妖怪の孫 | inosan009のごくらく映画館Ⅲ SINCE2019

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HPでの『ごくらく映画館』(2003)からYahooブログの『Ⅱ』を経て今回『Ⅲ』を開設しました。気ままな映画感想のブログです。よかったら覗いてみてください。

 2019年の『新聞記者』や一昨年の『パンケーキを毒見する』など、時の政権への批判精神を発揮した作品を世に問い続けてきたスターサンズが、歴代最長の在任期間となった安倍政権の残したものとは何か、という命題に真っ向から挑んだドキュメンタリーである。その安倍元総理が、昨年7月参院選の応援演説中に銃撃され死亡するという衝撃的な最期を遂げたことは誰もが知るところだが、そんな記憶の薄れないこの時期に、その功罪を問う作品を発表するには相当な覚悟が必要とされたであろうことは容易に想像がつく。その意欲だけでも本作を制作した価値は大いにあると思いたい。

 映画は、国論を二分したその国葬の模様から始まる。しかし、この国葬には国民の6割が反対したという事実を述べるにとどめ、その賛否については言及しない。そしてそこから、その人格がどの様にして形成されたのかという原点に立ち帰る。母方の祖父である岸信介に大きな影響を受けたこと、父安倍晋太郎の秘書を経て国会議員となりその後総理大臣にまで登りつめたことなどが手際よく語られ、その人となりの根源に迫る。昭和の妖怪と言われた岸信介元総理大臣の孫。まさに本作タイトルの意味するところだ。

 そこから映画は、残されたアーカイブ映像を駆使して総理大臣在任中の安倍氏の言動を検証していくのだが、ほとんどの映像はいつか何かで見たことのあるものであることは至極当然で、特に目新しいものはほとんどない。だが、総理大臣として撮られた膨大な量の映像の中から、その本質が垣間見える映像を探し出し編集する作業には甚大な労力と判断が必要であったろう。その意味でこれは労作と言える。それらの映像の中で元総理は、政治的に相反する主義の人達を指して『こんな人たち』と非難し、答弁の矛盾を指摘する野党議員に対して『総理大臣である自分を嘘つきというのは大変失礼だ』と恫喝し、戦後70年この国が守り続けてきた日本国憲法を『こんな恥ずかしい憲法』と断じる。これら発言は、一国の総理大臣として果たして適切なものであっただろうか。しかしここでも、映画は答えを決めつけない。

 しかしそれでも、この長期政権が国民の中に根付かせた危険な風潮があることを映画は指摘する。『不寛容がはびこる社会』『自己責任という名の弱者切り捨て』そして『隣国からの侵略を危惧するあまりの国防力の強化』。我が身にかえって一人一人が考え直すべき命題ではなかろうか。この映画を見て思うのはまさにここにある。これは、そうしたことを観客に問い糺す映画なのだと思う。明快な主張を避けながら、そこが今一つ歯がゆくもある。マイケル・ムーアだったら良くも悪くも明快な論陣を張るのだろうにと思うばかりだ。

                                                                     2023.5