるで広告営業。
今日はヘッドハントされたので今ビル○ムに代わって多分一番勢いがあるであろう?勝どき近くの某社に行ってまいりました。予め「転職する気はいまのところありません」という話だけはしてあったにも関わらず(勿論先方はそんな僕の気持ちを知っていながらも取る気まんまん)社長とVPが二人でお出迎え。恐縮です。
いや若いっすね。って僕がいう話じゃないけどそれにしたって社長37歳。横二人も30代前半。それでこの仕事できたら楽しいでしょう。この後なにやるんだ、ってのが他人事ながらリトル心配ですが。
特に心に残ったのがタイトルの言葉。うちの営業スタイルを指して社長だったかな、が言った言葉で、実際にかなりハッとさせられました。うちは現場のMedia Relationを外注する方向。別に積極的に、ってわけじゃないんだけど外注しないと出来ない、ってのが現実だったりする。んじゃそれであなたは何を出来るの?という話になりますよ転職する時に、という話になって。
広告(多分特に大手に顕著)の営業の仕事はクライアントリレーション。そしてどう効率よく仕事を振って、振ったものを回収していくかが仕事。だから自分でたくさん選択肢を持っている事が大事だし、だから「遊びも仕事の内」みたいな話になる(んだと思う)。だけどPRの営業(というと表現が正しくないのかもしれないけど)はメディアリレーションまで求められるある種の職人でもある。
だから転職する時は当然「~の~記者知ってます」みたいな話になるんだと思う。職人が技術を競うのは当たり前。僕はメディアリレーションを必要だと思いつつもPRマンは全員職人を目指している限りコミュニケーションストラテジー(?)の上流にはいけないんだろうな、とも思ったりする(自分は行きたい)。だって広告の営業は「上流でしか生きられない生物」なんですよ。であれば下流もやりますよ上流もやりますよで広告から戦略立案の主導権なんて奪えるわけがない。
そんなわけで僕は外注自体が悪いわけではないとも思っている。思っているけれど俺の転職はどうしようかなーって会合でした。ホント。
データと広告
良い広告にデータは必要なのか、という話をよく聞く。そして自分の周りでも話されてるし、自分もそれを良く考える。特に自分は調査が好きで、データが好きな人間。
でも同時に、僕は良い広告にデータは必要ないと考えている。良きにせよ悪しきにせよ広告は感情に刺さるかどうかが勝負だし、論理ではせいぜい「実は当然ですよね」って事しか訴えられない。ただでさえ押し付けがましい広告というもので当然を訴えて誰が見るのか(PRは「実は当然」な事をどう訴えていくかってのは結構仕事の中でウェイトを占めてたりするんだけどね。)って思うし、だから広告にはサプライズがなきゃ。だからこそアイディアとかインサイトって言われるわけだし。
でも(また逆接)さらに考えると、サプライズを探すときにデータを集めるってのは、絶対にはずしちゃダメな所を知り、それを訴えながらもそっから少しはずして意外性を出す、ってことだとも考えることができる。つまりデータがもし全部揃うならばどの程度当ててどの程度はずせば面白いのかも測定することが出来るのかもしれない…って思ったり。
僕はPR屋だけど、広告がある種「自分を守るために」データをさばく技術を持ってるのは凄いと思うし(とはいえレベルは低いと思う…マシってだけで)、PR屋として自分を防衛する手段としては、データが絶対必要だと思ってる。PRやってる人間はあまりに定量/定性的なデータ処理が出来ない人間ばかりで、それこそ「データマイニング?は、なにそれ??何掘るの?」ってレベル。てかマイニング以前に調査のやりかた自体知らない。
勿論広告は動く金額が大きいから保険の意味で、さらに言えばお互い責任を「世論」とか「みんなの意見」に押しやるために調査をやる必要みたいなのがある気もする。ただ「客のため」と思えば絶対額が小さかろうが多少エージェント使う最低金額があがろうがなんだろうがそういうところには金を有る程度使っていくべきじゃないかと思う。だってPRの戦略立てるのになんで机上でデキ組んでそれでプレゼンしちゃうわけ?意味わかんないでしょ?ってか広告が自分トコの金使ってFGIやってるんだから見せてもらえればいいのに。
…とかね。ま、ぼちぼち今年末くらいから今持ってるクライアントに調査なんか提案していくつもりですよ(今の所は別の所で金一杯取ろうとしてるから。。。やることなくなったらね)。そう、特にPRが相手する客って小さい企業が多いわけで、そうしたらマーケまで部門として持ってられないわけです。でも一回一回の調査ならば予算的に出来る可能性があるわけで、やらないよりはそういうことはやったほうがいい(場合もある)わけ。そうやって調査やってくれればこちらの戦略立案にも役に立つわけだし、そうやって同じデータを共有していくことで同じ方向を見ることも出来る。勿論調査のデータって継続的にやらなきゃ本当の意味では生きないわけだけど。
そんな風に思うんだけどね。ってかひさしぶりやなここに書くの。ちゃんと頭まとめるのって難しい。

