inosan009のごくらく映画館Ⅲ SINCE2019

inosan009のごくらく映画館Ⅲ SINCE2019

HPでの『ごくらく映画館』(2003)からYahooブログの『Ⅱ』を経て今回『Ⅲ』を開設しました。気ままな映画感想のブログです。よかったら覗いてみてください。

第1位 陪審員2番
 何を血迷ったか日本ワーナー、この傑作を劇場公開せず配信だけで終らせてしまった。ゆえに公式なベストテンでは対象外となり、どこの映画祭でも選外となった模様だ。しかしここは私的なベストテン、誰に憚ることなく不動のベストワンとして本作を推したい。イーストウッド最後の作品かともいわれるこの映画、筆者がその最高傑作と信じてやまない『ミリオンダラー・ベイビー』をはじめ、映画史に輝く数々の名作を残してきたこの稀代の映画作家の真骨頂ともいえる一作。肩肘張らないその作風こそ映画界の宝、次作があるなら絶対に見逃せない。


第2位 フライト・リスク
 概ね不評の目立つこの映画だが、まれにこれを高く評価する人がいる。そういう人こそ本物の映画ファンに違いない。映画界の異端児メル・ギブソンの反骨精神が生み出した快作だ。低迷するハリウッド映画界にあって、もうやけくそみたいな映画だが91分という簡潔な尺の中に映画の面白さが詰まっている。究極の悪役を禿ヅラで怪演する好漢マーク・ウォールバーグに主演男優賞を贈りたい。

第3位 名もなき者/A COMLETE UNKNOWN
 ギター一本抱えてNYにやってきた無名の若者ボブ・ディラン、ピート・シガーとの出会いから今や伝説となった1965年のニューポート・フォークフェスでの『ライク・ア・ローリング・ストーン』の演奏まで、あれよあれよという間に時代の寵児となってゆくその前半生を駆け足で描くこの映画、本人の歌唱ではなくティモシー・シャラメが吹き替え無しで歌う数々のディランの名曲とともに、ディランを信奉する彼のファンにとっては感涙の一編となった。この年最も期待した映画の一つであり、その期待を裏切らない一作だ。

第4位 ハンサム・ガイズ
 自称タフガイと自称セクシーガイを自認する中年強面のおっさん二人組が捲き起こすドタバタ・スプラッター・コメディなる触れ込みの本作、細かいことは忘れて大笑いしたいときにうってつけの映画だ。田舎の生活に憧れて買った古びた一軒家が何と悪霊の棲む呪われた屋敷だったという顛末、タランティーノの傑作『フロム・ダスク・ティル・ドーン』をも思わせる破天荒な面白さ。この年一番笑った映画だ。

第5位 プロセキューター
 御年62歳のドニー・イェンが衰え知らずのカンフーアクションで魅せる一編。カンフー役者の矜持ともいえる意地を見せた痛快な映画だ。温和な佇まいのドニー・イェン、ジャッキー・チェンやブルース・リーなどのような華やかさこそないが、ホンモノのアクション俳優として健在だ。ラストの地下鉄車内での壮絶な格闘シーンは格闘映画の激アツ名場面として映画の歴史に残したい。

第6位 ひとつの机、ふたつの制服
 台湾の進学校として有名な女子高校。そこには昼間部と夜間部があって同じ教室で同じ机を共有する生徒同士には姉妹のような繋がりが生まれるという習慣があるという。この映画はそんな関係の一組の女子の交流を見つめて、悩みながらも成長し、前へ向かって進んで行く二人の姿をあたたかく見守ってゆく。そんな二人の何気ない日々がとても大切なものに思えてくる、爽やかな青春映画の佳作である。 

第7位 SPIRIT WORLD-スピリットワールド-

 日本映画に入れるのか外国映画に入れるのか迷うが、どうやら外国映画の分類でいいようだ。日・仏・シンガポールの合作だが主演があの大女優カトリーヌ・ドヌーヴなら絶対にフランス映画だろう。日本公演の途上で急逝したシャンソン歌手と彼女のファンでかつてはGSにも在籍していた老人が黄泉の国で出会い日本の各地をさまようという不思議な物語だが、老いたりとはいえドヌーブの姿をスクリーンで見られるだけで嬉しくなる。その白眉は映画序盤のコンサートでの歌唱シーン、絶品である。普段TVのバラエティではお茶目な印象の堺正章が控えめな好演で、映画に深い味わいをもたらせたのも好感度高い。

第8位 TATAMI
 監督も主演女優も日本ではほとんど未知、ジョージアの映画とういうのも初めて見る。東京国際映画祭での審査委員特別賞や最優秀女優賞がなかったらおそらく見ることもなかったろう。柔道の世界選手権に出場したイラン代表の女子選手、勝ち進むにつれてイスラエルの優勝候補との対戦が迫ってくるが、国家間の軋轢を避けたい国の都合で無理やり棄権するよう圧力がかかる。いまなお紛争が止まない中東諸国でのスポーツの在り方に一石を投じる作品だが、本来なら国家間の事情など関係ないはずのスポーツの世界においても避けきれない複雑な問題があって、そのことに振り回されまいとするスポーツマンの真摯な闘いが見る者の胸に迫ってくる。稀にしか見ることのない国から届いた、稀にみる秀作である。

第9位 殺し屋のプロット
 マイケル・キートンとアル・パチーノの競演となればひと頃ならメジャーの大劇場でのロードショウ、となるところだが今やローカルな小さな劇場での公開とは。なんとも寂しい限りだがそれもご時世、いたし方ない。されど本作、初期の認知症を患い日々記憶の薄れてゆく殺し屋稼業の男の、その人生への落とし前の付け方を描いて、絶妙な味わいのある映画だ。ラスト、刑務所の施設の窓辺に佇む老ヒットマンの姿が、刑務所の花壇に水を撒く『運び屋』のイーストウッドの姿にどこか似て、二重写しのように見えてくるのもオールドファンの郷愁かと思えて泣けてくる、そんな映画だ。

第10位 リアル・ペイン〜心の旅〜
 『ソーシャルネットワーク』での好演が印象深いジェシー・アイゼンバークが製作・脚本・監督・主演で4役の本作、まるで性格の違う従弟と二人、祖母の遺言に従ってポーランドへの旅に出る。ポーランド、すなわちアウシュビッツへの旅だ。旅の途上、気ままで人懐こく大らかすぎる従弟が周りの人々を巻き込んで、てんやわんやの騒動を引き起こしながらの旅。その旅の果てに彼らがたどり着くのは、祖母をはじめとする多くの人々が巻き添えになった『本当の痛み』への思い。いっけん気楽な話のなかに忘れることのない過去の出来事への痛切な想いを籠めた作品なのだと思う。

選後所感
 次点は『ANORA アノーラ』『F1/エフワン』『セプテンバー5』『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』『ミッキー17』・・・と続く。良かった映画はまだまだあるがこれまた挙げればきりがない。『MaXXXineマキシーン』『ストレンジ・ダーリン』『バレリーナ』『愛はステロイド』『ヴィーナス』等々、女子が活躍する映画が目立ったのもこの年の特徴か、それとも時代の趨勢か。トムクルの『ミッション・インポッシブル/ファイナル・レコニング』は別格。変わらぬトム・クルーズの映画屋魂に頭が下がる。韓国映画では『ブロークン復讐者の夜』『勇敢な市民』が善戦。テンからは漏れたがこれも捨て難い。『ワン・バトル・アフター・アナザー』や『エディントンへようこそ』『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』等は面白くはあるがどうにも筆者の肌には合わない。『アバター』の新作は未見、年末の公開はテンに間に合わず残念だがとくに注視はしていないのでたぶんパス。というわけで、今年もたくさんいい映画に出会えますように、楽しみは尽きません。

                        2026.1       

第1位 TOKYOタクシー
 2023年の仏映画『パリタクシー』の山田洋二版リメークだがそんなことは全く感じさせないほどの完璧な山田映画だ。心に沁みる人の情とその優しさ、人生の喜びや悲しみ、人の強さや弱さ、そうした人としての在り方を描き続けてきた山田映画の集大成ともいえる名作だと思う。

第2位 フロントライン
 2020年2月、未知のウイルスに集団感染した豪華客船の乗員乗客。彼らを救うべく派遣された医療チームと厚労省の担当職員。我が国で最初にコロナウイルスと闘った人々の物語だ。ほんの数年前の、世界を震撼させた新型コロナの始まりだった。自らの感染をも顧みずに一身を賭して闘う人々の姿に打たれる。その姿に頭が下がる胸を打つ作品だ。

第3位 雪の花-ともに在りて-
 江戸時代末期、未曽有の疫病からの治療法を求め単身闘った一介の町医者がいた。彼と彼を支え励まし続けた妻の物語。大きな困難に挑み大きな成果を得た小さな医師の物語だ。この年『国宝』ばかりが取り沙汰されたが、忘れ難く捨て難い一作がここにある。『雨あがる』『阿弥陀堂だより』『明日への遺言』等々、黒澤明の直弟子小泉堯史が、その遺志を継ぐべく作り続けた日本映画の一つの到達点がここにある。

第4位 美晴に傘を
 知的発達障がいのある人には何か一つのものに強いこだわりを持つ人が少なくない。例えばそれが人の名前だったりトイレットペーパーだったりする。美晴の場合はそれが傘だ。いつも何かにおびえている少女には小さな傘の中が安心して身を置くことができる場所だ。そんな小さなか弱い存在に精いっぱいの傘を差し伸べる、心暖かく優しさ溢れる映画だ。この年ほとんど目立たない小品だが深く心に残る一作だ。

第5位 かなさんどー
 お笑いコンビガレッジセールゴリさんこと照屋年之、前作『洗骨』に続き故郷沖縄を舞台にした心温まる映画だ。認知症を患い記憶を失ってゆく父への複雑な思いを抱えた一人娘の思いきった行動が周囲を巻き込み奇想天外な結婚式へと発展する。「かなさんどー」とは沖縄で云う「愛してる」の意味、作者のその心情が温かく伝わってくるような映画だ。

第6位 てっぺんの向こうにあなたがいる
 吉永小百合なんと124本目の主演作。1959年の映画デビューというからほぼ60年余り、これほど日本の映画界に貢献した人もいないだろう。エベレスト登頂に成功した初の女性登山家田部井淳子氏をモデルにした本作、齢80とは思えないその輝きはもう日本映画界の至宝と言っていいと思う。大勢の登山隊の中で一人だけしか頂上に立てなかったことへの悔恨も含め、栄誉だけではなかった登頂達成への想いを描いたことも本作の眼目のひとつ。阪本順治監督、『せかいのおきく』に続く快心の作である。

第7位 兄を持ち運べるサイズに
 『湯を沸かすほどの熱い愛』をはじめ一貫して家族の形に拘ってきた中野量太監督、肩肘張らない自然体の作風が心地よい。オダギリジョーの快演もさることながら、どちらかといえば強面派の柴咲コウとどちらかといえば癒し系の満島ひかりの組み合わせが柄も言えぬほのぼのとした味わいを醸し出す。『長いお別れ』『浅田家!』そして本作、中野監督の次作がまた見たくなる。

第8位 花まんま
 「花まんま」とは花で作ったお弁当。主人公の妹が子供のころにおままごとで兄のために作った心づくしのお弁当だ。早くに両親を亡くした兄妹、朴訥だが頑固者の兄、兄には決して言えない隠し事を抱えた妹。その妹を思う兄の大きな愛が心に沁みる。画面いっぱいに広がるお花畑に佇む有村架純の姿が美しい。

第9位 8番出口
 ビデオゲームをそっくりそのまま映画にしたらどうなるか、というのが本作の眼目。地下鉄駅構内の無限ループに迷い込んだ主人公、如何にして謎を解き最終出口の8番口へたどり着くかという謎解きゲームの映画化だが意外とこれが面白い。ゲームオタクで成る二宮和也がゲームの世界にどっぷり浸かって適役。そのうろたえぶりが絶妙にはまった好演だ。

第10位 放課後アングラーライフ
 城定秀夫監督2023年の作品だが公開当時ほとんど情報がなくもう見ることはないだろうとあきらめていたが、U-NEXTの配信で思いがけなく見ることができた。大人の男女関係を主とした作品と、爽やかな青春映画を本領とする二面性を持った城定監督だが本作は後者、かの名作『アルプススタンドのはしのほう』に匹敵するJK映画の傑作だ。旧作ゆえに公式なベストテンとしては対象外だが、ここは私的なベストテンなのであえてここに入れ記憶にとどめたい。本来ならベストワンに推したい逸品である。

選後所感
 次点は『室町無頼』、数少なくなった時代劇の快作だと思う。ほかには『長崎-閃光の影で-』『雪風YUKIKAZE』『盤上の向日葵』『宝島』『おーい、応為』『愚か者の身分』『ナイトフラワー』『ミーツ・ザ・ワールド』『ショウタイムセブン』『港のひかり』『爆弾』『父と僕の終わらない歌』『木の上の軍隊』『私にふさわしいホテル』『アンジーのBAR で逢いましょう』『この夏の星を見る』等々、いい映画がたくさんあって挙げ始めたらきりがない。日本映画としては豊潤な1年だったと思う。この年最大の話題作『国宝』は重厚な作品でこの年の日本映画を代表する一作ではあるが、少々長すぎてやや飽きる面無きにしも非ず。自分の好みとしては残念ながらテンからは漏れた。何はともあれこの年も、大いに楽しめた1年ではありました。

 

                        2026.1

 本作が2023年のフランス映画『パリタクシー』のリメークであることはうかつにもつい最近まで知らなかった。本作の製作情報に触れたとき一番初めに頭に浮かんだのは、ショーン・ペンのタクシー運転手とそのタクシーに客として乗り合わせたダコタ・ジョンソ演じるキャリアウーマンとの、空港から彼女のアパートまで送り届ける道中での二人の会話を綴った『ドライブ・イン・マンハッタン』であった。不倫に悩む独身女性と饒舌でちょっと上から目線のタクシー運転手との取り止めのない会話がいつしか人生の機微に触れていくという、微妙な緊張感を伴うヘンな映画だったが、なんでこれが山田洋二監督作品につながるのか、どこか納得のいかない感触があった。『パリタクシー』は筆者未見であるゆえオリジナルと本作との比較はできないのだが、様々な情報を集めてみると、高齢女性と彼女を施設へ送るタクシー運転手との触れ合いが生む人情噺とのこと。それなら何となくわかる気がしなくもない。まさに本作のプロットそのものである。
 
 思えば山田洋二監督は、ある意味リメークの天才ではないだろうか。アメリカのカントリーソングを刑期を終えて出所した夕張の炭鉱夫とその妻の話に置き換えた『幸福の黄色いハンカチ』、西部劇の名作『シェーン』を中標津の酪農一家の話に置き換えた『遥かなる山の呼び声』、小津安二郎の『東京物語』をモチーフに舞台を現代に移し替えた『東京家族』、そして井上ひさしの舞台劇を黒木和夫が映画化した『父と暮らせば』の遺志を継ぐ形で作り上げた『母と暮せば』等々。これらすべてをリメークといっていいかどうかは別として、何か一つのきっかけをもとにしてそれぞれ素晴らしいオリジナルな作品に転換するという名人芸は、ほかに並ぶもののない稀有な映画作家であることの証左ではないかと思う。そして究極のリメークは、50作まで続いた『男はつらいよ』であろう。ここまでくるともうリメークの域を超えて、古典落語の人情噺を繰り返し口演する落語家の名人芸のようにも思えてくる。本作もまた然り。ここにまた、人の優しさを見つめる山田監督の温かい眼差しが結実した名作が生まれたと確信したい。


 事業に成功したかなり裕福と思しき高齢女性、彼女を葉山の老人養護施設へ送り届ける仕事を請けた個人タクシーの運転手。この二人を演じる賠償千恵子と木村拓哉。片や山田洋二監督がほぼ半世紀にわたって撮り続けてきたそのミューズともいえる大女優、片やかつて『武士の一分』で山田監督がその新たな一面を開花させた元SMAPの国民的スター。そんな二人がそのオーラを全く感じさせない自然体の佇まいで相対するこの映画、それだけでもスクリーンに溢れる映画の力に引き込まれてしまう。この旅の出発点が柴又帝釈天の門前であることもこの作品の出発点として相応しく、思わず微笑んでしまう。映画のあちこちに点描される東京の様々な場所の点景、その東京の街を壊滅させた戦争への痛恨の想いをさりげなく語るその慎ましさ。明石家さんまと大竹しのぶを声だけの出番で使うその潤沢さ、山田作品を彩ってきた名脇役笹野高志や小林稔侍をさりげなく配置する心遣い。もう山田映画の集大成ではないかとさえ思えてくる。

 
 東京の街を巡る旅の途上で語られる彼女の壮絶な人生、楽しかったこと悲しかったことその一つ一つに胸が締め付けられ思わず涙がこみ上げてしまう。一人息子の死を語るとき、その痛切な想いにそっと手を差し伸べる若き日の自分自身の優しい手、傷ついた心に寄せる山田洋二の温かい心の温もりが映画いっぱいに広がって、涙が止まらない。本作を語るとき、これがリメークだからどうだとか、余計な回り道が多いとか、そんな言葉はあたらない。ただ映画の温かさに身を委ねればいい。そうすればこれが心に沁みる素晴らしい映画だとわかるだろう。山田洋二94歳、想いを篭めた名作である。
                 

                       2025/11 

 ボブ・ディラン『名もなき者』、エルヴィス・プレスリー『エルヴィス』、フレディ・マーキュリー『ボヘミアン・ラプソディ』等々、実在のミュージシャンを描いた映画は数あるが、そのマネージャーを主人公とした映画というのにはあまりお目にかかったことがない。ザ・ビートルズを世に出したというブライアン・エプスタイン、5人目のビートルズとまでいわれたプロデューサーのジョージ・マーティンと並ぶ陰の立役者、いわずと知れた彼らのマネージャーである。ビートルズとの出会いから、わずか32歳で死去するまでのその短い半生を描く本作、ザ・ビートルズが如何にして世界最高のロックバンドとといわれるまでになったか、ブライアン・エプスタインがどのようにしてそれに関わっていったのか、本作への興味は尽きるところがない、はずであった。

 だがしかし、ビートルズをほぼ同時代で見てきた我々にとってこの映画はいささか消化不良な一作であった、というのが本音のところだ。それは本作の製作意図が、ビートルズの成長過程を描くことではなく、そのマネージャーとして生きた一人の男の人生を描くことに主眼が置かれたものであったところにあるだろう。冷静に考えればタイトルからしてそれを表しているのであって、ザ・ビートルズの映画を期待したほうが間違いの始まりなのであったというべきか。

 本作では、ブライアン・エプスタインとビートルズ4人のメンバーとの関わりはさほど深くは描かれない。多くは彼が如何にして無名のバンドを売り出したか、その人生はどのようなものだったか、という点に尽きる。その始まりは、ザ・ビートルズのメジャーデビューにあたりもともとのドラマーだったピート・ベストを解雇し、新たにリンゴ・スターを加入させたエピソードからとなるのだが、ピートを説得するシーンは丁寧に描かれるのにどうしてリンゴなのか、そのことに対するほかの3人のリアクションはどうだったかなどは全く描かれない。この一例が本作の流れを象徴しているように思う。

 そして本作の最大の不満要因は、ビートルズ本来の楽曲が全く使われていないことにある。エプスタインが初めてビートルズの演奏を聴くのは『ラブ・ミー・ドウ』でも『シー・ラブス・ユー』でもなくキャバーンクラブで演奏していた『マイ・ボニー』である。映画中盤ではポールが『ベサメ・ムーチョ』を口ずさむシーンはあるが、『イエスデイ』や『レット・イット・ビー』はない。その最たるものは1967年6月に世界同時生中継された『All You Need Is Love』の生演奏である。なんと演奏前の様子だけで終わっているのだ。なのでこの時の曲は何だったか、『イエローサブマリン』だったか『サージェント・ペパーズ』だったかといっとき思い悩んでてしまう。これはおそらく権利関係の問題で、本作ではビートルズのオリジナル曲が使えなかったためなのではないかと思う。欲求不満の観客はもとより、製作陣にとっても忸怩たる思いではなかったかと推察するばかりなのだが、本作では実にあっさりとその部分は切り捨てられているのである。中途半端というか潔いというか、物足りない思いはどうしても拭えない。
 
 かくも斯様にこの映画、ビートルズを期待して見に行くとなんともあっさりと裏切られる映画なのだが、今や伝説的アーティストとなったザ・ビートルズの裏話と割り切ってしまえばそれも許されよう、案外それも面白い。余談だが、サム・メンデスがザ・ビートルズの伝記映画を製作中との報がある。2028年公開予定との噂、既に4人に扮する役者のビジュアルも公開されている。これはもう楽しみでしかない。 

 

                        2025.11

 6月初頭の公開から約半年、累計動員1160万人超、興収164億超えと、実写邦画の歴代一位『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』にも迫る勢いの本作、ブログでの発信はスルーしてきたが今年の邦画ベストワンや日本アカデミー賞も見えてきたとあってはそうそう無視もしていられなくなってきた。
 
 李相日監督作品としては『フラガール』や『怒り』『流浪の月』などを超えたかどうか疑念もあり、筆者としてはこの映画、なんでこんなにヒットしているのかおよそ理解及ばず、我が映画への眼力不足を痛感せざるを得ない状況だ。ならばあらためて本作の美点について推考してみようと思う。

 まず第一に開巻早々、渡辺謙演じる歌舞伎役者の花井半二郎(のちの花井白虎)が田舎歌舞伎の舞台で女形で舞う少年時代の主人公・喜久雄に見惚れるシーンが素晴らしい。半二郎ならずとも我々観客もその美しさに圧倒されてしまう。のちに自分の息子・俊介を置いてまでその名跡を継がせようとするその思いに納得せざるを得ない説得力がここにある。映画本筋の流れを決定づける見事なつかみである。

 そして随所に登場する歌舞伎大舞台での演舞の美しさ。「連獅子」「二人道成寺」「曽根崎心中」「鷺娘」等々、歌舞伎にはそう詳しくない筆者でもその標題くらいは聞いたことがある。歌舞伎ファンにとっては堪らないこれぞ歌舞伎、という定番の演目であろう。映画作品中で見られるのはどれもその一部であり演目中のクライマックスともいうべき部分なのだが、そのどれをとっても圧倒的な訴求力がある。踊る喜久雄と俊介、演じる吉沢亮と横浜流星、よくぞここまで歌舞伎役者になり切ったと、称賛すべきところだと思う。

 ちなみに横浜流星は昨年の『正体』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、吉沢亮は『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で日本映画批評家大賞の主演男優賞、いずれも今の日本映画界を代表する主演級の俳優だといえよう。そんな二人に加え今や世界的名優の渡辺謙が共演というだけでも、本作は観るべき価値大いにありといえるだろう。

 さらに、田舎歌舞伎の出身である主人公が半次郎を襲名し人間国宝にまで上りつめるその人生模様、片や歌舞伎名門の御曹司に生まれながら実力では常に二番手の評価に甘んじ一度は歌舞伎界を去りながらも舞台に復帰し名門花井家の血筋を表す半弥を襲名する半次郎の実子。さらにその半弥の子がのちに白虎を継承するという歌舞伎社会の伝統。人間国宝として必要なものは血筋なのか才能なのかという、この物語の重要なテーマがここに秘められている。

 

 そしてまた、喜久雄とは少年時代からの恋仲でありながら、芸道に挫折し憔悴した俊介に寄り添う道を選ぶ置屋の娘・春江の生き方。喜久雄のために身を引いたのか、俊介への思いが勝ったのか、女心の変節か。筆者ら凡庸な男には女心は謎である。

 さてこうして見てくると、これは一見華やかな画面構成の中に、深読みすればするほど実に奥深いテーマを含んだ重厚な作品なのだと思える。つまるところこれは、映画ファンというより日本の伝統芸能である歌舞伎ファンに向けた作品なのではないかとも思う。その意味では実に高尚な映画なのである。その核心にあるのは伝統芸能へのリスペクト。本作大ヒットの要因が少しは見えてきた。今年の日本映画界に大きなインパクトを与えつつある本作。今見るべき映画の一つであろうことには間違いない。

                                                                                                                       2025.11

 2012年公開のカナダ映画『タッカーとデイル/史上最悪にツイてないヤツら』の韓国版リメーク、とのことだが残念ながら前作は筆者未見。ゆえにオリジナルとの比較はできないのだが、そのサブタイトルとスプラッター・コメディという耳慣れない触れ込みはまさに本作にも引き継がれている。今年の韓国映画としては『ブロークン/復讐者の夜』と並ぶ快作だ。自称タフガイと自称セクシーガイの二人組、中年強面のおっさんコンビが捲き起こすドタバタ・ホラー。その見た目と中身のアンバランスが生み出す絶妙な味わいが本作の見どころだ。

 ほんとは優しくて親切ないい人なのに、その不細工・強面な風貌のため人々からは怖がられ、悪党に違いないと思われてしまうこの二人。大金はたいて買った田舎の一軒家が実は呪われた悪霊の棲み処だったという顛末。これに都会から田舎へ遊びに来た学生グループや、地元のお巡りさんらが絡んで、とんでもないスプラッターホラーが展開する。これが実に面白い。今やカルト的扱いというオリジナル、それをリメークした韓国映画人の気合の入りようが見えてくる。

 タッカーとデイルならぬジェピルとサング、この愛すべき中年おっさん二人組をずっと見ていたくなること請け合いの本作。チェーンソー振り回しながら蜂の巣を突っついて逃げ回るその姿、ほとんどジェイソンかフレディかというその姿に大笑い等々、意表を突くギャグ満載の今必見のケッ作、といっておこう。

  

                           

                     2025/10

 ドニー・イェン62歳。その名を広く世に知らしめた出世作、ブルース・リーの師とされる詠春拳の始祖葉問の生涯を描いた『イップ・マン』シリーズの第一作(2008)が45歳の時だから、アクション役者としては実に遅咲きといえる。一見派手な出で立ちでもなく、ブル-ス・リーやジャッキー・チェンのような華やかさもない。だが、カンフー役者としてのそのアクションには比類なきものがある。最近BSでの放映があったのでご覧になった方も多いと思うが、2014年の『カンフー・ジャングル』でのラスト15分に及ぶ高速道路上での激闘は強く記憶に残っている。空手、足技、棒術などなど、果てには大型トラックに轢きづられながらも闘い抜くという、もう格闘技の総合デパート、映画史に残る格闘シーンの金字塔とも言える壮絶なものだった。

 

 さてそれから10年後の本作、そのアクションにももはや陰りが見えるかと思いきや、開巻早々ガン・アクションも交えたド派手な格闘シーンが展開する。そのガン・アクションはといえば、衰えつつある生身のアクションを補填するものとは思いつつも、『ジョン・ウィック』などのハリウッド体験を踏まえてのアクション演出の進化といっていいだろう。ここに現職警官としての捕り物アクションとして見事に成立するのである。

 

 傷だらけになりながら捕らえた容疑者が司法によって放免されることに警察官としての限界を思い知らされた主人公が、心機一転検察官に転身し、麻薬密売組織との闘いに挑むというのが本作の主題である。組織に利用され末端の密売人とされた被告を、告訴した側の検察官が法廷では逆に擁護するという型破りな検察官、弁護する側にまで組織の手が伸びていることへの怒りが彼を触発する。そして重要証人を保護する検察管とそれを阻止しようと暗躍する組織との闘いが、ラスト地下鉄車両内での壮絶な格闘へと進展する。まさにドニー・イェン獅子奮迅の闘い。『カンフー・ジャングル』にも勝る格闘映画の名場面がここにある。ボロボロになって闘うドニー・イェンに衰えはない。

 

 蛇足ながら格闘映画の名場面といえば、ショーン・コネリーとロバート・ショウが狭いコンパートメントの中で闘った『007危機一発』(『ロシアより愛をこめて』とは言いたくない)、ウィゴ・モーテンセンがサウナの風呂場で素っ裸で刺客と闘った『イースタン・プロミス』、『燃えよドラゴン』におけるブルースリーの鏡の部屋、イーサン・ハント=トム・クルーズとスーパーマン役者のヘンリー・カヴィルがとんでもなく強いプルトニウムの密売人にコテンパンにやられた『M.Iシリーズ』第6作の洗面所での格闘などなど、挙げれば枚挙に暇ないが、本作ラスト地下鉄車内の格闘場面もこれらに引けを取らない名場面となった。

 

 映画ファンならこれを見逃したら一生の不覚。そんな映画はたくさんあるが、本作もまた然り。ドニー・イェン62歳、まだまだ次作に期待したい。

                                                                                                                                                  2025.10

 本作についての評論に所謂「トロッコ問題」を提示した論評があった。暴走する無人のトロッコ、その先には五人の作業員。その手前に線路の切り替えポイントがあるが、切り替えた先には一人の作業員がいる。さああなたならどうする、という課題である。

 本作の主人公はある殺人事件の陪審員に選任されるが、事件のあったその日、彼には思い当たることがあった。雨の夜、家路につく峠の道で何かをはねた。道路には「鹿に注意」の立て札があるが周囲には何も見当たらない。車にあたった鹿はそのままどこかへ行ってしまったものと思い込み、その夜はそのまま家に帰ったのだった。殺人事件の容疑者はまさしくその日その場所で、痴話喧嘩の果てに妻を轢き殺し、遺体を崖下に放置したという嫌疑だ。もしかしたらあの夜はねたのは、鹿ではなくその被害女性だったのでは…。

 審理の評決に苦悩する男、さっさと結果を出して早く家に帰りたい陪審員たち、殺人犯の有罪を勝ち取って手柄を上げたい検察官。それぞれの思いが交錯する中、いったい彼はどうしたらいいのか。正義とは何か。

 「トロッコ問題」に正解はない。この映画の主人公には正解はあるのか。映画監督94歳クリント・イーストウッドが、もしかしたら遺作になるかもしれないこの映画で、今ここで、見るものに投げかける問いである。『ミスティックリバー』『許されざる者』そして『ミリオンダラーベイビー』等々、映画史に残る重要な作品を残してきたこの稀有な映画作家が、その晩年にたどり着いた問いなのだ。

 これを名作といわず何といおう。すべての審理が終わったその後に、微かな疑問を持った検察官が彼の家を訪ねるラストシーンに、作者なりの答えが籠められているのかも知れない。すべてを語らずあとは観るものに委ねる映画作家の矜持、『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』『運び屋』『リチャード・ジュエル』そして『クライ・マッチョ』、人はどう生きるかを問い続けてきたイーストウッドの、真骨頂ともいえる名作なのである。

 

                             2025.4

 先般発表のあった『月イチ!ぴあテン・ランキング』の3月公開映画ベストテンで、フリーアナウンサーの笠井信輔氏が本作をなんと3位に挙げていた。(ちなみに1位は『ベター・マン』、2位には『悪い夏』を挙げている)。このベストテンというのは、ピアの”映画水先案内人”とされる同誌の執筆者27人がそれぞれ当該月公開の「みた」映画の中からベスト3を選出しその合計点でベストテンを決定するというものなのだが、この映画、ほかの映画評などでもおおむね不評であり低評価のコメントが目立っていて、このランキングでも笠井氏以外誰一人として本作を挙げている人はいなかった。実をいうと本作、筆者密かにメルギブ会心の一作と思っていたところへの笠井氏の思わぬこの選出、まさに我が意を得たりの思いである。

 重要犯罪の証人を運ぶ軽飛行機の中での女性刑事とその証人を暗殺しようと画策する偽パイロットとの一進一退の攻防、飛行機の操縦を託された女性刑事の奮闘。91分という潔い尺の中、一瞬たりとも予断を許さない緊迫感が続き、スリル満点の航空パニック映画としても大いに楽しめる。そしてなんといっても好漢マーク・ウォールバーグの意表を突いた悪役での登場、しかも禿ヅラ。不気味な薄笑いがただならぬ気味の悪さを醸し出す名演中の名演、ワルに徹したこの役を実に楽しそうに演じているのが見どころだ。 

 この危機をようやく乗り越えたかと思ったあとのおまけのラストの一幕も気持ちよく、どこまでも映画を面白くしたい作者のサービス精神が嬉しくなる。かの名作『羊たちの沈黙』にも匹敵する女性警視ものの傑作とまで言いたくなる、B級映画の快作である。

                        2025.4

 城定秀夫監督2023年の作品だが、公開当時ほとんど情報がなく名古屋のシネマスコーレや横浜のジャック&べティなどでの上映もあったようだが、東京では新宿の某ミニシアターでだけの公開だったらしい。そんなわけで公開時にはほとんど見る機会もなく、作品のあることも後日知ったくらいで今では見れることもないだろうと半ばあきらめていた作品でもある。ところが過日なんとなくU-NEXTを見ていたらなんとそこにあった!。ならばと早速鑑賞、これがまたなんと城定監督『アルプススタンドのはしのほう』に匹敵するJK愛溢れる傑作なのであった。

 学校でいじめにあっていた女子高生が、父親の転勤で引っ越した先の女子高に転校、新しい学校では「決して目立たない」「友達は作らない」などと、いじめにあわないためのネガティブな決意で登校するが、そこにいたのは新しい仲間を獲得しようと画策する釣り同好会の面々。さっそく入部を勧誘され、断り切れない気弱な主人公は半ば強引に入部させれられてしまう。さてここからが本作の眼目。この内気で引っ込み思案の女子はいったいどうなってしまうのか、見ているほうははらはらしながら彼女を見守っていくことになる。だがそんな心配をよそに、彼女らを見つめる城定監督の目はどこまでも優しく温かい。そしてここに、青春映画の傑作とまで言いたくなるようなJK映画の快作が生まれるのである。

 なんでこんなに素敵な映画がマイナーな形でしか公開されなかったのか、いまさらながら残念に思う。公開当時に見ていればベストテン入り確実だったとさえ思う。配信で思いがけなく見ることができて本当に良かったと思える、『アルプススタンド…』の城定監督ならではのちょっとマイノリティーな女子たちへの熱い思いを込めた愛溢れる応援歌だ。

 

                        2025.3