碁盤斬り | inosan009のごくらく映画館Ⅲ SINCE2019

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HPでの『ごくらく映画館』(2003)からYahooブログの『Ⅱ』を経て今回『Ⅲ』を開設しました。気ままな映画感想のブログです。よかったら覗いてみてください。

 主演草彅剛初の時代劇、と書こうと思ったが思い返せば『BALLAD 名もなき恋のうた』があったので、正確には『初の本格時代劇』と書くべきか。 

 古典落語の人情噺『柳田格之進』の映画化である。絶好の素材に目を付けたところにまずは拍手を贈りたい。本作のクライマックスとなる復讐譚は元ネタにはなかったように思うが、長屋暮らしの脱藩浪人と囲碁相手の大店主人との交流とその店での50両という大金の紛失をめぐる誤解からの顛末を描く本筋とが案外うまくはまっていて、全体として実に気持ちのいい話になっている。本作最大の巧妙であろう。そうしてここに絶妙な味わいが生まれるのである。

 今は亡き立川談志の有名な落語論に、『いい噺には江戸の風が吹く』という言葉があったが、本作にはまさにその『江戸の風』が吹いている。映画が始まったその瞬間から、古典落語の世界観が映画いっぱいに広がってくる。『凶悪』や『孤狼の血』など、どちらかといえば荒々しく突き放すような作風で知られる監督白石和彌とは思えない、清廉潔白・実直な人生観の主人公を真正面から見据えた真っ当な演出が思いのほか心地よく響いてくる。その演出に応える草彅剛の佇まいがこれまた実に見事に映画に映える。貧乏暮らしに耐えながらも武士としての尊厳を失わないその姿、碁盤に向かう時の真摯な態度、そして復讐の旅でだんだん汚れてひげ面になってゆくその悲壮感。草彅本人にして『自分で見ても今までで一番かっこいい』とまで言わしめた堂々たる風格だ。数々の映画賞に輝いた『ミッドナイトスワン』に続いて、今年の映画賞も大いに賑わすに違いない。

 さらに加えて、原作落語の世界観を損なうことなく実に丁寧に映画に転換した脚本の妙も大きく評価したい。脚本加藤正人には『雪に願うこと』『クライマーズ・ハイ』『孤高のメス』などなど優れた作品が数多くある。昨年のキネマ旬報ベストテンで意外にも読者選出の第一位になった『Gメン』もそのひとつだ。ほかにも、清原果耶、國村隼、斎藤工など助演人がみな素晴らしいことも記しておきたい。なかでもちょい役ながら賭け碁の賭場を仕切るやくざの親分を演じた市村正親が絶妙、女郎屋の女将を演じた客演格の小泉今日子とともに助演ちょい役賞というのがあったら断トツで推薦したいくらいだ。これら出演陣の巧妙も相まって、今年の日本映画を代表する一作となった本作、今年ベストな一本と言って間違いない。

                        2024.5