『わたしは、ダニエル・ブレイク』などの社会派ケン・ローチが自ら最後の作品だとする本作、さすがその名に恥じないこれまた傑作といえるだろう。本作を含め英国北東部を舞台とする3部作の最終章だという。あとの一作は2019年の『家族を想うとき』だが、筆者公開時に確かに見ているが不覚にも何故かあまり印象に残っていない。
前作では、社会に取り残された一人暮らしの老人と、幼い二人の子供を抱えながら職がなくその日に食べるものさえない若いシングルマザー親子との触れあいを描いて、こんな社会でいいのかと振り絞るような怒りと悲しみ、そしてそれでも毅然と生きてとゆこうとする人の尊厳を訴えて、重く心に残る映画だった。そして今作。
イングランド北東部のさびれた村。かつては炭鉱で賑わい栄えた村だったが、その廃坑とともに人口は減り、今は地元に根差した僅かな人々だけが暮らしている。そんな場所に目を付けたのが他国からの難民の受け入れ先を探す政府の管理局だ。その村に送り込まれたシリアからの難民たち。古くからその地に暮らす人々との共存は可能なのか。地元の人々の中には、新たに侵入してきた「よそ者」を排斥しようとする空気が広がってゆく。
どうしたら人は解かり合い共に生きていけるのだろう。世界中のあちこちで××ファーストなる言葉がもてはやされる昨今、この映画が提示する難題は、排外主義を掲げる政党が選挙で大勝するこの国でも他人事とは言えないだろう。ここで映画が訴えるのは、そうした排他主義に対する反論だ。英語とアラビア語で"強さ、連帯、抵抗"と書かれた旗を掲げて行進するラストシーンにその強い意志が現れている。
どうにもならない悲惨な現実を見据えて終わる『わたしは、ダニエル・ブレイク』とは反対に、微かな希望を見出して終わる本作。英国人の主人公がアラビア語で言う「ありがとう」の言葉に、最後の自作に籠めた作者の願いが滲みでる。ケン・ローチ89歳映画監督、社会を見つめるその目の厳しさの中にも、そっと滲み出る優しさに敬意をもって応えたい。「シュクラン」(ありがとう)と。
2026.4